人間を謳歌せよ   作:雲間

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十五話

 

 貴重品以外の荷物は全て潜水艦の中だった一行に着替えはない。それぞれ上着を乾かそうとバッサバッサして風で乾かそうとしたり、下着以外は脱いで水気を絞ったりしている。

 夜明けを向かえたエジプトは肌寒い気温になっているが、太陽が昇っているのでリヴィンは脱ぐに脱げず、ある程度絞った黒衣を被ってから、その中で器用に白い服の水気を切り始めた。パンイチになっているポルナレフが、自身のズボンを絞りながらリヴィンに声をかける。

 

「毎度のことだけどよ、日光を浴びれないってのは大変じゃあねえか?」

「こんなに死が身近なことはないから地下にいる方がいい、とは思っている。でも、それではしたいことが何もできなくなってしまう。やりたいことをやる為に私はここにいるんだよ。それに……、いや、これはまだかな」

 

 静かな、それでいて身の危険を二の次にしてまでもやり遂げるという決意のこもった声だった。リヴィンの本心を聞いて心に来たポルナレフは、拳を握りながら大声で叫ぶ。

 

「……俺が力になってやるからよ、負けんじゃねーぞ〜ッ!」

「何に勝つというんだい?」

「気持ちだよ気持ち!」

 

 言われたことがよく分からなかったのか、返答がしばらく返ってこなかった。けれど、リヴィンなりの結論をつけたらしく作業を止めて言葉を発する。

 

「……気持ちを頑張る」

「その調子その調子!」

「ちょっと違うと思うよ、リヴィン……」

 

 ★

 

 町について服を洗濯しなおしたり、最低限の必要品や車を買ったりして砂漠を進んでいく。砂漠を進むと聞いて、リヴィンの声がまた渋くなったのはお約束だ。そうしてたどり着いたのは、特別何かあるとはいえない少し道から外れた場所だった。ジョセフにここで休憩も兼ねて待機だと言われ、待つこと数分。

 

「なっ! なんだこいつは!?」

「来たな」

 

 高速回転するプロペラの音がどんどん大きくなって耳に届く。人間の視野で見えるようになったヘリコプターには、SPEED WAGONとペイントされている財団もので、今は着陸しようとして地面の砂が舞い上がっていく。口に砂が入らないよう、腕や手で口元をガードしながら話は続いていった。無事着陸し降りてきたSPW財団の2人は、必要な物資を届けてくれると同時に、アヴドゥルは同行が無理だという助っ人──「愚者」のカードの暗示を持つスタンド使いを連れてきてくれたのだという。頭悪そうだとポルナレフが笑うと、アヴドゥルがポルナレフはソイツに勝てないと言い切った。そしてそれはすぐに証明されることとなる。

 

「ひっ、ひーーっ! おい、助けて! この犬どけてくれーっ!」

 

 ポルナレフの頭に乗っかって髪の毛をむしり取り始めたのは、ボストンテリアの小さな白黒の犬だ。更に屁までこいてポルナレフの心をへし折っている。この犬こそが「愚者(ザ・フール)」のカードを司るスタンド使いで、砂を操りポルナレフを翻弄したイギーである。コーヒー味のチューインガムが大好物であり、誰にも心を許したことがない。今、アヴドゥルが差し出した1つのコーヒーガムの方ではなく、取り出した1つ以外全て入っている箱を奪い取って紙ごとクッチャクッチャと食い貪っていた。

 

「こんなヤツが助っ人になれるわけない」

「確かに強いのかもしれないけど、どうやってコントロールするつもりなんだい……?」

 

 苦言を呈する花京院に、疑問を呈するリヴィン。コーヒーガムで釣るにしても限界があるだろう。補給品を受け取り、ジョセフが財団員にホリィの様子や新たな敵スタンド使いが9人出たかもしれない話をしている中、リヴィンだけイギーに向き合っていた。

 

「やあ、イギー。これからよろしく。……ああ、私はリヴィンだ」

「……アギッ」

 

 イギーはリヴィンの挨拶を無視してコーヒーガムを食べ続けている。反応がないことに気を悪くすることなく、リヴィンはイギーに手を差し伸べた。

 

「私はスタンドが見えないが、君のスタンドが作る砂は見ることができる。皆のスタンドは見えないのが多いからね、分かるのは助かるんだ」

 

 少しだけリヴィンに目線を向けたが、またガムへと意識を戻してしまう。全く相手にされていないのに気にしていないのか気づいていないのか、リヴィンはイギーを掴もうと両手を伸ばしたのだが、腕が伸ばされてすぐイギーは吠えて飛び下がってしまう。

 

「何故ポルナレフの時と同じようにこないんだい? もしかして、髪の毛が毟れないから……?」

 

 ショックを受けた声でリヴィンが嘆いている。まるで自分もポルナレフみたいに齧られたいと言わんばかりに見えるが、単純に避けられたことを悲しんでいるだけだった。

 

「い、イギー! 私は……君に危害を加えない。誠心誠意をもって君に接すると誓うよ。確かに私は今まで動植物からエネルギーをもらって生きてきていたが、君から奪うことはしない。だから、その、逃げないでくれないかい」

 

 リヴィンが喋りながら1歩進めばイギーが3歩下がるを繰り返し、ぐるぐるぐるぐると大きな円を描いていた。

 

「あれは何をしておるんじゃ」

「ええっと、分かりません……」

「リヴィンがとっとと行きゃ終わる事じゃねえのか」

「素早く行ったらイギーにスタンドを使われてしまうからではないか?」

「おいリヴィン! おめーさっさと懲らしめちまえ!」

 

 ポルナレフから野次が飛んでくるが、イギーに集中しているリヴィンには届かなかったようで、変わらず1人と1匹で砂で丸を何重にもし続けている。SPW財団のヘリが離陸していき、「いい加減に出発するぞ」というジョセフの声にイギーが耳をやったのが運の尽きだった。

 

「アギッ!?」

 

 その隙をついて、反応できない速度で突進してきたリヴィンに体を抱き込まれてしまったのだ。

 ──スタンドを使えば脱出できる。

 イギーはそう思っていたのに、本能がスタンドを使おうとする精神を凌駕し、抑えつけてやまない。有り体に言えば、イギーは意思とは関係ない生存本能でリヴィンを畏れているのだ。

 リヴィンのことは何も知らないが、下手な行動はできない。そう『理解』をしたイギーは、緊張をしながらリヴィンの胸元で縮こまっていた。

 そんなイギーの様子を見て、このメンバーの中で一番イギーを知っているアヴドゥルが感嘆の声を上げる。

 

「君は一体何をしたんだ? こんなに大人しくしているだなんてことは一度もなかったぞ」

「私にも分からない……。今まで動物相手にこのような行動をされたことがないんだよ」

 

 理由という理由が判明しないまま、車に乗り込むみんなに続いて、リヴィンはイギーを抱いたまま荷台へと乗り込んでいった。

 

「リヴィン、ぜってーソイツを離すなよッ!」

「体が震えてるから本当は離してあげたいんだけど……、それだと君達に被害が及ぶんだろう?」

「大方そうだと思いますよ」

「なら持ってるよ。イギー、すまない」

 

 体も尻尾も震えているが、敵からの襲撃があるかもしれない時に構っていられない。すまないねと言いながら小さな体を撫でても、ブルリと恐怖の震えを起こされるだけだった。

 

「私は君と仲良くなりたいんだが……。ああ、何が駄目なんだい」

 

 バギーが走り出して10分程度、リヴィンがしょぼくれながら原因をずっと考えていたのだが、体が車から浮くほどの急ブレーキによって思考を中断されることとなる。

 

「み……見ろッ、あ、あれをッ!」

 

 ジョセフが車から体を乗り出して指を差した先。そこには飛び去ったはずのヘリコプターが、墜落をしている光景だった。皆車から降りて確認をしに行くと、ヘリコプター本体には攻撃された跡はなく、単純に墜落したものと思われた。だが、その原因は敵スタンドによる可能性が高い。何故ならヘリコプターからはみ出ている死んだパイロットが、指で機体を掻きむしった跡を残し、口内にあった大量の水で『溺死』をしていたのだから。

 リヴィンはイギーを地面に置いてから死んでいるパイロットの間近で膝をつくと、かっぴらいている瞼を優しく撫でて閉じさせた。次に顎へそっと手のひらを置いて、開いたままの口も無理のない程度に閉じる。

 

「すまない……。すまない、君は死ぬべき人間ではなかったのに」

「知り合いだったのか?」

「違うよ承太郎。でも、スピードワゴンの元の人間だ。被害が及んでいい人間じゃない。守るべき存在だったんだ」

「そうじゃな。SPW財団員は無関係じゃ。死ぬ必要はなかったはずじゃ……」

 

 リヴィンがヘリコプターを軽くあげてパイロットを引っ張り出すと、腕を胸に置いて脚をまっすぐ揃えさせる。そして頭部に自身の頭を近づけ、亡くなっている彼だけに届くように囁いた。

 

『我らが月よ。此の魂を愛する人の元へ導き賜え』

 

 リヴィンがかつて闇の種族内で使用されていた原初の言葉で、死者への手向けを紡ぐ。本来ならば「此の魂を御許へ導き賜え」なのだが、相手が人間であることに合わせて変更されている。闇の種族にとっては安寧の象徴だが、人間が月に還っても寂しいだけだ。祈りの終わったリヴィンの耳に、ポルナレフの掛け声が届いた。

 

「お、おい……、もう1人はここにいる! 生きているぞ!」

 

 急いで駆け寄ると、その人物は地面に投げ出された影響か、小刻みに震える身体は砂で汚れてしまっている。当人から微かな声量で発せられる言葉に、皆が耳を傾けた。

 

「み……、み……ず」

「なに! 水が欲しいのか。おいポルナレフ、その水筒をくれ」

「まって。一旦水は近づけない方がいい。パイロットは『溺死』していたんだ、水関係は一度遠ざけた方がいい」

 

 ジョセフに差し出されている水筒を、リヴィンが制そうと伸ばした右手が『飛んだ』。そして綺麗に斬られた右手の断面が陽に晒されて少し削れていく。リヴィンはこれ以上削られては困ると断面が影になるように地へ向け、攻撃してきたモノを見定める。それはポルナレフが差し出した水筒のキャップをぶち破り、リヴィンの右手を切り取った。今は刈り取って地面に落ちた『右手』を器用にクルクルと回しているのは、水だ。太陽に当たった部分の右手が少しずつ消滅していき、手の質量が減ったところで水が地面に染み込んで、支えを失った手は軽い音を立てて砂の上に落ちた。

 

「水のスタンドかッ!」

「私の手で遊んでた……?」

 

 一斉に皆が警戒をする中、リヴィンが自身の右手を拾いに行こうとする足音がサクリと場に響く。迷いなく進むその足元に、水が湧き出て今度は左足を刈り取ろうと鎌を形取るが、リヴィンは出てきたことを察し大きく斜め前へ幅跳びをして振り下ろされた鎌をかわした。足が砂に着地をして深く刺さった音が鳴ると、水も同じように斜め前へと進んで追撃を仕掛けてくる。それが2、3回繰り返されると、全員が何をきっかけとして敵スタンドが動くのかを理解した。音が鳴る方向で判別をしているのだ。

 リヴィンを追っても意味がないと判断されたらしく、水からの4回目の追撃はなくなり、地面に潜んでどこから攻撃されるのか分からなくなってしまった。おそらく、歩き回るリヴィン以外で次に音を発した者が標的になってしまうだろう。承太郎がスタープラチナで周囲を探らせていると、突如「ピピピ」と電子音が鳴り響いた。音源は、SPW財団員の腕時計である。リヴィンと財団員の間に出現した水は、その音源に反応を示し矢のような速さで向かっていく。

 

「させない!」

 

 全速力で駆け抜けたリヴィンは、自身がどうなるかも考えずに財団員と水の間へと駆け抜けていった。その代償として失ったのは、膝より下の脚部。だがリヴィンは切り取られた脚を気にすることより、音の鳴る腕時計を左手で破壊するのを優先させた。これで音が鳴ることはもうない。

 水は先程とは違い刈り取ったのがリヴィンの脚であることを確認した後、簡単に逃げれなくなったリヴィンへと襲いかかってくる。

 

「私を狙いたいのかどうなのか、はっきりしてほしいよ」

 

 右手も右脚も再生しようと思えばできるが、日除けの布も一緒に失っている為に再生をしてもすぐ消滅してしまう。バランスをとることはできるが、走ったりジャンプしたりはできなくなったリヴィンは、刃を振りかざす水の攻撃を僅か数ミリ単位で避けるスレスレの攻防をし始めた。といってもいつまでも続けていられるものではないらしく、徐々にリヴィンの黒衣が大きく削られ宙に舞っている。

 その間に下手に動けないとはいえ仲間達が何もしていないということはなく、敵の意識を逸らすべく腕輪を投げたりスタンドで地面を削ったりしていたが、リヴィンを倒すことに集中しているスタンドには妨害が通らない。だが、本命はそこではなかった。花京院が己のスタンドを出現させ、触脚を地面につかないよう四方八方へ引き伸ばし、敵スタンド使いの位置を探っているのだ。見つかる時まで時間稼ぎができれば良い。けれども宙に浮いたまま触脚を伸ばすのは難しいらしく、花京院の体が僅かに震えている。

 ハイエロファントが着々と触脚を伸ばしているが、そろそろリヴィンの方が限界だった。斬られた部分が太陽によって焼き尽くされないよう動くのに必死なのと、断面に引っ付いた砂の粒子が気持ち悪くて仕方がなくなっている。やがて砂に足をとられると、今こそ好機であるという勢いで、水が渾身の一撃をリヴィンに向かって放つ。

 そうして空中に浮いて投げ出されたのは、リヴィンの首だった。しかもそれは、自分には関係ないねと不貞寝をしていたイギーの目の前に、リヴィンの首が垂直にボトリと落ちる。

 

「やあ、助けてくれイギー」

「キャインッ!!」

 

 イギーは恐怖した。

 

 普通の人間ならば死んでいる状態であることくらいは理解している。それでもこちらへと喋り続けてくるリヴィンに、逆らってはいけないものなのだと知識としても理解をさせられた。イギーのスタンドである頭部にインディアンのような羽飾りのあるザ・フールを出現させて、リヴィンの首をスタンドの背に乗せ、金属のような翼で滑空を始める。

 ハイエロファントが敵スタンド使いを見つけて意識を落とさせるまでの間、そうして逃れることができたのであった。

 

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