人間を謳歌せよ   作:雲間

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三十一話

 

 殺し足りなかった。

 

 それがディオの日記を読んだリヴィンの率直な感想だった。

 

 散々泣き喚いた後、ガラスケースを右腕に抱いたまま、側にあった本が何なのかを少し確認しようと左手で軽く捲ったら、ジョナサンと書かれている記述を見つけてしまった。それでディオが書いたものなのだと気がつき、リヴィンの知らないジョナサンが書かれているのではないかと思って中身を読んだ。

 やたら天国という単語が書かれていたが、天国は人間が創り出した想像上のものでしかないと思っているし、ジョナサンが書かれている部分以外興味がなく読み飛ばした。しかし読んだはいいがDIOを殺し足りないと思うほどの内容で、はらわたが煮えくりかえって仕方がない結果に終わったのである。リヴィンが読んだ部分に書かれていたのはディオの過去についてだ。

 

 読み解いた限り、ディオは悪であった。悪であったからこそ、ジョナサンが死に至る運命を辿ってしまった。その悪を少しでもどうにかしてみせようとしたら、ジョナサンはきっと全力で助けようとしてくれたはずなのに。けれど、それすらディオにとっては癪に触ることなのだとは分かっていた。

 

 ──ああ、むかつきが止まらない。

 

 どうにもならないこの激昂を抑えようと、燭台にある蝋燭を横にして日記帳をその上に置き、スタンドで腕の一部からライターを作り上げて点火してやった。じわりじわりと燃えていく様を見て、このくらいDIOをいたぶることができたら良かったのにと思ったほどだ。

 ぼーっとしながら本が全て燃え尽きたのを見届けると、頭を振ってからガラスケースをしっかり抱え直してベッドルームから出ていく。

 

 リヴィンは屋敷内を探索し、目的の人物であるジョセフとその孫を書庫で見つけると声をかけた。

 

「ジョセフ、承太郎! ジョナサンだよ」

 

 骨を探していたのはリヴィンだったが、身内に知らせて見せた方がいいのはリヴィンも分かっている。

 そうやってリヴィンは腕を真っ直ぐ伸ばし、ガラスケースをジョセフと承太郎によく見えるように差し出す。怒っていたのに元気なリヴィンと、祖父の頭蓋骨と真正面からご対面となったジョセフは、一歩後退りをしてからリヴィンにこう告げた。

 

「お、おおう。ちゃんとあったんじゃな。しかしの、そうまじまじと見せられても、ちと困るぞ」

「ジョセフはジョナサンを直接見たことがなかっただろう? だから見た方がいいのかと思ったんだけれど」

「骨見せられて喜ぶヤツがいるか」

 

 戸惑っている祖父を助けるためか、承太郎がリヴィンの頭の上に軽く拳を置いた。それによって少しだけ頭を沈めたリヴィンは、どうしてという疑問を抱いているのを隠さず承太郎に顔を向ける。

 

「承太郎も高祖父であるジョナサンの生きていた証を見たくないのか……? 初対面なのに?」

「おめーのその思考回路はよう分からん」

 

 承太郎が手を離して渋い顔をしながら「普通は人骨を進んで見たいと思わないぜ」と言うと、そうなのかと言葉にしながらも微妙に納得いっていないようだった。

 

「ううん……? ……ああ、ジョセフ。エリナにすぐ帰しに行くかい?」

「いや、わしは承太郎と花京院と一緒に日本に行く。ホリィの様子を見なければな。スージーもそっちにおる。お前は一刻も早くエリナおばあちゃんの元におじいちゃんを返してやりたいんじゃろう? だからアメリカへ先に行ってお前が返してやるといい。連絡と手配はわしがしておく」

「でも私はジョナサンとエリナの家族じゃない。やるべきはジョセフだと思うんだけれど」

「あ? おめーが返しに行くべきだろ」

 

 承太郎から、いきなり何おかしなことを言っているんだという風な声が入る。そんな態度を取られたことが不思議すぎて、リヴィンは頭上に疑問符を沢山浮かべた。

 

「承太郎、私は家族ではないと言っただろう?」

「……今更何言ってんだ? 一番動いていたのはてめーなんだ。てめーでやるべきだろ」

「動いたからといって、実際に帰す行為には繋がらないと思うんだけど……」

 

 話が通じない。どちらもそう悟ってジョセフを見ると、やれやれといった表情でジョセフが口を開いた。

 

「リヴィン。家族でなくともお前にやって欲しいと思っておる。今生きている中で誰よりもジョナサンおじいちゃんとエリナおばあちゃんを想っているのはお前じゃ。それにな、エリナおばあちゃんはお前のことを家族だと思っていたと言っていたし、おじいちゃんもそうだと言っていたという。つまりリヴィンも、もう家族なんじゃよ」

「……いや、でも、私は……考えさせて欲しいと。私は明確な回答を2人にできていなかった。だから、そうじゃないんだ」

 

 ガラスケースを腕の中に戻し抱きしめる。

 ジョナサンから家族になろうと誘われた当初、返事ができなかった。そのことを、ずっと悔いていたのだ。

 

 リヴィンは、その体によって家族から捨てられた身だった。基本的に全て見てきたことは覚えているリヴィンだったが、例外として家族のことだけは曖昧だった。ちゃんといたことは覚えている。でも、どうしても思い出せない。人間の書物を読み漁った今では防衛反応によるものだと理解している。それほど自分にとってショックな出来事だったのだと、頭で理解だけした。

 だからといって家族という枠組みに対して忌避感を覚えることはない。なんせ覚えていないのだから。むしろ憧れていたほどだ。家族だから許せる。家族だから大切にできる。家族という繋がりがあるから、許容できる。自分の家族が恐らくそれをできなかったのに、ないものねだりで羨ましがった。

 

 けれどもいざ家族になろうと誘われて、すぐに「はい」とは言えなかった。人間と闇の種族には寿命という途方もない大きな壁がある。リヴィンは置いていかれるだけだ。ようやく見つけた理解者をリヴィンの体感では即座に失うことになる。今後一生得られるかどうか分からない人達を影の中で見送るだけだなんて、そんなことがあってはならない。

 一緒の時間を楽しみたい、一緒に色々な物事を経験したい。大切な人達のその生を、その一瞬の時間を陽の下でもずっと見守っていたい。その為には太陽で死ぬ体というものは邪魔で仕方がなかった。貴族という身分と時代もあって、全身を布で覆った不審な人物を置いておくわけにはいかない。だからこそ、リヴィンは人間にならなくてはならなかった。しかしジョナサンが死を迎え、人間になりたいという願いは、なりたかった意味を失ってしまう結末を迎える。

 

 結局、リヴィンは返事ができずにここまできてしまった。たとえ人間になれていなくとも、返事ができていれば家族という枠組みにリヴィンは入れて、確かなものを得られていたのだ。

 ──そもそも2人からの『お願い』に、応えられなかった事がずっと心残りだった。もうその2人に直接なりたいと言うことなどできない。

 

 これは、先延ばしをしたリヴィンの罰なのだ。

 

 首を左右に振って家族であることを否定するリヴィンに、承太郎が考えすぎだと声をかける。

 

「ごちゃごちゃ悩んでんじゃねえ。てめえの知ってるジョナサン・ジョースターって男は、てめえが返すのを嫌がる男だったのかよ」

「それは違う!」

「ならやりゃあいいじゃねえか。第一、しらねー孫にやられるより知ってるヤツにやってもらう方がいいだろ」

 

 果たしてそうだろうかと言いたげなリヴィンに、ジョセフがリヴィンの肩に手を置いてから追撃の言葉を重ねていく。

 

「ジョナサンおじいちゃんもきっと、リヴィンに返してもらった方が嬉しいはずじゃ。わしも、お前にやって欲しい」

「……それが、ジョセフの願いなら」

 

 ジョナサンに似ているジョセフにされる頼みが、一番リヴィンに効く。

 完全に納得はしていなかったが、一番の身内であるジョセフからそう言われてしまった以上はやろうと、唸りながらもリヴィンは頷いたのだった。

 

 その後はリヴィンも探索に加わってみたのだが、DIOの館には想像以上に色々な資料があり、後々SPW財団によって読み解かれていくこととなった。その中でも一際奇妙なものが、やけに厳重に保管されていた太古の弓と矢だ。ポルナレフが散らかした紙で滑ったことにより、壁の一部を壊して見つけた隠された小部屋から発掘されたものである。

 あまりにも古い物の為、何か知っているのではないかとリヴィンが一度呼ばれたが、大体1人で地下に引きこもっていたのもあって全く見覚えがないものだった。ともあれ『何か』があるのに間違いはなさそうだと、弓と矢はSPW財団で何事もないようにと警備のされている場所で保存をされる予定である。

 

 ★

 

 翌日には、皆それぞれの場所へと帰っていく。リヴィンはアメリカにあるエリナの墓へ。ジョセフと承太郎と花京院は日本へ。ポルナレフは故郷であるフランスへ。アヴドゥルはエジプトにある拠点としていたところへ一度戻ることにしたらしい。イギーは色々と質問を投げかけて、一番反応の良かったアメリカへ、リヴィンと一緒に戻ることとなった。

 全員離れ離れになっても連絡を取り合う予定ではあるが、こうして集まれる機会はそうそうないだろうと、出発前夜にホテルの小宴会場を借りてこのメンバーだけの慰労会をすることにした。

 

 大人連中は当然ながら飲酒はするし、なんなら承太郎だって飲む。旅の最後だからと主にポルナレフがベロンベロンになることは見えていた。それが事前に見えていた為、飲食物がテーブルに並ぶ中、食べ始める前にあることを言わせて欲しいとリヴィンから申し出したのだ。皆は喧嘩をした件のことかと身構えたが、リヴィンの様子からして違うことだろうと察した。黒衣に、手をかけていたからだ。

 

「おっ、ようやくお前の素顔を見れんのかァ〜!」

「俺と花京院は見たぜ」

「不可抗力ながら、私も……」

「わしは元から知っとるもんね〜」

「知らなかったの俺だけェ!?」

「アギッ」

 

 俺も知ってるぞ。とイギーも主張しているやり取りがあったが、ポルナレフだけしか知らないからこそリヴィンは顔を晒すのにそこまで躊躇をしなかった。しかしDIO戦で素顔を曝け出していたとはいえ、あまり見られたくないものではあるので、やはり緊張をしてしまう。

 

「リヴィン、無理をして顔を見せなくてもいいんですよ」

「いや、花京院。いいんだ」

 

 近寄って気にかけてくれた花京院に、断りの言葉を告げる。

 ここでしないでいつするのだと、リヴィンは勢いよく頭部の布を外していった。それにこの後、もっと勇気を振り絞ることになる。

 頭の布を全て取り、目を何度か瞬かせて焦点を合わせると、ポルナレフが目を大きく見開きリヴィンを見ているのがよく分かった。

 

「お、お、お、お前、女だったのかッ!?」

「……はぁ」

 

 こうなると予測はついていたが、予測通りになるのも辛かった。思わず目元に手を当ててため息をつき、混乱するポルナレフを置いてしばらくそのままでいると、アヴドゥルがポルナレフを叱る声が飛んできた。

 

「本人が気にしていそうなことを言うんじゃあない!」

「いや、だってよ〜! ずっと男だって思ってたんだぜ? そりゃ驚くだろ!?」

 

 そうではない、そうではないんだ……と言いたいのだが、どうにも口が開かない。言うと決めたはずなのに、予想以上に言葉が詰まって出てこずに自分で自分に困惑する。

 リヴィンにとって一番の『大切』はジョナサンとエリナだ。そこは今後どんなことがあろうと絶対に変わらないと断言ができる。今はその『大切』の中に仲間達が入っていった。彼らの為ならばどんなことだってする。リヴィンという存在がいる限り、怪我や事故などの外的要因で死なせはしない。そう思っている存在だからこそ伝えたいのに、胸に溜まったもやが口にするのを拒んでいる。

 

「ホル・ホースには、言えた、のに」

「……何を、ですか?」

 

 地の果てから出したような声の花京院に、リヴィンは肩を揺らして花京院の方を見た。花京院は笑顔なのにピリピリとした空気を身に纏ってリヴィンを見つめてきている。他の面々も、どうしてホル・ホースの名前が出たのだと険しい顔つきになっていた。

 

 リヴィンはさっぱり理解できていないが、何故か違う意味でも追い詰められ始めていた。

 

 

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