『リヴィン、夜に映画を見に行こう』
「いいけれど……、映画?」
電話越しでの花京院からの誘いに、リヴィンは困惑して首を傾げた。
陽が落ちてまもない頃、カルフォルニアに位置するとある映画館前。映画館の名前を主張するように、ネオンがピカピカと輝いている。リヴィンは露出が許容できる範囲として、頭の角を覆い隠すようにバンダナで巻いたうえにパーカー、厚手のジーンズを着用。その下には薄めの白服を着て、顔にはデカいサングラスをかけるという若干不良っぽい格好で立っていた。その隣には明らかに機嫌の良い様子のラフな格好をした花京院がおり、2人はこれから『Sister Act』という映画を視聴しにいくことになる。
「この映画なんだけれど、今大ヒットしていてね。見にいきたかったんだよ。リヴィンが付き合ってくれて良かった」
様々な人々と交流して様々な言語を学んでいる花京院には友達が多い。リヴィンが花京院に会いにいって最近のことについて話す時も、近くに住んでいる承太郎以外で同じ人があがることはあまりないくらいだ。そんな花京院がわざわざリヴィンを誘って映画を見にいくというのは不思議であったのだが、丁度花京院の様子を確認したかったのと、仲間の要望にできる限り応えたいリヴィンは一返事でOKを出した。
「じゃあ行こうか」
「うん、分かった」
★
花京院は満足そうな顔で、リヴィンは上映中外していたサングラスをかけてから両腕を組み、映画館から花京院の住んでいるアパートへの道を歩いていく。映画の簡単なあらすじとしては、とあるマフィアと不倫をしていた売れない歌手の女主人公が、そのマフィアの殺人を目撃。殺されそうになり、警察に証人として裁判の日まで保護してもらおうとするのだが、隠れ先はボロボロの修道院。院長と衝突しながらも、聖歌隊を盛り上げることとなり……。という話であった。
「映画はどうだった?」
「話のきっかけとしてあるのは分かるんだけれど、根本的に主人公の女性と犯罪者が不倫というものをするのが理解できない……。犯罪者は妻のことを愛していると、彼らにとって絶対の神に自分から誓ったのだろう? どうしてその約束を破ろうとする?」
「君も大切な人とした約束を破ったんじゃあないのかな?」
リヴィンにとってジョナサンとエリナは神に等しい人達だ。その言葉にリヴィンは黙り、そんなリヴィンに花京院はクスクスと笑う。口をもにょもにょとさせながら、リヴィンは言葉を続けた。
「その、それはそれとして、時によって感情が変わるのは知っている。人それぞれだということも知っている。けれど、私にとって愛は変わるものではない。ずっと、死ぬまで一生のものだ。だから……ううん……」
「ノホホ。そうやって沢山悩んで迷って、沢山考えてください」
そうは言うが、一生をかけても分かりそうにない。しかも周囲の人間はそういった不義理なことをしない者ばかりであり、リヴィンには全くそんなことが起こりうるとは考えられなかった。例え他の人を好きになったとしても、離婚などの対応をして関係をきっちり清算してからするものだと思っている。
人間という種として子を残す行為をするのは正しいと思っているが、今の人間の世はそういったルールがある以上、住んでいる場所のルールに従うのが人間社会で生きるということだろう。人間も部族によっては許されているところもあるのだから。
「後は……段々主人公と周囲が打ち解けていっていて、問題が解決していくのが良かった……と、思う……?」
「疑問形ですね」
「主人公達の環境が良くなっていくのは『良いこと』であるのは分かるんだ。それで『良かった』と感情移入をして見るのが普通の人間というものなのだと思っている。ただ私はやはり、その事実しか受け止められていない」
映画にしても小説にしても、それこそ目の前で起こったことだとしても、リヴィンにとって関わりのない人物に起こることは所詮他人事だ。時折惹かれる物事はあるが、その事象を起こした本人には興味がない。
「色々気になるところはあったけれども、そこが話のキモではないことは分かる。だから助け合って仲良くなったからこそ、最後に繋がったのだと思うと良かった……、のでは、と……?」
ずっと疑問形を続けるリヴィンを見ながら、花京院はずっとニコニコしている。あまりプラスになるようなことを言えていないし何が楽しいのだろうと思いながら、感想戦を続けていく。
「そして音楽というものを楽しむのは、まだできそうにない。音が鳴っていて、それに合わせて言葉を乗せているとしか感じられない。それに歌というものは『詩』であり、述べていることも抽象的で解釈に困る……。ああ、今回の歌詞は分かりやすい方だと思ったよ」
「直接的な意味では、確かに分かりやすいのがあったね」
「えっ」
まだ裏に何かあるのか。絶望顔で花京院を見つめると、アハハハと声を出して笑いながらリヴィンの背中を軽く叩いてきた。
「リヴィンはもっと娯楽に触れた方がいいですよ。そうすれば、裏に描かれていることも分かるようになっていきますから」
「そうかい……?」
いくつ触れたとしても、情報として処理してしまいそうな気がする。花京院が唸っているリヴィンの頭をぽんぽんとし、柔らかな声色で言葉を続けていく。
「それにほら、こうやって映画を見たことは僕達の思い出になっている。それだけでも良かったんじゃあないですか」
「確かに……。初めて映画に花京院と行けたのは、すごく嬉しい」
口元に両手を重ね、今を噛み締める。こうして仲間と思い出を重ねてゆけるのならば、これ以上幸せなことはない。
──だからこそ、リヴィンはやり遂げなければならないという決意を一層深めた。
「じゃあ花京院、ここでお別れだね」
いつも花京院と会っているアパート近くの人気のない道に辿り着くと、リヴィンは足を止めて花京院を見た。しかし花京院は「ではまた」と言わずにジッとリヴィンを見つめてくる。
「……花京院?」
「リヴィン、明日も遊ぼう」
「え?」
「思い出、沢山増やしたいでしょう?」
朗らかな笑顔でそう言われるが、リヴィンは『この後』のことを考えて断らなければならなかった。
「えっと、次はポルナレフのところに行くんだ。この間のようにポルナレフが危なかったこともあるし、できるだけ早く行きたくて」
「ポルナレフなら明日こっちに来ますよ。3人でどこか遊びに行きましょう」
「ポルナレフは3日前にフィンランドへ着いたばかりだったのに!?」
フィンランドで弓と矢の調査を始めると聞いたばかりだ。それなのに花京院のところへ明日遊びに来るだなんて考えにくい。しかし花京院は真剣な眼差しでリヴィンを見ており、嘘をついているようには見えなかった。
「ええ。リヴィンに遊びというものを教えようと言ったら、速攻で行くという返事をもらえました」
「それでいいのかい、ポルナレフ……」
フィンランドのどこから此処まで来るのかは分からないが、飛行機だと最低でも11時間以上かかるはずだ。ずっと座っているのも疲れるとポルナレフが愚痴を溢していたのを知っているので、わざわざ遊ぶ為だけにくるのは信じられなかった。
「リヴィン、これなら何も問題はないですよね?」
問題はある。大アリだ。ポルナレフのところに行きたかったのは本当だが、それ以外に処理をしなければならないことがあった。だがポルナレフの元に行くという逃げ道が絶たれ、他の言い訳を探そうにも思いつかない。嘘をつこうにも嘘をつくのが嫌いなのと、そもそも嘘をつくのが苦手すぎて、言葉がまとまって出てこなかった。
唇をギュッと結んだリヴィンに、花京院は畳み掛けてくる。
「何を隠しているんです?」
「い、言えない」
「リヴィン」
「言わない!」
両手でピッタリと口を塞ぎ、徹底抗戦の構えを取る。サングラス越しに花京院を睨みつけるが、花京院は肩をすくめて言葉を続けた。
「まったく、嘘をつけないのにどうして隠し事なんかするんですか。ここで言えなくても隠していることは分かっているんです、すぐにバレますよ」
分かっている。それでも、特に花京院とポルナレフにだけはバレたくなかったことだ。リヴィンは口から手をどけることなく、花京院が先に折れるのをひたすら待つ。
「そもそもおかしいんですよ、君は姿を晒すのが嫌なのにこういう格好をしてまで来るだなんて。僕は君がいつものような格好できてもチップや話術で誤魔化そうとしてたんですよ。……『変装』を、する必要があったんじゃあないですか」
どうですかと言わんばかりの視線を受けたが、リヴィンは動かずに花京院を見つめるだけだ。その花京院は右手を左腕にやり、人差し指でトンと腕を叩いた。
「承太郎の結婚式についてもそうだ。いようと思えば君は結婚式にいれたはずですし、実際近くに来ていた。それでも姿を現さなかったのは、承太郎に言い訳した理由以外のものがあったんでしょう」
どんどん追い詰められていく。だがここで物理的に逃げても後々詰められるだけだ。リヴィンは姿勢を解かずに黙り続ける。
「最近アヴドゥルの方に来るDIO信者の襲撃がなくなってるそうです。リヴィンの方はどうですか?」
「……撃退してる」
ここで黙っていたら余計に勘繰られる。言わない方が逆におかしく思われるだろう。指と指の間を空けて一言だけ返すと、花京院はひとつ頷いてから話をしていく。
「それならおかしいですね、財団の方に襲撃犯を連行したと連絡が入っていないようですけれど」
「確認したのかい!?」
わざわざそんなところまで確認したとは思ってもみなくて目を見開くと、意地悪そうな笑みを浮かべてこう言った。
「そうですよ。で、何をしているんです? 僕達は仲間なんですから、力を合わせて解決しなくちゃいけない。映画だって、そうだったじゃないですか」
「それは、あくまで創作の話であり現実には関係なくて……」
「リヴィン、あの映画は大ヒットしているんです。つまり、人間はそういう結末を好んでいるってことですよ。……分かりませんか?」
花京院もそれを望んでいる、ということだろう。リヴィンはかっくりと肩を落として、逆に折れさせられたことを自覚した。襲撃について嘘をつけなかった時点で、もう逃げることは不可能だ。
「分かったよ……。話す、話すから」
思わず頭を両手で抱えた。本当に知られたくなかったのだ。
きっと、嫌われてしまうだろうから。