カナダのアラスカ湾近くに位置する、とある森の中。先頭に通常通りの黒衣に包まれたリヴィンに、万が一の遭難に備えてしっかりとした装備一式を整えた花京院、対してざっくばらんに装備を選んだ軽装のポルナレフの順で、草を掻き分けながら歩いていた。
「本当になんでこんな場所なんだよォ〜」
「人が立ち入りにくい場所だからだと思うよ。ポルナレフ、この質問は5回目だけれど……」
ぐてんとした姿勢でポルナレフが問いかけてくるのに、リヴィンは毎度毎度真面目に回答をする。
「リヴィン、ポルナレフを甘やかさないでくれ」
「甘やかす……?」
「これくらい別にいーだろッ!」
私は何をもって甘やかす行為をしていたのだろうかと悩むリヴィンをよそに、はーお堅いお堅いとゲンナリとしながらそう煽るポルナレフへ、花京院が眉を顰めて反論をした。
「そんなに文句を言うなら、ついてこなければ良かったんじゃないか」
「ポルナレフ、無理してこなくても良かったんだよ……?」
「おいおい、それがなっげえ時間飛行機に乗って此処まで来てやった俺に言うことかよ〜」
リヴィンとしては正直そのままフィンランドにいて欲しかったので、取り消そうとは思わない。花京院が「はぁ」と頭を振りながら、刺々しい言葉を放つ。
「文句を言い続けるなら帰ってくれ。何のために呼んだのか分かっているのか」
「分かってるっつーの、コミュニケーションだぞこれは! ちょっとした弱音を吐くくらい許してくれよォ〜。なあ、可愛い可愛いリヴィンちゃん! 俺はお前が変なことになってるっていうから来てやったんだぜ?」
「うん? ポルナレフは私のことを男だと思っていたのでは……?」
「あ〜〜〜! そこじゃねーって!」
ポルナレフが叫ぶ中、花京院が小さく嘲笑したのが聞こえた。こんな風なやりとりを間近で聞くのは、リヴィンの基準の中での『ちょっと』ぶりだなと思いながら進んでいく。
「もう後3分27秒で着くよ。声を抑えてくれないかい」
こんな森の中であるが、実は秘密裏に建てられた建物が存在する。現在その建物へと向かっているのだが、多少舗装された道から車で行くルートは存在していた。だがあえて藪中を突っ切っているのは、標的にバレないようにするのと、リヴィンにとってはこちらの方が早いからという理由である。
やがて遠くに平屋の建物が目視できるほどの距離まで近づくと、リヴィンは後ろの2人を静止させた。
「ここからは私1人で行くから」
「駄目です」
「お前1人でやるなって話聞いてたか?」
リヴィンは最後の抵抗をしてみたが、許されなかった。この聞かん坊め〜とポルナレフがリヴィンの頭を挟む形で拳をぐりぐりとしてくる。別に痛くはないが、頭がフラフラとし視界がぶれて仕方がない。
「だ、だって、DIOの手下が、いるという、情報だ、けでどんなスタンド、使いかわから、ないから。ふ、2人に怪我をし、てほしくな、いから、ぽ、ポルナ、レフ、やめ」
「分かってねーやつにはこーするんだよッ」
グリグリの速度と力が倍になり、話すこともままならなくなった。こういう時にどう対応するのが正解なのか分からず、リヴィンはされるがままになっている。
「リヴィン、君1人だけでDIOに関連する者を対応しようとしないでください。僕達は君の仲間だ、違いますか?」
「ちが、わ、ない」
「なら俺達と一緒にやるべきだってのも分かるよなァ!?」
「う、あ、う」
結局、花京院による映画の後の詰め寄りで、秘密裏にDIO信者の始末を1人で勝手にやっていたことを言わざるを得なくなり、リヴィン1人で始末しようとしていた敵退治に花京院とポルナレフがついてきてしまった。今回はこちらへ襲撃を企てている敵が、このアジトに今日帰ってくるとのことで先手を打ちにきたのだ。
2人に言われた通り、倒すのを一緒にやるのはまだいい。問題はその後で、こればっかりは隠しようがなかった。後でこっそりやるという選択肢もなしだ、目を光らせている花京院に隠し通せるとは思えない。内心で滂沱の涙を流しながら、途切れまくった「分かった」という返事をする。
「よし! んじゃ行くぞッ!」
「勝手に突っ走るなポルナレフ」
そのまま突撃しようとしたポルナレフを、花京院がハイエロファントの触脚で縛り上げた。
「こちらから奇襲できる機会を安易に消費するんじゃあない」
「ガーッといってパーッと終わらせようぜ? こっちは3人もいる!」
「凶悪なスタンド使いだったらどうするつもりだ、旅での出来事を忘れたのか」
「ヒートアップしないで……。声が大きくなってる」
しょぼんとしたリヴィンの一声で2人とも我に返り黙った。花京院が大きく深呼吸をし、平屋全体をじっと観察し始めてからこう告げる。
「近くに4人乗りの車が一台ある。それに建物自体は手入れがあまりされていないようだから、常駐している者はいないはずだ」
「どゆこと?」
「4、5人は中にいるかもしれない。憶測にすぎないからそれ以上いることも覚悟しておいてくれ」
「うへえ」
その逆もしかりで1人しかいない可能性もあるが、花京院が言うつもりがなさそうなのでリヴィンは黙っておいた。
「まずハイエロファントを這わせて人数を把握する。もし触脚が気づかれたら、探知系ないしはそれに類するスタンドを持っていると思った方がいい」
「情報がないよかマシだが……。まあ気づきのきっかけにはなるか……?」
「気が付かれなかったら、そのまま全員縛り上げて気絶させる。上手くいかなくても最大限の妨害をするから、こちらに向かってくるようであれば迎撃してくれ」
「なんだか、そもそもお前だけで終わりそうな気がしてきたぜ……」
多種多様なスタンド使いと戦ってきたが、花京院のハイエロファントグリーンはその中でも群を抜いて射程距離が長い。旅の最中では襲撃されることがほとんどであったが、こちらから行く分には恐ろしいスタンドと言えるだろう。花京院本体へすぐ反撃ができない以上、遠距離不意打ちをされたら、されるがままになることがほとんどのはずだ。
「それで終わるなら一番だが、世の中そうは上手くいかないものさ」
「そーかねえ」
最大限警戒する花京院に、どこか楽観的なポルナレフ、怪我さえなければなんでもいいと思っているリヴィンだったが、今回はポルナレフの方に軍配が上がった。建物の中には2人いたのだが、どちらも触脚に気が付かずに速攻気絶させられたのだ。
「歯応えがなさすぎる」
「まー確かにな。折角ここまで来たのに肩透かしってやつだぜ」
建物に入って触脚で縛り上げた男2人を、花京院が見下しながら念の為持ち物を確認している。ポルナレフは埃っぽい室内を見回して何かないかと見て回っていた。テーブルの上に置かれていた資料を見つけ、手に取り書面を確認すると「うえー」と声を出す。
「マジで俺らの事調べてるじゃあねーか……。リヴィン、お前どーやってこのアジトを知ったんだ? いい加減教えろよ」
「うん、だから、あの、……ソイツらは私が何とかするから、その、2人とも一度外に出たりとか……」
「出たな隠し事その2! ここまできたんだから隠してねーでさっさと吐け!」
「ううう……」
書類を放り投げたポルナレフに勢いよく迫られてリヴィンは体を縮こまらせた。
嫌われたくない。だからといって嫌われない為にやらない選択肢はない。リヴィンだってこの方法はできるだけとりたくなかった。でも嫌われることよりも、この方法をとらないことよりも、大切な人が傷付く方がもっと嫌だ。
「わ、私は絶対にやめない。やり遂げるって決めたんだ」
「何を……」
リヴィンはそそくさと花京院が調べていない方の男に近づくと、つけていた右手袋を取り膝を折ってから掌を男の額にかざした。2人の視線がリヴィンの右手に集中しているのを感じ取って、腕が震えた。
じゅくり、と音を立ててリヴィンの手から『あるもの』が生成されていく。やがてその肉の塊の先端が針のように尖っていくと、男の額に向かって伸びて中へと侵入していった。
「お……、おい、リヴィン。てめー、なんで肉の芽なんか使ってんだ!!?」
「必要だからだよ!!」
ポルナレフに胸ぐらを掴まれ立たされたリヴィンは、怯まずに叫び返し黒衣の下でポルナレフを睨みつけた。肉の芽を使われた2人だからこそ特に知られたくなかったが、もう関係ない。どう言われようとやらなければいけないからやる、ただそれだけだ。
「これが一番の方法だから私はやめない。何故こちらが襲撃に備えなければいけないんだい? 悪いのはこいつらなのに!」
「だからってこんな方法をとる必要ねえだろうがッ!!」
「2人とも、やめるんだ」
今度は花京院がヒートアップした2人を触脚で縛り上げて距離をとらせ、ぶつかり合っているのを諌めた。
「ポルナレフ、冷静になれ。リヴィンが『そのままの肉の芽』を使うと思うのか? リヴィン、君は言葉が足りていない」
ポルナレフは花京院からの言葉で思い直し、カッとなった気持ちをおさめてリヴィンに向けていた怒りを鎮めた。一方のリヴィンは言い訳するつもりはないと黙ったまま突っ立っている。
「……ハァ〜。確かにな、コイツがにっくいDIOのをそのまんま使うわけねーわ。で、どういう風に変えてんだ?」
しゅるりとポルナレフに巻かれていた触脚が解けていき、自由になったポルナレフは腰に手を当ててリヴィンに尋ねていく。
「肉の芽であることに変わりはない。嫌っていい。私にはこれしか方法がない」
「だ! か! ら! 話せって言ってるんだよこの分からず屋ァ!」
ポルナレフはリヴィンの頬がある辺りを両手で挟み、円を描くように細かく動かしていく。それによってリヴィンの頭が揺れ、小さな呻き声が漏れていった。そんなリヴィンに花京院が近づいていき、両腕を胸の前で組みながら語りかけていく。
「リヴィン、僕の本心を正直に言いますよ。僕は、君が頼ってくれないことを寂しいと思っている。……そんなに僕らは頼りなかったんですか?」
「それは、違う!」
「違くねーよ。頼られないと俺らはそう感じるんだぜ。お前だってそうだろ、お前がやりゃできることなのに頼られなかったら悔しくねえのか?」
置き換えて考えてみると分かりやすい話だった。自分で解決できることならば、いつだって声をかけてもらいたいし頼られたい。好きだから、愛しているからこそ、力になりたい。自分がこんな想いになるのに、それを跳ね除けられたらすごく──寂しい。
じわじわと自分が行った仲間への仕打ちに、後悔の念が押し寄せてくる。
「ご、ごめ、んなさ」
「ポルナレフ、いい加減やめてやれ」
「わかったら2度とすんなよ! 2度とな!」
ポルナレフは一度ぎゅーっとリヴィンの頬を押し潰してから手を離す。揺らされた感覚がまだ残っていて、リヴィン若干頭をふらふらとさせた。すっかり落ち込んだ様子のリヴィンに、花京院は触脚を解いてリヴィンの背中を優しく撫でる。
「リヴィン、話してくれますか?」
「……うん」
リヴィンは喉から迫ってくる辛さを抑えながら、正直に話をすることにした。
「……DIOによる肉の芽被害者を戻すには、まず肉の芽自体を解析しなければならなかったんだ。だから肉の芽を作り上げることができたし、そこから機能を変更することもできた。私が作り上げた肉の芽に入っている機能は、悪事にスタンドを使えなくすること。DIOへの信仰心をなくすこと。他にDIOへ付き従っていた者を知っていれば話すこと。埋めて何も知らなければそのまま気絶する。そして、最後に私達のことを忘れるようにさせている」
「それでお前はこのアジトを知ったってワケか。けどそれってなんつーかよ、……肉の芽って感じじゃあねーな」
頬をかきながらポルナレフがそう言うが、リヴィンにとっては肉の芽であることに変わりはない。あのDIOの発想である以上、嫌悪すべきものである。それでも使うのは、それ以上にみんなを守りたいからだ。
「犯罪防止装置に名前を変えましょう。ついでに外見も変えられれば、もうそれは肉の芽なんかじゃない」
「仲間なんだから俺らを頼れ! お前1人じゃどーしたって限界があんだろ? あっちこっち1人で行ってたらきりがねえ。……だからよ、俺らのことを信じてくれ」
ポルナレフの蒼い瞳がリヴィンをまっすぐ見つめている。花京院は促すようにリヴィンの肩へ手を置いた。ここまで言われて、跳ね除けることはリヴィンにできなかった。
「……怪我を、しないでほしい」
「おう! ぜってーしねえ!」
「できない約束はするなポルナレフ」
「おいおいおいおい! ここは流れで「怪我しない」って言うところだろーがッ!!」
「必ず生きて帰るくらいのが現実的だ」
水を刺すような花京院からの言葉にポルナレフがツッコミを入れていく。そうやってわちゃわちゃし出した2人に、リヴィンはこっそり泣き笑いをした。
「……うん、みんなのことを信じるよ」