人間を謳歌せよ   作:雲間

20 / 49
二十話

 

 頭上から、燦々と死をもたらすものが輝いている。

 

 それに気がついた時、氷河にぶちまけられた感覚が襲い、命懸けで影のある場所へと移動をした。上がった息を抑えるように胸に手を置くと、自分が黒い布で包まれているのに気がつく。すぐに死ななかったのだから当然とはいえ、何故こんなものを着用して地上にいるのか、さっぱり分からなかった。爆音を響かせる心臓の鼓動を無視しながら、周囲の様子を観察する。

 

 ──人間だ。人間が生活を営んでいる。

 

 今避難した影も、人間によって作られた居住空間の壁によるものだ。幸いと言うべきなのか、誰もこちらに気にかけることなく道を行き交っている。耳を澄ませ、原住民の言語を学習していき周辺の状況を確認していく。温度はそこまで高くなく、乾燥をしている。雨が降ることが少ない地表のようだ。

 おかしい。夜の間に地上を移動し、居住と定めた場所にずっといたはずだった。こんなことになっている以上、記憶に信頼ならない部分はあるが、暮らしていた位置からは程遠い場所であることは確かだ。地殻変動が来た覚えはないので、天変地異でも起こっていたか。

 つらつらと考えていたが、とにかく地下に入りたい。だが自分が入っている影は立っているのがやっとな大きさで、地面を掘ろうにも行動が制限され過ぎている。先程は何故か着ているこの衣で消滅の危機は免れたが、おいそれと白日の元に立つというこの世で最も恐ろしいことはできない。

 今は海に沈みゆく時まで待つしかないと考えていると、明らかに体と服の大きさが一致していない人間の子が懸命に軟い足を動かしてこちらへとやってくる。羽織っている黄赤の布と月白色の下衣が地面に擦れて汚れており、首から下げられている金の装飾は子に見合っていない。

 

「ここにいたのか! ええと、……?」

「此に何用だ」

「あなた……あなたは、1人になってはいけない」

 

 眉尻が下がっているものの、見つめてくるその唐茶の瞳は芯が通っており、不可解ながらも話を聞かなければならないと思い始めている。この童を見たこともないというのに、何故こんなにも気に掛かるのか。

 

「……其は何だ」

「私は……モハメド・アヴドゥル。アヴドゥルだ。どうしてここにいるのか覚えていないのだが……、あなたと一緒にいなければならないと、使命のようなものを感じている」

 

 アヴドゥルを名乗る童は、黒衣を掴んできて絶対離さまいと意気込んでいる。無視をして時が過ぎるのを待つ選択肢をとることもできたが、心が離れてはいけないと訴えてやまない。ここまで心情が乱されるのは久方ぶりで、顔を思い切り顰めながらも奇々怪々な感情に従い、布を掴んでいる童の手を取る。

 

「此は落日次第、地に征く。諒解せよ」

「地……?」

 

 当惑している様子が手に取るように判別できるが、事実しか言っていないのにこれ以上どのように付け加えれば良いというのか。加えて何かを言うこともなく、ただ手を握ったまま時が経つのを待つ。

 ところが、鼓膜を大きく揺らす男の声音が静寂しかけていた魂を揺るがすことになる。

 

「Oh my god! Please stop!」

 

 少々遠くの方で原住民とは異なる言語で叫んだ人間の男は、これまた原住民とは違い身丈が特別高く、異なる様相をしていた。加えてアヴドゥルと同じように、体躯に合わぬ深緑の布を纏った小児を腕に抱えている。その子は啼泣しており、男を困惑させているようだった。

 己と似たような状況に思うところがなかったとは言わない。だがそれ以上に、男の容姿を目に捉えた瞬間、溶岩のごときに噴き上がる気持ちが溢れ出してたまらなくなったのだ。

 咄嗟にアヴドゥルを腕へと乗せ、男の元へと駆け抜けていく。天に鎮座する死を恐れていたというのに、それ以上の衝動が体を突き動かした。男は叫んだ後も童に向かって言葉を続けており、それを元に言語を学習する。しかし衝動はあれど、何を舌先から紡げばよいのか。言語化されていないこの苦しみに、唇を意味もなく動かすことしかできない。

 

「うわっ、急に何? アンタ超怪し〜格好すぎるだろ。それよりもさァ、オレは今ちょ〜っとこの子をあやすのに忙しいんですけどォ?」

「其は……、其を、此が、此が……?」

「ちょっともしもお〜し、聞こえてる? よく分かんねーけど、なんかおまえも似たような状況っぽいじゃん? それでコッチ来たりしたのン?」

 

 アヴドゥルが掴んでいる布を強く引っ張ってきているが、男から問われている事柄よりも、言葉を捻り出すのが先だ。男が口を開いた時から違和感が出てきているが、何よりも言わなければいけない強迫概念がせり立ててきてやまない。脳に襲いかかってきている振動を堪え、再度言の葉を腹から紡ごうと意気込んだ刹那。

 

「おいジジイ、リヴィン! おめーら何をやって……、あぁ?」

 

 犬を連れて近寄ってきた別の男から、声が掛かった。

 

 ★

 

 これを異常事態と言わず何を異常というのか。そのくらい混沌とした状況が承太郎の目の前に存在している。

 祖父であるはずのジョセフは、幼い頃の記憶にある姿よりも若い姿をしており、腕にはぼろぼろと涙を流している赤毛の子供──ブカブカになっている制服も合わせて察するに花京院がいる。

 リヴィンの姿に全く変わりがないのは黒衣を被っているから当然として、いつものおおらかな雰囲気が微塵も存在せず、剣呑な態度をとっていた。ジョセフと同じように、腕には少年といった感じのアヴドゥルがおさまっている。

 ちなみにイギーは元からリヴィンを畏れていたとはいえ、殊更おかしい様子に警戒をしてかなり距離を取っていた。

 結論としてはおそらく全員、年齢を巻き戻されている。これほどの事態を引き起こすのは敵スタンド使いによるものしかないだろう。そう結論づけてから、この事態を収集しなければならないのは自分しかいない事実に、承太郎は帽子の鍔を深く下げて呟いた。

 

「………………やれやれだぜ」

「おいおい、ジジイって誰のことだよ! リヴィンってのはそっちだろ? オレはピッチピチの18歳なんですけどーッ!」

「騒々しい。其は、違う……。だが……」

 

 イライラしながらも何かが引っ掛かっているらしいリヴィンに、いつもの3倍やかましいジョセフ。アヴドゥルは何かを話しているが、アラビア語で話しているので内容が分からない。普段パーティー内で使われているのは英語だ。一番困り果てているのは幼い花京院だろう。外国人に囲まれ、周囲に日本らしいものは微塵も存在せず日本語も何もないのだ。泣いてしまっているのも当然といえる。

 

「おい、花京院。こっちだ」

 

 日本語で話しかけると、花京院は流していた涙を止め、小さな瞳を丸くして承太郎を見つめてくる。おずおずと手を伸ばしてきたので、そのままジョセフから花京院を引き取った。

 

「あ、やーっと泣き止んだな。ごめんなー、分かってやれなくて。んで、おまえ何話してたの?」

「うるせぇジジイ」

「だーかーら! オレは18なの! おまえの方がよっぽど老けてると思うぜ!」

 

 このクソジジイ。一発ぶん殴ってやりたい気持ちをどうにか抑え、制服を掴んでくる花京院を抱え直しながらリヴィンを見ると、アヴドゥルに話しかけられているのにも関わらず黙って突っ立っているだけになっていた。喋りもせず顔も見えずのリヴィンは、布をかけられて仕舞われた石像のようだ。

 思わず深い溜息をつくと、腕の中の花京院がビクッとして体を揺らしたので、おまえのせいじゃないと言いながら背中を軽く叩いてやった。やはり正確な話を聞けるのはジョセフしかいないようだ。

 

「いいからジジイ、てめーはなんで此処にいる?」

「もーおまえそれで通す気満々じゃねーか! それにオレがここにいるのは……あー、……なんでだ? なんかやらなきゃいけねーってのは覚えてんだけどなーっ!」

「俺が知るか」

 

 埒が開かない。放り出してしまいたいほど滅茶苦茶だ。煙草を吸いたくて仕方がないが、煙草を取り出す手は花京院で塞がっているのと、流石に今吸うのは憚られた。とにかくどう話を進めてやろうか頭を悩ませていると、アヴドゥルを抱えたままリヴィンが動き始める。

 

「リヴィン、おめーどこへ行く」

 

 承太郎の声かけを聞いていないのか、こちらを気に留めることなく足早にどこかへ歩き出した。アヴドゥルは必死でリヴィンにも承太郎達にも何か言っているが、訴えられても内容を理解できない。アラビア語を理解できていたらしいリヴィンは、一言だけアヴドゥルに返答していたが、アヴドゥルの満足に至るものではなかったらしく、激しく胸部を叩かれている。最も、リヴィンには大したダメージにはなっていないようだ。マジシャンズレッドも必死になってリヴィンを引っ張っていたが、梨の礫となっている。

 

「勝手にどっか行くんじゃねーぞ、リヴィン」

 

 片手でしっかりと花京院を持ちながら、もう片方の手でリヴィンを掴むと、振り返ったリヴィンが黒衣の奥からまじまじと承太郎を見てきているような気がした。

 

「……此を云うているか? 此の名は、……」

 

 言おうとしてやめた、そんな気配がする。大切にしていた高祖父らから贈られた名前を言うのを戸惑うはずがない。至極面倒なことに、このリヴィンは高祖父に出会う前の状態なのだろう。好きではないと言っていた名前を言いたくなかったのだ。

 

「おめーの名前はリヴィンだ。忘れてんじゃねえ」

「えっなになに? おまえも何か忘れてんの? そこもオレと同じじゃーん! 同じ同士で仲良くしようぜ!」

「……汝らは、」

 

 リヴィンがグッと何かを抑えるように出した声を掻き消すように、付近の建物の二階窓が激しく割れて血だらけの男性が落っこちてきた。花京院がその音に驚き、反射的になのか小さなハイエロファントで小さなエメラルドスプラッシュを放っている。「ぶへっ」と追い討ちをかけられて男が唸ったが、普通2階から人が落ちてくるなんてことはない。元からするつもりはなかったが、どうせ自分とアヴドゥルしか見えていないと花京院を叱ることなく、男を警戒した目で見つめた。ジョセフは呑気な声を出しながら男を眺めている。

 

「なんだァコイツ?」

「あっ! お、お兄ちゃん、お兄ちゃん達……!」

 

 かち割られた窓から裸で銀髪の男の子供が叫んでいる。そちらへ皆が気を取られている間に、落ちてきた男は起き上がって『何か』をしようとした。しかしそれよりもリヴィンがアヴドゥルを置いて足を踏み出して素早く動き、男を遠くの建物にぶつかるまで蹴り飛ばしてしまったのである。

 

「解せぬが、不快だ」

 

 あそこまで吹っ飛ばされて気絶しない者はそうそういない。それがトリガーになったらしく、年齢を巻き戻されていた者は高速で身体の時を進めている。承太郎もすぐに少年へと成長していた花京院を腕から下ろした。

 2階から声をかけていた少年はポルナレフで、全員色々な始末をしてから、起こっていたことをポルナレフが承太郎達に説明し始める。

 あの男の名前はアレッシー。「セト神」のスタンド使いで相手を若返らせる能力を持っていたようだ。ポルナレフがホテルから離れていたのもソイツのせいで、子供になったポルナレフを助けてくれた一般人も巻き込まれていたらしい。

 ポルナレフとは別で若返っていた4人は、推測するにアレッシーがポルナレフを探している間、これまたポルナレフを2人1組で探していたところを狙われたのだろう。そしてその後、1人であるポルナレフから確実に始末をしようとした。それであのカオスな状況が生まれていたのだから、あながち敵としてやっていることは間違いなかったと言える。

 説明を終えたところで、家から出てきた女性が銀髪の子供がいなかったかとポルナレフに声をかけてきた。その人が子供のポルナレフを助けてくれた女性だったのだが、ポルナレフは本当のことを言うことなく、ただ静かに皆と去っていった。

 

 ホテルに帰りがてら、ジョセフがリヴィンへと寄って行って腕を組みながら話しかけ始めた。

 

「しかしリヴィン、おまえあんなにとっつきにくい性格しとったんじゃな〜。わしと出会った頃も相当じゃったのに。あれを矯正したおばあちゃん達はすごいのう……」

「そうかい? そんなことないと思うんだけれど……。それはそれとして、ジョナサンとエリナがすごいのは当然だ」

 

 雰囲気は当然として、話し方に加えアヴドゥルをガン無視したりしているのをあまり変わっていないと思っているのはおかしい。リヴィンが語った過去も、嘘は言っていなくとも事実と本人の認識に相違がありそうだ。やはり神経人間じゃねえなコイツ、と承太郎は思うのであった。

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。