融界ドラゴネット −あさおんからはじまる世界融合−   作:桐型枠

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75.ファンコミュニティと復讐者

 

 

 ワーカーの単独大気圏突入は極めて危険な行為である。無重力発生装置によって減速し、大気の圧縮熱を避ける方法もあるものの、バッテリー容量とD粒子残量の問題からおよそ非現実的な方法と考えられている。

 そうであるにもかかわらずディセットたちは単独大気圏突入を余儀なくされたが、これを解決したのはアリサの霊術である。大気の圧縮熱が問題だというなら、そもそも進行方向に大気が無ければいい、という考えだ。

 結果的に大きな減速も無く、彼らは目的地である日本のALV(アルフ)支社予定地にたどり着いた。

 朝焼けの色に包まれた応接室の中、疲れも抜けきらないままエルシーから新型ワーカーの提供を提案されたディセットは、露骨に不信感を表情に出しながら吐き捨てるように返した。

 

「要らねーから帰れ」

「ん゛ん゛ん゛!?!?!?」

 

 ボロボロのラヴァーンドで帰還してきた直後である。ワーカーは現在他に手元に無く、戦力的にもワーカーを必要としているのは事実だ。

 その上で彼は不要と断じた。突然現れて好き勝手なことを言い出す企業人、それも結社と繋がっている可能性がある相手を一切信用できないからだ。

 

「俺がワーカーに求めてんのは信頼性だ。暫定・敵の提供するワーカーに信頼なんぞ置けるか」

「だよね~……」

 

 もしエルシーが結社の人間であるなら、ディセットは目の上のたんこぶだ。ドラゴン(ナルミ)だけでも手に負えないのに、機械の世界でも最高峰のパイロットがこれを守るために常に行動している。

 ジスカールなど、ディセット個人を組織に引き込みたい者でなければ、いかに殺すかをまず考えるだろう。ワーカーに罠を仕込むのは、その中でも最も簡単で効率的な手だ。

 ワーカーが無ければ、ディセットはただの人間でしかないのだから。

 

「おっさん……CEOには(わり)ぃが、この話自体を白紙に戻してもらってくれ」

「ま、待てディセット! 姫様がこやつらのもとにいる!」

「状況ややこしくしてんじゃねえよ!」

「好きでややこしくしたんじゃないわよぉぉ!!」

 

 結社と繋がっていないことが事実であるなら、融合現象それ自体が予期せぬ出来事だ。真偽はどうあれ、カナタは半泣きになりかけているエルシーと、その様を見て興奮した様子の変態(メイド)を見て少し同情した。

 だが、これはフォーグラーの時以上に警戒を厳にしてあたらなければならない事態だ。同情の有無は判断に影響しない。

 

「ここで二人とも始末してアズ様救出に乗り込む?」

「ひっ」

「ヒェ」

 

 抜き身のままの"墜星"の刀身が鈍く光る。思わぬ事態に、数時間ほど転がされて(ねむって)復調したルイがついでのように小さな悲鳴を上げたが、アリサは構わず励起状態に移行させた。

 結社の一員であればアリサにとっては両親の仇だ。殺せるのなら殺しておきたいというのが本音である。

 

「流石にそれは見過ごすわけには参りません」

「企業のトップが急に地球で殺されたってなったら、今後の世論にも影響するからちょっと落ち着こうね~」

「う……ご、ごめんなさい」

「カナちゃん目ぇ怖っ」

 

 やんわりとアリサを制止しているカナタだが、柔らかな表情に比して目は一つも笑っていなかった。

 彼女も責任者という立場で半ば無理矢理自分を律しているだけだ。

 父の仇、そして唯一遺された家族(ナルミ)を傷つけ殺そうとしている組織の一員かもしれないとなれば、内心は煮えたぎっていて当然である。

 

「ど……どうやったら信用してくれる?」

「黙って帰ってお姫さん国に返して結社との決着(ケリ)つくまで大人しくしてろ」

「信用する気が微塵もないじゃない!?」

「よっぽどの理由がない限り地球をこんなにした奴らの同類なんか信じられねーよ」

 

 味方として取り入って内側から切り崩すというのは、裏切りとしてごくありふれた手法だ。それが前線要員ならばディセットとしては撃ち返すだけで済むが、そうでない場合は単純な武力で対処ができなくなってしまうため、未然に防ぐ必要があった。

 怪しい人間を内側に招き入れないというのは、対策や対処というよりもそれ以前の段階、心がけに近い。

 

「大勢殺されているんだ。こっちのデカい剣持ってる怖ぇーおん」

「は?」

「……開拓者筆頭も両親を殺されたし」

 

 そういう対応をするから怖いんだぞ、とディセットは内心で文句をこぼした。

 睡眠不足と疲労と両親の仇疑惑のトリプルパンチのせいで、彼女は今極端に機嫌が悪かった。

 

「カナタさんの父親、俺が世話になった人も殺された」

「……そうだね~」

 

 実情を言えば、実際に手を下したのはナルミではあるが、カナタとディセットは共に彼女が殺したという表現だけは極力避けていた。

 そうするように追い込んだのは結社であり、全責任は彼らにあるのだから。

 

「カナちゃんといいアリサちゃんといい、全体的に過去重くないっすか」

「現在進行系だろ。特にカナタさん」

「ディセくんが言えることかなぁ……」

「いいんだよ今楽し――いや今は楽しくないな。ナルミも守りきれてないし……正直辛い……」

 

 ディセットにとってみれば、機械の世界にいた頃は縁遠かった「普通に過ごす日常」こそがかけがえのないものだ。それを共に過ごす友人がいるからこそ、というのもある。戦闘続きの上に陰謀に晒され余裕が無いというのも辛い思いをしている原因だが、とにかく一番の友人がいないというのは相当に堪える事態だった。

 普段であれば自信を持って大抵のことが楽しいと言い切れるのだが、状況が状況である。徐々に精神の軋みが表出しつつあった。

 

 会話を聞きながら、エルシーは半泣きで流れそうになっていた涙を拭った。

 ディセットたちから向けられる拒絶感は、当初こそまったくの意味不明なものだったが、改めて話を聞けばそれも納得のものでしかない。問答無用で殺されないだけ理性的ですらあるだろう。

 

「ごめんなさい。あなたたちの事情を知らなかった」

 

 そこに考えが至ると、自然に謝罪が口から発せられた。ディセットが目を丸くし、面食らったように"墜星"の励起状態が解除される。

 

「私も『竜狩り』のファンだから……少し舞い上がってたわ」

「…………んん!?」

「人気者だねぇディセくん」

「ちょっと待ってくれ。CEO(おっさん)のツテって何だ!?」

「ファンコミュニティよ」

「ファンコミュニティ!?!?」

「我慢の限界が来てブラギ社を脱走した時になんとか自社に取り込みたい、後方保護者面の集いとも言えます」

「本人に聞かせんなそんなこと!!」

 

 思いよらぬ事実が判明してディセットが戦慄する一方、そういうものもあるだろうなぁとカナタは納得した。

 出自も能力も活躍もセンセーショナルで、元々注目度は低くないのだ。その上年若く、自らの陣営に引き入れることができれば確実に長期間の活躍を約束できる。

 年若いエルシーはその限りではないものの、企業重役というものはその多くが地位に見合う程度に年齢を重ねている。良識のある者の中には、保護者目線になってしまう人間もいるだろう。

 

「まあフォーグラー社長がかっさらってったみたいっすけど……」

「若返ったり『竜狩り』を拾ったりタイミングが良いのよねおじ様は」

「代わりに途方もない苦労を背負いこむことになっておるが……」

 

 意図せぬこととはいえ、抜け駆けした形のフォーグラーはその後の結社対策から隕石への対処、復興支援までを担うことになっており、一段落ついたとしてもまだ忙しく駆け回る必要があることは想像に難くない。

 推し活の代償である。

 

「こっちも最大限そちらの行動に支障が出ないように頑張ってみる」

「あ、ああ……なんかそう簡単に引き下がられると、拍子抜けするが」

「迷惑をかけにきたんじゃないもの。エイヴリル、調整はお願い」

「承知しま――」

 

 ともあれ、この場を穏便に収められるというところで、部屋にノックの音が響いた。

 同行者がいないはずのエルシーたちは、心当たりが無いようで首を傾げている。一方でディセットたちも主要メンバーが室内に全員揃っているため来客とも考え辛い。

 とはいえ、他に従業員や作業員がいないわけではない。珍しいこともあるものだとカナタが扉を開くと、キッチン用のワゴンが室内に入り込んできた。それを押してきた人間の顔は、柱の影に隠れてうかがえない。

 

「何か用事ですか~?」

「朝食をご用意してきました」

「あら、朝食? そういえばそんな時間ね、気が利くじゃない」

「ん~……?」

 

 おかしい。そんなものを用意してほしいなどと頼んだことはあっただろうか――カナタは訝しんだ。

 完全記憶能力を持つ彼女が、誰かに頼んだことを忘れるなどということは無い。仮に頼むとしても、客の前でなどということもありえない。更に、そもそもエルシーたちの分を頼むとは考えられない。

 あからさまに怪しい男だ。が、同時にグリムたちが反応を示していないということは結社とは無関係ということになる。

 野生の不審者ということだろうか。そう警戒と共に首を傾げた時だった。

 

「死出の(はなむけ)としてはいささか粗末だが、貴様らにはちょうどよかろう」

「は?」

 

 ワゴンに載せられた、銀色の丸い蓋(クローシュ)が取り払われて中身があらわになる。それと共に男の姿が彼らの前に晒され、あっ、と思わずディセットたちが声を上げた。

 

「あぁっ!?」

「あんたは!!」

「誰?」

 

 地獄の底の火炎の如き眼光をたたえた、全身を黒衣で覆った大男。結社のマクスウェルたちに「忍者」と呼ばれ、海上で見失ったその人物である。よもやあのまま日本に来ているとは微塵も思わなかったディセットたちは、驚きであんぐりと口を開いた。

 ワゴンに載せられたものは花と米で飾られた海外(インドネシア)のお供え物――たまたま、過去に海外の風習を調べてその存在を知っていたカナタは、それが迂遠な()()()()だと察した。

 死者に捧げる供物。つまりここで死ねと言っているわけだ。思わず、彼女の口から素で「まずい」という声が漏れた。

 

「邪悪、断つべし――!!」

 

 男が竜族か、あるいはドラゴンの融合体であることを示す尻尾が床を叩き、尖った岩塊が部屋中に生成される。

 その矛先が向けられているのは、当然エルシーだ。

 

「「ぎゃああああああああ!!?」」

「グリムさん!」

「次々に状況がややこしくなっていくものだなまったく!」

 

 ディセットとカナタは互いの攻防の邪魔にならないよう、即座にその場に伏せた。

 ほぼ全方位から同時に襲い来る岩塊に対し、対処ができる者は稀だ。そして、グリムとアリサはその「稀」な側である。

 床に突き立てた"墜星"を媒介に霊術を起動。周囲の構造物を隆起させ、男の狙いであろうエルシーを囲んで攻撃を防ぐ。

 思わずと言った様子でついルイが発してしまった水をグリムが光熱で蒸発させ、瞬時にその場に大量の水蒸気を噴出させて視界を塞ぐ。

 

「邪魔をするか!」

 

 それを予測していたように、男は既に飛び出していた。薄紙でも破るように屹立する壁を殴り壊すその様は、極端な質量を凝縮したことで成り立っていたナルミの暴威を想起させる。

 

「岩――いや、ケイ素操作か!? 土星(サトゥルヌス)、惑星級の融合体!」

「先輩と同じってワケね……ああ、もう!」

 

 他のタイミングであればともかく、現状での介入は最悪と言って過言でない。

 先の結社との戦闘でも強引に海上戦闘に割って入ってくるような強引な男だ。同じような立場にあるアリサたちとしても、それだけ深い恨みを持っていることは容易に推測できるが、看過できるわけではない。

 エルシーは未だ味方と判断することはできないが、明確に敵対しているわけではない。攻撃を仕掛けてきたわけでもないし、人を傷つけた決定的な証拠も無い。あくまで結社の人間と似た能力を有しているというだけだ。判断するためには時間が必要だというのがアリサたちの考えである。

 加えて、ここで彼女が殺されてしまえば、アズを返還してもらうことが困難になる。

 

「話を聞いてもらうわけには!?」

「問答無用!」

「でっ……しょうね!」

 

 拳が振るわれると共に砂状の物質が幾多も流れ出す。"墜星"で拳のインパクトを流すと同時に、アリサは暴風によって砂粒を外に吹き散らした。

 ナルミの電気然り、グリムの光然り、竜族が発生させる物質はある程度本人の自由に操作できるものだ。特に男が発する砂のように実体を持つものは、一度放出しておいて後で操作し直すということも可能なため、不意打ちを防ぐためには最大限警戒する必要があった。

 

(殺すわけにはいかないし、かと言って無抵抗のまま殺されてあげるわけにもいかないし! っていうか無駄に拳が重い! けど!)

 

 惑星級ドラゴンは平均体長100mを超える超大型生物。その質量が凝縮されている拳は、本気で振るえば人間の一人や二人は容易に肉塊と化すほどのものだ。

 それでも"墜星"の刀身が歪むことなく、それでいてアリサが「流しきれる」程度の威力に収まっているということは、殺すべき相手以外を殺すつもりはないという証左だろう。

 

(――先輩の本気ほどじゃない! つまり手加減をしてくれてる……! 少しは話が通じる……はず!)

 

 この男は、立ち塞がる全てを問答無用に障害として殺すほど、理性を捨てきっていない。

 決断的なその言葉はどちらかと言えば自分自身に言い聞かせているものだろう。

 しかし。

 

「気をつけよ、アリサ筆頭! こやつの膂力は恐らくナルミに匹敵する!」

「能力もね……」

 

 ――同時に、これはナルミを敵に回すのとそう変わりない事態でもある。

 

 わずかな光明が見えると同時に、そのあまりのか細さにアリサは冷や汗を流した。

 

 

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