リヴィンは困り果てていた。
「い、いがないでえええええ」
「億泰。君の父親の治療もあるから、私は日本に度々戻ってくるんだよ。永遠に会えないという訳ではないのだけれど……」
出発当日。空条邸から財団の車に乗ってきたアヴドゥルが迎えにきて、いざ出発というところでこの事態が玄関先で起きた。先程までは寂しいながらにもいってらっしゃいと手を振っていたのにこれである。どうしたらいいのかと手をあわあわしているリヴィンを見てアヴドゥルは笑い、形兆はわがままを言う弟に苦言を呈した。
「億泰ゥ! リヴィンさんを困らせてるんじゃあねえ! さっきした約束はどうした!」
「だ、だってあにきぃ……」
きっちりとお見送りをする。そう取り決めをしていたにも関わらずの億泰に、形兆のイライラが加速していくのが目に見えて分かった。そんな形兆を見てもっと焦ったリヴィンが、億泰の前にしゃがみ込んで小さな手を両手で取る。
「え、えーっと、で、電話! 電話をする! 話を……、話……をする! これでは駄目かい!?」
子供を楽しませる話ができるとは思ってはいない。それでも億泰に納得してもらおうと、リヴィンなりに言葉を尽くそうと思った結果だ。億泰は涙を流しながらぐすぐすしつつも、それでよかったのかゆっくりと頷いた。
「ほらリヴィン、そこで抱きしめてやるんだ」
「えっ。こ、こう……?」
アヴドゥルの言葉に従って、錆びた機械かと思うほどの動きをしながら億泰を抱きしめる。しばらくそうしてやった後、形兆からの視線を感じて今度は形兆を抱きしめにいく。
「お、おれはいい」
「日本の法律上、長男も次男も平等だとされているからね。やらないのは駄目だ」
「その理由はおかしいッ!」
形兆は顔を赤くして怒鳴りながらもリヴィンを跳ね除けることをせず、ぎこちないハグを大人しく受け入れる。終わってリヴィンが離れていくとそっぽを向いてしまった。
「では行くか、リヴィン」
「うん。……電話をする、一度帰る日は伝える。そして次に会う時まで、元気でいてほしい」
「……分かってる」
「り、リヴィンねーちゃん、お土産も!」
「すまない、言わなかっただけだ。お土産はちゃんと買ってくる」
「億泰ッ!!」
再びアヴドゥルに笑われながらも、こうしてリヴィンとアヴドゥルは日本を旅立っていった。DIOによって肉の芽を植え付けられた人間を探し出す、その使命の為に。
★
当たり前だが、旅は簡単にはいかなかった。
最初は人の立ち入らない森の奥深くまで探しに行き、肉の芽を埋め込まれた当人を見つけ、その人をリヴィンが背負いながら人の手が入った所まで戻らなくてはならなかった。事情は何も分からないが、本人が変化していく自分を見られまいと進んでここまできたかもしれないし、あまりの変貌っぷりに『誰か』に捨てられたかもしれない。本人から事情を聞くのは今することができない以上、予定通りSPW財団へと預ける形をとった。
「アヴドゥル、この人は一人ぼっちなんだろうか」
「さあ、それは分からない。もしかしたら、残してきた愛する者がいたかもしれない。その人が迫害されないようにここまで来たなども考えられる」
どちらにせよ、真相を暴くのは当分先になる。少しずり落ちてきた背中の人物を背負い直して、道なき道を再び進んでいった。
今回のお土産は木製のオモチャになったのだが、あまりにも不可解な構造でどう遊ぶのかさえ分からないオモチャで、アヴドゥルからやめておいた方がいいとやんわりと告げられた。しかしどうしてか心惹かれてやまず、反対を押し切って形兆と億泰にプレゼントしたのだが。
「何これ!? かっけー!!」
「……、……ありがとう」
億泰には非常に受けた。逆に形兆には、非常に奇怪なものをプレゼントされたという気持ちを隠しきれていない顔で受け取られた。リヴィンは何がダメだったのかと首を傾げた。
なお承太郎と花京院にも同じものをプレゼントしようとし、こちらはアヴドゥルに全力で止められたのは余談である。結果、お土産はコーヒーとなった。
次に向かったのはヨーロッパ圏内のとある国で、郊外に建てられていた一軒家。ここで重要となったのは話術。住民の男性がターゲットを部屋に閉じ込めていたからだ。
「なんなんだアンタ達は。帰ってくれ!」
「一度落ち着いて話を聞いてほしい。神からの啓示を得てここにきたんだ」
激昂する男性を宥めながらアヴドゥルが話を続けていく。リヴィンだけだったらこの強固に聳え立つ男性の壁を崩すことはできず、強行突破が視野に入っていたかもしれない。だがアヴドゥルの占いからくる巧みな会話術で、男性の強固な姿勢を切り崩していく。
しかしその会話の言っている内容は理解できるのに、どこかはっきりとしない部分があってリヴィンは中身を理解できなかった。運命の導きがどうの神からの啓示がどうのこうの話しており、リヴィンには到底そんな会話はできない。アヴドゥルすごいなぁ、と呑気なことを考えながら様子をひたすら見ていたのであった。
「……分かった、アンタらを信じる。神の使いよ、どうか彼女を助けてくれ」
「勿論だ。……ほら、リヴィン」
「は、はい。必ず」
いきなり話を振られてビビったリヴィンだったが、話は聞いていたのでちゃんと合わせて返事をする。リヴィンは話の中で『神の使い』設定になっていた。そんなものになった覚えはひとつもないが、これで解決するならば別に問題はない。黒衣の下で神妙な顔をして家の中へと入っていった。
「おお神よ、感謝いたします……!」
リヴィンが肉の芽を植え付けられた彼女のいる部屋に入って処置をし、いくらか症状の落ち着いた様子を見て男性は歓喜の涙を流しながら神への感謝を捧げている。ここまで大袈裟に神に感謝する人を見たことがなかったリヴィンは、戸惑いながらもウンウン頷いた。
男性へ彼女をSPW財団へ預けて世話をしてもらうことができると説明したのだが、男性は彼女を預けることを拒んだ。
「確かに大変だ。大喰らいだし、見目はすごいし、俺のことすら分かっていない。面倒ですら仕方がない。世話してくれるなら大歓迎さ! ……と言いたいところだが、生憎俺にとって彼女は最愛の人でね。……1秒たりとも離れたくないんだ」
悲しく微笑みながら首を振る男性の瞳は、眩しいくらいの輝きがある。リヴィンがそれに魅入られてじっと見ていると、アヴドゥルが分かったと返事をしてSPW財団の連絡先をメモに書いて渡していた。
「何かあったらここに連絡をしてくれ。貴方の最愛の人が完全に戻れるようになったら、また連絡をする」
「これは俺の連絡先だ。……よろしく頼む」
2人が固い握手をし、リヴィンも握手を求められたので対応する。その手は、力強いながらも震えていた。
家から出て次に向かったのは、リヴィンの希望で日本ではなくポルナレフのいるフランスである。無事であるとは連絡をもらっているが、リヴィンは定期的に仲間を見ないと気が済まない。ここだけは頑固なリヴィンに皆が折れ、旅の合間に仲間の元へ行くことになっている。
「Bonjour! よーこそフランスへ! 2ヶ月ぶりかァ?」
「約2ヶ月と5日が正しいよ」
「あーうるせぇうるせぇ、そこまで細かくなくていいんだっつーの! ほんと変わんねーなぁ」
「ははは! お前の方こそ相変わらずじゃあないかポルナレフ」
そうこうしながら空港に迎えにきたポルナレフに街中を案内されながら3人で歩いていく。フランスには休憩を兼ねて何日か滞在したのちに日本へと戻る予定だ。一度、今回宿泊するホテルへ荷物を預けに向かう。
「ポルナレフ。来て早々すまないんだが、私は野暮用があってね。リヴィンのことを見ていてほしいんだが」
「おっ、コレか?」
「邪推をするんじゃあない! 全く……。知り合いがいるはずだから挨拶に行くだけだ」
「……コレってなんだい?」
ポルナレフがした手のポーズを真似て聞くと、アヴドゥルが慌ててリヴィンの手を下げさせた。
「ポルナレフッ! リヴィンが真似をするからそういうことをやめろと言っているだろう!!」
「だァから過保護すぎんだっておめーらはよお〜」
「ええっと……」
いつものアヴドゥルとポルナレフの喧嘩が始まってしまう。結局、喧嘩で有耶無耶になってしまいポーズの真意を知らないまま、「あのポーズはよろしくない」という情報だけしか分からないまま終わったのだった。
ホテルに到着して荷物を預け、アヴドゥルは知り合いに会いに出かけていった。ポルナレフはここのホテルのコーヒーがいいんだと言い、ラウンジでそのまま飲むにはリヴィンが不審者すぎるので、 2人が泊まる部屋へと移動してルームサービスでコーヒーを2つ頼んだ。
「う〜ん、この香りが最高! 味は……う〜ん、味わい深い。très bien」
「はぁ……」
届いたコーヒーをテーブルに置いてもらい、2人とも椅子に座ってコーヒーを手に取った。何故かリヴィンの分も頼まれた以上は飲むしかないとリヴィンも口つけて飲んだが、ポルナレフのような感想は言えそうにない。言うとしたら「飲んだ。苦味の反応が強い。終わり」である。リヴィンは全部飲み、まだゆっくりとコーヒー楽しんでいるポルナレフを見つめた。
「聞きたいことがあるんだけど、いいかい?」
「難しいことは何も答えらんねーぜ」
「私の性別はどちらになるべきだと思う?」
「おい、難しいこと聞くなって言っただろーがッ!」
頭に片手をやって苦い顔をしている。コーヒーを飲んだ時にその顔をするべきなのではと思ったし、そんなに難しいことでもないと思っているのにこの反応は心外であった。
「そーゆーのは自分で考えて決めるもんだぜ……」
「いや、私には男女どっちになりたいという明確な願望がないんだよ。でもどちらかになりたいとは思ってる。だからみんなに聞いているんだ」
「あ〜、ちなみに誰に聞いてどう答えられたんだ?」
「承太郎が男、花京院とアヴドゥルが女だよ」
アヴドゥルには旅の道中で「どちらになった方が良いか」と聞いていた。良い悪いはないと怒られながらも、「一生懸命なところがリヴィンの良さだと私は思う。だからこそ、女性がいいのではないだろうか」と言われたのを思い出す。
「なるほどな。うーん、そんなに顔を直接見れてないってのもあるが、お前にゃ色気ってモンがねーからなぁ。俺がお前を男だって思ってたのを抜きにしても、男の方がいいんじゃねーかって思うぜ」
「何故?」
「そりゃあお前はさァ、ずーっと恩人の為だけに動いてきたじゃねーか。それは中々突き通せるモンじゃあねえ。俺はそこに男らしさってものを感じたってワケ!」
ビシッと指をさされた。そもそも男らしさとは一体……。と、なっている中でポルナレフはリヴィンの考える暇を与えず言葉を続けていく。
「他に決める方法としてはあれだな、結婚したいって思う愛する人を見つけたらいい」
「どうしてそこに話が飛ぶんだい?」
「滅茶苦茶重要だぜ!? お前が一緒にいてえ、この人と結婚してえって思うくらいの人を見つけたらよ、その人に合わせた性別にすりゃいいじゃねえか。愛の赴くままに進めばいいのさ」
「ポルナレフ、種族が違うし結婚だけはしないよ。私にとって人間の生は一瞬だ。例え見つけたとしても結婚という契約は結ばない」
至極当たり前なことを言ったはずなのに、手をヒラヒラとさせながら途轍もなく大きなため息をつかれた。
「おめーは愛ってもんが分かってねーなぁ!? 愛の前に寿命や歳の差なんか関係ないんだぜ? 愛しいと思う! だから一緒になるんだ」
「ポルナレフまで花京院みたいに難しいことを言わないでくれ……」
今度はリヴィンがため息をつく番だった。一転してポルナレフはニヤニヤしながらリヴィンに尋ねてくる。
「花京院はなんて言ってたんだ? ん? お兄さんに教えてみなさいって」
「『君の愛が女性らしいから』、女性なのではないかと言われたよ」
「……ああ〜。ま、アイツの言うことも分かるわな」
「どういうことなのか教えてほしい」
今は承太郎の自由という言葉についてはいい。また愛という言葉が絡んできた以上、花京院の真意を知りたくなった。
「お前はさ、ジョースターさんの祖父母のことを愛してたんだろ? 慈しむようなその一途さが花京院には女性的に見えたんだろうさ」
「私はジョナサンとエリナのことが好きなんだけど、これは愛になるのか……?」
「おいおいおい、そこからか!? あっ、お前そもそも好きかどうかすら分かってなかったな……。そりゃそうか」
ポルナレフはあちゃーという顔をしながら、一度唸ってから口を開いた。
「おめーのは愛だろ。家族愛。承太郎やジョースターさんがホリィさんを助けようとしたのもそうだ。好きってのには変わりはねえだろうけど、すんげえ深く好きって感情を持ち続けてんだ。それは愛に違いねーさ」
「すんげえ深く好き……。どこまでが『好き』で、どこからが『愛』になるんだ……?」
「その辺はゆ〜っくり学んでけって! 街中を観光しろ観光! ここは愛の国だぜ? 色んな愛に溢れているッ」
紹介するように手を大袈裟に振ってフランスという国をアピールしている。ポルナレフの方がよっぽど難しいことを言っていると思いながらも、もう少し注意深く観察をしてみようとリヴィンは思ったのだった。