人間を謳歌せよ   作:雲間

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四十一話

 

 欧州の街並みが広がる中にある、ガラス張りの公衆電話で話をしていたアヴドゥルが、大きく瞼を開けて丸々とした瞳がよく分かる状態になっている。やけに周囲を見回しながら相手に返事をしてたと思ったら、急に目尻に涙を浮かべて何かを喜んでいた。片腕を組みながら感慨深そうに頷いて、大切な何かを伝えるように一句一句区切って言葉を伝えている。一瞬リヴィンの方へと視線を向けたが、すぐに真っ直ぐになって一言二言、言葉を交わした後に受話器を置いた。

 やけに満足そうな顔をしたアヴドゥルがそそくさとリヴィンの近くに寄ってきたと思ったら、腕を掴まれて人気のない路地へと連れて行かれる。どうしたんだろうと思いながら着いていくと、アヴドゥルは周囲に人が本当にいないことを確認してから小声でリヴィンに伝えてきた。

 

「リヴィン、聞いて驚かないでくれ。承太郎が、あの承太郎が結婚をする。しかもショットガンマリッジらしくてね……」

「承太郎が銃で脅されて結婚をした……?」

 

 それは確かに驚かざるを得ない。銃程度では怯まないはずの承太郎を、どうやって脅して結婚に持ち込んだのだろう。色々な可能性を頭でこねくり回していると、アヴドゥルが慌てて頭を振って否定してきた。

 

「いや、語源的にはそうなんだが……。すまない、違うんだリヴィン。承太郎の……その、お付き合い……している女性にお子さんが宿ったそうなんだ。だから結婚をするという話でね」

「……うん? 人間が子を残すのは当然のことだ。結婚をするのもおかしな話ではない。承太郎がしてはいけないことでもやったのかい? そうでなければ特に驚くようなことはないと思うのだけど……」

 

 そんなに承太郎が結婚して子供を残すことがおかしいのだろうか。リヴィンが両腕を組んで唸っていると、アヴドゥルは「あー……」と言いながら空を仰いで片手を頭にやった。

 

「……そ、そうだな。君の言う通りだ。私も電話口とはいえ祝福させてもらったよ。正式な祝いについては、また後日会った時になるがね」

「祝い……、祝いか」

 

 ホリィの結婚が決まった時は海にひたすら潜っていた時期のため、ピンクの真珠を集めてネックレスにして贈ったが、後々ジョセフに怒られてしまった。密漁にあたるのと、贈ったネックレスの価値がとんでもないことになっていたらしい。その時は法律についての資料を読んでいなかった為、言われてからその辺りを読破した。

 

「リヴィン。何かをしたいのならば、まず私か花京院にでも相談してくれないか。きっと君の力になれる」

「うん、そうするよ。人の価値観はいまだに分かりにくい……」

 

 相談しないまま選んで、また怒られるのはできるだけ避けたい。アヴドゥルの言葉に深く頷きながら、話は済んだのでと今回の目的地へと足を進め始める。

 

「しかし、おめでたいことは続くものだな」

「えっ、何かあったかい?」

「今日会う人で君が感知できた肉の芽は終わりなのだろう? それだ」

「ああ……、そのことだったんだね」

 

 おめでたいことだと認識していなかったせいで、上手く反応ができなかった。終わるにしても、今まで発見した肉の芽に蝕まれた人々を戻しにいく作業がある。SPW財団にできる限り被害者をまとめてもらっているが、全員を解除するのに最低2週間はかかるだろう。ここまでやって、本当に旅の終わりである。アヴドゥルと世界中を回ることはなくなり、虹村兄弟に会うこともなくなるだろう。そうしたら──

 

「……ん?」

「どうしたんだ、リヴィン」

「いや……、なんでもないよ」

 

 胸の奥に、モヤがかかったような感覚が襲った気がした。

 

 ★

 

 日本にある、とある特別病棟の一室。そこで、最後の『治療』が行われていた。

 リヴィンはベッドに座っている男の頭を掴み、布を取って晒した頭に備わっている角を男の額へと刺す。そうしてラストの肉の芽を解除して吸い上げると、男から離れてその姿をまじまじと見つめた。初めて見た時の緑色したデキモノだらけの太った怪物の姿はもうなく、一般的な日本の成人男性がそこには存在している。

 

「……これで、全部取り除いたよ。問題はないはずだけれど、まず額の治療と健康診断が先になる」

「……あ、ありがとう、ありがとうございますッ……」

「これが、私の使命だからね」

 

 虹村兄弟の父だと分かるその顔は、瞬く間に涙に濡れてしまっていた。リヴィンは頭の布を被り直してから病室を出て、手配され待機していた医者と看護婦に入室の許可をする。そうして医者と看護婦は病室へと入っていき、リヴィンは虹村兄弟とアヴドゥルの待っているいつもの特別待合室へと足を進めていく。

 一歩、また一歩と前進していたのに、気がついたらリヴィンの足は前に進むことをやめていた。

 

 ──足が、重い。

 

 誰も通っていない白の廊下で、リヴィンは独り佇む。どうしてこうなっているのか原因が分からなくて、光が反射してぐにゃりと光っている床を見つめることしかできなかった。

 

 これで終わりだ。めでたいことで、喜ばしいこと。なのに、どうして、こんなにも心が苦しいんだろう。

 

 胸元に手を当てて苦しみを和らげようとしていると、遠くから音が聞こえてきた。扉の開く音がして、子供の──億泰の走ってくる音が響いてくる。

 

「あっ、リヴィンねーちゃん! 待ってたんだぜ!」

「……億泰」

「終わったんだろ? 早くいこーぜ!」

 

 そう言って億泰はリヴィンの手を取り走り出し、つられてリヴィンも足を進めた。

 

 億泰は最初に見た時よりも、身長が20cm以上伸びている。形兆も同じように伸びており、少年から青年へと成長していっている途中だ。承太郎も、花京院も、ポルナレフも、アヴドゥルも、イギーも、ジョセフも、みんな時を重ねていっている。

 対して、リヴィンは何も変わっていなかった。

 

 手を繋いでいない方で億泰がドアを開け、中へと入っていく。形兆がソファの左端に座っており、アヴドゥルは反対側で片手にコーヒーの入ったコップを持って壁際の椅子に座っていた。ソファの方へと連れられ、億泰が右側に座ったのでリヴィンは真ん中へと腰を下ろす。

 

「終わったか、リヴィン」

「うん」

「そうか。……頑張ったな」

「ううん。私の使命だったけれど、SPW財団の人達やアヴドゥルにみんながいなかったら、成し遂げるのは厳しかったと思っているよ。だから、私がみんなにありがとうになるんだ」

 

 協力がなければ使命を完遂できなかったはずだ。1人でなど到底できなかっただろう。だから労われるべきは自分ではなく、そちらの方だとリヴィンは思っている。

 

「いいや、リヴィン。君がいなければこうはならなかった。……そうだろう、形兆、億泰」

 

 アヴドゥルからの言葉に形兆と億泰は立ち上がり、アヴドゥルとリヴィンの間で2人が見えるように並ぶと、揃って頭を下げた。

 

「2人やみんながいなかったら俺たちは、今みたいに生活できてなかったと思ってる。親父だって助からなかっただろうし、みんなのおかげで親父も少しずつまともになってきた。だから、本当に、本当にありがとう、ございました……っ」

「あっ、ありがとうございました!」

 

 アヴドゥルがコップを近くのテーブルに置いてから、深く礼をする子供2人に近寄って肩に手を乗せた。

 

「本来君達が被る不幸ではなかったんだ、気にしなくていい」

「私は、私の使命の為に……やっただけだよ」

 

 肉の芽を解除した後に、当人からこのままでよかったと罵られたりお礼を言われたりと様々な反応があったが、リヴィンは使命をこなしたかっただけで何を言われようと全く気にしていなかった。それなのに形兆や億泰から言われた言葉は、妙にこそばゆい気持ちを湧き上がらせてきて、リヴィンは目線を斜め上へ向ける。そんなリヴィンを見ていたアヴドゥルは、優しげに微笑みながらこう言った。

 

「リヴィン、違うだろう。君は使命の為だけにやった訳ではない。2人のことを愛しんでいるから、ここまで頑張れたんじゃあないか」

「うん? いや、アヴドゥル、私は……」

「約3年間共にいて分かったが、君は観察はしても興味を持てない人に対してはとにかく無関心だ。そんな君が一生懸命に応えようとし、悲しませまいと、喜ばせようとしている。これは一種の家族愛だと私は思うがね」

 

 アヴドゥルからの言葉にリヴィンが呆然としていると、億泰が駆け寄ってきてリヴィンの手を取り、形兆はその後ろでばつが悪そうに頬をかきながらこちらを見ていた。

 

「リヴィンねーちゃんはリヴィンねーちゃんだぜ!」

「億泰、それじゃあ分からねーだろうが。……億泰は、リヴィンさんのことを本当の姉のように思ってる。けどこの件が終わったから、リヴィンさん達は来なくなるんだろう? だから、たまにでいいから億泰に……俺たちに会ってほしいんだ」

 

 ゆっくりと瞬きをしてから形兆を見つめ、億泰へと視線を移してその顔を見る。こちらを見つめてくる瞳はキラキラと輝いていて、リヴィンが肯定するのをまるで疑っていない。

 リヴィンは泣きそうになったのを一度口を閉じて堪えてから、口を開いた。

 

「……うん。また、くるよ。必ず」

 

 億泰の手を慎重に握り返す。

 

 この関係を終わらせたくなかった。だから、足が重くなって止まってしまったのだ。用事がなくとも、会いに行ってもいい。──だって、2人を愛しているのだから。

 

 愛は、好きだからこそ、尽くしたいと、大切にしたいと思うからこそ、生まれる気持ちなのだと、理解をした。

 

 ──私は、愛している。ジョナサンを、エリナを。2人の血を受け継いだジョセフ達家族を、エジプトへと旅をした仲間を、億泰と形兆を。愛していると心の底から言える。失いたくない大切な人達だ。

 

 だからこそ、リヴィンの中で次にやるべきことが定まっていった。

 DIOの信奉者狩りだ。

 リヴィンの仕事は、まだ終わりなどではなかった。

 

 握っていた手を解いてから、目の前の億泰を優しく抱きしめた。前と同じように虹村家へ堂々と入れるように、リヴィンは頑張る。それだけだ。

 

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