融界ドラゴネット −あさおんからはじまる世界融合− 作:桐型枠
空の果から降る、黒い流星の雨。その光景を見たディセットが「地獄みてぇだ」と呟いたのを、いったい誰が咎められるだろう。
目視できる範囲で数十――いったいどれだけの時間をかけて結社が準備していたのか知れないが、ドラゴンの視力とはいえ既に観測できているならもう時間は無い。
地表への激突までおよそ300秒。周辺に集められたスクラップを迎撃として飛ばすことで、視認できる範囲にある18の隕石に対処する。
「――行けるか?」
「行くしかない。でしょ」
「……気をつけろよ」
「そっちこそ」
短く言葉を交わし、修繕した仮面を被る。皆思うところはあるが、既にこの数日の間に作戦や方針は詰めて頭に入れていた。
散々……と言うには短い時間だけど、お互いの認識を擦り合わせて必要な話も無駄な話も沢山した。だから、これ以上の言葉を交わすことなく、CEOがかき集めてきたスクラップを磁力で巻き込んで一塊になりながら飛び出す。
――プランは三段階まで用意してある。しかし、この第三段階目は他人の力を当てにするようなもの、期待できないと考えてほしい。
――第一段階は、ナルミ君の力を振るってもらう。第二宇宙速度以上の速度で飛べるキミに世界中を巡って遊撃、隕石を迎撃してもらいたいのだ。
「結構無茶苦茶言うよね、CEOもさ……!」
個人の能力全振りの、雑な作戦……どころか、こんなの「方針」と言った方がまだ分かりやすい。実際、言われた時に流石に僕も顔をしかめた。
が、こうして見ると――。
(無茶苦茶言わなきゃなのも分かるけども!!)
大量に引き連れているスクラップ弾を次々隕石に向け射出していく。空で幾度も衝突の爆音が弾けるが、感知できる範囲内でもどんどん落ちてくるのでどうなったかを確認する暇が無い。
結社がどれだけ本気なのかがよく伝わってくる。僕らも相当数回収して破壊してたっていうのに、よくこれだけの数残してたな……!
(東に10、南に20!)
感知した端から磁力でラインを描いてひたすら射出する。誘導ができる以上、当てること自体は難しくないがなにせ数が数だ。日本を離れユーラシア大陸へ。そして海岸伝いにアメリカへ――これだけ移動しながら撃墜を続けているが、減る予兆がない。そりゃ感知できる方に向かってるからというのもあるけども!
思わず、悪態が口から出た。
(あとどれくらい……? 襲撃はどのタイミングだ?)
この作戦、当たり前だが隕石を落とすだけなんていう程度のことで終わるわけがない、と僕らは踏んでいる。
計画の変更を口にしていたくらいなのだからこっちが妨害してくることは織り込み済みだろうし、当然、誰か刺客を差し向けてくるはず。
もっとも、僕の速度を考慮すると襲撃される前に振り切れる可能性は高いが……。
「!」
懸念が頭をよぎったところで視界に入ってきたのは、莫大な電磁波を発する構造体――ワーカーだ。
これまで見たどのワーカーとも特徴が異なっており、角張った直線的なフォルムで全体的にミリタリ的な無骨さが目立つ。
敵か、味方か――どちらにしても無理矢理押し通らないと、なのだが。一瞬の迷いと共に巨体が近付くが、僕の背を押したのはそのワーカーから発せられた声だった。
『
「!」
進路を、ワーカーが指し示す方へと転換する。
そうか、CEOの「賭け」も少なからず成功していたらしい。
――私は各国がこの騒動の中、ワーカーを確保している情報を仕入れている。コトが起きれば彼らにも動いてもらいたい。随時情報を送信してはいるが……どう転ぶかは分からない。
――故に、各国保有のワーカーが動く、という第三段階は期待しないようにしたまえ。呼びかけは継続するがね。
(思ったより上手くいってるじゃないですか……!)
仮面の下で思わず口が緩む。必要さえあれば、それを示されたなら、自ら動かずにいられない人だってちゃんといるんだ。
「任せます!!」
聞こえているかは分からないが、声を張り上げてすれ違う。その時、ワーカーは確かに片手を掲げ、サムズアップをして見せた。
巨砲――隕石に対処するためのものだろう――が上空へと向けられるのと共に、僕は振り向かずに空を駆けた。
「やる」と決めたんだ。今は悩んだり迷ったりしてる場合じゃない。
(日本はディセットたちに任せる。さっきの場所はあのワーカーに任せる。皆を信じよう。僕は――できることを全力でやれ!)
石ころの100や200、見える範囲なら全部撃ち落としてやる!!
「バカスカ落としやがってあのクソ共!!」
小型の隕石の落下にアジャストし、ライフルで狙撃し砕き落とす。幾度かそれを続けた後、ディセットはコックピットの中で吼えた。
横浜上空は依然余談を許さない状況である。可能性が示唆された段階で100や200の「弾」を用意しておくことは読めていたが、こうして対峙してみればどうだ。彼が日本に降るものを10も20も撃墜するハメになっている。
これはつまり、世界全体を見れば軽くこの数百倍は隕石が落ちてきているということだ。落着を防げなかった地域がどうなるかなど、想像したくない事態だ。
『ディセット、空の様子はどうか!?』
『第二波が来る。備えたまえ』
「休むヒマもねえかよ……!」
人間の限界値に近い能力を発揮してこそいるが、ディセットはあくまでただの人間だ。エーテルによって強化された超人でもなければ、別の生物と混ざったわけでもない。極限の集中を要する狙撃の連続で、彼はそろそろ息が上がってきていることを実感していた。
遠方ではちらちらと幾度も光が瞬いている。グリムが隕石に熱を送り燃え尽きさせようとしているようだ。
持参した袋からラムネを大量に口に放り込み、エナジードリンクで流し込む。まだこの防衛戦は続くのだ。
(波状攻撃か……)
結社はディセットたちを疲弊させる目的でこの攻撃を行っているのではないか。そんな可能性が頭をよぎる。
地球を破壊して滅ぼしてしまうにしては、この攻撃ではいささか
戦力の分散、疲労、焦り――戦力が低下する条件は、整いすぎているほど整っている。
それは即ち。
「――来るよなぁ、ヴァン・ジスカールゥ!!」
『気付いてくれて嬉しいよ、ディセット・ラングラン!!』
片や激情を、片や歓喜を掲げ、二つの剣がぶつかり合う。
ヴァン・ジスカール。落下の衝撃によって殺害したはずの男と、彼の駆る異形のワーカーが、ガルデニアを背後から急襲していた。
『生きていたのか、とか聞かなくていいのか!?』
「どうせお前たちの神とやらの力だろ。死なねえヤツの話は聞いてんだよ!」
『カンの良い――ハッ、流石だ兄弟!』
「誰がァッ!!」
一合、二合。前回戦った際と同様、互いの技量が伯仲しているが故に、当たれば必殺でありながらも出方を伺う牽制の攻撃が交わされる。
その技量は全く損なわれていない。およそ、他人が彼を騙っているとは思えなかった。
先の件の情報を共有した際に予想できたことだ。ショッピングモール付近での戦闘自体は加熱したが、その戦闘時間はそう長くない。抵抗らしい抵抗も無く、状況が予断を許さなかったこともあって死亡確認に時間をかける余裕もなかったのだ。「もしかすると」という可能性は常に頭の片隅にあった。
同時に、結社の活動傾向を考えれば、次に襲撃に来るタイミングというものも自ずと読める。
「CEO、奴が来た」
『
「無理」
小さくやり取りを交わす。離れようとすれば異形のワーカーは高い推力をもって肉薄し、撃って距離を離そうとすれば動きの始めを止められる。
意地でも「勝てない」と口にはしないが、いざ勝つためには時間がかかるし、何より相手が真に本気を出しているとは到底思えない。このままでは隕石の迎撃もまともにできなくなるだろう。
回転運動によって斬り込みながら、片腕が射線に乗った段階でライフルの引き金を引いて狙撃する。曲芸じみた芸当に息を漏らしつつも、ジスカールは正確にそれを受け止めた。
「そうまでして思い通りの世界が欲しいかよ……!!」
『世界? ……ああ、そうか、そういうお題目だったか』
「あぁ!?」
未曾有の被害を世界にもたらしたというのに、まるで今の今までその目的を忘れていたとでも言わんばかりの言葉に、ディセットは思わず声を荒げる。
――この男は何を言っているんだ?
なぜ、こんな簡単に忘れてしまう程度の目的のために、罪もない人間が大勢死ななければならなかったのか。
(こんな奴に……おじさんが……!!)
怒りが胸を焦がしている。殺意がそのまま形になったかのような一刀を受け止めると、ジスカールは対照的に狂的な声音で言葉を返した。
『それはあいつらの願いだ。俺の目的は、この腐った世界を一片も残らず滅ぼすことだよ』
「は……?」
あまりに突飛な、破滅思想としか言いようのないその言葉に、思わずディセットの口から呆けたような声が漏れた。
再び、疑問が頭に満ちる。この男は何を言っているのか、と。しかしそのニュアンスは先のものと異なる。
「お前……どうかしてるのか……!?」
『どうかしているとしたら、そうさせられたのさ!』
「どういう意味だ!?」
『それはお前が一番分かってるはずだぞディセット! いや――L-17号と言った方がいいか!?』
「!?」
その言葉は、ガルデニアの動きが一瞬止まってしまうほどの衝撃をディセットに与えた。
生じた一瞬の隙を縫うように振り下ろされたブレードが、ガルデニアの肩を掠めて我に返る。
(――俺のことを知ってる!?)
それそのものはありえないことではない。ディセットがブラギ社で造られたクローンであることは、一定以上の立場を持つ者にとっては周知の事実である。
だが、型番まで知る者はごく稀だ。製造に携わった者、ブラギ社上層部、そして自ら明かしたナルミ。あるいは――同じく、クローン。
「ヴァン・ジスカール……ヴァン……
『気付いてくれて嬉しいよ、
それが自分と同じ命名規則だと気付けば、答えが導き出されるのは早い。治験用クローンG-20号。ブラギ社によって製造された彼は、ディセットと同じ遺伝子を用いて造られたクローンであり、同じ用に捨て駒として扱われ、そして「処分」されたはずの男だ。
新たに表示されたウィンドウに、コックピット内のジスカールの姿が映る。投げ捨てるように仮面を外したその素顔は、傷跡が無いこと以外はディセットと酷似していた。
『お前なら理解できるはずだ。俺のこの怒りが、憎しみが! 善人面をして俺たちを弄り回して腑分けする研究者ども、不要になったと思えば捨て駒として使い潰す上層部! 世の中の連中もひと山いくらの少年兵に手なんて差し伸べやしない!!』
「くっ……う……!」
憎悪の言葉と共に幾度もブレードが振るわれる。回避しきれなくなったところで受けに回るが、二撃目でディセットは自身のブレードの刀身がごっそりと消失していることに気付いた。
――「融合」だ。
見れば、骨のようだった異形のワーカーは先程よりも一回り大きくなっていた。周囲のアスファルトはめくれ上がって消失し、砂利が露出している。
(こいつ、このひ弱な見た目はそういうことか……!)
造られたものの見た目というものは、伊達や酔狂であれ、商業的な、あるいは実利的なものであれ、明確な理由がある。
先の戦いでの高い推力を目にしていたディセットはこれを軽量化のためと考えていたが、実態はこれだ。
物質を融合・吸収し肉とするための「骨組み」。骨のような外見も当然だ。事実、それは骨格だけで動いているのと同じことなのだから。
『あまつさえ「廃棄」だ! 体内で変異ウイルスが発生したせいでな! 元を辿れば奴らの実験のために様々な細菌に感染させられただけだというのに! 兄弟たちと共に俺も死ぬところだった……!』
「まさかその力は……!」
『その通りだ。生死の狭間で俺は異神と邂逅した。それ以来「混沌」の力と兄弟たちの命は俺と共にある……!』
ブレードは、柄を残して全てを吸収された。鬼のような形状に変異したワーカーに向かって破れかぶれに投げつけると、これも取り込まれ消え去る。
「チッ……」
こうして見れば、先のショッピングモール付近での戦いはただの「様子見」だったことがうかがえる。
その気になればジスカールはガルデニアの攻撃を全て無効化できるのだ。ブレード、ライフル、滑腔砲、グレネード、そして奥の手として残しているマイクロミサイル――いずれも物理的な実体を持つが故に、吸収されてしまう。
大勢は決した、とばかりにジスカールは
『分かるだろうディセット。お前も地獄を見てきたのだから』
その、狂気的ながら優しさを含んだ言葉に、ディセットは一口に否定を発することができなかった。彼自身、かつて己を取り巻いていた環境への恨みを取り払うことができていないからだ。
自分たちに犠牲を強いたくせに結果を出したら掌を返す者が煩わしい。ドラゴンの出した被害だというのに、生き残りの自分に責任を被せてくる者たちが腹立たしい。親しくなった者にすぐに理不尽が降りかかるこの世界そのものが憎い。
その気持ちがあることは、紛うことなき事実なのだ。
『俺たちには報復の権利がある。こんな世界、一緒に滅茶苦茶にしてやろうじゃないか。なあ、兄弟』
ディセットはその言葉に心惹かれる自分がいることを、否定しきれなかった。
「理解するし、共感もする」
『分かってくれたのか!』
「だが無関係な人間を大勢巻き込んだ以上、その思想を肯定することはできない」
『……端的に言えば?』
「俺のダチ泣かせたお前らに協力するワケがねえだろ馬鹿野郎がァッ!!」
そのディセットを留めたのは、この世界に来て初めてできた友人たちの存在だ。
普通の人間が送るのと同じような日常を共に過ごし、共に支え合い、秘密を共有した。そして自分の力不足のせいで地獄への片道切符を握りしめ、涙を仮面の下に隠しながらやりたくもないことをするハメになっている。
その原因が、まさしくジスカールだ。同じ血を分け、同じ地獄を共有し、同じ感情を抱えても、しかし彼と共に歩むことは断じて無い。
ディセットの怒りの原因たる理不尽をもたらしているのは、他ならぬ結社である。
「ありったけもってけ!」
ガルデニアの背部ウェポンラックの上部が開き、マイクロミサイルが雨のように降り注ぐ。
その対象は――地面だ。
『む!?』
本体に直撃すればミサイルのような物理的実体を持つものは全て吸収される。
一方で、「現象」であればその限りではないというのは、先の戦いで衝撃によってダメージを与えたことからも判断できる。
アスファルトは可燃物だ。よって現在外装の大半をアスファルトによって構成しているワーカーにとって、火炎は小さくないダメージとなりうる。
火炎混じりの砂礫を振り払うように、外装となったアスファルトが盾と化す。さながら他の結社メンバーの「闇」のようなそれは、ワーカーへ直撃する前に自ら燃焼し攻撃を食い止めて見せた。
「任せる」
「任された」
――そして、それは全て囮である。
ガルデニアは、ワーカーから一気に距離を取っていた。これは単に自らに決定打が無くなったからという消極的な理由ではなく、この状況に至る前に打っていた「一手」を始動し、巻き込まれるのを防ぐためだ。
浮き上がり、弾丸のように射出される砂利と石礫を
握られた宝剣は既に最大効率で稼働していた。
「はぁああああッ!!」
万物を断ち切る、不可視の空刃。既にその長さは10メートルを優に超す。
――まっすぐに戦場に突入した椿アリサは、ワーカーをジスカールごと両断した。