融界ドラゴネット −あさおんからはじまる世界融合− 作:桐型枠
「グリッ――」
制止する間も無かった。カナタが声をかけようとしたその瞬間に、グリムはもう窓を割ってでも飛び出していたからだ。
突然の急襲に何事かと驚き、身動き一つできないエルシーを包囲するように数多の光線が檻のように配される。
瞬時に反応を見せたエイヴリルだが、取り出した銃はその場で熱線に射抜かれ破壊され、こちらもまた同じように拘束された。
暗闇の中、炎のように揺らめく光の球と眼光が二人を射抜いた。
「思わせぶりな言動でファーストコンタクト失敗。お見事です」
「この状況でよりによって私を煽ることある!?」
今にも脱水症状を起こしそうなほどに冷や汗を流すエルシーは、自分の失敗を悟った。
話のフックで地雷を踏むというのは往々にしてありうることだが、地雷があまりにも大きすぎる。
一歩でも動けば肉が焼け骨まで焦げるというこの状況、エルシーは涙をこらえるので精一杯だった。
「結社の刺客が姫様の身柄を預かっておるだと……? 今すぐ安否と居場所を言わぬか!」
「結社!? 刺客!? ちょっと待って、お互いの認識にズレがある! そもそもあなた何者!?」
「グリム・アンピプテラ――デルピュネス帝国四将軍が一人!」
「グリム……将軍? ちょっとまって、あなたアズの言ってた『先生』!?」
「ぬ!?」
そこまで言われてしまうと、グリムも言葉に詰まった。
普段「閣下」、「将軍」と呼ばれることの多いグリムにとって、「先生」という呼称はごく親しい者にしか許していないものだ。
中でも、教育係として公私ともに付き合いの長い姫、アズ・V・デルピュネスは好んでその呼称を用いていた。少なくとも、グリムの探す「姫様」との面識があることは、手を止めるのに十分な情報だった。
「そもそもグリム先生? はお爺さんだったはずじゃ……?」
「そこから……そこも理解しておらぬのか? ……ぬう……?」
疑念でわずかに矛が鈍る。その隙を縫うように、降りてきたカナタがグリムの脇を掴んで持ち上げた。
「そろそろ落ち着きましょーねー」
「い、いや、しかしだな……」
「鬼鞍先生もビックリして頭打ってそのまま寝ちゃいましたし~……」
「む……」
一見、妹でもあやすようなやり取りにも見えるが、その実態は推定敵を殺すかどうかの判断を下すための剣呑なものだ。
下手をすればこのまま死ぬとなれば余計に冷や汗も出るし、体も芯から冷えてくる。
「お互いに、いまいち状況を把握できていないようなので、一度情報交換するのはいかがでしょ~?」
「ええ、そうしましょう。こちらも危害を加える気は無いもの。エイヴリル。手出しは厳禁よ」
「お嬢様の命とあれば」
メイドの左腕から発せられていたごく小さな起動音が止む。腕の何らかの仕込みを起動しようとしていたことに気付いたのは、今のところ知識のあるカナタだけだった。
「それと」
「はい?」
「先に……トイレを貸していただいてもいいかしら……!?」
他方、急激に命の危機に晒されたエルシーは色々な意味で限界だった。
幸いなことに彼女の尊厳は守られたが、本人にとっては苦い経験が刻まれることとなったのだった。
数分後。乱雑な資料と卒倒したルイを脇に寄せ、四人は部屋で改めて対面することになった。
「改めて、アルコーン・カンパニー代表取締役エルシー・ハインラインよ」
「メイドのエイヴリル・モーリスと申します」
「メイド?」
「メイド……?」
「秘書よ」
「失礼ですけど御社はそういう制服なのでしょうか~……?」
「はい」
「しれっと肯定しないでくれる!? 無いわよそんな服務規則!!」
ファーストコンタクトで風評被害を撒き散らす狂人に釘を刺すも、既に見てしまったものと聞いてしまったことは覆らない。
カナタとグリムは胸中に小さな疑惑を残しつつ、一旦この発言をスルーすることに決めた。
「他の世界の者と融合したらしく、このような姿になっておるがグリム・アンピプテラ本人で間違いない」
「ALV社でお世話になってます、神足カナタです~」
「お世話に? 社員ではなく?」
「ええ、まあ……色んな経緯がありますので~……」
カナタの立ち位置は少々曖昧だ。ディセットやナルミなら堂々とALV社所属と名乗って問題ないが、医療の道を諦めきれていないカナタは大学に籍を残したままのため、現状は「社員」と言うより「お手伝い」の色が濃い。
しかし、様々な裏事情を知っている上に事務処理能力も極めて高く、もはや主戦力と化している。カリーナに次ぐ第二の秘書と呼んでも差し支えないほどで、それに準じた権限まで付与されていた。
「こちらの話はもうよい。姫様の件について聞かせてもらう」
「グリムさん、もうちょっと前置きをですね~」
一通りの紹介が終わると、もう待ち切れないとばかりにグリムは身を乗り出した。
エルシーもそう来ることは理解していたらしく、制止しようとするうカナタに対して手をひらひら振って構わないという旨を伝えた。
「本社にいるから、いつ連絡してもいいわ。何なら今ここで繋いでもいい」
「何? え? 本社?」
「軌道リング。アルコーン・カンパニーの本社」
「…………」
「…………」
思わずグリムとカナタは顔を見合わせた。
同時に、アズの居場所が分からず日本中あちこちを巡り探し回っていた日々が、二人の中で駆け巡った。
しかしながら、そもそも同じ世界にいない時点で捜索したところで見つかるはずがない。
想起するおおよそ大半の道程が徒労である。
「ひ……姫様が生きていたのは喜ばしいが……儂らが今までやってきたことはいったい……」
「……結果救われた命もあるので、追求はナシにしましょうね~……」
とはいえ、そうして頻繁に外出していたからこそ、飛行機を襲う穿道虫や、市街地に突如現れた幻象といった巨獣の駆除も行えたのだ。それで救われた命も少なくない。
主目的を果たすこと自体がそもそも不可能であったことを差し引いても、成果として悪いことではないだろう。
「身柄の引き渡しは可能か?」
「物理的に無理。今ちょっと厄介なことになっててね」
ナルミや、今背後で転がっているルイのような融合体のケースを思い出しつつ、カナタは首を傾げた。
電子機器を破壊してしまうナルミもいるため、軌道エレベーターを通して降ろすことができないというケースを考えることはできる。しかし、それも対策をすれば防止できる程度のものだ。それ以上に致命的な現象が起きているのか――これまでの事例だけでは、判断を下すのは難しかった。
「大画面モニタでもあればいいんだけど」
「テレビ会議用にCEOが用意させてありますけど、それじゃダメでしょうか~?」
「エイヴリル。どう?」
「お任せください」
別室のモニタを運び込み、エイヴリルがいくつかの設定を済ませると、モニタは異質な風景を映し出した。
見慣れぬ機器と配線、物々しい設備に囲まれた――豪奢なベッドと仕切りで囲われた一室だ。あまりのミスマッチさにカナタは苦笑いし、グリムは確信を持ったように頭を抱えた。
「アズ。アズ! いるんでしょう!」
『何です急に大声を出されて――あら、見慣れぬ方々』
「姫様だ……うーわ姫様だ」
その風体を目にしてグリムは小さな頭痛を覚えた。
スナック菓子を右手に、動きやすいジャージに似た衣服を着用して横になりながら応答するふてぶてしさ。教育係という枷を外せばこうなるだろうと、グリムが推定するそのままの姿で彼女はそこにいた。
銀の髪と黒い角は、ともするとナルミと並べれば姉妹のように見えるだろうか。年の頃としては、中学生とそう変わりないエルシーと同年代だろう。ヴァルトルーデとの血縁を思わせる外見は、整えられてはいるものの不摂生でややベタついているようにも見える。
生存を確認できて安心したと同時に、グリムは危機感を覚えた。しばらく見ていないだけでこの有り様である。一言物申さねばならないと情熱の炎が燃えていた。
「あなたまたそんな……あんまり言いたくないけど、もうちょっと生活態度改めてくれない?」
『先生みたいなことを申さないでくださいませ。そちらの方々は?』
「その『先生』でございます姫様」
『はぇ?』
「グリム・アンピプテラでございます」
『………………』
アズは額に細い冷や汗を浮かべ、微笑みながら手に持っていたスナック菓子をそっと元の袋に戻し姿勢を正した。
『お久しぶりですわ先生。お加減いかがですか?』
「今の姫様を見てお下限までゴリッと下がりましたぞ」
『タチの悪いドッキリですのこれ? エルシー?』
「残念ながら現実よ。そもそもこの人と会ったこと自体偶然だし」
「然り。それにしても少しお体が丸くなられましたか?」
『…………』
「通信を切ろうとされておりますな?」
『おほほほ何のことやらおほほほほほ』
図星である。
とはいえこれ自体は主題ではない。多少は信用してやろうという気持ちになったところで、グリムはエルシーたちへ次の話を促した。
「それで、物理的にとは?」
「アズの後ろの配線、見える?」
「うむ」
「あれが今、直接あの子に繋がってるの」
グリムは思わず眉をひそめた。
ドラゴンについての話を聞き、エーテルの有用性についても知っているが、だとして体に直に繋ぐなど――それも王族にこのような無体なことをするというのはどういったことか。
思わず詰めよりかけるが、理由なくそうしているはずも無いとすぐに考え直した。エルシー自身も、どう説明すべきかと少しずつ言葉を選んで語りだした。
「惑星級ドラゴン、と言って分かる?」
「それなりには分かりますよ~」
何せ実の
未だ、敵である疑いは晴れていないのだ。渡す情報は少なければ少ないほど良い。
「そう。かつてディセット・ラングランが金星で討伐したそのドラゴンの粒子製造器官――競売にかけられてたのをうちの会社が買い取ったのよ」
「会社傾きません?」
「バチクソ傾いたわよ」
素の問いかけを、エルシーは肯定した。
惑星級ドラゴンの粒子製造器官ともなれば、そのD粒子生成量は他のドラゴンのものと桁が違う。他で賄えないというわけではないが、先進技術の発達のため自社で保有しておきたいと考える企業は多い。それらをなんとか下す形で"ウェヌス"の粒子製造器官を手に入れたアルコーン・カンパニーは――当然ながら傾いた。
全資本の7割を使い切っての大博打だ。当時のことを思い出すだけでもエルシーは身震いがしてきた。
「私は当時会社受け継いでないから関わってないんだけど……」
「大変だったんですねぇ」
「先進技術の最大手だから持ち直せたけど、そうじゃなかったら今頃倒産……いやそもそも先進技術をメインにしてないとあんな高い買い物しなくて……変態技術者共さえいなければ……でも……うーん……」
「ハインライン殿?」
「ごめんなさい。詳しい話は置いとくわ。ともかく、私の手元に惑星級ドラゴンの粒子製造器官があったの」
「…………なるほど?」
粒子製造器官は、ある意味でドラゴンのもう一つの心臓とも呼べる臓器だ。結社が執拗にこれを破壊しようとしているのは、この器官を破壊しない限りまだ「生きている」と判定されるからだと考えられる。
故に、融合現象においてもこれは「生きている」と判断され、融合の対象となり――。
「アズはそれと融合したみたいでね――配線ごと」
「あー……」
『ここを動くと肉と臓器が削げて死ぬか機械を破壊することになりますの!』
単純と言えば単純な話である。どのように転ぶか分からず、場合によっては死までありうるとあれば動かすわけにはいかない。そして竜族とドラゴンの二重融合により、強靭になった肉体が外科的手術を阻む。
単にD粒子が欲しいというだけなら、以前のナルミのようにエーテルを操作するだけで十分なのだが、これでは機材から剥がしようもない。結果が、現在の有り様だった。
アズ本人の気性も動かない理由ではある。
「貴公、結社の関係者ではないのか?」
「だから結社って何?」
「世界の融合現象を引き起こし、我ら竜族とドラゴンを殲滅せんとする一派だ。貴公からは奴らと同じ『におい』がする」
「においって……ん? あ、もしかしてこれ?」
エルシーはその場で指を鳴らし、「門」をその場に形成した。
これまでに一度も見たことの無い、奇っ怪な現象だ。これまでにカナタたちが目にしたどの現象とも異なる、空間そのものが揺らいでいるかのような不可思議なもの。やはり、グリムはそこに強い不快感を覚えた。
「それだ」
「その結社って連中とは関係ないわ。というか、もしドラゴンを殺すのが目的ならアズだって生きてないでしょ?」
『えっ
「まあ、そうですよね~」
微笑の裏で、カナタは静かに「こちらに取り入って土壇場で裏切って殺す」ことと「最初から結社の側につく」ことの、どちらがより多く自分たちに損害を与えられるかの計算を始めた。
能力について語っていないため正確な試算は難しいものの、概ね「闇」と同等のことができるとすれば戦闘力は低くないだろう。企業代表取締役としての顔を持つことから社会的地位も高い。一方、先進技術を研究している前提があるため粒子製造器官を破壊し、ひいてはアズを殺すことについては現在の立場を失うリスクが大きい。
アズを殺していないという事実は、結社に与していない証明にはなり得ないのだ。
(両親を亡くしてるのは確実だしな~)
エルシーを「こども社長」と呼ぶことには、それ相応の理由がある。事実、彼女がまだ中学生相当の年齢だからだ。
彼女が社長に就任したのは2年ほど前。両親から株式を相続する形だ。不本意な形で受け継いだことは疑いようが無く、両親にもう一度会いたい、生き返らせたいと願うなら世界を作り変えようという結社の行動理念に賛同する可能性は低くない。
ただ、そうなるとこれまでの結社の行動に彼女が一度も参加していないことが不自然ではある。
結社は少数で活動しているというのが、これまで彼らと関わってきた中で組み立てられた推測だ。遊ばせておける人員など誰一人としていないはずだ。
どちらもありうる、と結論付けてカナタは警戒を解かないことにした。
「――とりあえずは、その言を信じよう」
「ありがとう。これでようやく本題に入れるわね」
「そういえばそうでしたね~」
ともあれ、そもそもこれらの話は全て「前置き」だ。いずれも極めて重大な情報ではあるため優先して処理しなければならないが、それでもあくまで取引のための前提である。
「ヴェルトの爺様――いや、今はおじ様ね。業務提携の話を進めてるところなのだけれど」
「そういえばそういう話だったのう……」
『先生、私に気を取られすぎておりませんかしら?』
「こちら、お聞きしている情報についてまとめております。ご一読ください」
「はーい」
カナタはエイヴリルに手渡された書類にざっと目を通した。
最も重要なのはナルミの情報だが、アルコーン・カンパニーへ流した情報の中に彼女のものは無い。結社にカナール製ワーカーが卸されていることを知るフォーグラーが、どの企業に対しても警戒を怠っていない証左だ。
また、当然ながらグリムに関するものも無い。一番大きく取り扱われているのは、「竜狩り」のネームバリューもあるディセットだろう。
数秒もあれば一旦記憶に収めることは可能だ。カナタはそのまま続きを促した。
「アズからも『帝国』のことは聞いてる。竜族も多く住んでるのよね?」
「と言うより、隣国の特性上そうなってしまうというのが実情だが……」
『「王国」は人間至上主義国家ですもの。帝国は結果的に受け皿として機能せざるを得ません』
「じゃあ話は早いわね。地上の観測データはアズにも確認してもらったわ。結果、あなたたちの言う『新しい島』がデルピュネス帝国のある島だということが分かった」
であろうな、とグリムは頷く。軌道リングがこちらの世界に来たとなれば、対となる霊術の世界からも何かしら影響が及んでいないとおかしいのだ。
「ディセット・ラングランの報告を聞く限りこの帝国が第一目標として狙われる可能性は高い。他の企業には宝の山に見えているでしょうね」
「随分と血なまぐさい宝の山よな」
「そうね。ただ、逆に私はこれを『商機』と捉えてる」
「……帝国にワーカーを売りつける?」
「より正確には防衛設備ね。巨獣なんて外敵もいるんでしょう? そこを足がかりにすれば、大きな取引に繋げられるかもしれない」
――同時に、竜族を一網打尽にする足がかりにもなりうる。
その考えがよぎったところで、カナタは警戒のランクを一つ引き上げた。
「それともう一つ提案があるの」
「聞こう」
「――『竜狩り』用のワーカー。うちの会社に任せてもらう気は無い?」