めそめそめそ。手当をしながら起こったことを報告する為にも、宿泊しているホテルの比較的広めの部屋に全員で集まっていたのだが、そんな擬音が聞こえてきそうなほどリヴィンの落ち込みようが酷かった。イギーはそんなリヴィンを尻目に、部屋の隅っこであくびをかいて寝そべっている。
「許してくれ、承太郎。私、私は……」
「やかましいッ! うっとおしいぞ!」
さっきからずっと謝ってばっかりのリヴィンに、ついに堪忍袋の尾が切れた承太郎が怒鳴った。だがリヴィンの神経は人間ではないが故に図太く、怒られても全く気にしていない。ポルナレフがリヴィンの手を斬り落としたことの謝罪については、カラッと終わらせたというのにこれである。花京院が動物を扱うようにリヴィンへ「どうどう」言いながら背中を撫でて宥め始める始末だった。
「ジジイ、こいつをどうにかしろ」
「どうにかしろと言われてもの〜」
ジョセフは頬を軽くかきながら唸る。正直な話、これについては今に始まった話ではない。今回は承太郎であったが、仮にジョセフが同じ立ち位置だったとしてもリヴィンが同じような反応を示すのが分かっていたからだ。そうなった原因について察しはついているが、リヴィンから話してもらわなくてはならない。
ジョセフは「ふぅ」と息を吐いてからリヴィンに話しかける。
「リヴィン。お前から話すのを待っておったが、そろそろどうしてこの旅についてきているのか、しっかり話すべきじゃ」
その言葉がリヴィンの耳に入った瞬間、呪詛のように謝り続けていた口が閉じていく。やっと止まりやがったと、承太郎が「やれやれだぜ」と呟きながら大きなため息をついた。
リヴィンは指先を合わせたり組んだりを数回繰り返した後、止まって何かをいいそうな雰囲気を出しはしたのだが、決心がつかないのか再度指遊びをしだす。花京院はそんなリヴィンを見て、軽く肩を叩くと自身の方へリヴィンの首を向かせた。
「リヴィン、僕たちに聞かせてくれないかな? 僕は君のことを知りたい。……分かり合いたいんだ」
「……花京院」
花京院から注がれる真摯な眼差しに、今までリヴィンが話すのを留めていたモノ、DIOへ怒りに『大切な人』を失った悲しみ、ずっと心に秘めていたいという気持ちが春風に吹かれたように消えていくのを感じた。
──最初はただ、目的を果たせればよかった。今はその為だけに生きていた。『約束』はあったけれど、私には分からないと蓋をしていた。けれど、そうではないとこの旅で理解をすることができた。
分かり合いたい、それはリヴィンも一緒だった。同じだった。分かり合いたいと互いに思っていた。だからこそ応えたい、そう思ったのだ。
リヴィンは大きく息を吸ってから、ゆっくりと息を吐く。重い扉を開けるように口を開いて、リヴィンが地上に出るきっかけを──『大切な人達』との出会いを語り始めた。
⭐︎
私は生まれ落ちた時から、とある『問題』を持っていたんだ。それが原因となって私は闇の種族から離れて暮らすようになった。そうして早めの冬眠期を迎えて眠りにつき、そこから起きてひたすら地下で暮らしていた時のことだよ。『大切な人』との出会いは、西暦でいうところの1888年12月後半に、起きたんだ。
私はいわゆる地下遺跡と呼ばれるところに住んでいた。私にとってはただの住居でしかないけれど、人間からしたら立派な遺跡に値するらしい。ともかく、私は光の届かない暗闇の洞窟内でひっそりと暮らしていた。
けれど、突然日常が壊れる日が来たんだ。遺跡発掘調査というもので、奥深くにあった私の住居まで掘り進めてしまったんだよ。……掘り進める音で気が付かなかったのかって? 確かになんだか色々音はしていたんだけど、暮らしているとこういうこともあるから気にしていなかったんだ。
とにかく、私のところまで来てしまった人間達は住居を調査しようとやってきていた。人間が来ていると分かった私は、隠れて様子を伺いながら彼らの言語を習得して、どういう状況なのかを把握したんだ。でも、だからといって私の生活が脅かされる謂れはない。ここは私の住居なんだ。
できるだけ穏便に追い返そうとしたんだけど失敗をしてね。結局騒ぎになってしまったんだよ。彼らの前に出て私の家だから出ていってくれと言うと、遺跡に住み着いた浮浪者か何かだと思ったんだ。君達が掘ってきた場所にしか出口はないというのに……。種族の説明をしても嘘だと思われてしまってね。出ていかせたい彼らと私の戦いが始まってしまった。私は彼らの命を奪いたい訳じゃないから、腕を1、2本折れば二度と来ないと思ったんだけど、そうはならなかったんだ……。でも、そうなってくれて良かったと今は思っている。
彼らは考古学に詳しくて、尚且つ戦闘ができて私を追い出せる人間を連れてきた。
承太郎。君の高祖父であり、ジョセフの祖父である……、……ジョナサン・ジョースターだ。
彼は、……ジョナサンは、撃退してくれという頼みで来たのに、まず私の話を聞こうとした。発掘調査の人々は嘘だと言った私の説明を、信じてくれた。建前とかではない、本心から私を信じるという眼差しで私のことを見てくれたんだ。
──この人なら、私の抱えている『問題』を分かってくれるかもしれない。
そう思った私は、ここを出ていく代わりの条件として、地上での住居の確保を依頼したんだよ。そうして用意された場所は、家が燃えてしまったというジョナサンが仮住まいしている家の地下だったんだ。
……その家で、私はもう1人の『大切な人』に出会うことになった。エリナ・ペンドルトン。この時点では婚約を結んだ状態だった、ジョナサンの奥さんになった人だ。
2人は、人間からすると得体の知れない者である私を受け入れてくれた。私の『問題』をエリナが理解していて、2人とも『問題』ごと私を受け止めてくれた。優しい、人達だったんだよ。人間が持つルールを教えてくれたり、私が人間の基準でいう「おかしい」ことをしても、怒らないで丁寧にどういうことなのか伝えてくれる。沢山おかしなことをしたのに、普通なら怒る量だったと思うよ。それでも私の疑問も意見も、無碍にしないで聞いてくれる。……ああ、僕の幸せはここだったんだと、思ったんだ。
そこで遊びにきたスピードワゴンにも会った。彼はジョナサンがした功績を色々と語ってくれてね。私も彼も、ジョナサンという人に惹かれた同士ですごく馬が合ったんだ。だからかな。彼が亡くなった今も、彼の遺志で私をサポートしてくれる人を寄越してくれているんだよ。
「リヴィン」という名前も、彼らからの贈り物だ。生まれた時に与えられた名前はあったけれど、私はそれが好きではなかった。だから、付け直して欲しいとお願いをしたら、2人が悩みに悩んで贈ってくれたのが「リヴィン」という名前なんだ。「リヴィン」という『人間』として今を生きるのだと、そういった意味合いで名付けてくれた。
……そう、私は人間になりたかったんだ。陽の光に怯えることなく、姿を隠さずに堂々とした姿で地上を歩きたかった。ジョナサンとエリナと一緒に出かけたかった。ゆくゆくは生まれる2人の子供の面倒を見てあげたかった。人間になれる方法なんてさっぱり分からなかったけれど、一緒になれる方法を探そうって言われていたからね。今は……もうなりたいかどうかは、分からなくなってしまった。
……誘われていたんだ、「僕たちと家族に、子供にならないか」って。けれど、私と人間にはどうにもならない寿命というものがある。人間になる方法がない以上、私だけが生き残ることになるのはおかしいと理解はしていたんだ。まあ、その時は上手く言葉にできなくて、考えさせて欲しいって言って見送ったんだけど、……。……いや、なんでもない。
……そうやって過ごす日々が、私の一番だった。日が経っていき、やがて2人は誓いを結んで結婚式を挙げた。私は参列することはできなかったけれど、とても素晴らしいものだったとスピードワゴンから聞いたよ。
2人は新婚旅行でアメリカへ船旅に向かった。勿論、私はお留守番。太陽のこともあるけど、一緒に行くのは馬に蹴られるというやつなんだろう? でも、馬に蹴られてでも陽に焼かれてでも私はついていくべきだった。
新婚旅行から帰ってきたのは、エリナと沈みゆく船から助けた赤ん坊だけだった。
ディオ。ジョナサンの義理の兄弟でありながら、ジョナサンの父を、家を、師を、そして命を、挙げ句の果てには体を奪っていった男。私から『大切な人』を、スピードワゴンから友を、エリナから生涯の伴侶を奪っていった男。ジョナサンの曾孫であるホリィを命の危機に晒している男。ジョセフや承太郎の命を狙う男。……私が怨み尽くすのも分かるだろう?
許せなかった。2人は一緒であるべきだったんだ。2人の幸せは、私の幸せだった。だから。私はせめて、ジョナサンの骨だけはエリナの元に帰してあげたいと思ったんだよ。骨は、その人が生きていた物証だ。
私はすぐに陽の届かない海へと潜り込んでいった。ずっと、ずっとずっとずっとずっと、私は探し続けた。……探しすぎたんだ。
一度、エリナにまだ見つからないと謝りに行こうと戻ると、仮住まいとしていた家は存在していなかった。戸惑っていたらSPW財団の者が来て、エリナがアメリカにいることを教えてもらい、案内を受けて行った先で愕然とするしかなかった。
エリナは歳を重ねて78歳になっていた。ジョナサンとの子供を産んでいて、その子供も結婚をしてジョセフが生まれていて。そのジョセフも結婚をして、ホリィが生まれていた。人間とはこうも早いものだと、私は『理解』をできていなかったんだ。
エリナから「あなたがいなくて寂しかった」と言われた。その時はどうして寂しいと言われたのか分からなくて。……時間がない。私が分かったのはそれだけだった。そこからは週に一回はエリナの元にいるようにしてから海に潜る生活をした。ホリィの面倒を見たりしたのもこの時だよ。けれどいくつ時を重ねても見つけることができなくて、エリナが衰弱し始めた頃は海に潜るのをやめて彼女の側にいるようにしたんだ。
……もう起きているのも辛くなった彼女から「あなたと過ごした日々は、まるでジョナサンと子育てをしていたようで楽しかった。でも、彼を見つけること以外のいきがいを見つけなさい」と言われたけれど、私には無理だった。そんなもの見つからない。だって、私の幸せは、大切はジョナサンとエリナだったんだ。
喚く私に、ならばせめて「人間らしく生きてみてほしい。ジョナサンみたいな喋り方はやめて、あなたらしく話して欲しい。これが私との最後の約束よ」と言われた。
約束。確かに私はジョナサンから多くを学んだ結果、ジョナサンみたいな喋り方をするようになった。けれど私らしくというのが分からなくて、結局『私』にするだけになっている。人間らしく、というのもこの旅に出るまでは分からなさすぎてやっていなかった。……できているだろうか。
エリナが亡くなってから、私は潜って骨を探すのに専念をした。たまにジョセフと連絡をとるようにはしたさ。そのお陰で、ディオが蘇りジョナサンの体を奪い取ったと知ることができたんだから。
今のDIOの体はジョナサンだ。ジョナサンの体だ。では頭は? 頭蓋骨はどこに行った? 私はDIOが引き上げられたらしい周辺を念入りに探した。どこまでも探し尽くした。可能性として粉々に砕け散ってしまっていることもありえたけれども、信じて探すしかなかったんだよ。そうして探し回っていく中で、私は一つの説を思い浮かべていた。
DIOがジョナサンの頭蓋骨を持っているのではないかと。ジョナサンやスピードワゴンから話を聞いていた限り、ディオのジョナサンに対する執着は一般的の範囲を超えていたと思う。ならば持っていても不思議ではないのではないか。
だから私は、DIOを探していた。DIOを殺し、ジョナサンの体全てを取り戻してエリナの元へ帰してやりたい。ホリィに平穏を、ジョセフや承太郎を怪我なく帰してやりたい。君達にも怪我をして欲しくないと思っている。私ならばいくらでも盾になれるからね。
それが、私がこの旅に同行する理由だよ。