ジョセフ・ジョースターの娘であり、空条承太郎の母であるホリィを助ける為、承太郎とジョセフとアヴドゥル、花京院、新たに加わったポルナレフで、原因たるDIOを倒しにエジプト向かう旅の最中のことだ。
カツン、カツン、と金属と金属のぶつかる音が響く。
しかし諸事情で飛行機ではなく、シンガポール経由でエジプトを目指して海上を進む船の上では、風音や波音、それぞれの船員が働く音に加えて風が帆を動かす音で紛れ、最初は誰もその金属音に気が付かなかった。
カツン、カツン。カツン、カツン。ガチン、ガチン。ガチン、ガチン!
船上に音が大きく聞こえるようになったのは、『それ』が甲板に近づいてきたからだ。
ジョセフは暑い暑いと言いながら着替えに行って甲板におらず、高校生二人組である承太郎と花京院は木製のデッキチェアで寛いでいた。しかし鳴り響く音に気がつき、海を眺めていたアヴドゥルとポルナレフと共に警戒体制へと入っていく。
「敵か?」
「私の探知には引っかからなかったんだが……。どうやら音はこの辺からするみたいだ」
アヴドゥルの言葉に従って、音のする船縁へと移動をする。それぞれに目配せをした後、承太郎が自身の薄紫に煌めく屈強な男性のスタンド──星の白金(スタープラチナ)を出して、警戒しながら進んでいく。周囲には特別変なものは見当たらない。ならばとスタープラチナの目で、海へと視線を落として見たモノ。
高く響いていた音の正体は、錆びついた金属製の不気味な潜水服を身に纏った者が、船腹にその指先を突き刺しながら上がってきている様子だった。
あまりにもあからさますぎる襲撃に承太郎は一瞬面を喰らったのだが。
「スタープラチナ!!」
先手必勝と、そのままスタープラチナを差し向け一発「オラァ!」と頭をぶん殴る。スタンドによる何かしら反撃があるだろうと注視をしていたが、攻撃を受けた者はあっさりと重力に従い、海面とぶつかった軽い音をたてて沈んでいってしまった。
流石に呆気がなさすぎて逆に何かあるものだと思った承太郎は、しばらく海面を見つめていたものの、特に変わった様子が見られない。残りの三人も同様に海面を覗いていたが、同じくおかしな点を見つけることができなかった。
「……やれやれだぜ」
「敵にしちゃ弱すぎねーか?」
「花京院、万が一に備えて船の外装を調べてもらえないか」
「同じように考えていたところです。いけ、ハイエロファントグリーン!」
花京院はアヴドゥルの言葉に頷き、自身のスタンドである緑の法皇(ハイエロファントグリーン)の足先を、細く大量の糸のように分裂させ引き伸ばし外装を調べに回らせる。
襲撃者は船に穴を開けながら登ってきていた。今現在、船全体に穴を開けている可能性が否定できない。一通りハイエロファントグリーンを這わせてみたものの、登ってきた時の穴以外に異常は存在していなかった。
「……問題なさそうです」
「本当にアレで終わりだったのか? 呆気ねーな」
「今後も警戒するに越したことはないが……、ひとまず先ほどの件は終わりとしておこう。いつまでも気を張っていたら疲れてしまうからな」
承太郎は帽子のツバを引き下げて返事とした。確かにアヴドゥルの言う通りで四六時中警戒をしていたらキリがない。再びなにかが起こったら対処をする。そう結論づけて今回の件を終わらせた。
こうして戻ってきたジョセフが学生二人の学ランに対してケチをつけてくるところから、家出少女を皮切りに敵スタンド襲撃──暗青の月(ダークブルームーン)騒動が始まるのである。
★
ダークブルームーン戦後、乗っていた船を仕掛けられていた爆弾で爆破され備え付けの小型ボートで漂流。救難信号を受け取った船に拾われたかと思ったらオラウータンによるスタンド、力(ストレングス)だった事件により再び小型ボートで再び漂流することになった一行。救助されることを祈りながら夜を過ごしている一行は、非常に暇であった。
色々あったせいで疲れ果てた家出少女はスヤスヤと眠っているが、その他の面々は座りながらも『何かがあったら』と思うと落ち落ちと寝ていられなかったのだ。アヴドゥルの炎を光源として過ごしていく中、せめて何かしら会話をと思った花京院が思い出したのは、事が起こる前の事だった。
「……そういえば、ダークブルームーンの前に襲ってきた人はなんだったんでしょうね」
「アレか」
「なんじゃあそれは。わしは聞いとらんぞ」
直後に色々と起こってしまったせいで、ジョセフには登ってきた者について伝えることができていなかった。吸えないタバコを噛みながら、承太郎が呟く。
「船に登ってこようとしたブリキ野郎がいた」
「詳しくないから分からないんですが、いわば潜水服……のようなものに見えました」
「一発殴ったらすぐ沈んで、それっきりだったんだがよ」
「潜水服……。ま、まさか」
なにか心当たりがあるらしいジョセフは、目線を上に向けて唸りを上げ始める。気まずそうにたらり、と汗もかいており、おかしな様子にアヴドゥルがどうしたんですかと声をかけた。
「い、いやーその、わしもこんなところで来るとは思わなかったのでな……」
「何がだジジイ」
「抜けているヤツだったのを考慮しとらんかった」
ジョセフは「Shit!」と頭に手を当て軽くため息を吐きながら、バランスをとりつつ立ち上がり海面を見渡す。
「あいつは味方じゃ。……リヴィン! いるなら出てきてくれ!」
声を張り上げ呼びかけをしたジョセフに皆不審な目を向ける。海上は凪いでおり誰かがいる様子は全くない。それでも声をかけ続けるジョセフに困惑しながらも、いないのではと花京院が声をかけようとしたのだが。
何かが海中で動く音が聞こえてきた。
それはあの時と同じように段々と大きくなり、こちらへと着々と向かってくる。おったおったとジョセフは中腰になりながら、向かってくる方へと体を向けた。
そうして「ジャボン!」と海面に顔を出したのは、承太郎がスタンドでぶん殴った潜水服だ。見覚えがあるのは当然として、殴られて凹んだ跡が頭部に残っている。
「やっと呼んでくれたかい、ジョセフ」
金属でできている服の中からくぐもった性別の分からない声が聞こえる。かろうじて何を言っているのか分かるくらいの声量だった。
「リヴィン! いるならもっと早く声をかけんか!!」
「ジョセフが潜んでいろと合図したんだろう?」
ほらコレ、とスタンドに殴られた部分を指差すリヴィンという者。その答えに、元々無言だった面々に重苦しい沈黙が重なった。何を言っているんだコイツ、という感じである。
「それはわしがやっとらんし合図とも言わん!」
「じゃあ、なんだったんだい」
「どう見ても怪しいからボコった以外にねえ」
チッ、と眉間に深く皺寄せながら承太郎がツッコミを入れる。当然だ。普通海から合流しようとしてくる者などいない。
「ジョセフには合流すると伝えたけど」
「どこで合流するかも言わんで分かる訳ないだろう!」
そもそも船爆破があった時点で何があったのかと出てこなかったのか。あーだーこーだとリヴィンに説教し頭を抱えるジョセフに、ごめんと謝りつつ困った様子のリヴィン。こうやって振り回されているのだと、なんとなく察したアヴドゥルが話を進めようとする。
「ああ……、これ以上叱らないでくれジョセフ」
「ええっと、リヴィンさん?」
「リヴィンでいい」
「ではリヴィン。私はモハメド・アヴドゥル。アヴドゥルと呼んでくれ。こっちは花京院、ポルナレフ、承太郎だ。……あとこの少女については巻き込まれただけの子だ、気にしなくていい」
「ふむ。よろしくアヴドゥル、花京院、ポルナレフ、承太郎。……承太郎がホリィの息子なのかい? 写真で見たのとなんだか違う気がするよ」
向こう側が見えない黒いガラス越しに、リヴィンは承太郎をまじまじと見てくる。
何勝手に写真を見てんだと内心承太郎は思ったが、口にはせず明後日の方向へと顔を向ける。ジョセフの知り合いなのだ、勝手にジョセフが自慢か何かで写真を見せたのだろうと見当付け軽く息を吐いた。
「正真正銘のわしの孫だ、かっちょい~孫じゃろ?」
「……やっぱり歳を重ねるというのは恐ろしいな。それでジョセフ、私は何をすればいい?」
「わしらをシンガポールまで連れて行ってくれんか」
「引っ張ればいいんだね」
頷いたリヴィンは何故か一度海中に潜り、しばらくしたところで戻ってきた。その後引っ張れるところを探し、ボートの周りをウロウロとし始める。ポルナレフはそんなリヴィンを見ながら、懐疑的な表情でジョセフへと質問をした。
「ここまで来れるくらいのスタンドなんだろうけどシンガポールまで引っ張れんのか? てか方角分かるのか? それになんかヒョロそうな感じだしよ、ボートに六人分の体重があるんだぜ?」
「そこは心配せんで良い。わしより力はあるし……、おそらく承太郎以上に力は出そうと思えば出せるはずじゃ」
「マジかよ、力あるんだな」
「うむ」
キョロキョロしているリヴィンの様子を見てもそうは思えない。一体どういうスタンドなのだろうと推測している中、掴めるところが見つからなかったのか、リヴィンが首を傾げて一行を見やった。
「僕のスタンドを紐にして引っ張ってもらうのはどうですか?」
「……それがいいかもしれん。花京院、リヴィンにスタンドを巻き付けてやってくれ。リヴィン! 両手を上げておくんじゃ」
花京院は頷いてハイエロファントの触脚をしっかりボートへ巻きつけた後、両手をあげてこちらを見やっているリヴィンの胴体にその先を巻きつけた。
リヴィンは首を下げ、巻きつかれている部分をポンポンと叩いて確認する動作をした後に水中へと潜っていく。数秒後には、ボートが強い力で引っ張られて海上を真っ直ぐに進んで行った。
「おおー!! 進む進む!」
「これでひとまずは安心だな」
現状で一番の懸念点が解消されたことにより、男たちは休息をとることを決めた。数時間後にジョセフと交代という形で、花京院以外が仮眠となった。
引っ張られることによって強く波がボートに打ち付けられ、漂流していた時よりも音が激しい。それでも疲れているからか、他の面々はすぐに眠りについたようだ。花京院は落ちないようにと、全員に触脚をシートベルト代わりに巻きつける。
光源としていたアヴドゥルの炎がなくなり、月明かりだけがボート上を照らす。宵闇につつまれた海は何も見えず、花京院は暇つぶしにリヴィンについて考えてみることにした。
登ってきた時に見て疑問に思っていたことが、触脚で潜水服に巻き付いて明確になった事がある。あの潜水服には酸素ボンベにあたるものがついていない。ならば今どうやって呼吸をしているのか。スタンドが空気──酸素を操るもので、今こうやってボートを進めているのも、海中の酸素を操り力にしている。とも考えられるが、それでは『ずっと一人で1日以上潜水服のまま海にいることができる』説明にはならない。ストレングスのように生活ができる範囲があったわけでもない。それに、わざわざ船を登ってくる必要もなかっただろう。
他にも色々と可能性を考えてみたが、必ずどれかの要素が否定をしてくる。結局、ジョセフが起きてくるまで考えてみたものの、結論は出なかった。
「すまんな花京院、疲れたじゃろう。交代じゃ」
「いえ、大丈夫ですよ。それより少し聞いてもいいですか?」
「リヴィンのことか? わしからよりも、当人から聞いてくれると嬉しいんじゃがな」
「本人から、ですか」
「交代の為にも一度呼んでやってくれ」
ちょっとズレた感じのある人物だ。上手く聞けるのだろうかと思いながらも、触脚の先端で軽くリヴィンを叩きながらスタンドで呼びかけをする。リヴィンはずっと一定の速度でひたすら泳いでいたのをやめて、水上へと浮かび上がってきた。
「どうしたんだい?」
「わしと花京院が役割交代だ」
「分かった」
「もう何時間も引っ張っていたわけですし、休憩しなくていいんですか?」
「休憩はいらないよ。約1時間56分ほどでシンガポール海峡に到着する予定だからね」
「そんな正確に分かるんですか」
「ああ……、……あっ」
潜水服で口を塞ぐことはできないのに、思わずといった感じで口元を手で塞いでいる。しばらく固まっていたかと思うと、照れ隠しなのか誤魔化しなのか海へと潜っていってしまった。
花京院がますます分からなくなっているのに対して、ジョセフはひとしきり笑った後、戻ってこんかーいとリヴィンへと声をかけるのだった。