融界ドラゴネット −あさおんからはじまる世界融合−   作:桐型枠

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60.落雷と奥の手

 

 

 ナルミの操るワイヤーの一撃が隕石を両断するのが、戦いの幕開けとなった。

 新たに取り出したライフルの一射が正確にエストラダへ向かう。これを彼は当然のように切り払って見せるが、両者はこのやり取りで互いの技量を認識した。

 

(ざっけんな、対ドラゴンも想定してるライフルだぞ!? 斬るか普通!?)

(このパイロット……この体格差で正確に当ててこられるか!)

 

 ――あまりにも厄介な相手だ。

 同じ思考が同時によぎり、高速で戦術が組み立てられていく。

 ワーカー同士、人間同士の戦いと最も異なるのはそのスケール感だ。一般的には巨大戦力の側が質量差のせいで有利であり、小さい側はいかに相手の攻撃を掻い潜るかが求められる。

 しかし、ディセットは人間大の相手にすら正確に攻撃を当てられる技量の持ち主であり、エストラダはワーカーの銃弾を切り裂く能力の持ち主だ。様々な前提が異なる状況下では通常通りの戦い方は意味をなさない。黒騎士は一つの判断を下した。

 

「オォッ!!」

 

 爆発的な量の闇が吹き出し、エストラダの全身を覆う。見る間に膨れ上がったそれは、20メートルほどの巨人の姿を形作ると、闇で形作った剣を掲げた。

 

「――来い」

「何でもアリかよこんちくしょう!」

 

 悪態をつきながらも放った二射目は、質量差のあった先ほどよりも遥かに容易に弾かれた。

 

「バケモンが……ッ!!」

「つおおおォォッ!!」

 

 気合とともに空中に足場を作り出し、踏み込む。

 下段からの切り上げが振るわれると共にガルデニアは高速で退き、機体を斜めに傾けてでもこれを回避して見せた。

 が、直後にディセットは、機体に迫る黒い塊に気付く。

 

(前蹴り……!)

 

 動作にあまりにも淀みがない。長く繰り返し鍛錬を積んで、体に染み込ませてきたコンビネーションであることが察せられる。

 ワーカーのそれとは異なる生の人間の延長、その人物の生身の技量をそのまま反映する巨人は、卓越した剣技を有するエストラダとは絶好の相性と言える。

 

「掴まれ!」

 

 アリサが文句を言うよりも早く、ガルデニアを特大の衝撃が貫いた。

 胸部装甲に亀裂が入り、闇が削り取って内部機構をも覗かせる。しかしディセットもやられるままではいられない。収納する間も無く抱えていたままの滑腔砲をカウンター気味に発射、巨人の片足を吹き飛ばすと、右腕側に偏った反動を利用して回転――巨人の頭部を蹴り込み砕いた。

 

「ぐっ……!」

「ガフッ……!」

 

 内臓が揺さぶられるような気分の悪さを無理矢理にでも飲み込む。再び前を向けば、エストラダの巨人は闇を吹き出し元通りの形態に戻っていた。

 

「げほっ……今、確かに壊したはずじゃ……!」

(アレ)使ってんだから修復するのは簡単ってこったろ!」

 

 ディセットたちが対峙しているのは、物質への干渉能力を持ったエネルギー体だ。「闇」の供給があるかぎり復元し続け、形状それ自体も思うままに変えられる。

 物理的実体があるわけでもなく、かと言って核となる人間を狙っても相手は半ば不死身だ。悪夢のような敵だった。

 

「せめて武装が万全なら……クソッ!」

「万全ならって、今は?」

「ブレードとミサイルはもう無い、今のでライフルも弾切れだ。滑腔砲はあと2発。グレネードが……ギリ2発。勝ち目がねえ」

「いつもみたいに自信満々に勝てるって言いなさいよ!」

「マジで勝てる相手じゃないと言わねえよ! ――あ、いや……全然全く無理ってワケじゃねえけど……」

 

 大型グレネードをエストラダ自身が無防備な状態で直撃させて消し飛ばす。

 前提があまりにも厳しすぎるため、ディセットはこの可能性を考慮から外している。全く意識が無い状態や油断している状況ならともかく、戦場、それも自身と同等の技量を持つ相手となればまず油断は無い。

 

(せめてナルミがいればバッテリーの心配も要らなかったんだが……!)

 

 加えて、問題となるのはバッテリー残量だ。常日頃からナルミが充電していたためすぐに行動不能になることは無いものの、隕石の撃墜とジスカールとの戦闘、そして全速力で赤道上まで飛行してきたことから既に限界が見えつつあった。

 

「お前こそあのサイズなら得意じゃないのかよ!」

「相手が人類じゃなければね!? それにこの状況で出ていったら――」

 

 振るわれる剣も含め、エストラダを覆う全ては「闇」の塊だ。ドラゴンをも削り重症を負わせる以上、ワーカーも例外なく外装を削られる。

 ディセットは類稀な技術と全身に配したカメラを介した状況把握によって、直撃こそ最初の一撃以外は受けていないが、それでもガルデニアは既に塗装がいくらか剥がされて下地の銀色が覗くほどに傷ついていた。

 嵐のように剣が振るわれ、体術を交えて迫る。致命的とならない肩装甲で受け流し、逆に腹に向かって役に立たなくなったライフルを突き込んで反撃を行う。闇の破片が弾け飛ぶが、ライフルもまた削り潰された。

 

「――死ぬでしょ!?」

「だろうな、クソッ!」

 

 アリサが巨獣を討伐するに際しては、主に接近戦で臨む。エーテルを自ら生み出す能力を持たない人間にとって、より多量のエーテルを用いなければならない遠距離戦というものは基本的に鬼門だ。

 霊術そのものはその場で組み直せるが、闇の巨人やその内部にいるであろうエストラダを直に消滅させられるほどの威力は出せない。先にジスカールを行動不能に陥れた際に空気の刃を延伸できたのも、あくまで分子サイズの刃という前提あってこそだ。より大きく、より広い対象に影響を与えることには向いていない。

 

「じゃあとっととナルミ回収して帰るぞ! こいつはここで絶対倒さなきゃいけないわけじゃない!」

「ええ、うん。それで、先輩は――」

 

 視線を外せないディセットに代わって隕石の落下方向に目を向ければ、既に岩塊は複数に分割されていた。

 莫大なエーテルが空に満ちる。アリサはそれを目にしただけで次に起きることを予見した。

 

「雷が来る!」

「!」

 

 即座にディセットはその声に反応し、スラスターを吹かしてエストラダとの立ち位置を調整した。

 ――直後、天へ向けて雷が昇る。その威力は元より、光量もまた常識外れだ。

 隕石を破壊しきるまでの数秒に渡って放出された雷光は、下手に視界に入れればそれだけで容易に視力が奪われる。機能として対閃光防御能力を備えたガルデニアと異なり、エストラダは人間としてこの光量と相対せねばならない。

 

「っ、ぬう!」

 

 閃光が目を焼き、闇の巨人の動きが一瞬鈍った。様々な巨獣と、そして現在はドラゴンと敵対してきた彼は、多少視力を奪われようとも剣技を損なうことは無い。

 だが、一瞬でも動きが止まればディセットはそこから巻き返す。その能力を有している。ライフルの残骸を盾代わりに押し付けることで剣を押し退け、滑腔砲を接射。反動で機体が後退しそうになるタイミングで無重力発生装置(ゼロドライブ)を調整し、重心を変えて後ろに倒れ込む形に転換。サマーソルトキックのような軌道で下から蹴り抜いた。

 

「獲った!!」

 

 ウェポンラックからグレネード弾が直に射出される。

 エストラダの視界は戻らない。故に彼は反射的に己に迫る気配を切り裂いた。

 

 ――爆炎の花が海上に咲く。

 

 突然のアクロバット機動のせいでしたたかに頭を打ち付けたアリサは、しかし怒るようなことも無く、敵を排除できたことでグッと拳を握った。

 

「よし、逃げるぞ! ナルミは――」

 

 そして、振り返った先で、ナルミが力なく落下していくのを目にする。

 呆けたようにディセットの声が漏れる。彼が正気に戻ったのは、ナルミの背の光輪が消失し、水柱を上げながら着水した瞬間だった。

 

「ナルミ!?」

「先輩!?」

 

 アリサは即座に霊術を組んだ。空気の膜を作り出し、水中での呼吸を可能とするものだ。これにより万が一、ナルミが泳げなかったり意識を失っている場合に窒息するという事態を防ぐ。

 併せて、ガルデニアがスラスターを全開にすると共に水を操り人を浮かすための術式を組み始めた。

 

「がっ!?」

「なっ……!?」

 

 だが、ガルデニアの動きはナルミに到達する一歩手前で止められ、衝撃によって意識をかき乱された結果術式も霧散する。

 ガルデニアの腕が肘の部分から断ち切られ、片一方のスラスターが砕け散る。それを為したエストラダは、ほぼ満身創痍だった。

 全身に大火傷を負い、鎧は砕かれ四肢も欠けている。何もかもに疲れ切って絶望に心を浸した男の成れの果てのような顔が、兜の奥から覗いた。

 

「――ッ、あ゛あァッ!!」

「ウオオオオオオッ!!」

 

 再び闇が彼の姿を包み込み、巨人が海上に立つ。一瞬の躊躇の後、ディセットはこれに応じた。

 

「戻って!! 戻りなさいよ! 先輩が!!」

 

 この行動に対して恐慌状態に陥ったのはアリサだ。今すぐにでも助け出さないと、ナルミは海中に沈む。漂流してしまうとしても、彼女はその性質上そもそも通信機のようなものを持てないため、はぐれてしまえば連絡を取ることもできない。疑いようもなく、絶体絶命の窮地だ。

 対して、ディセットは今にも人を殺してしまいそうな表情で、苦しみと激情を押し殺しながらアリサを制した。

 

「こいつを止めなきゃそれこそナルミが殺されるぞ!!」

 

 これもまた、一つの真理である。

 今ここでナルミを救えるのはディセットたちだけだが、敵を倒せるのも彼らだけだ。ここで止めなければ――否。倒せなければ、エストラダは行動不能に陥ったナルミに確実にとどめを刺す。

 現実を認識したアリサは、思い切り歯を食いしばった。

 

「時間が無い……っと、うお!?」

 

 剣がコックピットブロックを掠めてディセットたちの姿があらわととなり、滑腔砲までもが破壊される。ほぼすべての武装が奪われたが、それでも怯むことなくディセットはその猛威と相対した。

 体術のみで強引に全てを削り取る闇に抗うのは不可能だ。稼ぎうる時間はせいぜいが十数秒。その間に可能な限りアリサへ情報を伝達する。

 

「俺が合図したら上のハッチぶち抜いて脱出しろ!」

「あんたは!?」

「訂正、俺引っ張って脱出してくれ!」

「…………」

 

 釈然としない気持ちになりながらもアリサは頷いた。

 ここで格好良く「行け」とくらい言えないものか。

 

「どうする気?」

「奥の手だ」

 

 告げるディセットの額から軽く冷や汗が流れた。

 もはや手段は選んでいられないとはいえ、これで決まるかは賭けでしかないからだ。

 

「――異世界で、これほどの戦士と見えようとはな……」

「あぁ!?」

 

 そんな折、突如としてエストラダが声を発する。困惑で思わず声を返すも、その声音は誰かに語りかけるようなものではなく、うわ言のようだった。

 彼は、爆傷によって生じた脳へのダメージで、半ば意識を失っていた。それでも一向に剣術の腕が衰えることなく、敵を討ち果たさんとしているのはその身に刻まれた弛まぬ鍛錬の賜物か。

 

「だが……負けられぬのだ。故国よ……陛下……団の皆……そして妻よ、子供たちよ……!」

「――――」

 

 わずかに、ディセットはその言葉に同情心を覚えた。

 敵とはいえ、なにも心無い怪物などではない。彼もまた、失ったものを取り戻すためにその身を削って戦っているのだ。グリムの語る通りならば、黒騎士は自らの国を、そしてそこに住まう人々を失った騎士団の成れの果てである。

 失うものの多かったディセットにも気持ちは分かった。かつて金星で出会った仲間、自分を子供のように可愛がってくれた恩人、そしてまっとうに人間として心配を向けてくれた友人の父。

 されど、気持ちが分かるからこそ彼はそれを否定しなければならない。

 

「……奪われる悲しみを誰より知ってる奴が、人から奪うなよ……!」

 

 血を吐くような思いも、既に今のエストラダには届かない。忸怩たる思いを胸に抱えながらディセットは神経接続を解除し、片腕を揚げて合図を見せる。

 その腕を取ったアリサは、瞬時にハッチを切り刻んで強引にディセットと共に空へ飛び出した。

 

「すぐに離れろ!」

「何で!?」

「――ガルデニアを自爆させる!!」

「はぁ!?」

 

 遠隔操作により、ガルデニアが闇の巨人に組み付く。その動力部はオーバーロードを起こしており、唯一残ったグレネードもまた加熱状態に至っている。

 ディセットに、あるいはガルデニアに残された最後の手段。本来はブラギ社にとって不都合なクローンの存在を秘匿するための奥の手だ。ディセットの搭乗するガルデニアに限り、機密保持を目的として確実にコックピット周辺を消滅させるため、高性能の爆薬になりうる動力源が備わっている。自機周辺を巻き込んで焼き尽くすほどの威力を秘めた自爆だ。

 

「先に言ってよこのバカ!」

「すまん!」

 

 アリサはその場に大気中の塵を固めた足場を作ると、即座に高速の機動に移った。

 数秒と経たず内から湧き出る熱に焼かれるガルデニアは、その身をもって闇の巨人とエストラダを共に押さえ込み――やがて、諸共に消滅した。

 

 

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