人間を謳歌せよ   作:雲間

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三十六話

 

 出立の1日前。リヴィンはアヴドゥルに呼ばれて迎えにきたSPW財団の車に乗り、空条邸にお邪魔していた。……のだが。

 

「リヴィンちゃん、ちょ〜っと待ってて〜!」

 

 ニコニコしたホリィの『ちょっと』待っててという発言に、リヴィンは思わず黒衣の下で顔を顰めて胸を「うっ」とさせた。その様子に気が付かないままホリィはリヴィンを押していき、座布団に座っていたアヴドゥルのいる茶室へと放り込んだ。

 

「準備できたらまた呼ぶわ!」

 

 その後トタトタと出ていって、承太郎と出立前ということで来ていた花京院の名を呼び、何かを手伝わせているようだった。

 

「ホリィは何を……?」

「いや、私もこんな大事になるとは思わなくてだな……。すぐに分かる、今は気にしないでくれ」

 

 気にしないでと言われたらそうするしかなく、リヴィンは「はあ」と困惑気味の声を出し、アヴドゥルの向かい側にあった座布団に正座する。

 

「それはそれとしてだな。リヴィン、君はスタンドに名前をつけたのか?」

「つけていないよ。つける必要性を特に感じなかったからね」

 

 皆のようにスタンドの像が出てくる訳でもない。名前がなくて困るようなことはなく、指摘されるまで名前をつける気すらなかった。

 

「それならば、私がつけてもいいだろうか」

「うん、構わないよ。仲間につけてもらえるなら、……嬉しい」

 

 名前とは形のない贈り物で、一生涯リヴィンと共にある。リヴィンという名前と、名付けに込められた意味のお陰で今日も生きて此処にいるのだ。

 アヴドゥルを顎に手をやって何秒か思考した後、ほのかに口角を上げてリヴィンへとその名を告げる。

 

「そうだな……。これは私の願いを込めたものになるのだが、『クロス・ロード』というのはどうだろうか」

「交差点?」

「ああ。君が色々な人やものと触れて、その道と交わって欲しいという祈りだ」

「……スタンドに?」

「スタンドだからこそだ。……リヴィンはスタンド自体をどういうものだと思っているんだ?」

 

 スタンドは精神エネルギーから成る能力だ。しかしリヴィンへの願いだというのであれば、備わっている能力につけるのは違うのではないだろうか。そうアヴドゥルに言うと、ふむと一言呟いてから口を開いた。

 

「スタンドとは己の精神力から作り出され、本体の意志で動かしているものだ。例外はあるがな。そして、似た能力はあっても誰1人として同じスタンドを持つ者はいない。その者だけの特徴だともいえないか?」

「それはまあ、そうだね」

「つまり、スタンドはスタンド使いと切って切り離せない、その人自身でもあると思っているんだ。私のマジシャンズレッドも、私の熱くなりやすい部分が現れているのだろう」

 

 言いながらマジシャンズレッドを顕現させ、リヴィンへと見せてくる。上半身だけ人間の肉体である紅い鳥の鋭い瞳が、リヴィンの姿を捉えていた。

 

「そしてリヴィン。君のスタンドは君自身が『変わりたい』と願っているからこその能力なんじゃあないかと私は思う」

「変わりたい……」

 

 スタンドが発現した時に思っていたのは、ただひたすらに死なせたくないという想いだけだった。自分の肉体を花京院のものとして変換できれば、とは確かに思っていたと言える。しかしその想いだけで、そのままスタンド能力として現れるのだろうか。あまりにも都合が良すぎる。だからアヴドゥルの言っていることは正しいのかもしれない。

 

「そうやって君が様々な物事を経験して道が交わっていき、更に変化していくのを私は願っている」

「……分かった。ありがとう、アヴドゥル。私のスタンド名はそれにする」

 

 自身のスタンドに像はない。代わりに自分の胸に手をあてて、『クロス・ロード』と名付けられたことを刻んだのだった。

 

 ★

 

 布。布。布。空条邸の客間の一室が暗色の布で溢れかえっていた。一概に暗色の布と言っても、それぞれ微妙に色や模様やラインなどが違っている。そんな布だらけの空間にリヴィンは黒衣だけ脱いだ白服状態で真ん中に立たされ、ホリィにその布を当てられていた。

 

「ほ、ホリィ……。これは一体」

「そうそう、リヴィンちゃん! 私のことは聖子ちゃんって呼んで!」

「聖子ちゃん、これは一体」

 

 承太郎と花京院が手伝わされていたのはこれだろう。リヴィンの体全体を覆うほどの布だからか、ひとつにしてもそこそこの重量がある。

 

「占い師さんになるんだったら雰囲気が大事なのよ〜!」

「占い師……?」

 

 それはアヴドゥルの職業だ。リヴィンは全くなる予定のないもので、思いもよらぬ単語が出てきてホリィを強く見つめるが、布選びを楽しんでいる本人には全く届いていない。説明してくれそうな人達はリヴィンをこの部屋に届けたらいなくなってしまった。布選びに巻き込まれたくなかったのかもしれない。

 

「ええと、聖子ちゃん。占い師ってなんだい? それに顔が出ているわけでもないし、私に当てて確認しなくてもいいと思うんだけれど……」

「占い師は運勢を占ってくれる人よ〜。服はね、体型によって見え方が違うから印象も違って見えるの! だからリヴィンちゃんの体格に合わせて選ぶのが大切なのよ!」

 

 結局占い師についてはちゃんとした回答が得られなかった。後者に関しては最もだと思ったので、大人しくホリィの納得がいくまで付き合うことに決める。数着だけ残してほぼ試着をし、選ばれた2、3着の内1つを着用したまま2人で居間へと移動していく。

 居間にはちゃんと3人が揃っており、花京院がリヴィンを目に入れた瞬間に声を上げた。

 

「とても占い師の雰囲気が漂っていていいですね」

「そうでしょう? これが一番リヴィンちゃんに合うかなって思ったから嬉しいわァ!」

 

 自身の両手を握ってホリィが花でも散らしていそうなくらいに喜んでいる。対してリヴィンは説明を求める雰囲気をアヴドゥルへと飛ばしていった。

 

「すまないなリヴィン。これも街中で活動する為なんだ。私と一緒に占い師の格好でいれば、姿を隠していても誤魔化しやすいと思ってな」

「……ああ、なるほど分かったよ」

 

 占い師の隣に占い師っぽい格好の人物がいたら、多少怪しくても目撃者は「なんだ、2人組の占い師だったか」と思うだろう。そういったバイアスにかかってくれるように仕向ける為なのだ。

 

「アヴドゥル。この格好をするのはいいんだけれど、私に占い自体はできないからね」

「誰もおめーにそこは期待しちゃいねえぜ」

 

 承太郎に人差し指を向けられてそう言われ、分かっているならばいいとリヴィンは頷く。そういうところが占いという行為に向いてないんだよな、という花京院の視線には気が付かなかった。

 

 夜になり、張り切ったホリィの作った料理をいただく壮行会もどきが開催された。基本的に食事はエネルギーを摂る行為で、生きる為だけに食べるリヴィンは最初用意されていた果物以外手を出さなかったのだが。

 

「リヴィンちゃん、一度だけでいいの。あたしの作った料理を食べてみてくれないかしら……?」

「聖子ちゃん、前に言った通り私は食べる意味があまりないんだ。勿体無いことになってしまう」

「あたしの料理、一回はリヴィンちゃんに食べてみてほしくって……」

 

 そう訴えてくるホリィのうるうるした瞳に負けて、リヴィンは卓上に並べられていた肉じゃがを小皿に取り分けてから口に含んだ。

 ちゃんと味覚はあるが、リヴィンは舌の上で起こる反応としか認識していない。美味しいと思ったことも、まずいと思ったこともなかった。それは今も同じで感想も何言えなかったのだが、リヴィンが作った料理を初めて口にしてくれたのにホリィが満足したらしく、ニコニコしているのを見てそっと胸を撫で下ろした。

 

 リヴィンはそこそこ食事を口にしてから、盛り上がっている食卓をおいて席を立ち中庭の方へと移動していく。億泰が寂しがったので、この後は一度虹村家に戻る予定だ。SPW財団が迎えにくるまでの暇つぶしである。

 縁側に立って中庭にある池が映している月をなんとなしに眺めていると、仲間の中では比較的軽めの足音がこちらへと歩いてくるのが聞こえてきた。振り返らなくてもリヴィンには誰だか分かる。

 

「どうしたんだい、花京院」

「やあ。……少し、聞いてみたいことがあってね」

 

 花京院はリヴィンの横に並んで同じように庭へ視線をやった。夜風がふいて池の水面が揺れ、月が波状にぐにゃりと変形する。

 

「君のスタンド能力についてだ。……踏み込んだ話になるから、話したくないと思ったら話さなくて構わない」

「うん? 分かった」

 

 仲間に対しては基本的に情報を隠すことはない。花京院は軽く息を整え、水面の月が円に戻った時に口を開いた。

 

「スタンドで君自身の肉体を変化させることは可能なんだろうか」

「……どういう意味だい? もう少し詳しく説明してほしい」

「君自身の性別のことを、君のスタンドで解決できないかという話だ」

 

 ずっと自分はこのままだと考えていたので、その発想はなかった。瞬時に花京院の方を向くと、花京院は眉尻を下げてこちらを見やっている。

 

「ごめん、踏み込みすぎたかな」

「いや、そうじゃなくて……。そうか、う〜ん」

 

 リヴィンは腕を組んで上半身を若干横に傾けた。

 多分、やろうと思えばできる。だがやっても『意味がなくなる』だろう。これについては話す気がないし、それ以前の問題が存在した。

 

「男女のどちらになるのかとか、そういったことを全く考えていなくてね……」

 

 ホル・ホースに回答したように、リヴィンは自分自身のことをリヴィンというものだと思っている。自分が男だとも女だとも思ったことはなかった。一番の目的を達成して幾分か余裕のできた今でも、男女のどちらが性的に好きなのかさえハッキリしていない。そもそも恋愛って何状態である。種を残すという行為は生き物としての本能ではあるが、性別がないからこそ種を残す為の恋愛感情や性欲が生まれていない可能性があった。とはいえ、どちらかになれるのであればなりたいのは確かだ。ずっとリヴィンにとってのコンプレックスなのだから。

 う〜んと唸りながら考え込むリヴィンに、再び池へと視線をやった花京院が口を開く。

 

「少しだけでもいい、考えてみてほしいんだ」

「……花京院はどちらの性別がおすすめとかあるのかい?」

「お、おすすめ……? その言い方はまずいからやめてくれ」

 

 引いた声色と顔でリヴィンを見てきた花京院に、次誰かに聞く時は別の言い方をしようと素直に頷いた。

 

「……そうだな。僕は女の子の方がリヴィンにとって生きやすいんじゃあないかなと思うよ」

「どうして女性なんだい?」

「あまり君の考えのノイズになってほしくないから詳しくは言わないんだけれど、君の『愛』が女性らしいから、かな」

「難しいことを言う!」

「ノォホホ、まぁ考えておいて下さい」

 

 頭を混乱させているリヴィンに花京院が笑っていると、居間からのそのそと歩いてきた承太郎が声をかけてくる。

 

「おいリヴィン、5分後には迎えがつくって連絡がきたぜ」

「ああ、ありがとう承太郎。分かった。……そうだ、承太郎は私がどちらの性別になるのが正しいと思っているんだい?」

「性別に正しいも何もねえだろ」

 

 全然言い方について伝わっていなかったと花京院が肩を降ろした後、ちゃんと伝わるように先程の話をする。それを聞いて承太郎が帽子をグッと深くさせてから、再び口を開いた。

 

「てめぇは男の方が楽なんじゃあねえか」

「楽とは」

「自由すぎんだよ」

 

 何が……? という疑問に答えてくれる気はないらしい。花京院を見上げても苦笑いを返される。仲間が厳しいと内心で泣きながら、全員で居間へと戻っていった。

 

 

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