至る所に傷を負った人間が激しい呼吸を繰り返しながら、夕日の差す人通りのない工場地帯を走っていく。
「あ、悪魔め! 消えろ! 追ってくるなァ!!」
その人間が通ってすぐに、黒衣を纏ったリヴィンが特に急ぐ様子もなく後を追っていった。
「悪魔? いや、私は『優しい』と思うんだ」
言葉になっていない言葉を発して、光の差さない建物と建物の隙間へと逃げていく人間を段々と追い詰めていく。コツ、コツと、足音がする度に人間は体を震わせる。こんなことで怯える程度の覚悟で襲ってきたのかと思うと、滑稽で仕方がなかった。
「DIOに関係しているのに、この程度で済ませてあげるんだ。『優しい』よ、私は」
「ひっ、ひぃいいい」
後ろへ退いていく人間は、ついに壁へと衝突して逃げ道を失ってしまう。できることは、ただ差し迫る真っ黒な悪魔の如きリヴィンに怯えることだけ。
「DIOを殺した恨み、だったかな? こういうのを逆恨みというのだろう。DIOに言われたよ。なるほど、こうやって連鎖をしていくのか」
「ご、ごめ、んなさい、許してェ」
人間はガタガタと揺れている。愚かだなとリヴィンは思った。最初から襲ってこなければ、こんなことにはならなかったのに。実に、愚かだ。
「仮に許したとしての話なんだけれど、君がまた来ないという保証はないよね」
「も、もう来ませんからァ!」
「口だけではどうとでも言えると知っているんだ」
一度そう言ってから再び襲ってきた者がいて、そこからリヴィンは容赦をすることをやめた。だからなんと言われようとも実行は決まっている。無論、個人個人で約束を守る守らないが違うことは重々承知だが、言っていることを信じない前提で動く方が楽だ。
リヴィンは右手を伸ばし、広げた手のひらで人間の頭を掴む。
「ぃ、い、いやだぁああああ! 殺さないでェ!!」
リヴィンは喚く人間の言葉など耳に通っていないといわんばかりに言葉を続けていく。
「あったらしてもいいとは言わないけれど、君は『覚悟』すらしていなかったんだね。残念……いや、残念でもなんでもないか」
手早く済ませよう。
リヴィンは人間を掴んでいる手からとあるモノを創り出し、その頭へとブッ刺した。ジュクッ、ジュクッと音が鳴ると同時に人間が痙攣をする。しばらく体を震わせていたが段々と震えの勢いがおさまっていき、次第にその体は動かなくなって地面に崩れ落ちた。
「はぁ」
額から血を流して倒れている人間を見下す。こんなパターンばかりで、DIO側に着いていた人間は同じようなのしかいないのかとため息が口から出ていく。一体何人いるんだろうと思いながら、リヴィンは体を翻してその場をあとにする。
「……悪魔、か。そういえば、昔の人類からはそう呼ばれていたんだっけ……」
歩きながら手を目の前に伸ばしてその腕を眺める。オレンジ色に染まっている一切の露出を許さない完全防備な装備に、リヴィンは思わず視線を落とした。
★
やはり最後までリヴィンは来ないつもりらしい。華やかな挙式後に行っている海辺のパーティ会場で、新郎である証の白いスーツを着た帽子のない承太郎は思わず舌打ちをしてしまった。
「何舌打ちしてるんだい、承太郎」
「……花京院」
「新郎が不機嫌な顔しちゃダメですよ」
フォーマルスーツを着用した花京院が、久しぶりに集まったからと祖父とポルナレフとアヴドゥルと談笑していたテーブルから離れ、その手に飲み物の入ったグラスを2つ持ちながら近寄ってくる。片方を承太郎に手渡してから、もう片方を口に傾けて飲んでから口を開いた。
「リヴィンのことでしょう。まったく、今頃何しているんだろうね」
花京院が空になったグラスを傾けながらそう言葉をこぼした。
肉の芽被害者を回る旅が終わった後、アヴドゥルは占い家業をしながら、リヴィンは1人でポルナレフと同じように弓と矢を探す旅に出た。リヴィンを1人にしておくのは色々な意味で心配だと、アヴドゥルかポルナレフと共にいるよう言ったのだが、本人がこれを拒否。
「肉の芽と違って積極的に人と関わることもないから大丈夫だ、この3年間でそれなりに学んだから問題ないよ」
そうは言うが、探し物こそ人に尋ねたりしなくてはならないのではと思ったのだが、「これ以上私に付き合わせるわけにはいかないよ」という言葉に押し黙った。
リヴィンは1人で旅に出たとはいえ、きっちり連絡はしてくるし安否確認の為に時折仲間の元へ顔をだしてくる。ポルナレフが2週間以上連絡が取れなくて、リヴィンと心配になったアヴドゥルが突撃しにいった時は、実際にポルナレフがピンチな状況だったので、リヴィンの『仲間心配性』に誰も文句を言えなくなった。
それでリヴィンが承太郎に会いに来た時、奥さんがいるからと自宅近くの路地で会い、承太郎は結婚式を挙げるから参列するかと声をかけたのだが、意外にもリヴィンは断ったのだ。
「……てめぇ、正気か?」
「正常でない時があったかい……?」
首を傾げられたがそうしたいのはこちらの方だった。ジョナサンの血を引いているが故に、承太郎に過保護気味なリヴィンが断るとは思ってもみなかったからだ。てっきり結婚式で祝いをするにはどうしたらいいのかと、やかましい勢いでくるものだと思っていた。リヴィンは「あー」と言いながら、理由を言い始める。
「結婚式には相応しい格好というものがあるのを知っている。私には無理だ」
「ある程度の格好は確かに必要だろうが、気にするこたねぇ。てめーはじじいやアマに任せて適度なカッコして俺の親族席にでもいりゃあいい。説明はこっちでどうにかする」
「承太郎が結婚したのはこちらの事情を知らない普通の人だろう? それで承太郎が変に思われるのは嫌だ。ホリィの時もそれで参列しなかったんだよ」
母の時に参列しなかったのは分かる。母は不動産王の娘で父は著名なミュージシャンであり、大規模な結婚式となって大勢の人々が参加したからこそ避けたのだろう。だが今回はそんな大それた結婚式にはならないし、新婦側も承太郎側も参列者はそこまで多くなく、どうとでも誤魔化せる。そう説明をしてもリヴィンは頑なに首を縦に振らなかった。
「私は参加しない。すまない、承太郎。ちゃんとお祝いの品は贈るし、私の代理としてイギーに出てもらうようにお願いしておくから……」
「イギーは代理になんねえぞ、オイ」
説得に失敗した後日、リヴィンから祝いの品として贈られたのは2対のグラスコップで、グラス本体に優雅に飛んでいるフクロウと鶴が彫られていた。福を招くように、夫婦円満であるように、長生きでありますようにと、リヴィン本人が一から作ったものらしい。
意外と良識のあるものを贈られて驚いたのだが、アヴドゥルと花京院に相談した結果これになったと言われ納得をした。リヴィンが常識の範囲内の物を贈るはずがない。肉の芽被害者救済の旅で行った先々のお土産は、おおかたアヴドゥルのお陰で軌道修正されており、たまにそれがなかった時は必ず意味不明な物になっていたのだから。
結局、本当にどこからともなく結婚式会場にイギーが現れて、一応お祝いの場であるからとリヴィンに持たされたのかどうなのか、来た時に咥えていた一輪の小さな花を渡された。今はリヴィンがSPW財団に用意させていたらしいコーヒーガムを端の方で貪り食っている。
花京院は、そんなイギーを見ながら承太郎に言葉をかけた。
「しかし、リヴィンが参加しないのは何かおかしいですね」
「ああ。ぜってーなんかあるはずだ」
妙に意志の固いリヴィンを説得させる為にリヴィンが一番弱い相手の祖父を刺し向けたが、どうやってもダメだったらしい。気が変わったら来るんじゃぞとは言ったそうだが、ついぞダメだった結果が今だ。
「花京院、頼めるか」
「もちろん。僕も心配ですし、他のみんなだって探ってくれるさ」
しばらく承太郎は学業に加えて妻の出産に向けての対応やらなんやらに追われる。奥さんのサポートをしっかりしろと花京院とアヴドゥルから特に言われていた為、この件については完全に任せることにした。
そうして話が済んだところで強めの風が大きくふき、少し離れたテーブルの方からワッと歓声が上がった。なんだと思ってそちらを見やると、風に乗って白い物体がいくつも飛んできているのが見える。思わずスタープラチナを出して観察させると、その白いものは別になんてことのない、ただの花であった。
母であるホリィが降ってきた百合のように白く大きい花びらをしている花を手に取り、まじまじと見つめてから目を大きく見開いて承太郎に近寄ってくる。
「これはリヴィンちゃんからのお花よ承太郎! あたしの結婚式の時も、こうしてくれたのよォ」
ニコニコしながらも懐かしそうに花を見ながら、ホリィは説明を続けていく。
「このお花はね、カサブランカって言うのよ。色々花言葉はあるのだけど、きっと『祝福』という意味でリヴィンちゃんはこのお花を選んだのね」
承太郎もひとつ、降り注がれている花をひとつ手に取った。百合とは違い花びらの内側に斑点がなく、真っ白で美しい。結婚式に相応しい花であると言えるだろう。
引き続きスタープラチナで周囲を見渡したが、花を降らせている本人はどこにも見当たらなかった。本格的に探すにしてもこの場を離れなければいけない。思わず花京院を見たが首を横に振られた。本人が徹底して姿を見せない以上、探すのは野暮だと思ったらしい。
ため息をつきながら思わず帽子の鍔を引き下げようとするが、手に鍔の感触がなく今日は被っていなかったのを思い出す。代わりにやれやれだぜ、という言葉が口から漏れていった。