融界ドラゴネット −あさおんからはじまる世界融合− 作:桐型枠
「鉄の巨人に空を飛ぶ鉄の船が竜族をさらいに帝国に攻めてきた……?」
月明かりの差し込む執務室で、ヴィンケルは部下の報告を耳にして困惑した。
機械技術がそれほど発達していない霊術の世界において、巨大ロボットという存在はそれだけで奇異なものだ。
ナルミから「そういうものがある」というと概念だけ伝えてもらってはいたものの、実感は皆無だった。そこへ、この報告だ。内心極度に混乱しており、この後の事務処理や対応を考えると血の気が引くような思いすらあった。が、彼はそれをおくびにも出さなかった。
険しい顔が更に険しくなる。ヴィンケルの部下の
「壁外にいたヴァルト……失礼。ナルミ殿がこれに警告。鉄の巨人は聞き入れずに帝国市街へ侵入しようとしたため、やむを得ずこれを撃墜したとのことです」
「フン、そのくらいやってもらわねば困る」
本当に困る。
ヴィンケルは内心で胸をなでおろした。
もし仮に侵入を許していれば、今こうして執務室で報告を受けるような余裕など微塵もなくなるだろう。独断専行は問題だが、そのタイミングで上層部に確認を取っている暇は無い。本人もしっかり警告は発している。問答無用で排除にかかるだろうヴァルトルーデと比べれば、対応は極めて穏当とすら言えた。
「巨人と、船の乗員は捕縛。捕虜としてこれから移送予定です」
「被害状況は?」
「双方に死傷者は無し。巨人が数体無傷で鹵獲できたため、これを技術開発部へ送ることになっています」
「フン……悪くはない」
言葉にはしないが、むしろ最上の結果だ。敵の勢力が何者かは不明だが、捕虜を取ればそれを知る手がかりになる。状況を理解しているらしいナルミに聞けば更に情報の確度は高まる。
無闇に殺傷していないという点も高評価である。殺すのは楽だが、安易に他の勢力に属する人間を殺傷してしまえば外交面で支障が生じかねないからだ。
「ただ、ボルツマンが捕虜を別個に三名連行しているとの話が」
「は?」
「ボルツマンが捕虜を三名、別の場所へ連行しています」
「急いで止めろ」
困惑も相当に大きかったが、この追加情報を耳にしたヴィンケルは反射的にそう指示を下した。
万が一にもそのようなことはないと思いたいが、ボルツマンは元々反社会的勢力に身を置いていた男だ。ヴァルトルーデによって矯正されたとは言っても暴力や腕力というものを是とする本質までもが変わったわけではない。必要とあれば拷問も厭わないだろう。
捕虜の扱いというものは繊細だ。意図的に死なせたり傷つけたとあれば、軍そのものの信用問題に関わる。ただでさえ指揮下から離れて迷惑だというのに、これ以上何かしでかしてくれるな――そのヴィンケルの思いに対し、部下もまた困惑を押し殺しながら続けた。
「リュールが許可を出しておりまして……ボルツマンによると、なんでも、『うちの店で働いてもらう』のだとか……」
「奴は何を考えているんだ?」
思わず素で湧いてきた疑問に、答えられる者はいなかった。
捕虜の労働というものは確かにある。しかし、それは国の管理下においてはじめてなすべきことであり、個人の裁量でやるべきことではないはずだ。
「『
「奴は何を考えているんだ???」
ヴィンケルはことの経緯を知らない。「何やかやあってナルミの下につくことを同意した」という情報はあっても、その「何やかや」を直に目にしたわけではないのだ。
不貞腐れて組織の害になる行いをすることは、決して恩返しにならない。そう聞かされて考えを改めることになった――という心境の変化を知らなければ、ボルツマンの行動はあまりに突飛だ。
「誰か一人呼び戻して詳細に状況を報告させろ……!」
「しょ、承知しました。では、レーヴェンタールが捕虜の移送にあたっているようなのでそちらに」
「それから、鉄の巨人の搬入を急がせろ。徹底的に解析しなければならん!!」
「通達します」
先にナルミから伝えられた様々な説明に、徐々に芯とも呼ぶべきものが通っていく。
デルピュネス帝国の常識ではおよそ考えられない異次元の技術力は、ヴィンケルに少なからず危機感を抱かせ「異世界」という概念により強い実感を与えた。
「やはりあの
小さく舌打ちをこぼす。彼は苛立ちを鎮めきれないように、再びドワーフの副官が戻るまで書類を整理しながら指で机を叩き続けた。
他の捕虜の人たちをカリンさんと治安維持部隊に任せ、僕らは再び街の北にある酒場へ向かうことになった。
300人ちょっといる隊員の皆さんは一旦詰め所で待機。酒場にいるのは僕とボルツマン副官、それからテレーゼさんと……ディセットの妹三人だ。
仁王立ちをしたボルツマン副官は、困惑する三人に向かって指を三本立てて見せた。
「いいかァ。俺の知る限り『掃除』、『調理』、『配膳』! この内どれかができりゃそう食いっぱぐれることはねェ!」
「掃除ロボットくらいいますわよ」
「自動調理器もありますが」
「配膳ロボットも普通だよ~……」
「え゛」
「ご注文の料理をお持ちしましたニャン」
「は?」
「え?」
「急に何なんですの……?」
「配膳ロボット――」
……あ、猫の配膳ロボなんて機械の世界に無いのか。
完全に伝わるつもりで喋ってたわ……はっず……。
「――僕らの世界の配膳ロボがこんな感じで……」
「なぜニャンと……?」
「デザインが……猫だから……」
「ねこちゃん」
あっちの世界にそういう遊び心無いのかな……。
いや、と、ともかく。この子たちの認識では、そういう雑用はロボットがやるものなんだな。
「…………」
一方、ボルツマン副官はやべェどうしようとばかりにこちらに視線を向けてきた。想像してなかったんかい。
いや、想像できることじゃないな。常識と文化が違うんだから。
フォローはしといた方がよさそうだ。
「富裕層向けのレストランは行ったことある?」
「ありませんわ。そもそも社外に出ることが戦闘以外では滅多にありませんもの」
「この子たち筋金入りではないのですかナルミ」
「大丈夫です。前例は知ってますので」
というかモロにディセットの話だけど。
情報を制限され、対外的な交流も少なく、コミュニケーション不良。
出張、派遣の際に良い出会いに恵まれなければ、自分の境遇が異常であることもなにも知りようがない。知らなければ、疑問もなにも抱きようがない。
となると、僕らは亡くなったというディセットの昔の仲間のように、この子たちに様々なことを教えるべきなのだろう。
「そもそもアナタはなぜ……軌道リングの富裕層が使っているレストランのことなど知っているんですか?」
「今、僕の後ろ盾になってくれているのが企業CEOだから」
「えっ」
「確か、ヴェルト社だったかな。確認取ってくれてもいいよ」
というか確認してくれた方が僕としてもありがたい。何せまだ生存報告すらできてないからだ。
フォーグラーCEOなら、多分この混乱に乗じて古巣であるヴェルト社の掌握を進めているはずだ。そこに確認の連絡を入れてくれれば、間接的に僕の生存も知れる。
姉さんやディセットたちにも多大な心配をかけてしまっているだろうし……。
「それには及びませんわ。嘘をつく理由も無いでしょうし、そちらの思惑に乗るのもシャクですもの」
一見こちらの考えを見透かした冷静な台詞に聞こえるが、その実態は「シャクだから」で情報の裏取りを放棄する純度100%の感情論である。
確認のついでに救援を呼ぶとかの手もあるだろうに。横でドゥーも呆れていた。
「機械調理は安定してるけど、画一的になりすぎる。お客さんの嗜好に合わせた調理をするのはまだ人間の方が優れているんだってさ」
「へ~」
「掃除にしても、ロボットは必ずしも僕らの希望に沿う掃除をしてくれるわけじゃない。このあたりの技能はあって無駄にならないと思うよ」
「それに、ここはあなた方がいた場所とは違うのです。自動でなんでもやってくれる召使いのようなものはありません」
その説明で納得したのかしてないのか、二人は少し不服そうにしながらも小さく頷いた。
トワは元からそこまで不満さは感じられなかったので大丈夫だと思うけど……。
「それで、何をすればいいんでしょ~……」
「やり方は教えてやっから、お前らはまず
「うげ」
「な、何なんですのこの……ばっちい……泥まみれのものは」
「芋も見たことねェのか!?」
ボルツマン副官が箱を持ち上げて再び見せると、三人はちょっと距離を置こうとした。
とんだ温室育ち――と言いたいところなのだろうけど、これには色々と原因はある。特に彼女らもディセットと同じクローンなら……。
「もしかしてキミたちが食べてたのって、こう……ブロック状の?」
「そう、その栄養
うへぇ、とばかりにトワが顔をしかめる。
あー……あの、ディセットが言ってた、ディストピア飯(ハードタイプ)みたいなアレだ。あんなのしか知らないなら、普通の食料品がどういうものか知らなくても不自然は無い。ただでさえ普段から外に出ることは無かったようだし。
アンとドゥーは一気にやる気を失っているように見えるが、トワは逆に……ぼんやりした表情の中でやる気を見せている。
「コレが終わったらご飯ってことで……?」
「ん? うん……で、いいですよね?」
「あァ」
この辺の差異は、一度ちゃんとした食事を食べられているかどうか、だろうか。
それから、世にも珍しい軍高官三名による芋洗い講座が始まった。
洗うだけのことを教える必要があるのか、とか思ってはいけない。そもそも彼女たちはものを洗うことの必要性すら知らない可能性だってあるのだから。
そうこうしてとりあえず一通りやれる程度まで教えたところで、テレーゼさんがボルツマン副官へ告げた。
「何か言うべきことがあるのではないですか?」
「おゥ」
「こっちはしばらく任せてもいいのですよ」
「悪ィな」
キッチンスペースから離れて別室へ向かう彼に手招きされる。どうやら何か話すことがあるらしい。
黙ってついていくと、ボルツマン副官は神妙な顔をしてこちらに頭を下げてきた。
「えっ……どうしたんですか、急に」
「出会った時、無礼なことをしちまった。まずそいつを謝らせてくれ」
「いいですよ、元々そんなに怒ってはないですから」
「そうか、すまねェ」
僕を本気で怒らせたいなら結社の人でも連れてくればいい。
ちょっとお互いどうなるか分かんないけど。
……しかし、それを言うだけにしてはちょっと大仰だな。頭を上げてくれる気配も無いし。
どうしたんだろうと思って待っていると、彼は意を決したように口を開いた。
「――あんたのこと、ボスと呼ばせてくれ」
「はっ? え?」
困惑した。
それは、なんていうか、あまりにも――急だ。
それに足りるだけの信頼を得られるほど、僕は何かしてあげられているだろうか?
「嫌だっつゥのはそれも分かる! だが……」
「待った待った! 嫌とかじゃなくて、あの……まず理解が追いついてないんですけど。そう言ってもらえるほどのものを見せられてないし……」
「ンなこたァ無い! 十分に見せてもらってる」
「それって、例えば?」
「まず何より力だ」
「あ、はい……」
そりゃあこの短い期間に見せられたものと言えば、純粋な力というのが一番大きなウェイトを占める部分ではある。
が、こう言われると、そこばかり見られているようでなんだか気分がちょっと下がる。力とか暴力とか好きじゃないし、そもそもヴァルトルーデのそれにしろ"ユピテル"のそれにしろ結局は貰い物の力でしかないんだから。
「それが無きゃ俺らの部隊の統率は取れねェ。前提条件みたいなモンだ。だが、それ以上に――俺らの頭張るのに相応しいと思えたのは、あんたの考え方だ」
「考え方?」
「俺も含め、皆ボスへの恩ってモンを履き違えるって言葉が一番キいた。あえて煽ったっつゥのは分かるが……」
「え、すみません。何が一番効くかと思って言っちゃったんですけど……」
何をしてほしいかがぼんやりでも分かるというのは、逆にしてほしくないこと、言ってほしくないことがぼんやりとでも理解できるということでもある。なのでそういう部分を突けば相手に精神的ダメージを与えたり煽ったりする役に立つ。演技以外で僕の特技と言えるのはそういう部分だろうか。
我ながらなんて
「だが、俺らには必要な言葉だった。外から見て情けねェと思ったから、ああ言ったんだろ?」
「……それは、まあ内心」
「そういう感性が必要だ。俺らだけじゃどうしたって身内相手で甘くなっちまうし、身内だからこそ真面目に取り合いやしねェ。強く、それでいて外から冷静にものを見て指摘できるヤツがトップに立たなきゃ俺らァその内どうしようもなくなっちまう」
「既にどうしようもない状態に陥ってませんでした?」
「いいんだよ元鞘に戻ったんだからよォ!」
……まあ、結果的にマイナスがゼロに戻ったんだからそれはそれで問題ない……か?
それに、単に暴力で言うことを聞かせるよりも、言葉で納得してもらえるならその方が穏便だしベターと言えるだろうか。
指揮下に入ってもらえるなら、こっちとしても他に色々やっておきたいことはあるし……。
「分かりました。好きなように呼んでください」
「了解だ、ボス」
「……う、ううん……なんか慣れないな……」
あと年上の人から目上に見られるのもちょっと……でも他の隊員の人たちも今後僕のことボスって呼ぶことになるのかな。これでヴィンケル将軍からの依頼も完了ということになるし、それなりの地位を与えるとも言ってたし。
だとすると、今のうちに慣れておかないといけないか。他の人はもっと別の呼び方すると思う――というか思いたいけど、どうだろう。この国の人結構変なとこでノリ良いから他の人もボスとか呼んできそうな気がする……。
……隊長とかリーダーとかじゃダメかな?