融界ドラゴネット −あさおんからはじまる世界融合− 作:桐型枠
同じ釜の飯を食う、という言葉がある。
あくまでこれはそのくらいに密接な関係であることを示す慣用句だが、実際のところ心理学的にも効果があると聞く。食事を介したコミュニケーションを行うことで脳内ホルモンが分泌し、親密になれるという論理らしい。
実際どうかって言うと……うーん……割と長いこと共同生活を送ったけど……連帯感は生まれたと思うし普通に仲良くなった……だろうか。
いや、でも結局ディセットと椿さんは相性悪いまんまだし、人によってはそうでもないかもしれない。個人差がありますというやつだ。
とはいえ。
「連帯感を生むのにちょうどいいと思うんですよ、食事会」
「はあ。まあ、言わんとすることは分かりますが」
帝国市街の市場。テレーゼさんに案内されたその場所は、活気と裏腹に品揃えという点ではあまり望ましいものではなかった。
品質が良くない、とか種類に乏しい、とか色々と理由はあるのだけど、これは恐らく僕が現代日本で生まれ育ったこそ比較してしまう面はあるだろう。
スーパーなんかと比べたら差はあって当然だ。メニューは適宜変更していこう。
「あの荒くれ者がそれに応じてくれるのですか?」
「そういうのが全然ダメって人たちなら酒場に集まりもしないと思うんですよ」
「というよりあなたの言葉に応じてくれるのですか?」
「席にはついてもらいます。上官命令です。従わなかったら芋の気持ちを味わってもらいます」
「おいも……?」
根菜を手にとりながら考える。
エーテルで強化された人体は頑丈だ。投げたらサクッと地面に刺さるくらいには。
数百人全員にかけられるほど縄があるわけでも拘束手段があるわけでもないから、今回はこの方法で身動きを封じさせてもらう、ついでに腕力を示させてもらおう。二、三人も埋めれば流石にこっちに従ってくれるだろう。
……っと、そうだ。
「そういえば、他の部署に挨拶に行かなくていいんでしょうか」
「あなた他の部隊も埋めるつもりですか?」
「文字通りの挨拶です」
そんな不良の
「機能不全を起こしてるネルリンガー大隊を優先しましょう。彼らがナルミの下につくまで、将軍代理に就任しているわけではありません。挨拶はその後でいいのです」
「了解です」
「順序というものがあります。逆に言えば、そこさえこなせば帝国軍4万5千人へのお披露目もすぐですよ」
「……ん?」
なんか桁おかしくない? いや、お披露目されることも物申したいのだけど、何4万5千って。
総人口の
「人数がおかしくないですか」
「ああ、これはいざという時に動員できる最大限の人数ですよ。その内、約9割はいわゆる民兵なのです。あの店のおじさんも今通りかかった人もそうです」
「あ、ああ、なるほど……つまり帝国軍の実態は」
「記録されてる範囲だと、常勤5000人、実働要員がその内だいたい3500」
「……その実働部隊の内300人ちょっとがネルリンガー大隊って」
「バッキバキの中核部隊なのです」
人口比!!
いや、そもそも総人口の一割近い人数が軍人として働いてるって時点で大概も大概なんだけど。単純な比率だけ見たらとんだ軍事国家だよ。
日本やアメリカでも、正規の自衛隊員や軍人って人口比で1%にも満たない程度の人数なんじゃなかったっけ? 元々の人口が大きいからそれでも相当数ではあるんだけど……。
「……とはいえ、実のところ総人口も兵員も実態とは異なってまして」
「へ?」
「姫様を含め数千の民と数百の兵が突如として行方不明になっています。実態としては実働3000足らずがいいところでしょうね」
「あー……融合……」
「ナルミに話を聞いてもしやとは思ったのですが……そんなわけで、再編が急務なのですよ」
下方修正されてしまった。が、冷静に思い返すと融合の件もあるし避けられない話だ……。
ネルリンガー大隊にいる「逃げた」って言われてた人も、もしかすると融合現象で他国にいる可能性は高い。アメリカとか、インドとか、中国とか……日本でも、隣の部屋の人が実はそうだったとか言われても不思議は無い。
軍事国家どころかとんだ限界国家だよ。そりゃ軍内部上下隔てなく親密になるわ。
僕が部隊員を招集しないと国そのものの存続が危ぶまれるレベルと思うと責任が重い……高校生に負わせる責任かこれが? いやそもそもヴァルトルーデ僕より幼かったわ。頑張ろ。
「というかそんな状態で巨獣の襲撃は大丈夫だったんですか……」
「ここ最近なぜか巨獣の出現報告が激減していますし、カリンも強いので問題ありませんでしたよ」
「なぜか……? ……あ?」
待てよ。そもそも世界中が混乱に陥った原因は、それだけ巨獣が僕らの世界に溢れてきたたからだ。つまり、実際に数は減ってる。
その上マンハイム将軍は出奔中、帝国市街に近づこうとする巨獣を駆除して回っていたらしい。よって確実に襲撃そのものが減ってる。
……なるほど、大丈夫なわけだ。そもそも人類の数が減りまくって戦争とかそれどころじゃないレベルで追い詰められてるからこそなのだろうけど。
「心当たりがあるのですね」
「マンハイム将軍が外にいる間巨獣を狩りまわってたみたいで……」
「あの方出奔しても仕事から離れられないのですか」
「そもそも出奔したこと自体が不本意でしょうし」
全裸晒した瞬間に出奔を決めるレベルであまりにも迅速果断すぎるだけだあの人は。
陛下の御前で全裸になるなんて不敬だから責任取って退職します、という話を超圧縮して即出奔という行動に移るのは、改めて考えると何なんだあの人。行動力の化身か?
そもそも人間主体ではないはずの国家なのに、当たり前みたいな顔して普通の人間で将軍に就任してるあたりもだいぶおかしいなあの人。他三人が竜族竜族エルフという中なのに。副官だって、僕の知る限りだと竜族獣人獣人だし……本当にどうやったんだ? あの人周りだけバグってない?
ともあれ、結論の出づらい話はこの辺にしておいて、やりたいことを優先だ。
オーソドックスに料理はシチューとして、市場で食材を手当たり次第に購入。ボルツマン副官の酒場の厨房を借りて煮込み、先にカリンさんに提示されていた壁外の練兵場へと向かった。
――そうして2時間後。徐々に日も傾きつつある頃合いに僕たちを待ち受けていたのは、完全武装のならず者としか言いようのない風体の男たちだった。
「おうおうおう何だネエちゃん偉そうな格好しおって、おーっ!?」
「美味そうな匂いじゃねえか、何だぁ? 飯炊き女かぁ!? ガハハハ!」
「乳でけーな」
「つまりボスじゃないじゃねえか」
どう控えめに見ても彼らはチンピラだった。
軽く引きながらボルツマン副官に視線を投げると、どうも彼らで間違いないという旨の頷きを返してきた。
何で対面早々に軽く絶望するハメになってるんだ僕は。少し気を取り直して話に移ろう。
「ええと、はじめまして。僕は――」
「『はじめまして』!? ギャハハハハ! こいつやっぱりボスじゃないっすよ!」
「ボスならまずボコしてくるもんなぁ!」
「おいボルツマン! てめえ似てるだけでボスの代わりだなんて言ったのか? えーっ!?」
「鬱憤晴らしに似てる女コマして連れてきたんじゃねーかあ?」
「チッ……」
その上まるで品性に欠けている……。
本当に軍人でいいのかこの人たちは。これ中核に据えて問題ないやつ? とテレーゼさんに視線を向けると、今度は思いっきり視線を逸らされた。
問題あるんですね。というか彼ら、統率する人間がいないと仕事に出てこないという面で確実に問題はあるんですよね。ちくしょう。
「ボルツマン、あなたも手くらい貸してあげなさいよ」
「……事情は納得したが、ボスと認めたわけじゃねェ。こいつらを統率できる力が無い限り、ボスと仰いで協力なんぞできるか」
「頑固者!」
「それで、何しに来たんだこの嬢ちゃん? 遊びに来たんなら帰んな」
「……ヴァルトルーデの代理の任を命じられました」
「で? バカ正直に俺らを呼びつけたってか? ガハハハハッ!」
そう言って豪快に笑う男は、薄い髪を撫でつけながら僕ににじり寄った。
彼の抱えている大きなサーベルが鈍い光を放っている。明らかにこちらを嘲りながらも、動きに油断の色は見られない。
「あまり侮るんじゃねえぞ。代理だぁ? 俺たちの頭はボスだけだ」
「……なぜ、そこまでヴァルトルーデが頭目であることに固執するんですか?」
「ボスに救われたからだ」
「救われた?」
予想外に素直に返ってきたその言葉に、僕は少し驚いた。こういう人たちは、話をはぐらかしがちだと思ったのだけど……。
しかし、救われたというのはどういうことなのだろう。疑問に思っていると、男は僕を馬鹿にするように鼻を鳴らした。
「ちっと機嫌がいいから教えてやらぁ。俺たちは皆、ボスに拾い上げられるまで国に寄生するダニだった」
「ダニ」
「スネに傷がある犯罪者ばっかりっつゥ意味さ」
「ケッ、ボルツマン。済まし顔のてめーも同じだろーがよぉ」
「俺ンこと気にしてねェで続けろ。説明待ってンだろが」
鍋の隣で腕を組んで待つボルツマン副官は、こっそりつまみ食いに来ようとする人を追い返しながらそう促した。
この人もこの人で、初対面の印象よりは優しいんだろうか……一応は僕のことを認めてくれたから、というのもあるかもしれないけど。
「ボスに拾い上げてもらって、軍としての体裁を貰うことでようやく『ヒト』にしてもらったんだ。だから俺らぁボスにしか従う気はねえのさ。なあ!!」
「その通りだ!」
「ボスじゃねえと従いやしねえぞ!」
「あのおみ足に踏まれてぇ!」
「俺あっちの乳でかいボスもいいかも」
「殺すぞ」
「偽モンは帰れ!」
と……統制取れてねえ……二重の意味で……。
と、とはいえ、事情は概ね理解できた。なるほど、彼らも彼らで犯罪者だった自分たちがどん詰まりだったことを理解しているようだ。
彼らを繋いでいるのは紛れもなく恩義。であるが故に他の人間が彼らの統制を取ろうとするのは極めて難しい。
「できる? ナルミ……」
心配そうなカリンさんの言葉に、返答ができない。
実情として……だいぶ、難しいと思う。なぜなら彼らが求めているのは「代理」ではなく、ヴァルトルーデ本人だからだ。
「本人」でなければならない、そうでなければ認めない……難しいのは、僕がヴァルトルーデ本人でもあるという点だ。
元通りに分離はできないし、どうしても戻せない。恩義で縛られている人間を懐柔するのは、恩を売った張本人でないと……待てよ?
……最終的に、僕がヴァルトルーデ本人であることを理解させることができればいい、とも考えられるか? 一応、記憶はあるのだから過程を少しなぞってやれば、実感を伴うようにさせられる……?
僕は元々、無意識的にとはいえ「他人が望む僕」を
となると演じる……しか、ないか。不本意ながら。
ヴァルトルーデの記憶を辿りつつ、それでも今の自分と違和感無く溶け込むような形で出力する。まずは堂々と彼らの目を見て――それでいて、高慢に。
「――恩があると言う割に、恩知らずな真似をするんですね」
「……あ?」
「な、ナルミ?」
異変に気づいたらしいカリンさんに向かって、小さく口元で指を立てて「静かに」と伝える。
完全に煽っているように見えるから危険だと思ったのだろう。実際煽ってる。煽り散らかす気だ。できるだけ高慢に……それでいて相手にぶっ刺さるような形で。
「ヴァルトルーデに『人間』にしてもらった恩があると言いながら、理性で自分を律していない『獣』同然のこの対応。それで人間のつもりですか?」
「てっ、め……!」
「人間社会の規律に従うこともせずにこの有り様。これを恩知らずと言わずに何と言えばいいんですか? 結局のところ、あなたたちは――」
「おい!!」
煽りに乗るような形で、群衆の中から二人ほどいかつい男が前に出た。
まさしく怒り心頭という表情だ。片や鉄球、片やナイフをこちらに掲げ、威圧するようにエーテルを燃え上がらせている。
「それ以上ふざけたことを抜かすとどうなるか分かってるだろうな!」
「好き放題言いやがってクソガキィ! テメェの立場ァ分かって……」
「未だヴァルトルーデという柱が無ければ自立もできない、ただの甘えた
その瞬間、爆発したように二人の男が武器を構えて襲いかかってきた。
僕はその二人の肩を掴むと、一気に下方向に力をかけて二人ともぼごんと音を立てて地面に埋めてやった。
「――あ? え?」
「んぉ?」
唖然と、彼らは下から僕を見上げるように目を丸くした。
ちょうど武器を持っているので、武器は武器で磁力で固定し、身動きすら取れない状態に陥れてやる。
その様子を見守っていたチンピラの皆さんも目を丸くし、ボルツマン副官は呆れたのか何か感じるところがあるのか軽く天を仰ぐ。こんなことになると思っていなかったのか、カリンさんは剣の柄に手をかけた状態で停止していた。テレーゼさんは半笑いである。
「言いたいことがあるなら何でもどうぞ――言えるものなら、いくらでも」
「じょ――上等だコラァァ!!」
「このガキィッ!」
「元盗賊をナメるんじゃねぇぇ!!」
有名な映画を真似して手を前に、挑発の意味を込めて指で手招きしてやる。
そこで、彼らは我慢の限界を迎えたらしい。完全武装の荒くれ者数百人が武器を携え、霊術を起動し――僕に向かって一斉に襲いかかってきた。
――そうして10分後、練兵場に芋畑が出来上がった。
むくつけき野郎共が埋まって頭が露出している汗臭い畑である。
文句が口々に飛んでくるが、僕は聞こえないフリをして背を向けた。
「マジかよ……」
「うっわあ……ヴァルトルーデよりひどい……」
「ふほほは。まさか本当に一人で制圧するとは思いませんでした」
そして軽く引いてるボルツマン副官はともかく、途中からもはやシチューを片手に見物モードだったテレーゼさんとカリンさんの姿が目に入る。
いや、まあ、僕が介入しなくていいと言ったからというのもあるんだけど……それにしたってのんびりしすぎだろ。巻き添えになる可能性もあるのに。いや、もしそうなっても大丈夫な人選ではあるんだが……。
「二、三人埋めたら流石に諦めると思ったんですけど」
「な、ナメられっぱなしで終われるかバーロォ……」
「いや負けてんじゃねェかテメーら……」
威圧だけで話を済ませてくれたボルツマン副官が比較的理性的なのがよく分かる。
この辺は数を頼りに攻められるという優位性も、彼らの気を大きくした一因としてあるだろうか……。
「大人しく話を聞いてくれるなら、手荒な真似をする必要も無かったんですけどね」
「大人しく話なんて聞けねェとびっきりのバカだから犯罪者になってンだ。オマケに群れてりゃ余計にバカになる」
「そんなものですか……」
あんまり納得したくないけど……まあ、そういうこともあると思って納得しておこう。
ともかく、これで話を聞いてくれるようにはなった、はずだ。少なくともそう思っていたい。小さなため息と共に空を見上げた――その時だった。
「……ん?」
空に、赤い筋が走るのが見える。つい先日の件で見慣れてしまった、隕石の大気圏突入時の光の筋だ。
いや、流石にまさかな――と思いつつレーダー霊術を使う。電波の跳ね返りによって感じ取れたのは、それが数百メートル級の
目を凝らしてよく見れば、その軌道を描いているのは一隻の「船」だ。
――宇宙戦艦、という言葉が脳裏に浮かぶ。
追従するようにテレーゼさんとカリンさんが僕の視線を辿り、揃って怪訝な顔をしてみせた。
「何なのですか? あれは」
「あれは……」
機械の世界の宇宙用戦艦、だろうか?
そういえば、霊術の世界の中枢とも呼ぶべき帝国がこちらの世界に来ているということは、機械の世界だって何かこちらの世界に来ていておかしくはない。
が……いくらなんでも雰囲気が物々しい。ダークマターの反応こそ無いが、なんとなく嫌な予感を覚えて身構える。時刻は夕方。僕にとってはまるで良い思い出が無い時間帯だ。
もしかすると、という予感は――不意に聞こえて音声によって、裏付けられてしまった。
『――現時刻より人型ドラゴンの捕獲作戦を開始する。バロメッツ部隊より、順次発進せよ』