人間を謳歌せよ   作:雲間

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四十話

 

「ジョセフは私の性別をどちらだと思うんだい?」

「……そういえば、どっちなのか聞いて回ってるんじゃったのう」

 

 虹村家で騒動が起こるより前、アメリカに肉の芽被害者を探しに行き、道中寄れそうだったのでジョセフのやたらめったらセキュリティが高く広い自宅に寄った時の事である。アヴドゥルは疲れを取る為に客室で横になっており、リヴィンは自身の性別について知る最後の1人であるリビングで寛いでいるその人へ尋ねてみた。

 リヴィンからの問いかけにジョセフはソファへ深く座り込んで考えた後、リヴィンにこう言葉を投げかける。

 

「わしはな、最初にお前の姿を見た時に『不思議なお姉兄ちゃん』だと思ったんじゃよ」

「おねにいちゃん……??」

「まあ、それがある意味正解だったとは思わんかったがな」

 

 おねにいちゃんってなんだ。そんな単語は存在しないとリヴィンが混乱している中で、ジョセフが過去に思いを馳せソファをトントンしながら感慨深そうにしていた。

 

「今、わしがお前の性別をどう思っているかだが、お前の為に秘密にさせてくれんかの」

「私の為とは」

「お前さん、わしが答えたらそっちにしそうじゃからなァ〜」

 

 ジョナサンに似ているジョセフからの言葉は、どうしてもリヴィン自身に影響が強い。それを自覚はしているからこそ、リヴィンはそんなことはないと言えずに口を真一文字に結んだ。

 

「参考にじゃが、ホリィはお前のことを『いつも可愛い不思議なお姉ちゃん』だと思っとるし、スージーは『目的に走りすぎてすり減っている青年』じゃと思っとるぞ。ま、今のお前の姿を見たらスージーからの認識は変わるじゃろうけどな」

「相反しすぎじゃないかい?」

 

 ホリィからは女性に見られているとは知っていたが、スージーQからそのように思われていたとは思ってもいなかった。だからやけに会うたび「ゆっくりしていって」だとか「ちゃんと休んでいるの?」だとか心配や労いばかりされたのかと、ようやく納得がいった。

 

「しかしな、リヴィン。色々他人に意見を聞いてみるのは良いが、お前自身で考えなくてはいかんぞ?」

「分かっているよ。……どうにも、絶対にこっちだと思う何かがなくてね」

 

 考えはしているのだが、明確にどちらになりたいかがリヴィンの中で浮かんでこない。時間がいくらでもあるからだろうか。

 愛についてもそうだ。ポルナレフに言われて周囲を意識を持って観察するようになったが、単純に人間の営みとしか認識できない。最近はよく読んでいる歴史や記録などの本ではなく、心情が細かく書かれている小説にも手を出してみたが、感情移入というものができず読むという行為だけで終わっている。細かい知識だけが蓄積されている状態だ。

 何をみても何を知っても、結局自分はどこまでいっても『リヴィン』なのだと言われているような気がした。

 

「深く考えすぎとるな? 確かに今後の人生に関わるものじゃからそうなるのはわかるが、お前の場合は直感でいいんじゃよ」

「直感……」

 

 その直感すら来た覚えがないと思っているのが態度に出てしまったのか、ジョセフがにやけた顔をしている。リヴィンはムッとしながら、いつ来るか分からないきっかけを待つしかないのかと深いため息をついた。

 

 ⭐︎

 

「おやすみ、何もない『俺』」

「おやすみ、なにもない『あたし』」

 

 目の前には、体つきがよく分かるくらい肌の露出が激しい、闇の種族の衣服を着用した男女がいた。じっとこちらを見つめており、2人以外には白が広がるばかりで何も存在していない。その2人の容姿はどちらもリヴィンに似ているのだが、未成年に見えるリヴィンに対して、それぞれ男女の成年として相応の体型になっていた。男には目に見えてわかるくらいの筋肉がついており、女には膨らんだ胸が付いている。

 

「……君達はなんなんだい?」

「俺は俺だぜ、『俺』」

「あたしはあたしよ、『あたし』」

「訳の分からないことを言わないでくれ……」

「やだ、またそうやって逃げるの?」

 

 女が口元に手を当てて嗤いながら言ってくる。別に逃げた覚えは全くなく、ただただリヴィンは首を傾げた。

 

「逃げた覚えはないけれど」

「自覚してねェだけだ。いつも選択から逃げてんだよ」

「ずっとそうじゃない。ヒトからこうすればいいって言われたり、そう言われたものだっておもったりしてるでしょ」

 

 そうだっただろうかと簡単に記憶を思い返してみると、言われてみればそうだったかもしれない。確かになと軽く頷くと、男は苦々しい表情を見せ、女は口を掌で覆って丸くした瞳をリヴィンに向けた。

 

「わっ、なにコイツ」

「開き直りすぎだろ」

「そう言われても……」

 

 何もおかしいことはない、事実だから肯定しただけだ。逆に何故こんなにも責められるのか不思議である。

 

「そうやって心の平穏を保つために、あのときの気持ちを忘れたの?」

「絶対に有性になると、それこそが生きる目標だと誓っただろ! 『俺』!」

 

 身に覚えがなさすぎて、ひたすら疑念の目を2人へ向けた。有性になりたいと思ったことはあっても、生きる目標とまで設定した記憶はない。深く首を横に捻ると、視線を下に落とした女が口を開いた。

 

「……今の『あたし』はあたしにも、」

「『俺』は俺にもなろうとしていない。本当はどちらにもなりたくないんじゃあねェか? だから他人に答えばっか聞いて逃げてんだろ!?」

 

 女の悲愴な声が、男の悲痛の叫びが、リヴィンのなくしたモノの穴を刺激した。その穴に埋まっていたもの、それが目の前の二人だ。

 

「そんなつもりはないよ。……ああ、ごめんね『私』」

 

 一歩一歩踏みしめて2人に近寄っていき、伸ばした両の腕でそれぞれを抱き締める。

 本当に覚えはない。けれど、2人は自分が置いてきてしまったもの、恐らく『捨ててしまった』感情なのだと理解した。

 

 闇の種族で生きる内に膨れ上がった感情を持ち続けるのは、精神衛生上無理に等しかった。その希望を持ち続けていたら、いつだって自分に性別がないことを突きつけられているもの同じだ。だから捨てた。絶対にどちらかになってやるという気持ちを、目標を、希望を、理想を。

 

「もう逃げないよ、かつての『私』。なりたかった『私』。……いや、『ケイオディートス』」

 

 自分自身が生まれた時につけられた本来の名前を、捨ててしまったかつての自分の名を呼んだ。

 

「私はリヴィンだ。でも、ケイオディートスでもある。それが、『私』だ」

「……認めて、くれるの?」

「そうだよ、『私』」

「もうこれ以上、俺らのことを忘れるなよ」

「分かってるよ、『私』」

 

 その答えに満足をしたのか、2人はリヴィンを抱きしめ返した。

 

「すぐに答えは見つかるわ、『あたし』」

「直感が大事だって言われただろ?」

「……うん」

 

 じわじわと視界が白くなっていき、この空間の終わりが近づいていることを悟って、もっと強く二人を抱きしめる。同じように強く抱きしめ返され、2人からこう告げられた。

 

 それじゃあね。おはよう、リヴィン。

 

 2人はそう言って、リヴィンの中へと消えていった。

 

 ⭐︎

 

 意識がハッとなって、すぐに感じたのは右手の暖かさだ。次に天井にある電灯を認識し、自分がベッドの上で横になっているのを理解した。ここは確かジョセフの客室だったはずだ。右に頭を動かすと、リヴィンの右手を握ったまま俯いている簡素なシャツと深緑のズボンを着た花京院がいた。

 

「……花京院?」

「リヴィン、気がついたのか!? ……よかった、君が戻ってきてくれて」

 

 安堵のため息を長くついた花京院の手を握り返す。花京院は一見女性的には見られがちだが、男の人だと分かるゴツゴツとした手のひらだった。

 

「そうだ、気がつく前のことは覚えていますか?」

 

 リヴィンは花京院の右手を握ったまま体をゆっくりと起こし、こうなった経緯を思い返す。

 

 ひとつの「弓と矢」の行方が判明したと連絡があったのは、1991年秋のことだ。花京院はアメリカの大学付属の語学学校へ入学しており、虹村父の症状は大分回復し意思疎通がそこそこできるようになっていた。その虹村父からの情報がきっかけとなり、今回弓と矢の行方が分かったのである。

 その弓と矢は南アメリカで骨董品として扱われており、近々日本にいる個人資産家の元へと渡る予定になっていた。SPW財団の方で個人資産家へコンタクトを取り、財団で色々上乗せやらなんやらをして買い取らせてもらうことにし、比較的近くにいたリヴィンとアヴドゥルが引き取りに向かったのだ。

 引き取りにいくだけとはいえ、スタンド使いを産む弓と矢である以上は危険が想定される。取りに行くのはスタンドの使える者が良いだろうと、そう考えて保管されている屋敷へ向かったはずだった。

 

「じゃあ、警備員の格好をした人に触られたことは覚えていますか?」

 

 ここから先に進むにはボディチェックが必要だとかなんだとか言われて、されたのは覚えている。こちらの武器はスタンドである以上、されても問題はないし、不審な動きをしたら真っ先にリヴィンが動く手筈となっていた。

 

「ええ、そうです。それに君が反応したんだ」

 

 この辺から妙に記憶が曖昧だったが、警備員の男にボディチェックをされた時に謎の違和感を覚えて逆に掴んだ……ような気がした。それを伝えると、花京院は頷いて話を続けていく。

 

「そいつがスタンド使いだったんです。名前はビリー・ヴィン。スタンド名、『エスケイプ』。触れた相手の逃げたい物事の幻覚を見せる能力を持っていました」

 

 そうやって相手の意識を奪い、頼まれた仕事をする。DIOの信奉者によって雇われたスタンド使いだった。リヴィンの意識を奪いアヴドゥルも続けてやろうとしたところ、アヴドゥルに行く前にリヴィンに掴まれ背負い投げされて気絶し倒されたのだ。

 そうして捕えられた当人からスタンド能力を詳しく聞き出したのだが、能力は持って数時間。空腹や眠気など、生理的な欲求を感じてしまうと覚醒してしまうのだという。とはいえ「逃げたい」という物事に対峙している以上は中々感じにくい欲求である為に、思ったよりも時間は稼げるとも言っていた。

 しかし今回かかったのはリヴィンだ。眠ることもなく、エネルギーを補給したばかりで特に消耗もしていないリヴィンに、数時間で覚醒する手立てがなかった。

 固まって動かなくなってしまったリヴィンを、アメリカのジョセフ宅まで運び、様子を見ること4日。心配で見にきた花京院が、せめて何かしら反応があればと手を握っていたのがここまでの話だという。

 

「う〜ん、そこまで時間が経った気がしないよ。体感としては10分程度だったからね」

「何はともあれ、リヴィンが元に戻って良かった。ジョースターさん達へ報告しにいってきます」

 

 花京院は握っていた手を離そうとしたのだが、リヴィンから握り返されていて離すことができず、困った顔を当人に向けた。

 

「リヴィン? ……一緒に行きますか?」

「……直感ってこれかな」

 

 リヴィンはマイペースに、花京院の手を両手で包んで触りながらしげしげと観察をする。細長いがしっかりとした肉付きをしていて、正に男性の手のひらであった。リヴィンよりも高い体温が伝わってきて、心まで温かくなってくる。

 そして花京院の顔へと目線を移動させると、花京院はリヴィンの行動に困惑して何度か瞬きをしていた。

 

「……リヴィン?」

「ああ、ごめん。一緒に行くよ」

 

 花京院の手を離し、ベッドから降りていく。そうして花京院と共にリビングの方へと向かっていった。

 

 簡単なことだった。自分がなりたい方になればよかったのだ。それだけだったのに他人にばかり答えを求めた。それがわかるまでこんなにも遠回りをしてしまったなと、リヴィンは苦笑いをこぼした。

 

 





スタンド名:エスケイプ
スタンド使い名:ビリー・ヴィン
【破壊力 - E / スピード - A / 持続力 - C / 射程距離 - E / 精密動作性 - D / 成長性 - D 】
触れた相手の逃げたい物事の幻覚を見せる能力。
生理的欲求が体に起こるとそれだけで解けてしまうが、当人が逃げたいと思っている事柄に直面している以上そのあたりの感覚が薄れやすく、結構幻覚が持続する。
もう一つの解除方法としては、かけられた当人が逃げている物事から逃げないと決めること。
リヴィンの場合は後者で解除された。なおリヴィンがこんなにも幻覚にとらわれていた原因は、そもそも逃げたい原因を封印しており、スタンドがそれを掘り起こすのに時間がかかったためである。
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