融界ドラゴネット −あさおんからはじまる世界融合−   作:桐型枠

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66.過労社員たちと美少女社長

 

 

「ディセくん、妹に会ってハッスルしたので脱出遅れるみたいです~」

「里帰りか何かの報告ではないのだぞ」

「ある意味里帰りですよ~」

 

 ALV(アルフ)社仮社屋。目の下にクマを作ってソファでぐったりしながらツッコむグリムへ、同じく目の下にクマを作ったカナタはよろよろと力なく毛布をかけながら言葉を返した。

 このところ、彼女たちはロクに睡眠が取れていなかった。ただでさえ実働要員がグリムしかいないのに加えて、フォーグラーも関係各社の整理のために一度軌道リングに上がることになってしまったのだ。社会人経験が無いとはいえ、一度見聞きしたことは忘れないカナタは事務作業のために酷使されるハメになっていた。

 それもこれも大事な唯一残された家族を助けに行くためだが、今の彼女たちはそれに並ぶほど大きな問題を前にしていた。

 

「早く帰ってもらわねば困るぞ……儂だけの力であの()()()の拡張を止めるのはいささか難易度が高い」

「そうなんですよね~……」

 

 結社の隕石を止めきれなかった土地には、深いクレーターと共に漆黒の異空間が展開し、痕跡を刻んでいる。

 グリムたちも必死に隕石の落下を止めようと動いたとはいえ、物理的にどうしても止めきれない地域はある。犠牲者もそれだけ多く、カナタたちを悩ませる結果となっていた。

 

「現状上がってる報告だと、単純な隕石の被害だけでも5億人超の死亡者、行方不明者……異空間に巻き込まれて行方不明になったのがその三倍以上。まだまだ増えていく見込み……人類史上ここまで悪いことした人まずいないでしょうね~……」

 

 普段のそれよりも更に声のトーンは落ち、暗い雰囲気が部屋に満ちる。

 それを割くように部屋に転がり込んできたのは、やはりよれよれの雰囲気を醸し出しているルイだった。

 

「休憩ーっす……休憩っす休憩……もうダメっすこれは」

「ルイ殿」

「まだできませんか~……」

「いや絶対無理とは? 言いませんけど? ちょーっと苦労してるだけっていうか……」

「じゃあ大丈夫そうですねー」

「すみません強がりましたマジ手貸してほしいっす」

 

 今にも土下座をしそうな勢いで――しかし土下座して床が近づくと眠ってしまいそうなので頭を下げるに留め――ルイは素直にピンチを伝えることにした。

 カナタもグリムも、呆れつつも納得の声を小さくこぼす。いかにルイがプロと言えど、相当に難易度の高いことを要求していることは自覚しているからだ。

 

「やっぱり難しいですか~……()()()()()()()()

「せめてネームをくれませんかね……」

「ねぇむとは何ぞや」

「わたしそういうの苦手で……」

「え゛。カナちゃん天才じゃなかったんっすか」

「記憶力と学習能力全振りで独創力ゼロなんですよね~」

 

 カナタの志望は外科医一本である。これは母のように事故に遭って命の危機に陥った人間を一人でも救いたいという思いとは別に、単純に向き不向きの問題があった。

 研究をしても、新しいものを創造することができないので成果が出せない。一方で既存の技術の模倣・運用に関してはまず右に出る者がいない。天才と言えどもその方向性は極端に過ぎる。

 そして創作という分野もまた、カナタにとっては極端に向いていない方向性だった。

 

「ていうか霊術……広めて大丈夫なもんなんっすか?」

「いや、万人に武装を施すようなものだ。治安に大打撃を受けかねん」

「ダメじゃないっすか!?」

「だがやらねば()()()()()()()()()()()

「……い、言い過ぎでは?」

 

 恐縮するルイを視界に収めたグリムは、長話になることを悟って小さな溜め息をつくと毛布を巻き取りながら起き上がった。

 

「言い過ぎなものがあるか。あの異空間に現れる怪物、アレは儂でも少し手こずる程度には強靭であった」

「なっちゃんたちはざくざく倒してましたけどー……」

「あれはナルミたちがおかしい」

「はい」

 

 当時異空間内部に突入したのはナルミとアリサだが、どちらもおよそ人類最高峰の戦力である。参考にしていい発言ではない。

 加えて、隕石そのものに含まれるダークマターの量も雷によって減少していた。異空間内部の怪物の能力もそれだけ落ちていたと考えられるだろう。

 

「巨獣退治のプロですら手こずるレベルなんですよねぇ……」

「何の力も持たぬ一般人が巻き込まれれば抗う間も無く死ぬ。抗う力を持つ者が増えねば、あの異空間は拡大するばかり――いずれ世界の全ては飲み込まれるぞ」

「おじいちゃん、少しいいっすか」

「何だ」

「……ナルミちゃんがいたらどうっすかね?」

「異空間一つあたり5分もあれば核を潰してこような……」

 

 異空間には、それを維持するための「核」が存在する。アリサたちから受けた報告とここまでにいくつかの異空間を潰した経験から、グリムはそう判断した。

 その上で、ナルミはこの異空間を潰すのに最適な人材であるとも判断している。その気になれば異空間の全域にまで届く雷を放って全てを粉砕できるのだから、核の捜索と周辺建築物の保護を条件に入れなければ、5分どころか2秒だ。

 

「武力という意味ではワーカーも候補に入るが、あれはインプラントが無ければまともに動かせん」

「特殊な資質は不要なんですけどね~。ただ、一定以上の年齢になると外科的アプローチが必要になるのでオススメできないというか……」

「え。頭開かないといけないんっすか」

「脳が物理的に完成する幼児期までにインプラント用のナノマシンを定着させないとー……ってちょっと専門的な話になるので、これは省くんですけど~」

「え、あ、はい多分自分理解できないんで」

「ともかく頭開かないといけないんですけど~。エーテルで強化されてるので、硬すぎて手術の安全性が担保できないと思います」

 

 インプラントは人間に施すものであるが故に、大前提として「人体」の規格から離れれば離れるだけ手術の難易度は上がる。

 開頭手術のための刃やドリルが通らなければより鋭くより強靭な刃が必要になる。刃が鋭くなればほんの1mmのズレで脳が傷つく可能性は高まり、患者の死亡リスクはそれだけ高まる。

 脳の硬度そのものが高まっている可能性も高い。そうなればやはり、インプラントの機器そのものが機能しないこともありうる。手術の難易度は跳ね上がるだろう。

 

「インプラントを入れた竜族、という意味で儂は極めて特異な例と言えような」

「なっちゃんみたいな、融合に伴うある種のバグですね~」

 

 機械の世界に比べて、霊術の世界の人口は極端に少ない。現時点では、竜族・ドラゴンと二重にエーテル発生器官が融合しているナルミなどと並んで希少な事例だろう。

 インプラントの適合手術を可能とする器具、技術が開発されるまでの間、自衛の手段すら無くただ殺されるだけの人々をそのままにしておけるか――それならいっそ、リスクを取ってでもある程度は霊術について開示するべきではないか。彼女らはそう判断した。

 が。

 

「ていうか本題の方なんっすけど、学術的な部分を漫画に落とし込むのクッッッソ難しいんっすけど!」

 

 カナタは疲れた微笑みの裏でゆっくり視線を外し、グリムは少し横になった。

 二人としても、堅苦しいだけの学術書では「普及」は難しいと察するだけの能力はある。しかし、編集者でもなければ漫画に対する造詣が深いわけでもない二人に、ではどうすればいいかといいうアドバイスなどできようはずもないのだ。

 

「ぬっ!?」

「う……!?」

 

 そんな折、不意にグリムとルイに刺すような感覚が襲う。

 ――ダークマターの反応だ。

 

(近い! なぜ急にこんな……結社の刺客か!?)

 

 混乱に満ちた頭を叩き起こして周囲に光弾を展開するのと、ルイが怯えて机の下に飛び込むのがほぼ同時。間髪入れず、室内に来客を示すブザーの音が響く。

 

「敵ですか~?」

「この気配は恐らくな。用心せよ」

「言われずとも!」

 

 既に机の下に隠れて――しかし尻尾は丸出しになって――いるルイに、今はツッコミを入れる気力が二人には無い。

 こういった疲労の極致にあるタイミングを狙っているのだとすれば恐ろしいが、仮にそうだとすれば眠っていたりして警戒の薄いタイミングを狙い急襲するべきだ。自らの存在をわざわざ明かすような愚を犯す理由がまるで分からなかった。

 

「そもそもこんな深夜に来客など、その時点で非常識だ」

 

 時計は既に深夜の2時を指している。おおよそまっとうな感性の人間がやってくるような時間ではない。

 激務に加えて休もうとしている時にこの急な()()とあって、グリムは少し苛立っていた。

 普段は21時に眠たくなる人間にとって、この時間まで活動していることはそれ自体がストレスである。

 

「少し待ってくださいね~。CEOに確認取ります」

「うむ」

『――フォーグラーだ。どうしたねカナタ君』

 

 通信を繋げば、すぐにフォーグラーはこれに応じた。軌道リングと地上とでは、少なからず時差がある。地上が深夜でおある程度は問題ないと見越しての通信だ。

 しかし、そもそもフォーグラーは立場上、カナタと同じく眠っていられない人材だ。カナタは奇妙な連帯感を覚えた。

 

「どなたかアポ取られたりしてますか~?」

『アポ? 申し入れがあって、アルコーン・カンパニーの美少女社長と近日会談の予定ではあるが……』

「今日すぐに来るような方はいらっしゃいますか~?」

『それはない――うん、無いそうだ』

 

 秘書(カリーナ)に確認を取ったらしいその言葉に、カナタは小さく頷いた。

 当然だが、会うことを約束していたとしても文字通り「すぐ」に軌道リングから降りられるわけではない。大半のワーカーは大気圏突入能力が無いため、個人で無理矢理降りてくるのはほぼ不可能だ。艦艇を用意できれば話は違うが、そんなものを持ち出せばすぐに分かる。

 

『結社の反応かね?』

「ご察しの通りで~」

『最悪の場合そこは放棄して逃げなさい。全ては命あってのものだ。いいね?』

「了解です~」

 

 通信終了に合わせて外部カメラの映像を見れば、そこには依然として不審者の影がふたつあった。

 

(こっちからレスポンスあるまで襲撃しないつもりなのかな~。変に律儀な……んん?)

 

 ふと、暗がりでよく見えないまでもカナタはその人物の一方に見覚えがある気がした。

 

 ――おかしい。

 

 一度見聞きしたことを忘れないカナタにとって、見覚えがある「気がする」というのは実のところかなりの異常事態だ。

 覚えがあるのにその記憶を引き出せないというもどかしい感覚に、これが忘却かとちょっとした感動が生じる。

 

(あ。なるほど!)

 

 そこで思い当たるのは、神足カナタ(じぶん)ではなくもう一人の自分(モニカ・ファーナビー)の記憶だ。

 そうして一度認識できるとするすると記憶は容易に紐解かれ、刻まれる。

 

「――アルコーン・カンパニーのこども社長だ」

「なぬ?」

 

 それは、フォーグラーが近く会談を予定していたアルコーン・カンパニーの「美少女社長」その人が、門の目の前に陣取っていた。

 

「取引先か?」

「え……じゃあ居留守使うのマズくないっすか」

「しかし結社の一員らしき反応もある。そもそもこのような時間に訪れること自体が非常識であろう」

「いやー……それが機械の世界って割とアバウトっていうか、標準時は設けられてるけどそれに皆が合わせるわけじゃないんですよね~……」

 

 軌道リングは人工物である。当然、内部照明は意図的にコントロールでき、必ずしも生活のリズムを標準時に合わせる必要は無い。このため、24時間何らかの形で社員が会社に常駐していることはごく普通のこと。営業時間外という概念それ自体が希薄だ。

 彼女がそれと同じ感覚で来訪するのならば、この非常識さもありえないとは言い切れない。

 

「誰か常駐してて当然、って感覚があると思うんですよ~」

「だとしてもこの感覚は捨て置けぬぞ」

「もし敵なら問答無用で異空間を展開したり、社屋を破壊するんじゃないですか~?」

「それは――言われてみればそうっすよね? 自分は足手まといですしお荷物抱えさせて……あれ?」

「――対話の余地がある、と考えるか」

「多少は、ですねぇ」

 

 それでもいざとなれば――とカナタは軽く腕を鳴らした。

 ディセットやナルミのような特級戦力と比較すれば格落ちするが、彼女もまたいざ戦うとなればそれなりの実力は発揮できる下地が整っている。加えてグリムもこの場にいるのだ。まず、逃げるだけの時間は稼ぎきれるだろうと推測した。

 

 

 

「へくぢっ」

「応答がありませんね。出払っていらっしゃるのでしょうか」

「暗いし肌寒いし何とも不便な場所ね地上は……」

 

 ――他方。仮社屋を前にした「社長」、そして彼女の隣に立つ女は、一向に出迎えが来ない現状に困惑していた。

 機械の世界、軌道リングで生まれ育ち、そこで形成された社会を中心として暮らしてきた彼女にとって、地球における企業形態は馴染みのないものだった。

 ただでさえ社を継いでそう時間の経っていない身である。「そういうもの」と認識するには経験不足だ。

 

「体を冷やすといけません、エルシーお嬢様。どうぞ、ご着用ください」

「嫌よ。エイヴリル……あなたの選択肢メイド服しか無いじゃない、このメイド狂い」

「光栄です」

「褒めていないのだけど!? そもそもあなた秘書でしょ!?」

「メイドです」

 

 女――エイヴリルは、優雅なカーテシーで謝意を述べた。その身に纏うのは一部の隙もないクラシカルなメイド服である。

 なお、彼女の本業は秘書でありメイドではない。

 いかに先代から業務を引き継いでいる優秀な秘書とはいえ、この狂人といつまでも一緒にいるのは精神が汚染されそうで嫌だ。社長――エルシーは親指と中指を擦り合わせ、今にも指を鳴らし「門」を開きかけた。

 

『――お待たせしております。アルコーン・カンパニーのエルシー・ハインライン社長とお見受けしますが~』

「随分待たされたわ。そちらは――ヴェルト社? ALV(アルフ)? どちらで呼べばいいの?」

『えーっと……ALV社ですね~。それで、どういったご要件ですか? 今は営業時間外なのですが~』

「えっ。営業時間外?」

「左様です」

 

 エルシーは唖然とした。

 営業時間外という概念もさることながら、そもそもエイヴリルがそれを肯定するような言を述べたためだ。

 

「えっ。あなた何で知ってるの?」

「調べましたので」

「えっ。じゃあ何で先に言ってくれなかったの?」

「これも経験かと」

「はぁ!?」

『えぇ……』

「ほら呆れられてるじゃない!!」

 

 明らかにこの狂ったメイドは自分の反応を楽しんでいる。苦虫を噛み潰したような表情で彼女はそう結論付けた。

 理解はできる。そも、しっかりと営業時間という概念を教え込まれたとしてもそれはあくまで「知識」であり、経験として蓄積されたものではないのだ。一度やりやすい場所で失敗をしておき、後の糧とするという考え方はそれほど間違ったものでもないのだ。

 ただ、死ぬほど恥ずかしいことには変わりない。

 

「失礼したわ。営業時間外ならまた出直すけれど」

『……そちらの要件次第では応じられるかと思いますよ~』

「そう? なら単刀直入に。業務提携のお願いよ」

『業務提携。CEOがいないと判断は難しいと思うんですが……』

「失礼だけどあなたは? フォーグラーCEOに近しい立場?」

『……CEO付き事務員?』

「――確認取れました。そのような立場でよろしいと」

 

 裏でフォーグラーに確認のメッセージを送っていたエイヴリルは、今仮社屋にいる人間の構成について語った。

 しかしそのメッセージには小さな警戒の色が含まれていることを、彼女もまた承知している。ただの事務員ではないことは確実だろうが、確証には欠ける。それをエルシーに告げることは無かった。

 

「まあいいわ。色々と説明と意見交換しないといけないことがあるの。席を設けてくれるかしら」

『説明と意見交換というのはどのような?』

「明朝すぐにも起きるだろう『竜族狩り』について両者の意見を擦り合わせたいの。それと――」

 

 

「私は今()()()()()の身柄を預かっている」

 

 

 

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