リヴィンの話によると、SPW財団の中でもリヴィンが闇の種族であることを知っているのはごく僅からしい。医療財団としても動いている為、貴重な研究対象になりえるからだという。それでなくとも人目に触れるのはまずいと、承太郎はリヴィンを学ランの上着で包んで抱え、動くな喋るなを厳命させ、迎えに来たSPW財団の救急車に乗ってSPW財団直下の病院へと向かっていった。──ジョナサンの体を共に乗せて。
病院に到着し、それぞれ仲間の状態がどうなっているのか確認すると、重症なのが骨折多数の承太郎と凄まじい蹴りを入れられたイギー。体を強く打った上に右足を切断されたポルナレフ。ジョセフは早めの手当と波紋で深い傷にはならなかった為、唯一たいした怪我を負わなかったアヴドゥルと一緒に事態をおさめようと動き回っている。花京院は貯水タンクから回収されていたのだが、制服に貫通したかのような酷い穴が空き、大量に血が流れた跡があるのに無傷という摩訶不思議な状態を疑問視され、輸血されると同時に検査へ回されている。
日本にいるホリィも無事に病状が回復したとの報告が入っていた。
リヴィンは治療を受ける承太郎の横で、厳命された通り言わざる動かざると徹底していたのだが、承太郎の状況を確認しに来たジョセフに回収されていった。今リヴィンはジョナサンの体を処置台に置いて格納している部屋で、エネルギー補給にと別テーブルに置かれた沢山の果物を触れることで直食いしている。そうして上半身だけ再生させたリヴィンは、被されていた承太郎の学ランを勝手に身に纏っていた。
「助かった、ありがとうジョセフ」
「足らんのか?」
「うん。でも今はこれで十分だよ」
腕が使えるだけで移動が格段に楽になる。肘を組む形でジョセフに向き合い、承太郎がその場で話せなかったリヴィン自身に起こったことを話した。先にDIOの館へ着いて氷スタンド使いの鳥を倒し、空間を飲み込むスタンド使いを吸収してしまったこと。花京院が死に直面しているのを見て思わず飛び込み、そこでスタンドに目覚めて花京院の欠けた肉体部分を再生させたこと。DIOとの戦いで死にかけたが、スタンド能力で生き残り、DIOの行動を制限させたこと。ざっくりと語ったリヴィンに、ジョセフは目を丸くさせてから、手を頭にやってうなり始めた。
「花京院のあれはそういうことじゃったか……。後で誤魔化さないといかんの」
「私がスタンド能力に目覚めて治療した、でいいんじゃないかい?」
「話を聞いとる限り、治療方法が特殊すぎるんじゃよ……。とはいえスタンドには変わりないから、スタンド能力の方を誤魔化しておくかな」
口をもごもごさせながら悩んでいるジョセフを置いて、リヴィンはジョナサンの体へと胸の向きを動かした。
「ジョセフ、本題はこちらなんだろう?」
「……ああ、そうじゃ」
先程とは違う種類の難しい顔をしたジョセフが、処置台に置かれたジョナサンの体を見つめた。運ばれている時から調査されていた結果をジョセフは知ったらしい。
「リヴィン。SPW財団の調査によると、この体は『まだ生きている』との結果が出た。操る脳がない以上、動くことはないじゃろうが、このままにしておくと争いの火種になることには間違いないだろう」
ジョセフの言う通りで、時間の経った遺体にしては死斑も硬直もなく張り艶がある状態だ。この体はジョナサンのものではあるが、既に骨の髄まで吸血鬼の体──DIOの体として馴染んでしまったのだろう。
このまま残しておくと、DIOを信奉していた面々やらなんやらからの悪意が伸びて来てしまうだろうと、ジョセフは危惧しているのだ。
リヴィンは手の力を使い処置台に飛び移ると、ジョナサンの逞しい腕に手をそわせて、ゆっくりとその肌を撫でていった。
リヴィンのことを、救ってくれた腕だ。
「……分かっていたよ」
DIOと正面で相対した時からなんとなく感じていた。他人の体でありながら早い再生。首の繋がり具合。ジョナサンの体であるのにDIOを見た時の違和感のなさ。様々な要素が、もう戻れないのだとリヴィンに訴えかけていた。
「でも、それでも私は、……諦めたく、なかった……っ」
諦めたくなくて、無視をした。
視界が滲んでいく。喉の奥底から苦しみが溢れ出してくる。遅かった。何もかもが遅かった。どうすればよかったのだろう。
最初から? 新婚旅行から? 海の中を探していた時から? DIOが生きていると知った時から?
頭の中でそればっかりがぐるぐる回ってリヴィンを責め立てる。どんなに考えても答えは出ないのに、終わりはいつまで経っても訪れない。
「……ジョナサン。……ジョナサンッ」
掌を握る。逞しくて、厚くて、全てを守ることの出来る優しい掌だった。大好きだった。しかし、決していつかのように握り返されることはない。
エリナの手を取って、幸せそうに優しく微笑むジョナサンを見るのが大好きだった。もう見ることはできすらしない。
それが寂しくて、勝手に零れ落ちる涙の量が増えていく。
目の前にあるのに、何もかもが遠かった。
静かに涙を流すリヴィンの背を、ジョセフが落ち着かせるようにそっと撫でていく。そのジョセフの気遣いにリヴィンはハッとなって、片手で涙を拭うとジョセフへと向き合った。
「すまないジョセフ。ジョナサンの一番の身内は君なのに……。しかし、このままだと太陽に晒さなければならないんだろう? それなら私に、……私に『吸収』させてもらえないかい」
これが本当の遺体だったらエネルギーはなく、吸収はできなかった。だがこれは、吸血鬼の体で今も生きている。リヴィンが体へエネルギーとして取り込むことは可能だ。
「そうすれば、私がエリナの元へ行く時に、ジョナサンの体が帰っているということに……ならないかな」
「……最後までおじいちゃんのことを諦めていなかったのはお前だけじゃ。そして、おじいちゃんに会ったことがあるのもお前だけだ。だから、リヴィン。お前に任せるぞ」
念押しするように肩を軽く叩いてから、ジョセフは少し離れた。
ジョナサンの体を見つめ直す。これが、本当に最後の光景になるだろう。
自らの意志を護り通す為にあるかのような屈強さが好きだ。全てを包み込むような暖かい体躯が好きだ。ずっと、ずっと大好きだ。
ジョナサンの胸の中心に手のひらを置く。力を込めすぎて腕が震える。視界がぼやけてたまらない。それでも、やるしかないのだと、……リヴィンは『吸収』をした。
全てを見届けたジョセフはリヴィンの頭を2、3回優しく撫でてから、足を動かして部屋を出て行く。コツコツと、ジョセフが遠ざかっていく足音が聞こえる。
その音が完全に聞こえなくなると、リヴィンは自分以外何もない処置台の上でうずくまり、子供のように声を上げて、泣いた。
左の肩が、燃えるように熱くて仕方がなかった。
★
DIOとの戦いが終了し、全員無事が確認できた。しっかりと治す為にも安静にしていて欲しいと個室を与えられたポルナレフは、適当に持ってきてもらった雑誌をパラパラとなんとなしに眺めている。テレビを見ようにもここはエジプトでアラビア語が基本となっており、英語で放送されているものはお堅いものしかない。一晩明けた今、アヴドゥルから軽く状況は聞いており問題ないのは知っているが、諸々が落ち着いてからしっかりと説明すると言われ、怪我で動けないポルナレフは何もできることがなかった。しかもこの脚ではどこにも行けず、ちょいと退屈だなと思っていた時のこと。
「やあやあやあやあポルナレフ!」
「……オマエ本当にリヴィンか?」
グッモーニンエブリバディ! とでも言い出しそうなテンションないつもの黒衣を着用したリヴィンが、ポルナレフのいる個室に入ってきた。DIOを倒し、わざわざリヴィンに変装するやつなんて殆どいないだろうが、見たことのないテンションすぎて疑いの眼差ししか向けられない。服装が怪しすぎるからか、首には他の職員や患者への区別用に身元を保証するカードがぶら下がっており、盗まれでもされてない限り間違いなくリヴィンではある。盗むようなことをする者は今のところいないだろう。
ポルナレフからの疑念なんぞ露知らず、リヴィンはステップでも踏みそうな雰囲気のまま近寄ってくる。看板で斬り落とされてしまった右足まで近づくと、なんと勝手に治療として巻かれている包帯を取り始めたのだ。
「おいおいおいおいおいおい! 何してんだお前!」
「大丈夫だよポルナレフ! すぐに終わる!」
どこから取り出したのか、鋏で包帯をちょんぎっていくリヴィンに目を丸くする。慌ててチャリオッツでリヴィンを止めようとしても、力が強すぎて止まらない。
「やーめろってコラ!」
「大丈夫大丈夫、治すだけだから!」
「ハァ!?」
なんだそれと思う間もなく、切断面を露出させたリヴィンはそこから自身の全身を『ポルナレフの中に入り込ませた』。
「あああああァ!!?」
信じられない光景に口を開けて仰天していると、右足の切断面からヒヤッとした感覚が襲いかかってくる。なんだなんだと慄くが、すぐに熱いお湯を浴びせられたのような熱さに変わっていった。
そうして一瞬、意識が途絶えたかと思うと、目の前にはなかった右足が『存在』しており、その隣にはどうしてか若干傾いているリヴィンが佇んでいる。
これ、本当に俺の右足か?
思わず手を伸ばして足を叩くが、ちゃんと叩かれた痛みを感じる上に、自分の意思でつま先まで動かすことができる。切断されたはずの部分も接合部など見当たらなく、どこからどう見ても一度切り落とされたとは思えない状態になっていた。
右足が復活したというありえない事実に呆然としていると、リヴィンが何故かピョンピョン飛び跳ねながら病室から去っていっている。
「お……、お、おいリヴィンッ!! コラーーーーーーッ!!!! 説明しろぉおおおおおッ!!!」
普通に動く右足も使ってベッドから起き上がり、スリッパを履いている暇なんかないと履かずに急いでリヴィンを追いかける。病院では走らずお静かに、なんて言葉を忘れポルナレフは勢いのまま叫び追いかけて行ったのだった。