人間を謳歌せよ   作:雲間

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二十六話

 

 死んだふりをしなければならない。

 

 承太郎はジョセフからDIOのスタンドが『時を止める』能力であることを聞いたが、そのジョセフはDIOによって倒されてしまった。激昂した承太郎は時止めに順応しながらDIOと戦ったが、夥しい数のナイフ攻撃に対応し切れず、道端に仰向けで倒れてしまっている。仕込んだ雑誌のおかげで致命傷こそ免れたがダメージ自体は大きく、一度のチャンスをものにするしか選択肢がなくなってしまった。それ故に死んだように見せかけて、DIOがスタープラチナの射程圏内に近づくのを待つしかない。

 そう思っていたがDIOの用心深さは海よりも深かった。DIOがスタープラチナの範囲外から確実にトドメを刺そうと、看板を引っこ抜いて首を斬らんと投げる動作を始めたその時。

 

「くたばりやがれッ! DIOOOOOO!」

「死んでもらうよ!」

 

 ポルナレフがDIOの背後からシルバーチャリオッツのレイピアで頭を貫き、リヴィンが横からDIOの胴体を殴っていた。

 だがそれも無駄であると言わんばかりにDIOは時を止め、ポルナレフの右足に向かって看板で切り殴り、その勢いのままにリヴィンの頭を叩き潰していく。

 時が動き出すとリヴィンだったものは砂と化し、ポルナレフは吹っ飛び建物に叩きつけられ、切り落とされた右足だけが違う方向に飛んでいってしまう。

 

「チィ、こいつは偽物か……。さては犬っコロのスタンドだな」

 

 DIOは頭部に開けられた穴を再生させながら、今度はイギーを探そうと一歩、また一歩と砂のリヴィンがきていた方向へと歩き始める。角の方で様子を伺っていたらしいイギーがザ・フールを出現させて砂を巻き上げ、DIOを砂で固めてやろうと砂嵐を作り出している。轟々と円を描く嵐に当たったらひとたまりもないはずだった。

 

「アギッ!」

「ふん、無駄無駄ァ!」

 

 時が止まる。砂の一粒一粒全てが静止し、DIOが腕を一振りするだけで崩れ落ちていく。そうしてイギーの元に辿り着いたDIOは、目の前にいるちっぽけな白黒の犬を見て、かつての犬と同じように蹴り飛ばしてやった。

 時計の秒針が動くと同時に、イギーは道端に血を撒き散らしながら転がってく。砂も勢いを失って静まり返ってしまった。

 

「キャイン!」

「ああ、嫌だ嫌だ。犬種は違えどおんなじ色じゃあないか。なぁ、我が肉体よ」

 

 クツクツと嗤いながら語りかけたDIOは看板を握り直し、今度こそ承太郎を仕留めようと体の向きを変えて歩き出す。その2秒後のことだ。

 槍のような──おそらく柵の一部だったものが空から高速で飛んできたかと思うと、DIOの左手を貫いて地面に縫っていた。

 

「……なんだァこれは。随分と臆病なヤツがいるようだが」

 

 看板を投げ捨て、雑に左手を貫いているものを引っこ抜く。飛んできた方向へと目線をやり足を進めると、今度は火槍のようなものがDIO目掛けて飛んでくる。

 

「無駄無駄無駄ァ!」

 

 DIOのスタンドであるザ・ワールドがいとも簡単に殴って打ち落とした。そうしてカンと音を立てて地面に落ちたのは、先程と同じ柵の一部に布を巻きつけて火をつけたものだ。

 

「何がしたいんだ、この臆病者がァ!」

「私は、ジョナサンが大切だ」

 

 おおよそ槍を投げていた場所から響いてくるもので、かなりの距離があるというのにハッキリと言葉が聞こえてくる。今度こそ本物のリヴィンの声だった。

 

「実直で、真剣で、人間でない私に畏れず接してくれた彼のことが好きだ」

「貴様がリヴィンだな? ちょうどいい、貴様を殺してこのDIOがナンバーワンになる。そこで死ぬまでの時間をじっくり味わうといい」

 

 DIOの声を聞いているのかいないのか不明だが、リヴィンはDIOの言葉を気にすることなく喋り続けていく。再度火槍が飛んでくるが、埃でも払うかのようにいなされてしまう。

 

「私はエリナが大切だ。『私』という存在を救ってくれた、受け入れてくれた彼女のことが好きだ」

「さっきからゴチャゴチャと五月蝿いぞ、逆恨みの旧人類がッ!」

 

 リヴィンの煩さに、DIOはとうとう歩いていた足を早めて駆け出し始める。だが、リヴィンもそれに合わせて動き始めたらしく、続いた言葉は若干声が遠くなっていた。

 

「だから私はお前を許さない。お前に、恐怖を送ってやる」

 

 「ゴッ」という大きく鼓膜を揺らす音がしたと思ったら、信じられないほどの速度で何かが飛来をしており、DIOの体を貫いて地面へと突き刺した。

 

「うげェッ! な、なんだこれはッ!!」

「ああ、それで死ねばよかったのに。少々ずれたけど、結果的に悪くはないかな」

 

 それは逆さになっていて分かりづらかったが、女性の彫像だった。DIOの腹を、掲げている鋭く尖った炎のオブジェクトで貫通させている。DIOは忌々しいという顔を隠しもせず、彫像を渾身の力で叩き割って体を自由にさせた。

 

「……貴様ァ! 何故知っている! よもや再現しようというのか!!」

 

 リヴィンがしていることの意図に気がついたらしいDIOは、激怒で赤く染め上げて腹を再生させながら、今度こそリヴィンの元へと走り出した。怒りのあまり承太郎の存在が頭から抜け落ちたのか、止めを刺すことを忘れてどんどんDIOは遠ざかっていく。完全に姿が見えなくなったところで、承太郎は一時凌ぎの安息を得てため息をついた。

 

 ポルナレフは気絶し右足を失っている。イギーも到底動けない怪我をしていて、意識があるかすら分からない。承太郎自身も肩や足に負っている傷が深く、あまり動けたものではなかった。

 ここからどうするか。まだDIOはトドメこそ刺せていないものの、承太郎が死んだと思っているはずだ。動くのに邪魔なナイフを抜きながら起き上がり、後を追おうと体を起こし始めた。血を失って頭がクラクラとしているが、このくらいなんてことはないと気合いで意識を保たせる。立ち上がり、ゆっくりながらも足を上げて一歩踏み出そうとした。

 

「承太郎! ポルナレフ! イギー! ……なんてことだ」

 

 声が聞こえた方に目をやると、そこにはこちらへ歩いてくる外套をなくしたアヴドゥル、そのアヴドゥルに肩を貸してもらっているジョセフがいたのである。ジョセフの胸部にあるDIOから付けられた傷には、アヴドゥルから手当をしてもらったらしい跡が残っていた。

 

「ジジイ、てめー無茶してこっちくるんじゃねえ!」

「いま無茶をしないでいつするというんじゃ! げほ、うう」

「ジョースターさん、あまり無理をなさらないで」

 

 アヴドゥルは歩みを止め、ジョセフを地面に座らせて背中を撫でて落ち着かせる。少量の血を吐きながら咳き込むジョセフは、近寄ってくる承太郎をまっすぐ見つめていた。

 

「今リヴィンが時間を稼いでおる。そのまま倒してくれればいいんだが、あのスタンドを前に勝てるかは分からん」

 

 例え触れれば倒すことができるとて、リヴィンはスタンドを見ることができないうえに、触れる前に時を止められてしまったらどうにもならない。止まっている間に頭を潰されてしまうと、それこそ終わりだ。距離を保って対抗しているようだが、いつまで持つか分からない。

 

「承太郎。うっすらと聞こえておったが、お前も時止めに順応したんじゃな?」

「……ああ」

「ならわしがきた甲斐があるもんじゃよ」

 

 ニッと口元の血を拭って笑いながらジョセフが右手を構えてくる。怪訝な顔をしながらも、承太郎はその手を見つめた。

 

「リヴィンを見て思い出したんじゃ。リヴィンがわしのおじいちゃんから、どうやって波紋に目覚めたかを聞いておっての」

「……今更また波紋か?」

 

 始まったばかりの旅の途中でジョセフが承太郎に波紋を教えようとしたことがある。しかしながら、ジョセフは致命的に説明が下手だった。生まれつき波紋が使えたせいで感覚で波紋を操作しており、本人にとっては「手をどう動かしているか」を説明するようなものだったのだ。だから教えることができなかったし、そもそも承太郎が理論立っていない説明のせいで波紋を覚えるのに前向きでなかったのもあった。結局お流れになった話を今蒸し返され、承太郎は顔に皺が寄るのを感じる。

 

「わしがお前たちに施していた波紋はあくまで治療の為だけのものじゃった。『目覚めさせる為に』波紋を使うという発想がなかったと思ってな」

「アア?」

「ちょいと覚悟しろよ、承太郎!」

 

 「パウッ! じゃったかの」と、意地悪そうな笑みを浮かべたジョセフが、小指だけを突き出しながら承太郎の胸部に拳をぶち込んだ。

 

 ★

 

 範囲は約10m。それ以上離れれば、ザ・ワールドの攻撃範囲内に入ることはない。ジョセフから聞いた通り時を止めることができるならば、そのうち追いつかれてしまうだろう。

 

 リヴィンはあの後、腕を駆使しながら上半身を転がして2人が進んでいったであろう方向へと向かっていった。そこでアヴドゥルに介抱されているジョセフを見つけ、状況を把握。そしてここでようやく下半身を再生することができ、流石にとアヴドゥルから苦言を呈され、外套を借りて巻きつけさせてもらった。

 そうしてDIOを倒す為に、ピンチかもしれない仲間を助ける為に、主にスピードワゴンから聞いていたディオとの戦いを再現しようと、適当にその辺から道具を取って建物の上からDIOを狙ってやった。

 リヴィンの期待通りにこちらへ乗っかってきたDIOは、リヴィンを抹殺しようと追いかけてきている。DIOをあのままにしておいていたら、承太郎もポルナレフもイギーも生きていなかったはずだ。花京院の時と同じ恐怖を受けることがなくなり、リヴィンは少しだけホッとした。とはいえこのまま気が変わって戻られても困ると、リヴィンは屋根から屋根に移りながらDIOに対して挑発を続けていく。

 

「お前はなにか勘違いしているようだ。お前は所詮餌の吸血鬼にすぎない。滑稽だね、ただの食料が足掻く様は」

「その減らず口、早々に黙らせてやるッ!」

 

 追いかけてきているDIOが一瞬にして距離を縮めてきているのが見えた。時を止めて距離を詰めてきたのだ。リヴィンは少しでも時間稼ぎになるようにと、効かないのは承知で建物のブロックや看板などをDIOに向かって投げていく。

 

「太陽の元で姿を晒せないお前も、私も、不完全な生き物なんだよ。その上、お前は人間『以下』だ」

「馬鹿なことを! 貴様さえ殺せばこの世で不老不死はこのDIOただ1人になり、全てを支配するのだ!」

「私の言っていたことを聞いていたのかい? 分かってはいたけれど、本当にお前とは相入れることはできないと思ったよ」

 

 そうこうしているうちにDIOのスタンド攻撃範囲内まで縮められたことに気がついたリヴィンは、逃げるのをやめてDIOに真正面から相対をする。──そのDIOの後ろに、金色に輝く隆々とした筋肉をもつ人型を見ながら。

 

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