融界ドラゴネット −あさおんからはじまる世界融合− 作:桐型枠
「ドラゴンを殺せ」
手錠をかけられ、憮然とした表情でそれを聞くディセット・ラングランは今すぐ思い切り舌打ちをして眼の前の男を罵倒してしまいたい気持ちを必死に押し殺す。
拘束されている現状で反抗的なことを言えば、気分を損なわれ殺されるという可能性も高い。同行者と離された今、彼の生殺与奪の権利を握っているのは間違いなく眼前の男だからだ。
「ログは見せてもらった。異世界同士の融合。人と融合したドラゴン――興味深い話だ。他の企業が嗅ぎつけるより先に粒子製造器官を確保しろ」
「……お言葉ですが
「ドラゴンは
ディセットは今すぐ思い切り手錠を叩きつけてしまいたい衝動をこらえきった。
ブラギ社の
やや薄くなった黒い髪をビタリと整えた神経質そうな外見に違わず、彼は神経質で冷徹な男だ。
ディセットにとってはある意味生みの親とも言える存在だが、互いの関係性は極めて険悪である。これはブロサールがクローンを「人間」であると認めていない価値観に由来する。
人間だと思っていないので粗雑に扱えるし、いくらでも使い捨てにできる。有用性を示しさえすればそれなりに重用はされるが、あくまでそれは便利な道具という立ち位置に過ぎない。
――そんな彼が、法的な立ち位置が定まっていないドラゴンと人間の融合体など見つけたらどうなるか。
(法が定まるより先に終わらせるつもりだな……)
概ね、その方針はディセットの想像通りだった。
「双方の特徴を持つ人間」ではなく「人型をしているだけのドラゴン」と法解釈し、粒子製造器官の回収を行い他社よりも優位に立つ。
統合政府というものが存在せず、地球上の国々が健在で、各国及び軌道リングが政治的に混迷のさなかにある今が絶好の機会だ。狙わないわけがない。
「ドラゴンの知能レベルは?」
「人間と同様にものを考えて喋りますが」
「ならば我が社の関与を疑われないよう、偽装の上出撃しろ」
(そういうこと言ってねえよ対話ができる知能があるっつってんだろ頭おかしいんじゃねえかこのハゲ)
内心で毒を吐きつつも、拒否権は無い。感情を一切出さぬよう努めながら「了解」とだけ返す。
「明朝五時に出撃だ。価値を示せ、L-17号」
SPにディセットを連れて行くよう命じると、ブロサールはそれ以降一切ディセットに目を向けることは無かった。
社長室から退室したディセットは、扉が閉まると同時に大きく深い溜め息をついた。
(行くわけねえだろボケナス)
内心で三度悪態をつく。訝しむようにSPがディセットをちらりと見たが、彼らはすぐに「収容室」と呼ばれる、ある種の牢に連れていく業務に戻った。
ブラギ社にけるディセットらクローンの扱いは、「ワーカーを効率的に動かすための生体ユニット」程度のものしか無い。多少不審な動きを取ったとしても、いちいち意識を向けるようなことは無い。ブラギ社以外の世界をろくに知らない
ほどなくして、あてがわれた部屋にたどり着く。生活感の無い、監獄じみた部屋だ。鍵が閉められSPが退出するのを見送ると、ディセットは硬いベッドに腰掛けてこめかみを軽く二度叩いた。
『――ビックリした。あんな強引に連れて行かれたのに、本当に危害を加えられてないのね』
直後、ディセットの耳元で小さな声が聞こえる。アリサのものだ。
二人はブラギ社に連行されるにあたって、最初から空気とエーテルのラインを通してすぐに連絡を取り合える体制を構築していた。
アリサ個人は、もしかすると用済みと見て殺される可能性もあるのではと戦々恐々としていたが、ディセットはこれを否定した。
「利用価値がある間は殺されないって言ったろ。『竜狩り』のネームバリューと実力はあいつらも惜しいはずだ」
声を発するディセットだが、アリサがこの霊術を使っている間は声が外に漏れることは無い。モニタリングされていることを前提に、どうにかならないかと相談したところ、その場でぽんと施されたアリサの霊術がこれだ。
便利よりも先に軽い畏怖の方が勝りそうなディセットであった。
「そっちはどうだ? 渡すログも限定的なもんにしたとはいえ、流石に霊術のことはバレてそうだが」
『応接室みたいな場所で根掘り葉掘り聞かれた。もしかしてあたしもその内モルモットみたいに扱われる?』
「どうかな……俺の扱いが粗末なのは、あくまで『クローンだから』だしな」
『どういうこと?』
「ブラギ社の本業は医療メーカー。『人』の定義から外れた相手はクソほど粗末な対応をするが、『人』である限りは慈しむ対象なんだよ」
『区分けはっきりさせすぎ……』
ディセットから見たブラギ社は、その扱いの粗雑さから最悪の企業と言っても過言でないが、機械の世界の一般的な視点で見れば広く高度な医療技術を普及させた優良企業である。
医療発展のために製造されたクローンという存在は絶対数が少なく、世界の大半を占めるのはブラギ社にとって慈しむべき「普通の人間」だ。自社で製造されたクローンに対する粗末な扱いが世に広まったとして、多くの人間は自分には関係ないと考える。悪印象を持つ土台がまず存在しないのだ。
そして当然、クローンでもなければドラゴンの因子も持たない、法的に「普通の人間」であるアリサは保護の対象である。
「何ならお前は手を引いてもいいんだぞ。俺に巻き込まれただけって言い訳も立つ」
『先輩たちが危ないのに冗談言わないでよ』
「……そうだな、悪かった」
仮にナルミが無事だとしても、グリムやルイも当然狙われることだろう。
それ以外の、世界にどれほどいるとも知れない融合体、あるいは霊術の世界の竜族も狙われる対象となる。
実力者であればワーカーによる襲撃もすぐに追い返せようが、大多数の戦いというものを経験したことの無い人間にとってそれは難しい。
商業的な目的のために粒子製造器官を破壊しないという差異こそあるが、器となっている人間を殺して剥ぎ取って回る以上、その厄介さは結社とそう変わりないとすら言えるだろう。
『ログなんて提出しなきゃ、竜族が狙われることもなかったんじゃないの?』
「地球に来るハメになった社員は俺一人じゃないんだから、どっちみち竜族の存在は知られちまうっての」
『それは……そうね』
ディセットが提出させられたログが無くとも、まず間違いなく別口から竜族の情報が上がる。ディセットからの報告は言わば裏取りであり、最終確認でしかないのだ。
「竜狩りならぬ
『対策って?』
「――法整備と法的措置だ」
『うわ超現実的』
「ルールで縛ることができる奴にはこれが一番いいんだとよ。それでもやるって奴を潰す大義名分も得られる」
ルールに穴があるから突く、というような者に対して有効なのは、結局のところその穴を塞ぐことだ。
本来なら法改正には長く時間がかかるものだが、事態が急を要する上に人命がかかっているとなればその動きも多少は早まる。
竜族や「そう」なってしまった者もいつまでもやられっぱなしではいられないのは当然の話で、反撃と報復によって竜族以外の人間が殺される可能性も高い。
フォーグラーやカナタといった前線に出ない者はそういった資料をまとめ上げて提示し、より法整備の動きを加速させることを目指している。
「けど、まあ……法律でどうこうってのは時間がかかるし、法律なんぞ知ったこっちゃねえって言う奴も多い。時間を稼ぐためにもとっとと地球に戻るぞ」
『脱出ね』
「俺の居場所分かるか?」
『抜かりなく。で、いつ決行?』
「おう。じゃあ――」
カナール。それは古くから宇宙開発産業によって富を築き、機械の世界における三大企業の一角として君臨している企業だ。
軌道リング上に備えられたカナール本社区画。どこか古めかしい作りの社長室に、あまり似つかわしくない猛々しい存在感を放つ男の姿があった。
マクシーム・ストロエフ――数年前、金星における事件で妻子を失い、一身上の都合で会社を辞した男だ。
「復職したいだと?」
カナールCEO、ラマン・トルストイは困惑した。
地球環境の復活をはじめとし、様々な情報の渦に軌道リング各所が混乱している現状である。戦力それ自体は欲しているが、あまりにタイミングが良すぎる来訪だ。裏を勘ぐるのも当然と言えるだろう。
「
「…………」
いったいどこで嗅ぎつけてきたのかという呆れと共に、しかし実際手が足りないという現実がトルストイを試算に走らせる。
傭兵としての売り込みではなく、復隊という点が気にかかりはするが、長く戦場で生き延びてきた実力者を雇えるのはそれだけ魅力的だ。
「……要求は何だ?」
「話が早くて結構です。一部隊任せちゃもらえませんか?」
「何?」
「部隊長という座をちょいとね。ホラ、俺ももうトシだ。安定した生活ってモンが欲しいんですよ」
「白々しいことを言う」
その軽薄な態度から、裏に意図があることそのものは読めるが、しかし何を欲しているかをトルストイに読むことはできない。
そもそも彼らの思考には土台からしてズレがある。ストロエフが欲しているものが何かを察することができるのは、同じ「神に選ばれた」という立場の人間だけだ。
「一週間ありゃ最低でも10匹は狩ってみせましょう」
「……貴様が我が社に利益をもたらす限り余計なことは言わん。担当に話は通しておく」
「ありがたいことです」
軌道リング中枢における企業闘争において、命を命とも思わない価値観は健在か、とストロエフは内心でほくそ笑んだ。
だからこそストロエフのような獅子身中の虫が入り込めるのだ。こうして復職しようというのはあくまで前準備。真の狙いはナルミたちのような惑星級ドラゴンを無理なく仕留めることだ。
ともあれ、狙いは成功した。ストロエフは小さく息を吐き――直後、部屋に流れてきた警報に眉をひそめた。
「何事ですかい?」
「確認しよう――私だ。今の警報は何事か?」
『失礼いたしました。どうやらブラギ社の方で騒ぎがあったようです』
「騒ぎだと?」
『はい。詳細は確認中ですが……脱走があったと――あ』
音を立てず、窓の外で火花が瞬いた。
カナールとブラギ社、そしてレクタングル・コーポレーションの三大企業は軌道リングでも近接したブロックにある。よってトルストイとストロエフはその「騒動」を間近で観察できる位置にいた。
「隔壁まで破られるたぁ珍しい。社長、避難されます?」
「構わん。あれは――」
「二世代前のラヴァーンドですな。安定した悪くない機体ですが、ありゃ持たんでしょう」
隔壁から飛び出したのは、ブラギ社特有の細めのシルエットとウェポンラックを持った古い機体だ。
戦場で幾度か矛を交えた経験からストロエフがその正体を看破するが、脱走兵がそれを駆って逃げ切れると、彼は微塵も思えなかった。
世代差があるのは元より、既に型落ちとなった自社製品を作業用として流用しているだけの代物だ。大した武装は積んでいないだろう。
ストロエフは、見世物でも見物するような雰囲気のまま、近くにあった応接用のナッツを手に取った。
「どのくらいと見る?」
「まあ5分もあれば……」
ほどなく、追討の部隊が出撃する。最新鋭機のガルデニアを隊長機とし、現在普及しているグライユルを部隊員としたごく安定した構成だ。
内心でこりゃダメだとストロエフが溜め息をつく。――直後、直進の軌道を取っていたラヴァーンドの動きが急激に変わった。
搭載されていたペイントスプレーで突出した一機目のカメラを潰し、すれ違いざまに蹴りを叩き込んで追い払う。二機、三機目のグライユルはライフルを取り出したところで銃身を溶接用レーザーで狙い打たれ、暴発。肉薄したところで後ろに回り込み、背部バインダーをむしり取る。四機目がライフルを発射しようとしたところへこのバインダーを放り投げ、自爆させる形で行動不能に追いやった。
最後に残ったガルデニアが遠近双方に対応できるよう、片手にブレード、片手にライフルを構えるが、そうして視野を広く持ちすぎたところを狙いすますように機動戦に移る。
いくら高性能なモニタで全周囲を確認できるとは言っても、それを扱うのはあくまで人間だ。視野の限界を突くように、デブリをも利用して縦横無尽に動き回るラヴァーンドに翻弄されたのか、あらぬ方向へ射撃が幾度か行われる。
その隙に肉薄したラヴァーンドが、備え付けられているワーカー用ドライバーをねじ込むようにして装甲を剥離。内部配線を断ち切ることで行動不能に陥れた。
「…………」
「…………」
ストロエフの手に持ったナッツがポロリと落ちた。
ここまでざっと2分。およそ常識的に考えてありえない事態が彼らの前で起きていた。
『脱走者の素性判明しました! ブラギ社の「竜狩り」――ディセット・ラングランです!!』
「なっ……」
「オイオイオイオイ……」
「確かにあいつならやる」と、「いやそれにしたって無茶だろ」の矛盾する二つの思考がストロエフの中で暴れ出す。
しかし現にできているのだ。ストロエフは内心で頭を抱え、トルストイはそんなストロエフの横顔を流し見た。
「――アレを対処、できるのかね?」
「お、お望みとありゃあ。ええ」
――なるべく、やれたらやります。
言外に唱えたストロエフの文句は、トルストイも見て見ぬふりをすることにした。
(マクスウェルよ……俺ァあんなバケモン抑えなきゃいかんのか……?)
当然だが、結社の活動としても、同じワーカーパイロットとして彼はディセットを抑えることを求められることになる。
手に取ろうとしたナッツが二つ、三つとこぼれ落ちた。