「花京院から大体の事情はきいた。で? 結婚式に来なかったのは、てめーがてめーにヘイトを向くように仕向けてたのと、万が一襲撃が来ないように見張ってたからだっつーんだな?」
「はい……」
承太郎の自宅リビングにて、映画の時と同じようにパーカージーンズバンダナサングラスを着用したリヴィンが正座をさせられていた。今も狙われている身である為、この格好で承太郎宅を訪れたのだ。ちなみに奥さんはリフレッシュということで出かけてもらっている。
目の前には黒いハイネックに白のズボンといった格好で巨像と見紛うばかりの承太郎が佇み、そのがっしりとした腕の中には生まれたばかりで首の座っていないベビー服を着た赤ちゃん──徐倫と名付けられた女の子がいる。今はぐっすりと眠っているのだが、正座する前に見たふっくらとした頬、まあるい輪郭、プルプルとした小さな唇が時折もにょもにょと動いて、とてつもなく、とてつもなく……可愛いというのだと、リヴィンはホリィの時に理解できなかった感情を理解をした。
「おいリヴィン、徐倫に見惚れるのは分かるが話を聞け」
「可愛い……」
「当たり前だ」
「地球上で一番可愛い……」
「当たり前だ」
リヴィンは徐倫の可愛さのあまり感動でちょっぴり泣きそうになっていた。そんな風に親バカと擬似親戚バカを繰り広げた後、承太郎が話を戻そうとスタープラチナを使ってリヴィンの顎をガッと掴む。
「う」
「てめーそんなに俺らが頼りねえってか」
「そんなこと思っていない。だから今はみんなに頼ってる……」
現在は得た情報を必ず仲間に流し、対応できる箇所は対応してもらい、SPW財団の方へ捕まえた敵を確保してもらっている。リヴィンのいる場所に送ってもらうか、リヴィンが向かうかをして犯罪防止装置を植え付けていた。
「その植え付けてるやつだが、DIOについての記憶を消さねえのはなんでだ」
「記憶に齟齬が生まれるから、それが原因で変なことにならないようにしているんだ。私達に関しての記憶はそこまで影響がないけれど、DIOに関しては脳に記録されている割合が多いことが大半だったから……」
下手に消して周囲と会話が合わなくなったりして、記憶が失われているのに気が付かれたら面倒なことになりかねない。その為、信仰心を失わせるという方法をとっていた。
「……そうか。ともかくだ、次はねえぞ」
「分かってる……」
ジョセフはとてつもなく悲しそうに、アヴドゥルには困った顔で責められたので、罪悪感が更に上乗せされて勝手にやる気はもうない。本気で反省しているのだが、最終確認と言わんばかりに承太郎は質問を続ける。
「突然近くの敵の情報を手に入れて、てめえがいきゃ即解決するだろうと分かった場合、どうするつもりだ?」
「独りで対処をしない。私には、頼れる仲間がいる。……そうだろう?」
「分かってんじゃねーか」
片方の口角を上げて承太郎がクッと笑う。どうやら承太郎の最終試験は合格できたようだ。顎を掴んでいたスタープラチナが消えてホッとしたリヴィンは、首を傾げながらある問いかけをする。
「逆に承太郎達が危険な時は、ちゃんと私に頼ってくれるかい?」
「てめえにか……?」
「えっ!? た、頼ってくれないだなんて嘘だよね承太郎」
「ああ嘘だぜ」
「…………ん!?」
混乱しているのが丸分かりなリヴィンに、承太郎が今度は声を抑えながらクツクツと笑った。
「おまえ、最近俗世間に染まってきてるんじゃねえか?」
「それはどういう意味かよく分からない……。……ああ! 最近といえば花京院からの勧めで、ベストセラーになっている小説を読むように言われたんだ。財団員にお願いして取り寄せてもらって読んだのは、ここ一年のベストセラーとして紹介されていたらしい『嘘と愛の真実』、『お前と飛びたい昼の世界』、『愛していると告げたその日から』。後は……」
「花京院が勧めたかったベストセラーのジャンルはそこじゃねえだろうし、ロクなの読んでねえってのは分かった」
「承太郎、ロクなのとはなんだい? あらゆるものにおいて同じだけれど、人間が限りある時間の中で創り出したものは、エネルギーを」
「やめろ、声が大きくなってるぜ」
ペチっとリヴィンは自分の口を両手で塞いだ。眠っている徐倫を起こしたくはない。素直に従ったリヴィンに、ふとあることを思い立った承太郎が声をかける。
「リヴィン、やってみろ」
「い、いい……のかい?」
「なんも悪いことはねえだろ」
承太郎から、抱っこしてみろと徐倫を目の前に差し出される。リヴィンはゆっくりと立ち上がってから恐る恐る徐倫へと手を伸ばし、頭を支えるようにしながら慎重に徐倫を抱えていく。承太郎の体温がうつっているのもあるだろうが、赤ん坊はとても温かく柔らかかった。
「ああ……。……すごく、すごく素敵だ」
なにか食べている夢でも見ているのだろうか。口を小さく上下に動かしていた。リヴィンの胸の奥がくすぐったくなっていき、心がじんわりと暖かくなって、徐倫への愛しさというものがたまらなく加速していく。
「徐倫。君がずっと、幸せでありますように」
これはリヴィンの祈りであり、願いだ。大切な人の子孫であり、大切な人の子であり、この世の何よりも可愛い子。災厄が決してこの子に降り注がれないように、リヴィンはなおのこと頑張ろうと改めて決意をしたのだった。
★
こうして仲間達に頼り頼られを繰り返し、あちらこちらへと旅をしながら年月を重ねていく。2、3年経つと承太郎は大学院生となり海洋学の研究をしながら妻と共に子育てをし、花京院は大学卒業後にSPW財団のエージェントとして働き始めた。ポルナレフは弓と矢の調査がてら、DIO関係でもなく悪さをするスタンド使いを懲らしめたり、アヴドゥルは占いを家業とし続けながら弓と矢の噂を探っている。イギーは相変わらずニューヨークで野良犬の王をやっており、ジョセフは変わらず元気に仕事を続けていた。仲間が怪我をすることもあったが大きな怪我をすることはなく、リヴィンにとって安心の日々が続いている。
そんな、ある日のこと。近頃は単純に犯罪者のスタンド使いを懲らしめることが多くなっていたが、もう半年に1回くらいのペースでしか出なくなった、DIO信奉者が久々に見つかったとSPW財団から報告がくる。比較的近くにアヴドゥルがいた為、リヴィンはアヴドゥルと共にそのスタンド使いが潜んでいる場所へと向かうことになった。
その場所はマレーシアの寂れた街にある廃工場で、昼であるというのに、一般的に言うならばいかにもお化けがでそうな雰囲気が漂っている場所だ。しかしながらお化けなど信じていないリヴィンには無意味であり、アヴドゥルもさほど気にしていないようだった。
本来ならば両扉を塞ぐ形で真ん中に打ち付けられていたであろう立ち入り禁止の看板は、右上以外の釘が外れて右に傾いており、引き戸である扉を引けばそのまま入れてしまう状態だ。
「……うん、明らかに人の出入りの痕跡がある。ここであっていると思う」
誰も出入りをしていないのならば、レール部分には土や塵などが積もって動かすのに一苦労するのに、目の前にある扉にはそれがない。入り口までの道は雑草が生い茂っておらず、間違いなく誰かが頻繁に出入りをしている。アヴドゥルがマジシャンズレッドを顕現させ、生命探知を発動し確認したところ中に1人いるようだった。
「じゃあ周りを確認してくる」
そう言ってリヴィンは廃工場の全長の確認、他に出入り口がないか、出入り口以外で入れそうな場所がないかを確認していく。かつて搬入搬出に使ったであろう大きなシャッター、従業員用の勝手口などが見つかったが、それらは使用している痕跡が見つからなかった。窓もすべて板が打ち付けられており、徹底的に封鎖がされている。つまり、正面の扉からしか入れない建物となっていた。
アヴドゥルの元へと戻りリヴィンが確認した事を伝えると、アヴドゥルは自身の顎に手をおいて考えを述べ始める。
「元から封鎖されているのをそのまま利用しているからそうなのか、それとも閉じ込めておきたい何かがあるのか……」
「窓については年季からいって後から付けたものに見えるから、おそらく中にいる人間が封鎖したんだと思うよ」
考えようと思えばいくらでも可能性が出てくる。とにかく、出入り口を1つだけにしたい理由があるのだと念頭においておき、リヴィンが音を立てないよう慎重に扉を開いていく。
「じゃあ行こう、アヴドゥル」
「ああ」
中へと入っていくが、至る所の窓が塞がれているせいで暗く、普通ならば室内の様子が非常に見にくい。リヴィンにはハッキリと見えるのだが、アヴドゥルには見えにくい為マジシャンズレッドの炎で軽く室内を照らしていく。
元は衣服を作っていた工場だったのか、錆びれたミシンの置かれた1人用の机が、規則正しく40台ほど配置されていた。奥の方には他の部屋へと続いているであろう扉がいくつか見える。端の方にはかつて制作していたと思われる衣服の山がいくつか積み重なっていた。床を観察すると、ある1つの扉へと歩いていっている痕跡が見える。
「あの扉の先を使っているみたいだ」
該当の指し示し、その扉へと2人で周囲を窺いながら歩いていく。目視できる範囲では今のところ何もない──はずだった。
「うぐあッ!!」
「アヴドゥル!?」
ビチュン! という音ともに緑色した蛍光色のレーザーが走っていき、アヴドゥルの左手のひらと脇腹を貫いて血が舞い散っていった。アヴドゥルは痛みに耐えながらも後退をし、出入り口付近に戻りながら大きく室内全体を炎で照らしていく。リヴィンもサッと確認をしたが、何もおかしなところは見当たらない。リヴィンは歯を噛み締めながらアヴドゥルの側へと瞬時に移動をし、『次』に備えて盾になれるようアヴドゥルの前に立つ。
「あ、アヴドゥル、血、血が、」
「だ、だい、じょうぶだ。……は、……ぐッ」
アヴドゥルは左手と腹を右手で庇いながら工場から出ていく。出入り口から何歩か歩いた先で止まり、ドサリと音を立てながら地面に座った。リヴィンは工場内を確認しながら同じように出て行ったが、敵からの追撃が来る様子はない。能動的な攻撃ではないのかもと仮説を立てながら、リヴィンはアヴドゥルの元へと足を進める。
「アヴドゥル、わ、わたしが」
「私のことは、いい……。ちょっとした、怪我、だ。それより、敵が、にげる、かもしれない」
ちょっとが全然ちょっとじゃない。怒ろうにもそんな状況ではなく、アヴドゥルの言っている通り逃げる可能性もあり、心配でしかないがリヴィンは工場内へと戻っていった。
先程と様子は全く変わっていないが、今度はアヴドゥルが進んでいた道をあえて選んで扉へと歩いていく。丁度攻撃された位置まで来たがレーザーは飛んでこない。設置型かと思いながら、リヴィンはそのまま足を前へと動かして行った。
ビチュン!
再びレーザーがどこからか飛んできて、リヴィンの足と二の腕を貫いて血が飛んでいく。だがリヴィンは止まらない。
ビチュン! ビチュン!
扉を開いた先から攻撃が激しくなってくる。リヴィンの胸と頬をレーザーが貫いた。それでもリヴィンは止まらない。
ビチュン! ビチュン! ビチュン! ビチュン!
黒衣が自身の血で真っ赤に染まっていく。全くリヴィンの勢いは止まらない。
やがてある部屋の前へと辿り着いたリヴィンは、扉を蹴り飛ばして中へと入っていく。そこには何かを研究している様子だった人間が、資料をかき集めながら驚いた様子でリヴィンを見ていた。
「ひ!? あ、ああッ!? な、なんでそんな血だらけなのに、死んでな、う、あ、ヒィッ」
「貴様を殴るにはこれが一番早い」
人間が気絶する程度には加減をした一撃を敵スタンド使いの腹へと一発お見舞いをする。敵は「ゔおえッ」と声を出し無様に転がりながら床に倒れて伏した。持っていた資料も空中に舞ってあちらこちらに落ちていく。部屋の端に地下へ扉が見えたので、おそらくそこから逃げる算段だったのだろう。リヴィンは速攻で犯罪防止装置を作り出し敵の額に埋め込むと、踵を返してアヴドゥルの元へと駆けていく。工場から出ると、アヴドゥルは離れた時と変わらない場所で同じ姿勢のままでいた。
「アヴドゥル! 終わったよ。これでいいんだろう? だから私が、治す」
「君の、方が、血だらけに、……なっている、じゃない、か。体、大事に……する、やくそ、……げほっ」
アヴドゥルの口から血が吐き出される。リヴィンは「ヒッ」と声を出しながらアヴドゥルへ訴えかけた。
「アヴドゥル、傷の部分を見せてくれ。私がそこから入って治すから、だから、」
「私は、このくらいじゃあ、死なない。……それに君が、心配しすぎるのが……、ゴホッ。……目に見えて、いるからな。死ぬに、死ねないさ」
「アヴドゥル!」
アヴドゥルは浅い呼吸を繰り返しながら、血に濡れた右手を伸ばしてリヴィンの手を取った。
「信じて、くれ。私……を、私達を。戦いで、死ぬことはない、と」
「アヴドゥル、お願いだから……」
「戦いで、死なないために……、頼れる仲間が、いる。……そう、だろう?」
痛みで苦しいはずなのに、アヴドゥルはリヴィンに向かって笑顔で訴えかけてきた。
勝手にアヴドゥルの事を治すことはできる。だがそれはアヴドゥルを信用していない、という回答にもなってしまう。
「う、……〜〜ッ!」
どうにかなりそうな感情を拳を握りしめることで必死で抑え、少し離れた場所に2人を車で運んできたSPW財団員の所へ行こうとしたが、自身の真っ赤に染まった黒衣を見て押し止まる。いくら寂れた町とはいえ、この姿では違う騒動が巻き起こる可能性があった。
急いで廃工場に入り直し、黒衣を脱いで端にあった衣服を適当に身につけていく。側から見れば色とりどりの布お化けが完成したが、血だらけよりはマシのはずだ。
体を大事にしないということはこういうことも引き起こすのだと実感しながら、リヴィンは財団員の元へと駆けて行った。