融界ドラゴネット −あさおんからはじまる世界融合−   作:桐型枠

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62.全裸とオンボロ小屋

 

 

 (からだ)が割れるように痛む。

 これまでの人生で一度として感じたことのないほどの、重く激しい痛みだ。

 根幹の存在そのものにヒビが入るような、内側から破裂するような――それは、僕の中で眠っていた()()()()の記憶が外に押し出されて来るほどに強烈なものだった。

 

 ヴァルトルーデ・D(デルピュネス)・ネルリンガー。この肉体の(もと)となったもう一人の人物。

 「記憶」として湧き上がってきたその子の人生は……なんというか破天荒だった。

 

 かつての建国者の血筋に生まれ、生来強大な力を持っていた彼女は、親の期待とは裏腹に己の力を誇示し鼻にかけた傲慢な性格に育った。

 己の血筋によるコネと力という有用さを示して軍に入ると、その能力を用いて国内の盗賊や山賊、潜伏している反政府組織をごく短期間に討伐・平定。生き残った荒くれ者たちを力で従わせて自身の部下として登用すると、みるみるうちに軍内での発言力を増し巨獣討伐などの実績をあげ将軍の座に上り詰めた。

 

(すごい子だな……)

 

 色んな意味で。

 ……しかしこれはあくまで客観的な見え方だ。僕は主観的にその記憶が見えるので、その時々の思いや考え方も感じ取れていた。

 まず、軍に入ったのは力ある者の責務と考えたから。スネに傷がある人たちを積極的に登用して部下にしたのは、立場を与え生活を安定させることで、二度と同じような悪事に手を染めさせないため。軍という大枠に所属することで暴力の矛先にも巨獣討伐のためという方向性を与えられる。治安維持の一環と言えるだろうか。

 その根底にあるのは、より多くの民のためであり国のため。自由奔放、傍若無人に振る舞っているのも、性格の一部ではあるのだろうけど、それによって全体の安全に寄与するためという側面もあるようだった。

 

(や、それはそれとしてアウトプット最悪だなもう一人の僕(ヴァルトルーデ)

 

 ただやっぱり外面は悪い。

 他人を小馬鹿にした煽り口調、有無を言わさない高圧的な態度。グリムさんが口を濁していたのも頷ける。

 大人にナメられたくないという思いもあったのが感じ取れるが……うーん……それならそれでもっと真面目な方向で頑張った方がよかったんじゃないかな……。

 

 思えばヴァルトルーデの記憶は以前から度々表出していたが、姉さんから何も言ってこないあたり人格への影響は最低限だ。

 案外もうちょっと人当たりを良くしようという思いもあったのかもしれない。

 

(――さて)

 

 明晰夢に近いふわふわした感覚の中、なんとなくそろそろ意識が戻りそうな予感がある。

 幸運なことに、僕はどうやらまだ死んではいないようだ。浮き上がるような感覚に任せ、まどろみの中から抜け出す――。

 

「――ガホッ! コホッ……!!」

 

 ――そして、喉と胸が焼けるような強い痛みの中、咳き込みながら目を覚ました。

 

「フッ……コ、ホッ……」

 

 鉄の味を含んだ海水が、喉の奥から外へと流れ出す。意識を失っていた時の酩酊感から急に現実に引き戻されると、ギャップで少しばかり辛さが倍増する気がした。

 記憶や意識に混濁は、今のところ無い。全身が痛んで張り裂けそうだが、とりあえず指先から順に動かしていけばなんとか動き出せた。

 次に、視界を巡らせる。

 どうやらここは古ぼけた木製の小屋のようだ。建築様式……は、知識が無いので分からないが、時代劇などで見るようなあばら家に似ている。

 

「ここは……」

 

 いや本当にどこだろうここ。

 少なくとも日本ではないだろうし、海外にしても……何でこんな場所に? 誰かが僕を助けてくれたということだろうか?

 だとしていったい誰が助けてくれたのだろう。僕が意識を失ったのは、周りに島の影すら見えないくらいの太平洋の海上。漂流したとしても、まともに人間のいるような島にたどり着くだろうか?

 

「!」

 

 訝しんでいると、不意に警鐘を鳴らすように全身が違和感と生理的嫌悪感を訴える。

 これは……ダークマターの反応!

 

(結社の刺客が近くにいる……!?)

 

 痛む体に鞭打って飛び起き、プラズマで光のリングを形成して構える。

 ほんの一秒が何十分にも感じられるほどの緊張感の中、小屋の戸が開く。そうして姿を見せたのは、まるで大岩から削り出したかのような大男だ。

 デカい。位置関係からすると、190cmちょいあるディセットより更に大きい。筋骨隆々で顔の彫りも深く、ギリシャの彫刻のようだ。

 彼は戸の影から上半身だけをのぞかせているが――サーファーや海水浴客なのだろうか? 上半身には何も着用していないように見える。

 

「目を覚ましたようだな。生きていて良かった」

「あ、はい……?」

 

 ……えっと……この人が助けてくれた……のか?

 しかし、だとして……何で濃いダークマターの気配が()()()()()()()感じられるんだ?

 探知霊術を使う……が、周囲に人間がいるような反応が無い。だとすると、この人が……それとも、何か探知を逃れる術がある?

 この目で直接確かめるしかないか。戸は開いているし、隙間もそれなりにある。いけるか……!?

 

「少し……離れてください……!」

 

 床板が壊れるかもしれないので足元に磁力を展開。踏み込みと同時に磁力で加速して……飛び出す!

 

「おっと」

「!?」

 

 ――直後、僕は男の腕でその場に止められていた。

 踏み込みがうまくできず、速度が十分に出ていないとはいえ、僕の突進を受け止める!? それも傷一つ負わず!?

 

「落ち着きなさい。かなり海水を飲んでいるはずだ。顔色も良くない」

「なっ……!?」

「まだ動かない方がいい」

 

 男の全身からは、光のようなオーラのような「何か」が噴き出している。結社の使っていた「闇」とはまるで異なる存在感。しかし、確かに僕の感覚はそれがこの世界に存在しない異物であると訴えている。恐らく、それが彼の膂力を増大させている……のだと思う。

 他の人間の気配は無い。やっぱりこの人が結社の……だったら何でこの人僕を気遣っているんだ!? 敵だぞ!?

 水を飲んでることが分かってるなら、タイミング的にも僕のこと明らかに殺せてたよね? いったい何がどうなってるんだ……!?

 

「あの……ッッ!?」

「む、まずい」

 

 そして、寝床らしき場所に押し込まれるのと共に、僕はその人物の全身を目にすることになった。

 筋肉の鎧で身を固めた、ボディビルダーよりもどちらかと言うと神話の英雄のような戦う人間の肉体。ギリシャの彫刻のようだと称したのもある意味では間違ってない。

 ――なぜなら、彼はそういう彫刻と同じように全裸だったのだから。

 

「ぎょわあああああああああッッ!!?」

「落ち着いてくれないか。私とて好きでこのような格好をしているわけではない」

「人間はねえ! 好き好んでやるんじゃなきゃ人前で全裸になんかならないんですよ!!」

 

 何だこの人!?

 あっ、あれか!? 性的に襲う的な……いや、もしそうだったらとっくにコトは終わってるな、僕しばらく意識失ってたし。服を脱がされた形跡も無いからその線も無いな……。

 

「あなた……一体何なんですか?」

 

 思わず言葉が口をついて出た。まるで状況がわからないし、見えてこない。

 この人がダークマターに由来する能力を持っているらしいことは分かるものの、攻撃の意思も無いしこちらに危害を加えてこない。状況を把握するためには、まず話してみるしかない……か。

 

「私は……元軍人だ。そちらこそ何者だ? 君の姿は、私のよく知る人物と似ている……似すぎていると言ってもいい」

「元軍人? それに姿が――――ッ!?」

 

 突如、そこで僕は違和感に気付いた。

 今、この場所はどことも知れない土地と国。にもかかわらず()()()()()()()()。まるで十年以上も使って慣れ親しんできた日本語(げんご)と同じように、当たり前に会話が通じている。

 そしてこの人の言う「よく知る人物」。初見で椿さんやグリムさんが見間違えてしまうくらい、今の僕はある人物をそのまま成長させたような外見をしているらしい。

 

()()()()()()()という名前を知っているか? しばらく前に行方不明になった、私の知人の名前だ」

「!」

 

 ――やはり!

 ここは霊術の世界にある国、それもグリムさんたちが所属していたらしいデルピュネス帝国だ。

 ヴァルトルーデの知人で元軍人だと言うなら、間違いなくこの人は有力な情報源になりうる!

 ……いや、まずこっちの事情についても説明しておかないといけないだろうけど。

 あと全裸の衝撃でそれどころじゃなかったけど、ヴァルトルーデの記憶が刺激されたらしくこの人についてもぼんやり浮かんでくる。

 

「……知っています。恐らく、あなたのことも――何で全裸なのかはともかく」

「知っているのか! そうか……」

 

 いや喜ぶ前にせめて股間隠そう?

 おかげでヴァルトルーデの記憶は引き出されても本当にこの人が本人かどうか判断に困るんだけど。

 

「ただ、状況が複雑で、僕のことも色々と説明しないといけないんですが……服を着てから聞いていただけますか?」

「服を着ることはできない」

「なんでだよッッ」

 

 原始回帰主義者か何かかこの人!?

 

「少し見てくれないか」

「何見せる気ですかナニですか」

「違う。これだ」

 

 男はヤシの葉でできた腰蓑のようなものを取り出して見せてきた。

 あるじゃん着るもの。何で着てないんだよワケわかんないよ。

 困惑の中、彼はそれを腰に回し――次の瞬間、腰蓑は弾け飛んで消滅した。

 

 消滅した。

 

「…………………………は?」

「このように、今の私の体は衣服を拒絶する」

「なんで???」

 

 男はそそくさと股間を隠せる板切れを持ってきて、股間のブツが僕の視界に入らないようにしてくれた。

 ……いや、そりゃ僕も元々男だし気にするほどじゃないけどさ。普通に嫌だよ。よく知らない人の股間見せつけられるのとか。

 しかし本当に服だけダメなのか……さっき戸の裏に隠れたのもそういう……。

 

「そちらの話も聞かせてもらえないか?」

「え、あ、はい……」

 

 あちらが事情を話してくれたのなら、こちらも何も言わないわけにはいかない。

 家庭の事情は一旦置いておいて、今この世界が複数の異なる世界が融合していること、僕も巻き込まれてヴァルトルーデと機械の世界のドラゴンと融合していること、それからグリムさんと出会ったことや竜族を狙う結社の存在などを語った。

 互いの常識のすり合わせからやっていかないといけなかったとはいえ、大筋はだいたい分かってくれた……と、思う。

 

「うむ……なるほど、だいたい分かった。帝国の将軍が相次いで失踪したのは、そういった理由があったのだな」

「……仰ってるあなたも将軍の一人ですよね?」

「うむ。オスカー・マンハイムという」

 

 やはり。顔を見ていると浮かんでくる知らないはずの名前は、この人のものか。

 マンハイム将軍……ヴァルトルーデの記憶だと、質実剛健を地で行く真面目な人だという認識があったが、こんなハジケたことになっているのは色々想定外だ。

 本人が意図したことではないだろうけど。

 

「つい先日、軍は辞したのだが」

「それは……まずいんじゃないですか? 将軍格って四人しかいませんよね? 二人もいなくなったのにもう一人もだなんて……」

「私もそう思った。だがこれはケジメなのだ」

「ケジメ……」

 

 まさか、能力の暴走で誰かの命を奪ってしまったとか……!?

 

「将軍二人と姫様が行方不明になり、ことの報告のため皇帝陛下と謁見した私は――」

「はい」

「――そこで初めてこの能力を発現し、鎧を消し飛ばして陛下にお見苦しいものを晒すことになってしまった」

「はい……はい?」

「私は己の肉体に何ら恥じるところは無いが、陛下の御前で不敬をはたらいたことも事実。その場で職を辞し出奔したのだ」

 

 コントか?

 下手すると陛下も状況を把握しきる前、沙汰を下すもクソもない段階でダイナミック脱出キメてない?

 というか自分の体に何ら恥じるところが無いなんてすごい自信だなこの人。ハガネみたいな肉体だし納得もできるけどさぁ。

 

 ……しかし、皇帝陛下の前で突然能力が発現したというのは気になるな。

 姫様が竜族なのだから、当然陛下も竜族だ。結社、というか彼らに力を与えた異界の神は、ドラゴンの殲滅を目的としている。抹殺するには絶好のタイミング……なのだけど。

 僕のことだって助けてるし、ドラゴンを始末することそのものにこだわりが無い……というか、そもそも世界を滅ぼしてまで欲してるものが無い?

 ……え、じゃあ何で異界の神は、マンハイム将軍にこんなはた迷惑な全裸パワーなんて与えたの?

 

「マンハイム将軍、その力ですけど……この世界に由来するものじゃないと思うんです。僕らの命を狙ってる結社の人たちが使うのと同じで……それを得る時に、何か前触れとかありませんでしたか?」

「――今から思い返すと、声が聞こえた気がする」

「声ですか?」

「うむ。『強き魂だ』とか『その価値を示せ』とかなんとか……」

「……それだけ?」

「それだけだな」

 

 わからん……神のことなんもわからん……。

 そりゃよその世界に侵攻に来てる以上、一枚岩でもなければ一柱だけとも限らないけど……かなり直接的に攻撃しに来てる結社の人たちと比べると、マンハイム将軍に何をさせたいのかまるで分からない。

 とりあえずこの人に害意が無い以上、警戒しつつ様子見、しか無いだろうか。

 

「ヴァルトルーデ……いや、ナルミと呼んだ方がいいか? 君はこれからどうする?」

「とりあえず家に帰って最低限無事を伝えたい……ですけど、今ここがどこなのかが分からなくって……地図とかありません?」

「ある、が……恐らく役に立たないだろう」

「ですよね」

 

 世界が融合して帝国の国土やその周辺国家がこっちの世界に来たということなら、世界地図のどの辺に来たのかを調べないといけない。

 調べきれれば帰ることは帰れるだろうけど……どうだろう。世界中飛び回るハメになったらまた結社に狙われるだろうし、霊術も使いすぎるとまた内側から破裂するような感覚を味わいながら死ぬことになる。限界値もよく分からないし……正直に言うと、これが一番怖い。いつ、どのタイミングで飛行中に襲われるかと思うと迂闊に飛び出せない。

 

「将軍は今、国には帰り辛いですよね?」

「不敬をはたらいてしまった陛下に対して面目が立たぬ、というのが正直なところだ」

「そもそも、そういう変な能力が発現してしまったことをちゃんと説明すればいいと思うんですけど」

「既に済んだことだ。何を言っても言い訳にしかならん」

 

 ええい頑固だなこの人。

 

「じゃあ、手柄を携えて戻るのはどうでしょう」

「生半な手柄では陛下への不敬を相殺するには足りぬぞ」

「行方不明の将軍二名の所在が知れた。ヴァルトルーデは連れ帰った、って報告は手柄になりませんか?」

「む……」

 

 グリムさんは半ば現役を退いて教育役に就いていたとはいえ、現役の将軍三名の突然の離脱だ。帝国軍は弱体化の一途を辿っていることだろう。力によって将軍の座に就いたような豪傑だ。帰還したとなればそれなりの手柄にはなるはず。

 ……それに、そもそも皇帝陛下はそんなにマンハイム将軍のこと怒ってないというか、怒る以前に困惑しきりなだけだと思うんだよね。ちゃんと会話する機会を設ければ、復帰の目も小さくはないはず。

 全裸だけど。

 

「それでは君に負担がのしかかることになる」

「わけのわからない連中と殺し合いをすることになるよりはマシだと思います。力にも自信はありますし」

「むぅ……」

「負担が気にかかるなら、代わりに最低限の生活の保障をいただければ僕はそれで構いません。どうですか?」

 

 家に帰って、姉さんやディセット、皆に無事を報告するためにも帝国の力はできるだけ借りておきたい。

 この国全体を見ても竜族も多くいるだろうし、結社に狙われやすい環境でもあるだろう。今後のことを考慮すると、少なからず協力関係を結ぶ必要がある。身一つで放り出されてある意味進退窮まってる状況ではあるが、絶好の機会だ。多少、負担が増えることは許容して動くべきだろう。

 

「……分かった。私もいつまでもこのまま一人で帝国市街へ近付く巨獣を討滅するだけではいられんとは思っていた」

 

 それはそれとしてこの人の戦闘力も大概だな?

 全裸なのに。

 

「決まりですね」

「――案内しよう。我ら人類の数少ない安住の地へ」

 

 ……ところでこの人、全裸のまま市街地に入っていくつもりなんだろうか。

 

 

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