人間的表現では柔らかな陽射しとされるだろう。だが、リヴィンにとってそんなやわいものではない。
現在、リヴィンはSPW財団の車でニューヨークに位置する、とある墓場にあるエリナの墓の前に来ていた。いつまでも安らかに眠れますようにとジョセフが配慮し、他の墓石とは距離のある大きめのスペースが取られている。
リヴィンは一言ごめんと言ってから、頭蓋骨の入っている木箱を、少し動かしたら壊れるとでもいわんばかりの動作で地面へ置いた。そして衣服で影になっている所で左手の手袋を取り、黒衣やその下の白服も捲って素肌を晒した状態にし、まっすぐ腕を伸ばして確実に太陽の光を浴びせる。1、2、3……と秒数を数え、60秒経ったところで『繋がった』と感じた。
じわり、と左腕の表面が焼けてくる。段々と範囲が広くなっていって、晒している部分全てが焼き尽くされていく。こうして、光に当たっていた部分は完全に消滅してしまった。
なんとなくそうであろうとは想定していたので、この結果にリヴィンは驚かない。だがやりたかったことはできないなと、消えてしまった腕部分を眺めながら少しだけ悲しんだ。
──私は仲間を守りたい。だから、完全にはできない。
「ごめんなさい」ともう一度謝ってから、捲っていた袖や布を戻して影の中で左腕を再生させていく。手袋をはめなおして、腹で作っておいた2つのスコップを取って両手で持ち、エリナの棺桶が位置する左側を掘っていく。棺桶と同じ深さまで掘ったところで、木箱が綺麗に収まるようにと、整地を余すことなくとやっていった。完璧に仕上がった穴へ、ジョナサンの頭蓋骨が入った木箱を捧げるかのような動作でそっと置いていく。しばらく木箱を眺めた後、頭を木箱に近づけて祈るように目を閉じた。満足がいくまでそうしてから、顔を上げて再びスコップを手に取り埋め直しの作業に入る。
綺麗に埋め終わり、リヴィンは木箱の少し下の位置の地面で、墓石を目の前にして胎児のように丸くなった。そうして目を閉じ、記憶の中の2人を思い起こす。リヴィンの記憶はいつまでも色褪せない。リヴィンに語りかけてくることはないが、思い出はいつだってそこにいてくれる。
リヴィンが行ったことは自己満足だ。エリナはジョナサンが戻ってきたことを知らない。ジョナサンも、エリナの元に戻れたことを知らない。でも、それでも。2人が再び一緒になれたことが、なによりも嬉しい。
目の端から勝手に涙が次々とこぼれ落ちていくが、特に拭うこともなく、ずっとそのまま流しっぱなしにした。
……ああ、これから何をしていけば良いのだろう。仲間達のところをずっとローテーションで回っていけばいいだろうか。でも何度も行って対応に時間をとらせ、彼らのやるべきこと、やりたいことの邪魔にするのは本意ではない。とはいえ近くにいないと治すこともできないのだから、その辺りは向こうに折半してもらわなければ。
思えばひたすらジョナサンを取り返すということだけを考えて日々を走ってきた。けれど終わったら終わったで、仲間以外で何をすべきなのか分からなくなってしまった。仲間には元気で過ごしていてほしい。その為にいくらでも欠損を補うと誓っている。
しかしながら、それ以外がリヴィンには何もない。
──空虚だ。
そっと右手を墓石に手を伸ばし触れる。墓石からは何も伝わってこない。記録が刻まれただけのただの石なのだから、当然のことだ。でも今は、回答が欲しかった。
「ジョナサン、エリナ。……私は、どうすればいいのだろう。どうすれば……」
こまめに仲間達を見に行きつつ、暇な時間をぼーっと過ごしていれば1日も、1週間も、1ヶ月も1年もあっという間に過ぎていくだろう。そうすればいいと理解をしていても、今まで動かなかった日がなく何かしら動かなければと思ってしまうのだ。
突然、ジリッと左肩が熱くなる。とっさに左肩を触れてさするが、すぐにその熱さはなくなっていった。……なんだったのだろう。体に異常でも発生したのだろうかと、起き上がって体の点検でもしようかと思い立った時。
心に引っかかってくる、何かがあった。
『それ』は、とても弱々しいながらもリヴィンの心を引いて呼び寄せようと必死になってる。『それ』が何なのかはさっぱり分からない。リヴィンを幸福へ導くものなのか、不幸へ導くものなのか。どちらにせよ現在のリヴィンに仲間以外の予定という予定はなかった。
もしかしたら、2人からの導きなのかもしれない。
そんなありえないことを考えて、横になっていていた時に着いた土を叩いたり体を振るったりして落とすと、車を回して別所で待機してくれていたSPW財団員に声をかけた。
「気になることができたんだ。ちょっと出かけてくる」
★
承太郎とジョセフと花京院は日本から帰国後、真っ先にホリィの様子を見に行った。話に聞いていた通り、DIOを倒してからはたちまち元気になり、帰ってきた承太郎達をいつも以上のハイテンションで迎えにきたのだ。
「承太郎ぉ〜〜!! パパぁ〜〜〜!!」
「おおお! ホリィ、ホリィ〜〜!!」
「パパ!! おかえりのチュ〜! 承太郎もおかえりなさいのチュ〜〜!!」
スージーQに見守られながら抱き合って挨拶のキスをしたりと忙しない2人を承太郎はうるさいと思いつつも、キスをしに来た母親の元気な姿と久々なこのやり取りにホッとしたのは当然のことだった。熱烈なキスを頬に受けながらも少しだけ抱きしめて返した承太郎に、花京院はほんのりとした笑みを浮かべながら声をかけた。
「よかったですね、承太郎」
「……フン」
「花京院くんもありがとう! 本当に、本当に貴方も無事でよかったわ……!!」
「い、いえ、僕は……勝手についていっただけですし。ともかくご無事でよかったです」
ひとしきり互いの無事を確認した後、ジョセフが先頭となって花京院の家へ向かうこととなった。いくら花京院が望んだこととはいえ、未成年を連れ回したことに変わりはない。とはいえ、最初は花京院1人で戻ろうとしていたのだ。
「ジョースターさんと承太郎がついてくる必要はないですよ。全部自分の責任です。自分だけで説明させて下さい」
当初はそう言い張っており、そんな花京院にジョセフはお得意の口八丁手八丁を大いに発揮した。
「わしはお前のご両親にご挨拶したいんじゃよ。この戦いで花京院なしではここまでくることはできんかった。DIOを倒すキッカケを紐解いたのも花京院、お前じゃ。そんな立派な子を産んでくれたご両親に何もしないだなんて、大人として申し訳が立たないんじゃよ。それに今後もわしらと集まったりしたいんじゃろう? その時に説明やらなんやらせんといかんし、これからを考えたら今いかんでどうする?」
こうペラペラと畳み掛けて行った大人のジョセフに花京院がかなうわけがなく。勢いに押されて3人で花京院の家へと行くと決定になったのである。なお承太郎は花京院から「君がついてくる必要はないだろう」と言われたが、「ダチの家に行くのは悪いことなのか」と言ったら少し顔を赤らめて黙った。
先立ってSPW財団が花京院の両親に説明に行っていたとはいえ、相当揉めに揉めた。財団員はお宅のお子様は事故に巻き込まれて〜という風に説明していたらしいが、花京院が単刀直入にスタンド込みの本当の話をし始めたのだ。旅の中で両親はスタンドについて理解しておらず、秘密にしていると言っていたのにどういう心境の変化なのか。とはいえ花京院の意志を尊重し、ジョセフと承太郎も花京院の両親を信じさせる為に説得へと加わる。結局中々信じがたいものの、実際にスタンドによる超常現象をいくつも見せられて信じるしかなくなった両親は、旅に出る前よりスッキリした表情で、得難い仲間を得れたと屈託のない笑顔で紹介する息子に折れたのだった。
それでは日常に戻りましょう、といってもそうはいかない。無断で50日以上の旅をした承太郎と花京院は高校の出席日数が足らず、めでたく留年となったのである。めんどくせえとは思ったものの、花京院が2年で承太郎が3年の学年違いとはいえ、友達と過ごせる学校生活を大いに楽しみにしていたので、別にいいかと思い直した。承太郎自身も知り合いはいれど、友達といえるほどの人物は作ってこなかったのだ。それを楽しむのも一興だと考えたのである。
留年が決定しているとはいえ、少しでも内申を良くしないとと言う花京院の進言から学校には通っている。正直今更だとは思っているが、花京院が楽しそうなので何も言わないでおいた。姦しい女子生徒をいつも通りやかましいと怒鳴りつつも、花京院を家へと誘って帰っていたのだが。
ここにいるはずのない者が空条家の門の前におり、衣服のせいで幽霊が立ってるように見えて、承太郎と花京院は何度か目を瞬かせた。しかし何度見ても消えることなく地に足をつけて直立に立っている。2人一緒に近寄っていくと、何でもないかのように手を挙げて軽く挨拶をしてきた。
「やあ承太郎、花京院」
「リヴィン……」
「……てめぇの『ちょっと』は2週間が基準なのか?」
「うん? ちょっとはちょっとだけど……」
花京院が溜息をついて静かに首を横に振る。承太郎も分かってはいたが、色々言ってやりたい気持ちを抑えて帽子の鍔を掴んで引っ提げた。言っても無駄だ。
アメリカに墓参りに行っていたリヴィンが、財団員に「ちょっと出かけてくる」と言って行方が分からなくなってから早や2週間。1週間前にスージーQと共に帰国したジョセフ曰く、「我々と旅する前はよくあったことだから気にせんでいい。そのうち連絡がくる」。そうは言われても、何も知らない子供みたいなものであり、目的を達成してやることがなくなったリヴィンが何かやらかしていないかが若干心配だった。今までは一緒にいたからリヴィンが何かしてもフォローできたが、リヴィンの側に誰もいないというのは初めてで流石に不安でしかなかったのだ。
こうやって承太郎達の元に来てくれたはいいが、ここは日本である。旅ではほぼイスラム圏内だということで紛れていた全身真っ黒の服装が目立たない場所ではない。とてもトラブルを起こしていないとは言い切れなかった。
「……どうやってここまで来たんです?」
「海から上陸して真っ直ぐこの辺りまできたよ。探し物をしていてね。ここはホリィの家に近いって知っていたから寄ったんだ。ホリィはいなかったんだけど、君達には会えるかなと思ってね」
「アマは今買い物に行ってんだろ」
海から上陸して真っ直ぐ。まさかアメリカから泳いで来たのだろうか。とにかく嫌な予感しかしなかった。この間、ある施設に黒い不審人物が不法侵入したとニュースで見たやつは、リヴィンのことではないかと一瞬頭によぎる。しかもこのリヴィンの言う真っ直ぐは、本当に一直線なのではないか。道を使うくらいの常識はあるだろうと願いたいがそこすら怪しい。疑念の眼差しでリヴィンを見ていると、呑気に首を傾げている。その辺りの疑問は放置することにしたらしい花京院が、リヴィンに質問を投げかけていた。
「えーっと、探し物とは?」
「……何かは分からない。けど、ずっと私のことを呼んでいるんだ。それに従ってここまできたんだよ」
呼んでいるとは一体なんだと思ったものの、本人も理解していない以上、質問を重ねても答えは出てこないだろう。
「多分あとちょっとで辿り着けると思う」
「てめーのその『ちょっと』は信用ならねえ。どんくらいの距離だ」
「実は私も曖昧なんだ。だから日本までくるのに時間がかかったんだよ。でもそうだね、感覚はつかんできたから6〜10kmくらいだろうか」
「リヴィン、君と一緒に歩いていくには時間がないよ……」
ここは日本で、リヴィンを伴い交通機関を使うにはあまりにも不審者すぎる。別に人目につきにくい道を歩くくらいの体力はあるが、今は夕方だ。帰る時間を含めなくとも結構な時間がかかることは目に見えていた。
「……一緒に来るのかい?」
「お前を1人で歩かせられるか」
せめてスタンドを使って顔周りだけでも露出してくれればいいのだが、そもそも本人が顔を晒すことを嫌がっている。ならば顔をそもそも変えてしまうなどができればいいのだが、それを提案するのも何か違う。本人は素直に受け入れそうではあるが。
「承太郎。明日は土曜日で半ドン*1だ。SPW財団に連絡して車を回してもらうのはどうだろう」
「……リヴィン、今日はうちにいろ。明日3人で行く」
ホリィとは面識があるようだから、勝手に泊まることを決めても問題ないだろう。寧ろ大歓迎しそうだ。リヴィンは一度首を傾げたが「うん」と頷いたので、3人で空条邸の中へと入って行ったのだった。