融界ドラゴネット −あさおんからはじまる世界融合− 作:桐型枠
「――本気で『今すぐ』決行するとは思わなかった」
急速に軌道リングから遠ざかっていくラヴァーンドのコックピットの中、アリサは小さくそうぼやいた。
監禁されたディセットが示した脱出のタイミングは、「今すぐ」であった。流石に絶句させられたが、それでもと言うのでアリサは"墜星"を呼び寄せ外壁を破壊。騒ぎになったところを狙って文字通り
「今じゃなきゃ意味無いだろ。時間が経てば経つほどあっちも準備を整えてくるんだから」
「それにしたって……別にあんたの腕疑ってるわけじゃないけど、こんな古い機体じゃなくてよかったんじゃないの? ちょっと臭うし……」
「逆だ。旧式で作業用に転用でもしてないと厳重にロックかかってんだよ」
臭いは俺も気になる――と、揃って二人は鼻を摘んだ。
そもそもが作業用である。多数の人間が搭乗するという前提があるからこそ、大したロックがかけられていないのだ。汗水流した多くの作業員が乗り込むため、その内部もまた当然のように臭いがこもっている。
「こんなのにいつまでも乗ってらんねえしとっとと帰るぞ。次の出撃の時間が決まってるってことは、主力部隊も帰還してるはずだ」
「……出払ってる時に脱走すべきじゃないの?」
「俺を連行するのに合わせて帰還命令出してるだろうから、そんなタイミングねーよ」
「じゃあ『今』っていうのも、いつ脱出してもそう変わらないから――」
「それもあるが、一番は嫌がらせだな」
「嫌がらせ」
アリサも決して正々堂々な戦いぶりにこだわりがあるわけではないが、直接的に言われてしまうとそれはそれで良い気分にはならない。
加えて、すぐに出ていくことが嫌がらせというのはどういう意味か。彼女は軽く首を傾げた。
「俺が仕事する上でメタクソに嫌だったことがあってな」
「何」
「仕事が終わってさあ帰れるってタイミングで追加の仕事が来た時だ」
「……それそんな嫌なこと?」
「
「クソだわ」
思わず、アリサは苦々しい表情をした。およそ想像するだけで最悪の気分になったせいだ。
同時に、分かりやすい話でもある。主力部隊は帰還したばかりでそれこそ一息ついているタイミングである。そこを狙って再出撃させられればモチベーションはどん底まで落ちるだろう。
当然、こんなことをした相手を許せないと考え、逆に怒りでモチベーションが上がる者もいるだろうが、そうなればディセットの独壇場だ。彼はなにも、惑星級ドラゴンを倒したことだけで「竜狩り」と呼ばれ続けているわけではない。その後も常に実力を示し続け、生き残っているからこそ異名が機械の世界に広まっているのだ。
怒りに身を任せている相手ほど御しやすいものは無いというのが彼の持論だ。時にディセット自身も怒りをエネルギーとすることはあるが、そのことで我を失うようなことが無いようを己を極限まで律している。
――というよりも、そうならなければ死んでいたため、結果的にそれが身についただけではある。
「……あのさ、ところでいつ地球に戻れるの? これ」
「えー……静止軌道から地球までだいたい3万6000キロでだな……」
「は?」
「まあ待てよ。宇宙空間じゃ減速はしないし、地球までの航路を取って逐次加速し続ければ……上手く行けば1時間くらいで……」
「あたしが加速させる!」
「お……おう……」
アリサにとってディセットは基本的に反りの合わない相手だ。加えてこのコックピット内部の不快指数は極めて高い。何としてでもすぐに地球に戻らねば、という気持ちが彼女をやる気にさせた。
"墜星"を掲げ霊術を起動しようとする――その瞬間、ディセットは手を横に出しアリサを制止した。
「第二陣が来る。加速は少し待て。霊術は大気圏突入時に使え」
「え……!?」
「それに速いな……
その発言に応じるように、アリサも後ろを振り向いて見れば、宇宙空間に際立って浮かぶ白い影があった。
それも三つ――全てガルデニアのものだ。
先程追い返したガルデニアが、ディセットの妹を名乗るアン・ポートリエの乗機だと思っていたアリサにとっては、少々予想外の自体である。整然とバーニアを吹かしてやってくるその姿からは、先の第一陣よりも高い技量がうかがえた。
「加速して振り切るのは!?」
「ダメだ。ナルミと違ってエーテルは有限だろ。補助があるとは言っても限界はある。
「初耳なんだけど!?」
「悪い今言った!」
大剣の腹で頭を叩かれ、軽い恐怖におののいている間にも三機のガルデニアの機影はみるみるうちに接近する。通信可能な距離に入った時、ディセットたちが耳にしたのは機影の数と同じ三種類の声だった。
『停止命令を無視してこれほどの狼藉、いかにお兄様と言えども看過いたしかねます』
『それでやるのが電撃強襲作戦……お兄ちゃんは容赦ないない……』
『ゲストまで連れていくのはやりすぎでしたね、兄さん。上はお怒りですよ』
「……あんたの妹三つ子だったの?」
「だから実妹じゃねえんだって……! 概念的に妹なだけで……」
「その表現の方が余計罪深くない……?」
聞こえてきたのは他でもない、自分たちを回収した張本人のアン・ポートリエ。
もう二人はアリサにとって聞き覚えが無い年若い少女のものだが、両者共にディセットを兄と呼んでいることから、彼の「妹」であることは確定的だ。
モニタに表示された彼女らの顔は、案の定瓜二つ。それも十代前半がいいところという少女たちだった。
「こっちはお前らの相手してるヒマは無いんだがな、最後期型の後輩」
『こちらは逃がすわけには参りませんの』
『兄さんの過去のデータやモーションパターンを分析し、最適化したのが我々です。抵抗は無駄ですよ』
『まーなんやかや、お兄ちゃんは突破しそうだけど……』
『トワ!』
その様子を見たディセットは、思わず小さな溜め息をついた。
いかにも、スペックだけを見れば厄介ではある。ろくな教育も受けずにとりあえず戦場に放り込まれたディセットやジスカールとは根本的な部分で異なるのだ。上位互換と評しても過言はない。
だが、それはあくまで表面的な数値で見た場合に限られる。素養は高くとも、それを表に出すための思考力や経験が圧倒的に不足しているというのが彼の見立てだった。
「止めてみろよ。止められるならな」
吐き捨てるような呟きが、「できるものならやってみろ」という挑発に近いニュアンスと理解すると、アンたち三人は急加速してラヴァーンドとの距離を詰めた。
取り出すライフルの形状は、これまでディセットが使用していたものとは異なる。彼女らのものはレーザーを放つタイプだ。実体弾は物理的な衝撃を伴うことから破壊力で勝るものの、宇宙空間においては反作用によって発生する反動を無視することはできない。空気抵抗が無く、燃料次第でどこまでも加速できる関係上、弾丸の初速よりも動いている機体の方が速いということすらあり得るほどだ。
ディセットは対ドラゴンのためにより威力の高い実体弾のライフルを採用していたが、対人目的で宇宙で使うならレーザーライフルの方が望ましいというのが本音だ。
セオリー通りに制圧射撃がラヴァーンドを襲う。推進方向を変えて躱そうとしても、確実に当たるよう練り込まれた「面」の射撃だが、ディセットは
『しまっ――』
必然的に、ラヴァーンドとガルデニアは急接近することになる。
「素直過ぎるぞお前ら!」
ブレードで斬り伏せるか、いや、あるいは一度退いて立て直すか――アンが見せた迷いの隙を突くように、ガルデニアの膝部スラスター横のブレードラックからラヴァーンドがブレードをかすめ取る。
「敵の前で迷うな!」
『ああっ!?』
マニピュレーターの規格外であることから、ブレードに通電はできない。熱を発することも無く、振動もしないブレードは半ば鈍器のようなものだった。
叩きつけるようにレーザーライフルを弾き飛ばす。思わず、アンは吹き飛ばされたライフルへ手を伸ばすが、ラヴァーンドが思い切りガルデニアの手を引くようにして機体を回転させた。
『ほああああああああああああ!!?』
宇宙空間に空気は無い。回転させれば下手をすれば無限に回転を続けてしまう。
このままではまずい――そう考えながらアンはバーニアを吹かしたが、咄嗟のことではガルデニアの回転方向に対してどのように放射すれば回転が止まるのかを判断するには至らない。逆に、回転は加速していた。
「遊んでない?」
「遊んではない」
懐疑的なその問いに、しかしディセットの顔は極めて真剣だ。
アリサ個人も彼がそういう方向で性格が悪いとは思っていないが、ビジュアルと状況があまりよろしくないのも確かである。
「いちいち拾いに行こうとして敵から意識を逸らすな! 多人数であることを活かさなきゃ部隊を組んでる利点が死んでるだろうが! 手が空いてる奴が行け!」
『えっ』
「
『は、はい!?』
「で、そっちのお前は俺を撃てよ、無防備だろ!」
『え、ええっ……!?』
「避けるけど!」
『うえぇぇ~!?』
アリサは思わず半眼になった。
ほんの少しの交錯でおおよその実力を看破したせいか、明らかに戦う雰囲気ではなくなってしまっている。これでは先輩が後輩に施すような「指導」そのものだ。
「あんたさ……」
「悪い、ちょっと見てらんねえっていうか……」
アリサが話しかけた段階で、ディセットは一時通信を打ち切った。
彼とアンたち姉妹は、直接的な繋がりこそ無いが兄妹と表現してもおかしくはない程度の間柄ではある。
それ以上に、ブラギ社に道具として扱われているクローンという点で間違いなく同胞だ。ヴァン・ジスカールという、会社に粗末に扱われ抜いて世界そのものを憎むに至った例を知っている身からすれば、ここで見て見ぬふりをすることはできなかったのだ。
「そんな気になるなら連れて帰ればいいのに……」
「いやそれはダメだろ。あっちに情報流す可能性も低くないし。獅子身中の虫を自ら呼び込んでどうすんだ」
「何でそういう部分ばっかり現実的なのよ……!!」
「そもそも俺と違ってあいつらはあの会社の中しか知らねえんだよ。そんな奴らを急に外に出して、適応できるかは分の悪い賭けだしな……」
妙な部分でロマンチストなくせに、変な部分でリアリストな男だ、とアリサは微妙な表情をした。
そもそもディセットがブラギ社に辞表を叩きつけようという理由の中で、大きなウェイトを占めているのはナルミの存在だろう。無論、待遇の悪さも勘定に入ってはいるが、やはり友人――あるいはもっと大きな感情を抱えているような相手――の存在は格が違う。
友人たちと平和な生活を目指すという、ある意味難しいことを目標としている点でかなり理想家の部分があるが、しかし一方で過去の経験から現実を見る時は極めて冷静だ。
躊躇いがちにトワのガルデニアが発するレーザーライフルの射撃を、ディセットは会話しながら次々と躱していく。
なぜ当たらないのか――愕然としながら回答がないままに撃ち続けるしかない。
一方、アリサはモニタに次々と表示される射線のラインを全て処理していることに軽く引いた。
「教育も、悪い言い方をすれば洗脳の一種だ。会社に都合のいいコマを作るのに、偏った情報だけ与えるって例も――俺は経験した」
「や……ヤな実例……」
「それを矯正するってのは並大抵のことじゃない。俺たちの土台も今ガタガタなのに、連れてって情報流されながらどうにかできる余裕はねえよ」
人間の人生観を変えるには、それ相応の経験が必要だというのがディセットの考えだ。彼が社に対して反抗心を持つに至ったのは、それこそ過去の壮絶な経験があってのものと言える。
同じような経験の無い「妹」たちが会社に対して悪感情を持つのは難しいだろう。
ケッ、とディセットはブラギ社への悪感情をそのまま吐き出し、通信を再開した。
「砲口見りゃ射角くらい分かる。インプラントに射線表示させて常時モニタと重ねて処理できるようにしとけ」
『え……これ本気で言ってる……?』
「地球に着くまで揉んでやる。せめてすぐ死なないように経験を詰め」
『正気で仰ってます!? 私たち追撃部隊でオエッ……お兄様は逃亡者では!?』
「正気に決まってんだろ。帰還の言い訳ができる程度にボコしてやるから覚悟しろ」
『『『ええええええええええ……』』』
この男、今逃避行の最中だということを覚えているのだろうか?
そもそも追撃の第二陣が彼女たちであり、下手をすれば第三陣、第四陣まで来ることもありうるのではなかろうか?
あと大気圏突入にあたって使う霊術というのは何をすればいいのか?
加えて。
「あんた当初の目的覚えてる……?」
「……だ、だから地球に着くまでって言ったんだよ」
「社長に連絡はしなさい」
「はい……」
ブラギ社が行動を開始する午前5時まで、約8時間。
きっと間に合うはずだと言うディセットの頭の中で行われる試算を一切信じることなく、アリサは加速の術式を練り、フォーグラーへの連絡を催促するようにチャキチャキと”墜星”の外殻を鳴らし始めた。