融界ドラゴネット −あさおんからはじまる世界融合− 作:桐型枠
椿アリサは、「筆頭」と目される程度に凄腕の開拓者である。
エーテル量では竜族、制御ではエルフといった他の人種に後塵を拝する只人でありながら、それでも「筆頭」の名を得ているのは単なる強さに起因するものではない。彼女の最大の武器は、その即応能力だ。
どれほど厄介な相手にも隙を見出し、どれほど強靭な相手でも勝ち筋を作り出す。術式を即興で創り出すということは、それだけのことを可能にする技能であり異能である。
彼女はワーカーを断ち切ると共に、そのコックピットに満ちる「大気」を掌握した。
『かッ――――!?』
急激に酸素が失われ、ジスカールの視界が明滅する。意識が薄れ、一瞬彼はワーカーの制御をも手放しかけた。
ワーカーは修復し、肉体は接合した。しかし、動けない。「だからこそ」動けない。ワーカーの気密性を維持している以上、外気の取り込みもまた難しくなってしまっていた。酸欠に追い込まれた肉体が悲鳴を上げている。
(「不死」を……前提にした戦術……!!)
ナルミやグリムのように、一息に敵を消し飛ばせるほどの攻撃ができるならともかく、アリサやディセットはそうした手段をほとんど持っていない。彼らは戦巧者ではあるが、同時に詰将棋のように堅実に敵を追い詰めて打倒していく方向で戦術を練る人間だ、結社と戦うにはやや火力が足りないという自覚もあった。
故に、考え方を変える。殺せないなら、行動不能に追い込んでしまえばいい。
結社メンバーは怪物じみた異能を持つが、それを操る肉体はあくまで人間の枠を出ない。息をすれば食事もする。内臓もあり、精神力も人間のそれ。回復が早く外傷も容易に治るが、ダメージそのものは残る。
極めて「死ににくい」だけならあとは戦いようだ。瞬時に離脱して融合の範囲外に逃れたアリサは、ガルデニアの肩の上で小さく鼻を鳴らした。
「せっかくなら殺しきりたかった」
「物騒すぎるぞお前……」
この女、コックピットに入れたくねぇ。
小さくボヤきながらもそうしないわけにいかず、ディセットは嫌そうな表情を崩さないままハッチを開いた。
「アンタだってそうでしょ」
「そりゃそうだが……」
全速力で戦域を離脱し、付近に落ちてくる隕石を次々と砕く。大半をグリムに任せるような形になっていたためにいくつかは落着しており、その跡には以前アリサたちが見たものと同じ、黒いドーム状の空間が生じていた。
無念や後悔を抑え込みながら、ディセットはフォーグラーへの通信をつなぐ。
「こちらディセット。戦域を離脱した」
『そうか。ならちょうどいい、こちらに援護を――いや、もういい』
「おい、何があった!?」
『先日報告にあった怪物が現れてね』
「なにっ!?」
「すぐ戻ります!」
怪物――それは間違いなく、隕石によって発生した空間に現れた、異形の存在だ。
普通の人間では対抗しきれないそれに対し、「もういい」とまで言うなどとは。もしや自分たちの生存を諦めてしまったのか。アリサの顔に焦りが浮かぶ。
『いや、カナタ君が粉砕してしまった。強いね彼女』
が、杞憂であった。
カナタは腕相撲でもディセットに勝り、霊術も教えられればその場で身につけられている。その必要が無いからわざわざ前に出ないだけで、素質は他の面々と比較しても遜色ないものだったのだ。
ディセットは思わず操縦桿に頭を打ち付けた。
『それよりも緊急事態だ』
「ずっと緊急事態です」
「それで?」
『これまでのものと比較にならないほどの巨大隕石が観測された。感知したらしいナルミ君が急行しているが状況が読めない。可能ならキミたちも向かってくれ』
「場所は?」
『――赤道直下、太平洋上だ』
「それ」をナルミが感知できたことは偶然か、あるいは規格外の感知能力による必然かは判然としない。しかし彼女は確かに、超巨大隕石の飛来を感知した。
南米、赤道付近。やたらと重武装のギャングが攻撃してくるのも意に介さず、逆に銃や武器を取り上げ丸ごと「弾」にして隕石にぶつけた直後、彼女は一も二もなく飛び出した。
不法投棄された家電を大量に回収し、これまで見逃してきたジャンクヤードの鉄くずまでもを集めて回り、全てを巻き込んで引き連れながら太平洋上の雲海を突破する。
「――よくもここまでやるよあの人たちは!!」
そこには、落下する巨大隕石の影があった。
大きさにして、目算1km超。脇目も振らず、ナルミは飛び出してその眼前に躍り出た。
引き連れた大量の鉄くずを「掌」とし、赤熱した巨岩を受け止める。
「くっ、うお、おおおおおおおお!!」
加速しきった隕石は、その動きを止めない。どころか、「闇」によって勢いは更に増し、鉄の巨腕を押し返してすらいる。
(ま――ずい、このままだと!)
津波だけならまだマシと言えるだろう。しかし、これだけの質量となれば地殻がめくれ上がり、吹き飛ばされた塵が地球を覆い気候すら変容する。
全滅はするまいが、多数の犠牲が出ることは確実だ。
(どうする!? いや――)
あるいは発想を変えるべきか。
大気圏内でここまで加速した質量を止めることはほぼ不可能に近い。ではそもそも「止める」こと自体が間違っているのではないか。
その巨大さに圧倒されたが故に、ナルミは「止めなければならない」という先入観が生まれていることを自覚した。だがそもそも、これまでの彼女がやっていることは何か?
――
(先入観を捨てる。人間のスケールで考えるな。止めるんじゃない――壊すんだ)
磁力を操る方向を変える。上から内へ。スクラップは自ら圧壊し、凄まじい速度で圧縮されていく。
数百、数千トンの塊が、ただ一本のワイヤーへと変ずる。超高密度のエーテルによってコーティングを施されたそれは――隕石の進路に置くだけで、その質量を割断してのけた。
「これで……!!」
隕石とは、あくまで自然物である。その質量は凄まじくとも、密度は自然界に存在する物体のそれを外れない。
音速を遥かに超す速度で落下し続けるその進路上に超々高密度を圧縮したワイヤーを置けば、自らの重量で勝手に切断されていく。ヘビのようにうねりを加えて幾度も往復させ、複数の欠片に分割された段階で、ナルミは海上に回り込んで全エーテルを雷として注ぎ込んだ。
「壊れろぉぉぉぉッ!!」
かつてない規模の雷霆が、岩塊の全てを飲み込んで粉砕した。
空が焼け、その軌道は宇宙にまで到達する。一切の加減を考えない、現在捻出できるドラゴンとしての全能力を費やした一撃だった。
「はっ……はぁっ! ……ふっ……」
全力で頭を回し、全能力を駆使し、瞬時に状況を判断して全てを出し切る。
言葉にすれば単純なことだが、それによってのしかかる疲労感は並大抵のものではない。
だが――食い止めた。
世界を融合させるというのは一度きりの奇策だ。加えて多数の、それも数百を超える隕石を用意するには相当な時間が必要になる。次に行う頃にはワーカーが普及し対策も確立するだろう。少なくともこれ以降、同じ作戦を実行するというのは及び腰になるはずだ。
一つ、吐息が漏れる――その瞬間を見計らったように、空間に黒点が穿たれナルミの全身に悪寒が走った。
「くっ!!」
反応のもとへ、半ば無意識的に雷を発する。周囲に巻き込むような物体が無いことでその威力は平時よりも圧倒的に高い。
空間の孔を形成しようとする闇はその一撃のもと、千々に砕かれ霧散した。
(狙うよね、そりゃ……こんなチャンス)
ドラゴンと融合して初めて味わう体の気だるさだった。エーテルそのものは底なしのように内から湧いてくるが、ここまでずっと世界中を駆け回っていたせいか、少なからず疲労が蓄積していたようだった。
逆に言えば、それだけやって初めて疲労するほど強靭と言えるが――結社にとってこれは好機である。
警戒の中、ナルミの耳に小さな破裂音が届く。それが拍手の音だと気付いたのは、海の上を歩いて自身のもとへ向かってくるスーツ姿の男を目にしたときだった。
「よくあれほどの質量に対処したね。やはりキミが我々の計画における最大の障害のようだ」
金髪に黒いスーツ。これと言った特徴らしい特徴は無く、海外に行けば道すがら一人は見かけそうだというのがナルミの印象だった。
見た目は青年のようだが、一概にそうと断言はできない老獪な雰囲気をも感じ取れる。いずれにせよ、まともな人間ではないだろう。名を訊くようなこともせず、男の周囲に檻のようにして電気を固定。身動きを封じたところへ、質量を凝縮したワイヤーを鞭のように振るう。それは寸分たがわず男の頭部へ向かい――闇によって削られ、弾かれ、いなされた。
ナルミはこれに驚きを見せない。既に一度エストラダに同じような防御をされているためだ。
追撃として、彼女は雷の檻を狭め押し潰そうとしたが、一瞬にして闇に包まれた男はごく短距離を転移してこれを躱し、逆にナルミに向けて複数の闇を弾丸として放った。
(この人……強い)
ナルミは男をエストラダと同等かそれ以上の実力者であると定めた。
あちらは「上手い」防御でナルミの攻撃をいなしたが、こちらはそれに加えて「硬い」。負傷した様子が無いことからもそれが察せられる。
出力の差なのだろうと解釈し、彼女は弾丸を全て焼き落とした。
(なら――)
お返しとばかりに、ナルミは上から雷撃を落とした。ピンポイントに落ちてくる一撃だ。当然のように回避されるが、狙いはまさしく「回避されること」である。超高温の雷撃が海面に触れることで気化・膨張した海水が水蒸気爆発を起こす。
一瞬にして二人を強烈な衝撃と圧力が襲い、視界が水蒸気によって奪われる。
「む……!?」
何かがまずい。男は即座に全身を球状の闇で包んで防御を固めた。
――直後、固めた防御の上から正確に雷撃が彼を射抜き、これを砕き割る。
「ぐっ!?」
そして、余波が男の全身を焼いた。ごくわずかなものであっても、まともな人間が受けたなら瞬時に死に至りかねないほどの威力だ。
苦悶の声が漏れ、焼け焦げた組織を代替するように闇が全身から吹き出す。修復に合わせてその場から離脱しようとするが、全身を極太のワイヤーで打ち据えられ海に叩き落された。
「ガッ!!」
肉片混じりの血を吐きながら、男は巨大な水柱を上げて着水する。直後、まるで計算したかのようなタイミングで放たれたビーム状のプラズマ塊が、彼を襲った。
(エストラダ……! あなたが言っていたより彼女は何倍も強いぞ……!?)
男は内心で黒騎士に苦言を呈した。
以前と違い、被害を考慮せずともいい開けた場所で戦っているというのもあるだろう。先人から受けた教えが実を結んだのもあるだろうし、以前ほど精神が乱れていないというのもある。総じて言えるのは、ナルミが戦いというものに適応しつつあるという事実だけだ。
このままでは死ぬか――その考えが頭をよぎった刹那、男の眼の前の空間に穴が空き、飛び出した騎士がプラズマの塊を切り裂いた。
「!」
思わず、ナルミは目を見開いた。
実体のないプラズマを切断されたことも驚くべきだが、この場に二人も結社の主要メンバーと思しき人物が来たのだ。自然と、彼らがどれだけ本気でナルミを殺そうとしているのかが察せられる。
「助かったよ。そちらはどうなった?」
「リュドが奴にやられた。マクスウェル、こちらは……聞くまでもないか」
男――マクスウェルは肩をすくめた。
空中に座し、光翼を広げて彼らを見下ろす仮面のドラゴンと、異様な存在感を放つ極太のワイヤー。己は修復途中とはいえ血反吐まみれで全身骨折。押されていることは明らかだ。
「挟撃といくか?」
「いや――」
マクスウェルはナルミの姿を見た。全身から立ち昇るエーテルはほのかに赤く色づき、威圧的に輝いている。人間にあるまじき驚異的なエーテルの生産量を実感させられると同時に、それは本人も気付いていない「限界」が近いこともまた示していた。
「――カフッ」
意図せずして漏れた声に最も驚いたのは、他でもないそれを放ったナルミだった。
口内に鉄の味が広がり、仮面の顎部接合部から赤い雫が漏れ出す。
ようやくか、とエストラダは呟いた。
「君も限界が近いようだ」
「何を……!?」
「世界中を飛び回り、あれほどの巨大隕石を破壊してはじめて、というのも恐ろしい話なのだがな……」
「ひとつ聞こう。惑星級ドラゴンほどの巨大な力を、ヒトという小さな器に収めた時――その力は十全に発揮できるものなのかな?」
「…………」
ナルミは言葉を返せなかった。だが、その沈黙がこれ以上ないほど雄弁に回答を示していた。
(……ご家庭の蛇口でダムの水を放水するようなもの、か)
これまではその必要も必然性も無く、彼女自身も暴力を厭うために「全力を出す」という経験そのものが無かった。
そして全力でなくとも必要十分以上の成果が出せるために、それを検証する機会も逸していたのだ。
――結果は、高すぎる出力による「器」の崩壊である。
「もっとも、"ウラヌス"や"マルス"などとと比べ、君の閾値はいくらか高すぎるようだが……」
「惑星級ドラゴンに加えこちらの竜族との融合体だ。他と比べ、圧倒的に出力の許容量が高いのだろうよ」
(彼らはこれを狙って世界の融合を……!)
不調の原因を理解すると、自ずとそれ以外の面にも考えが及ぶ。世界を融合させ、ドラゴンを人の体に押し込めたのは、「無理に全力を出すと死ぬ」という状況に追い込むためだ。
無論、野生動物を脱し人間の精神を得ることで心を病ませたり、混乱に乗じてわけの分からないうちに殺すという推測も間違ってはいないだろう。
即ち、これはそれら全てを包括した計画であるというだけの話だ。
(……それに、つまり……この人たちはもう既に二人も殺してる……)
「ウラヌス」、そして「マルス」。聞き間違いでなければ、惑星の別名に違いない。わざわざ比較対象として提示するということは、即ち彼ら、あるいは彼女らは既に結社の手にかかっているということだ。
「だったらその『器』が壊れる前にあなたたちを倒す……!」
「やってみるといい。もっとも――」
マクスウェルはその場で指を鳴らした。音に合わせて次元の扉が開き、その大きさを拡げていく。
「
――そうして姿を現したのは、先程ナルミが破壊したそれとほぼ変わりない大きさの隕石だった。
「は……?」
「切り札というものは、ここぞというタイミングで切るからこそ効果的なものだろう?」
隠し玉としても巨大すぎる隠し玉に、ナルミは思わず意識を手放しかけた。
(止め――この人たちから意識を切っ――いや、そもそも限界が――)
敵から指摘されたことである。撹乱の可能性があるのは確かだが、同時にナルミ自身が己の不調を理解している。「器」の崩壊というのもありえないと言い切れないのが実情だ。それでもこの隕石を止めなければ世界中の人間が死ぬ。その中には姉や、友人や、恩人たちの姿があっても何もおかしくはない。
しかし止めようと思えばマクスウェルとエストラダが立ちふさがる。彼らを踏み越えて行かない限り、隕石を止めに行くことはできない。が、卓越した防御術を持つ二人を突破するには相応の時間と、何より消耗を要する。
(――いや)
だが、振り切ることそのものは容易い。彼らの行っていることはあくまで「転移」であり、超音速で動くナルミと同速度で動けるわけではない。
隕石を破壊すること、これも決して不可能ではない。先程と同じことをすれば破壊できる。だが、それだけのことをすれば、死にはしなくとも意識不明には陥るだろう。無防備を晒すことになる以上、負荷で死なずとも確実に殺される。
(行くか)
なら、せめて納得できる方を選ぼう。ナルミは
もう血を吐こうが知ったことではないとばかりに磁力が巡る。せめて、何か遺したい言葉を一つでも言っておけばよかった、と一瞬の後悔と共に日本があるだろう方角へ目を向け――そこで、
「あれは――」
一つは巨大な黒い影。全速力で空を駆けるワーカー、ガルデニア――ディセット・ラングラン。ナルミが危機だという話を聞いた瞬間から最速でスラスターを吹かし、機体に搭乗する二人の視界がグレイアウト寸前になるほど加速してやってきたのだった。戦うとなれば、これ以上無いほど頼もしい援軍である。その腕に携えた巨大な滑腔砲は、まっすぐにエストラダへと向けられていた。
そしてもう一つは、人間大の黒い影。水面を走るというそれだけで超音速の速度で駆け抜ける、全身を黒い布で包んだ謎の男だ。その姿は、まさしくパブリックイメージとして大衆が思い浮かべる「忍者」のそれだった。
「え、誰?」
『誰だこいつ!?』
「マクスウェル! 奴だ!」
「この絶好のタイミングで……!」
仮称「忍者」は、駆け抜ける勢いのままマクスウェルを視界に収めると、その腕を掲げた。
ナルミと異なる黒い色味のエーテルの奔流が形作るのは、鋭く尖った岩塊だ。唖然としながらも、ディセットが半ば反射で滑腔砲を撃ったことでエストラダたちの距離が離れたその瞬間を縫うように、忍者はマクスウェルへと襲いかかる。
「またしても我々の前に立ちふさがるのか、忍者!」
「忍者などと上等なものではない。貴様らのせいで復讐に狂わされた……一匹の鬼よッ!」
鉄や鋼の如き音を立てて岩塊と闇が互いに喰らい合う。忍者とマクスウェルは揉み合うように格闘戦に発展し、海面を爆ぜさせるようにして水飛沫を散らした。
「誰だか知らぬが行け! この男は俺が討ち果たす!」
「え、あ、は、はい!?」
「行かせるものか……!」
『それは俺の』
『あたしの台詞だ! 撃ちなさいディセット!!』
『耳元で騒ぐな!!』
「チィ……!」
その場に釘付けにされたマクスウェルは、当然ながらナルミの足止めになど向かうことはできない。
ならば自分が、と飛び出しかけたエストラダを留めたのは、正確に彼に向かって放たれた弾丸だ。人体を容易く肉片に変える威力を持ったそれを両断すると、彼は眼前に躍り出たガルデニアとの対峙を余儀なくされる。
『止められるか!?』
「――止めてくる!!」
釈然としない気持ちこそあるが。
死を覚悟しなければならない状態でもあるが。
だとしても――決めた以上は、やり遂げなければならない。
友人に背を押される形で、ナルミは再び隕石を破壊するために高空へと飛び出した。