融界ドラゴネット −あさおんからはじまる世界融合−   作:桐型枠

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61.軌道リングと新たな島

 

 透明度の高い海中を、高速で泳ぐ巨大な影がある。

 瀬断(せだ)ちマグロと呼ばれるその巨獣は、全身に無数の刃を生やした極めて危険な魚類だ。時に浅瀬に乗り出し生態系を荒らし尽くすことから付けられた名だが、実のところその主な生息地は陸地から遠く離れた遠洋である。

 船舶であろうと人間であろうと区別なく襲いかかり、シーレーンをも破壊しかねない凶悪なモンスターは――しかし機嫌の悪いアリサに膾切りにされていた。

 エストラダを撃破し、かれこれ二時間ほど。一向にナルミの姿は見つからず、肝心のもう一人はワーカーを失ったせいで海上ではできることが無い。ほぼ八方塞がりだった。

 

「水冷てぇ……泳ぐのダルい……腹減った……」

「気が滅入るようなこと言わないでよ……」

 

 潮の流れも遅くはない。今の二人は、有り体に言って漂流して遭難していた。

 眼の前には赤く輝く巨獣の赤身肉が浮かんでいる。かぶりついてしまいたい衝動がわいてくるが、衛生面的にも問題があり、毒の可能性もある。二人はその場で諦めた。

 

「あたしたち、いつまで流されるんだろう……それに、先輩はどこに……」

「ナルミは生きてる」

「そう信じたいって?」

「それもあるが、沈む前に生体反応を確認してたんだよ。ドラゴンの特徴も多く出てるから、多分空気が無い程度じゃ死なないはず……」

 

 宇宙を自在に泳ぐドラゴンは、その性質上、生存に酸素が必ずしも必要ではない。高い水圧にさらされようとも容易に適応もするだろう。

 今すぐに救助しに行きたい気持ちは両者ともにあったが、それをする前に下手をすれば自分たちが死ぬという現状も、ディセットは正しく認識していた。

 

「救助とかは……?」

「要請してる。けど、太平洋のど真ん中だぞ。何時間かかるんだか――やっべ、また高波来たぞ!」

「その前に、あたしたちが死なないといいけど……」

 

 波が高く、海が荒れている。よもや忍者の仕業か、と考えたが、姿を消した彼に文句を言えるはずもない。今、彼らができるのはなんとか波を避けることだけだ。

 

「さっきから妙に多いけど、地震か何か……?」

「地殻変動自体は起きてるかもしれないが、原因は別だろうな」

「どういうこと?」

「さっきからインプラントの通信量が妙に増えてる。それに、日付がやたら前のメッセージも大量に……」

「話変わってるけど」

「変わってねえよ。俺が言ってるのはその原因でだな」

「原因? それってつまり……」

 

 保留されていたメッセージの送信元が、少なくともこの世界にいる。その理由が分からないわけではない。

 それをなす機能があるのは機械の世界のインプラントくらいのものだ。懸念に対する答えを返すように、ディセットのインプラントに通信が入る。フォーグラーからだ。

 

『ディセット君、まだ大丈夫かね?』

「死んではない。今通信繋げたってことは、()()()()()()()()()()って話か?」

『話が早くて助かるよ。先程、赤道上の三地点で軌道エレベーターの出現が確認された。恐らく軌道リングもこちらに来ている』

 

 概ね想定通りの回答に、ディセットは大きく溜め息をついた。

 ついにここまで巨大な物体がやってきたという点もそうだが、彼にとって頭を悩ませるのはほぼ確実に古巣(ブラギ社)もこちらの世界にやってきているということだ。

 ジスカールの話を聞くまでもなく、彼はブラギ社に小さくない不信感を抱いており、その感情はもはや嫌悪感や拒否感とすら言っていいほどだ。

 そうでありながら、元々ブラギ社に所属していたディセットは、これに関与しないわけにはいかない。実情としても心情としても既にフォーグラーのもとALV(アルフ)社に所属している彼だが、ブラギ社に退職届を出したわけでも放逐されたわけでもない。データ上、ブラギ社にとってまだ彼は社員であり社のトップエースのままなのだ。

 

「また何か厄介事……?」

「――――」

「厄介ごとね……」

 

 海面に顔を沈めて泡を出して返事の代わりとする。

 有り体に言って最悪の気分であった。

 所在が知れたのならば、ブラギ社はほぼ確実に自社の()()の回収に動く。インプラントを通じて位置情報を取得されているだろうから、多少海中に身を沈めたところですぐに発見されるだろう。

 

「帰りてぇ~」

「あたしも」

 

 そして、アリサも状況を考慮すれば、確実にそこに巻き込まれることになる。

 

「貸しひとつね」

「そのうち返す」

「期待はしないから」

 

 その前提で、アリサはひらひらと手を振った。

 そうして波をやり過ごし、海の上に霊術で浮きながら数分。アリサは、空から降る流星の姿を見た。

 

「あれは――」

 

 それは、鋼の巨人だった。全体的に細身のフォルムを持ち、鋭角を基本としたデザインはどこか攻撃的だ。

 膝部にはブレードを収納する機能を持ったスラスター。背中には特徴的な角柱状のウエポンラックが装着されており、ミッションに応じて様々な武装を積み替えることを想定していることがうかがえる。

 そのワーカーの名を、二人は知っていた。

 

「白い……ガルデニア?」

 

 ブラギ社製最新式汎用ワーカー、ガルデニア。

 ――つい先程自爆させたディセットの愛機の同型機である。

 ディセットは思わず苦虫を噛み潰したような表情をした。こうなってしまえばもう確定的だ。

 

『我が社の誇る最強のパイロット、「竜狩り」がこのような辺鄙な場所で濡れ鼠とは。滑稽なものですね』

 

 そのスピーカーから発せられたのは、年若い女の声だ。未だ16歳のアリサより更に若く、幼さすら感じられるほどのもの。ディセットもパイロットの在り方として大概歪んでいるが、このパイロットの少女はそれより更に歪んでいるように感じられた。

 

「……知り合い?」

「まあ。色んな意味で、よーく知ってるよ」

 

 ディセットは社内でも特殊な立ち位置におり、トップエースと称されてはいるが結果的にそうなっただけで高い地位にあるわけではない。

 特殊部隊の部隊長という名目にせよ、元を辿れば「盾」、「身代わり」のスケープゴート部隊が原型である。腫れ物扱いが関の山で、深い付き合いのある人間がいるわけではなかった。

 その中で例外的に「知っている」とはっきり言える相手というのは、即ち同じ境遇にある人間であることを指している。

 

『ですが、生体反応が出ている以上回収しないわけにもまいりませんので――このアン・ポートリエ、お迎えにあがりましたわ。()()()

「え? 兄? ……いも……妹!? あれ、でも名字違……」

「…………」

 

 ことここに至って、ディセットはアリサへ自分の素性を伝えていなかったことを思い出した。

 彼がクローンであることを知っているのは、ナルミとフォーグラーくらいのものだ。この場で説明をするには時間が足りない。

 クローンというものに兄弟姉妹という関係を当てはめていいのかという問題もある。ディセットと同じ遺伝子データを使用しているため全く的外れというわけではないが、彼個人は弟妹という感覚を持ててはいない。どちらかと言えば後継製品という趣のほうが近いだろう。

 アン・ポートリエは"ユピテル"討伐作戦の少し前に部隊に配属され、突如副隊長の座に就いた少女だ。付き合いもそう長いものではなく、なぜか妹を名乗る副隊長(ぶか)という言語化し難い存在という認識である。型番としてはP-1号――ブラギ社にとって次世代型のクローンの雛形となる存在だった。

 

『機密保持のためそちらの女性にも同行をお願いします。よろしいですね?』

「はいはい」

 

 事実上、大砲を突きつけられているも同然の状況だ。対処そのものは簡単だが、見渡す限りの水平線という、様々な意味でどん詰まりのこの場から脱するには好都合だ。従っておいた方がいいとアリサは判断し、"墜星"を海に沈めて相手から見えないよう隠した。

 

「アリサ」

「……何?」

「気をつけてくれ。俺達が今から向かうのは、機械の世界の中枢部だ」

 

 軌道リングは機械の世界における政治と経済の中心だ。ディセットの所属していたブラギ社のみならず、フォーグラーが融合している社長が統べるヴェルト社もその中に本社を置く。

 更に、三大企業と呼ばれるレクタングル社や、ストロエフが持ち出したワーカーの出所であるカナール社も名を連ねており、その性質上産業スパイや騙し騙されの小競り合いは日常茶飯事である。

 現代日本と比較すれば格段に治安も悪く、身元不明の死体が見つかるなど「よくあること」というのがディセットの見解だった。

 

「下手すると結社より厄介な、人の命なんてなんとも思ってない外道どもの巣窟だ。できるだけ他人には気を許すなよ」

 

 


 

 

「――ナルミ君が行方不明、ディセット君とアリサ君はブラギ社に回収され……まあ、実質誘拐か」

 

 無数の資料が散らばる仮設事務所のソファで、フォーグラーは溜め息をつきながら軽く眉間を揉んだ。

 最大戦力の三人が欠け、止めきれなかった隕石による被害は地球全土に及ぶ。あまり良い状況ではないのは確かだが、「最悪」は免れることができた。

 なにせ地球が崩壊していないし世界も終焉を迎えていないのだ。ナルミが行方不明と言っても死んだわけではないと言うし、ディセットたちは軌道リング内に連れて行かれたのならある意味で安全だ。

 

「いかがいたしますか?」

「まずは地盤を固めなければならないね。既に軌道リングがこちらに来ているということは、火星や月面も同様だろうか……」

「月面は既に。火星は現在確認中ですが、恐らく……」

「実に嫌になる話だ!」

 

 新型ワーカーについての構想も固まり、軌道に乗せようとした矢先のこの騒動だ。戦力としてはグリムが動いて巨獣を討伐しているが、一人でいつまでも戦ってはいられない。

 場合によっては自分も、とカナタが名乗りを上げているが、彼女は性格的にも能力的にもそれほど戦いに向いているわけではない。巨大戦力となればなおさらで、ワーカーが無い現状は前線に出るべきではなかった。

 

「せめてナルミ君の所在だけでも分かればいいのだが……」

「難しいと思いますよ~」

 

 平時と変わらぬ口調で、しかし据わった目の下にクマを作ったカナタが、この先必要になるデータをまとめながら応じる。

 

「なっちゃんなら、今自分がどこにいるか、さえ分かればどこからでも戻ってこられますけど~」

「それはどういうことだね?」

「緯度、経度さえ分かれば角度を算出してということですねー」

「彼女はそのままウチの経理として欲しいね……」

「で、意識が戻ったら、陸地を目指して飛べばいいだけなんですよねぇ。今、帰ってきていないってことは――」

「帰ってこないだけの理由があるか、帰ってこられないような場所にいるか……」

「後者かもしれません。CEO、これを」

「ふむ?」

 

 猫耳の秘書――カリーナの差し出すタブレットを見れば、そこに映されているのは何処とも知れぬ島だ。

 しかし、カリーナの指先が画面をピンチインして縮小化していくと共に、それがただの島ではないことにフォーグラーたちも気付く。

 

「――まさか、新大陸か!」

「先程衛星写真が送られてきました。赤道直下、太平洋上に突如出現したそうです」

「カナタ君。ナルミ君は例えば……星の位置から自分の座標を知ったりは?」

「そこまでの知識は無いので、無理ですね~……」

「と、なると――なるほど。彼女はそこにいる可能性が高い」

 

 座標さえ分かればすぐに戻って来ることができるが、戻ってきていない。ならば、即ち彼女は今座標を知ることのできる位置にいないということだ。

 この世界におけるそもそもの座標が知れない新大陸。そういった場所ならば、緯度や経度の情報が入らずとも不自然は無い。

 

「広さは?」

「東西2000km前後、南北1600km……ムー大陸ほどではないかと」

「だとしたらハワイやタヒチが巻き込まれているだろう。おおごとだよ」

「オーストラリアよりも小さいですねぇ。グリーンランドみたく区分は『島』になるんじゃないですか~?」

「だとしても広大だ。少なくとも一度、ここに行って状況を確かめねばならないだろうが……」

 

 そのためのあらゆる手段が足りない、とフォーグラーは試算した。

 金銭面、情報面、そして何より戦力。いち企業のCEOという立場だけで大陸めいた巨大な島の調査になど乗り出せるものではない。

 衛星写真からでも分かるほどに巨大な樹木を目にして、フォーグラーは画面を指で叩いた。

 

「恐らく、この島は霊術の世界から来たものだろう。安易に向かってはそれこそ我々の方が先に命を落とす」

 

 何より、巨獣の存在がフォーグラーの手を止めさせた。

 これまで目にした巨獣は、それこそディセットやナルミたちの手があってこそ対処できたものだ。普通の人間の操るワーカーではあれほど簡単に倒すことはできないだろう。

 補給拠点、整備点検の設備、そのための資金繰り。乗り込むとしても様々な手順を踏んでこそと彼は判断している。

 

「やはり、やるしかないか。カリーナ、例の資料を」

「はい」

「――ALV社とヴェルト社の合併に動くぞ」

 

 

 そのための第一歩として、まず彼は己の肉体の如く、自身の手がけた二社を融合させようと手を打つことにした。

 

 


 

 

 穏やかな波が、撫でるように砂浜に打ち寄せる。

 人間の手の入らぬ波打ち際を、巌のような屈強な肉体をした壮年の男が一人、注意深く観察するように歩いていた。

 

(数刻前の荒れようとは比較にならぬほど、穏やかな海だ……)

 

 数刻ほど前の海は、酷い荒れようだった。人類の生存圏が海という領域から離れた現在、再び海岸線を確保するのは()()にとっても悲願である。

 男にとって巨獣はそれほど恐れるものではなく、やり過ごすこともまた容易だ。この日は単独偵察のつもりで海岸に訪れていた。

 諸事情あり、彼はあまり人前に姿を現すことができない身だ。せめて多大なる功績を――その一心で訪れた海岸だが、収穫はそう多くない。

 

 このまま帰参すべきか、否か。

 そう考えた男の目に留まったのは、波打ち際に倒れ込んだ一人の少女だった。

 

「ぬ――」

 

 大きな黒い角と、対照的な白い鱗を帯びた尾。そして月の光のような色味の髪がよく目立つ。

 身に纏う衣服こそ彼の知るものとは異なるものの、その容貌は男にとってよく知る少女と瓜二つだった。

 生きている。荒い息遣いではあるが、確かに呼吸をしている。

 行方不明になった彼女が、いつの間にやら戻ってきたのか、あるいは他人の空似か――いずれにせよ、危険地帯で見てみぬフリはできない。

 

 男は少女を抱え上げると、元来た道を駆け出した。

 少女が目を覚ますよりも先に、人通りのある場所へと向かわねばならない。そうでなくとも、安全な場所を確保する必要はある。この島は、人の住まう場所以外は全て危険領域なのだ。

 そして何よりも、少女が目を覚ますよりも先に行動せねばならない理由が、男にはある。

 

 ――彼は全裸だった。

 

 

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