人間を謳歌せよ   作:雲間

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四十六話

 

 SPW財団系列のある病院へと搬送されたアヴドゥルは、すぐに手術へと入っていった。幸いと言うべきなのか、腹に受けた攻撃は内臓を傷つけるような深刻なものではなく、安静をしていればひきつりはあるだろうが徐々に回復するとのことだ。反して左手に空いた穴は一部神経を削ったらしく、穴は塞いだものの今までのようには動かしにくくなると説明を聞いた。

 手術が終了し個室のベッドで横になっているアヴドゥルを右手側にある椅子に座りながら見て、リヴィンは後悔に苛まれ俯く。しばらくした後、麻酔からアヴドゥルが目覚めたのでナースコールを押し、入室してきた医者からアヴドゥルへ体について説明がされていく。そうしてアヴドゥルは医者が出て行ったのを確認してからリヴィンに声をかけた。

 

「……信じてくれたんだな。ありがとう」

「どうして『ありがとう』になるんだい!?」

 

 リヴィンは怒りの感情のまま詰め寄りそうになったが、そんな自分を必死で抑えこんだ。怪我人相手に怒っても良くない結果にしかならない。口から出かけた言葉を息に変えて、気持ちを落ち着かせるのに集中する。何度か呼吸を繰り返したのち、リヴィンは黒衣を握りしめながら告げた。

 

「アヴドゥルが生きていてくれて、よかった……」

 

 出血があまりにもひどければ死んでいた。当たりどころが悪ければ死んでいた。感染症にかかっていたら死んでいた。他にも色々な死んでしまう要因があったはずだ。そんな中でも、ちゃんと言った通りアヴドゥルは生き延びた。

 涙声になっているリヴィンに、アヴドゥルは苦笑いしながら応える。

 

「……心配をかけて、すまなかった」

 

 リヴィンが両腕を伸ばしアヴドゥルの右手を握りしめると、アヴドゥルから握り返される。言いたいことは沢山あったが、今は生きていることを感じたかった。

 

 ★

 

 アヴドゥルは最低1ヶ月半は入院が必要だということで、しばらくの間マレーシアでの滞在が確定となった。リヴィンは付き添っていたかったのだが、あくまでこの病院はSPW財団系列というだけで、そこまで融通のきくところではなく、黒衣のリヴィンが彷徨いているわけにはいかない。大人しくリヴィンだけマレーシアから旅立った。

 

 今回の件についてまとめてから、93日振りに虹村兄弟に会いに行こうと思い立ち、日本にあるSPW財団目黒支部に辿り着く。現在虹村父はSPW財団の監視・指導の下、財団で働いて家をしっかりと支えるようになっている。形兆は父親がまともに戻ったことに張っていた肩の荷を下ろし、色々とやらかす弟を叱りながら元気にやっていた。

 通された宿泊用のこぢんまりとした個室に通されると、リヴィンはカーテンをしっかり閉めてから前面に鏡のあるテーブル前の椅子に座って、持ってきた紙にマレーシアでの敵についてまとめていく。

 

 今回のスタンド使いはトゥートゥーという名前で、『マインドフィールドズ』というスタンドを使っていた。能力としては指定した場所に見えない糸のようなものを設置し、それに触れたものを蛍光色の緑レーザーで貫く。糸を設置するのに時間がかかるらしく、待ち伏せ型や誘い込み型にしかできないのをどうにかしようと研究していたのが資料から判明した。

 正直リヴィンはどうにでもやりようはあると思ったのだが、当人はそう思いつかなかったらしい。そうそう突破されないだろうと、離れた場所へと繋がっている地下の出口へとすぐに逃げなかったようだ。実際、避けられる能力をもったスタンド使いでない限り、レーザー地帯をそのまま突っ込んでくる人間なんて考えない。

 しかし、逃して後に追尾型へと変化していたらひとたまりもなかった。スタンドとは思い込み次第でどうとでもなる可能性があるのだから、ここで捕まえることができてよかった、ともいえる。

 

 書き切ってペンを置いて、リヴィンは上を向いてため息をつく。アヴドゥルが無傷だったら、ああした方が良いこうした方が良いと言いながらこの作業を一緒にしていた。職員に提出しなければと思いながらも何十秒かそのままでいると、誰かがこの部屋に近づいて来ているのが聞こえてくる。扉の方を向いて耳を澄ますと、歩き方からおそらくあの人ではないかと検討がつく。その人物は扉の前までくると、しっかりとしたノックして声を上げた。

 

「リヴィン、僕です」

「入っていいよ、花京院。鍵は閉めていない」

 

 座ったまま体を入り口の方へ向けると、暗緑色のスーツを着用し、少し伸びた後ろ髪を縛っている花京院が入室してくる。前髪や特徴的な一房の髪は多少自分で切っていると言うが、あちこち飛び回っていると中々いい腕の美容師がいる所にいけないからと、後ろ髪はそのままにしているらしい。馴染みのある日本に来たから切るのだろうか、なんて考えがよぎった。

 

「しばらくは香港にいるって聞いたんだけど、どうしてここに来たんだい?」

「アヴドゥルの件について話を聞いたから、君が落ち込んでいるんじゃあないかって」

 

 花京院はリヴィンの近くまで来ると、軽く腕組みをしながら見つめてくる。その言葉を聞いて治療しなかったことも知っているとみて、リヴィンは口をひん曲げた。

 

「……花京院も、怪我をしても私に治療をさせてくれないんだろう?」

 

 手を握りしめすぎて手袋がギチギチと鳴る。

 アヴドゥルを治せばよかったとずっと悔いてばかりだ。人間の傷は簡単に治らない。一度傷付いたら取り返しのつかない機能を持つ器官が沢山あり、実際アヴドゥルの怪我は今後の人生に響くのが分かり切っていた。幸せでいてほしいのに、どうして自分は我慢をしてしまったのだろう。

 

「それでも君は、次があったとしても無理やり治療しようとはしない。そうでしょう?」

「私は! ……私は、……っ!」

 

 簡単に治すことができるのに、どうしてその方法を取らせてくれないのか分からない。リヴィンは死なない。治した人は健康に戻れる。それだけのことだというのに。信じてほしい、そう言って信頼を盾にしてリヴィンの行動を縛ってくる。

 だがその信頼を、リヴィンは裏切りたくないと思ってしまった。

 

「……リヴィン、僕達は人間だ。君にとって厳しいことを言うが、いつか死んで君のことをおいていく。それは、僕達が怪我を治されようが治されまいが回避できない出来事だ」

 

 言葉が胸に刃をたてる。そんなこと分かっている。分かっているが、言わないで欲しかった。力の加減ができなくなって、握っている拳からパキッと音が鳴り始める。花京院が膝をつき手を伸ばして、力の入り込んだリヴィンの拳を包み込んだ。

 

「それでも僕達は君が知らないところで死なないと約束するよ。寂しがりの君を、僕達を大切に思ってくれている君を、何も言わずにおいていかない。不安に思ったかもしれないけれど、僕達を信じて続けてほしいんだ」

 

 エジプトでの花京院の時のように、致命傷で死んでしまうのが分かり切っていたら問答無用でやるだろう。でも、もうそんな出来事は来ないと信じていいのだろうか。……本当に、いいのだろうか。

 俯いて黙りこくったリヴィンを、花京院はしばらくの間見つめていた。しかし時間が必要だと察したらしく、リヴィンの頭を慈しむように数回撫でてから立ち上がる。

 

「リヴィン。僕達は君が信じ切れるまで、ずっと待っています」

 

 そう言い残し、静かに部屋から退出していった。

 

 小一時間ほどそのままの体勢だったリヴィンは、緩慢な動きで頭部の布を取り始める。そうして露わになった自身の素顔を鏡で確認した。

 何度鏡で姿を確認しても、記憶と寸分違わずの自分自身が鏡に映った。茜色の瞳、瑠璃紺色から薄藍になっている髪の毛。そして前髪を分けるように出ている、人間ではありえない小さな角。自分が闇の種族であると分かっているし、周りが人間であることも理解している。それでも、それでも同じ種族でないということを改めて突きつけられている気がした。人間と同じ社会で暮らしているのに、決して人間ではない。月の元でしか生きられない、悪魔だ。

 人はどんどん成長していき、子をなし、やがて老いていく。そうしてその先にある死が訪れて、を繰り返していく生き物だ。生き物である以上、当然である。花京院が言ったことも含めて当たり前のことで、エリナとスピードワゴンが亡くなった時に痛感していたことだ。

 

 それでも時が過ぎるのは思っている以上に早く、残酷だった。

 

 これから会う虹村兄弟は、たった93日振りだというのに身体が大きくなっているはずだ。徐倫だってついこの間まで赤ん坊だったのに、今はもう成長した小さな体で歩き回っている。承太郎と花京院は大人になっていき、顔つきが立派なものへと変化していた。あのポルナレフでさえ、近頃は少々落ち着いたところを見せるようになっている。人間より寿命の短いイギーは元気にしているものの、四肢が弱っているようだ。アヴドゥルはリヴィンによって苦労を積み重ねさせてしまったせいか、顔に皺が見られるようになってしまった。スージーもホリィも皺を増やしているが元気そうではある。しかしジョセフは老いが重なった影響か、皺を増やすだけではなくエジプトでの旅当初よりも体を悪くするようになっていた。

 

 リヴィンだけが、何も変わらない。ひとつも変わったところなどありはしない。

 

 リヴィンの行きつく先は、孤独だ。勿論、この先に徐倫が、仲間の子供が、そして更にその子供が……と脈々と血は繋がっていくだろう。きっといつか産まれる子供達を愛することはできる。だがリヴィンにとって『今』が大切であり、何十年もの先の未来を考えて常に希望を持って生きていくというのも変な話だ。

 自分自身に沢山の大切な物事を教えてくれた今の仲間達に並ぶことは、きっとない。

 

 目の前にある鏡の中の自分を見つめる。頭に手をやって、人間には存在し得ない部分であり、闇の種族の証である角を触った。骨のような硬い感触がリヴィンに現実を教えてくる。鏡に映らせまいと両手で角を覆ったが、それでなにかが変わるわけでもない。

 ぼんやりと鏡を見つめていると、映っている自身の紅い瞳が訴えかけてきている気がした。

 

 ──ならないのか、と。

 

 けれど今のリヴィンになる勇気はなかった。してしまったらもう戻ることはない。様々な物事に取り返しがつかなくなって、きっと後悔をするだろう。

 

 目線を下へと落として、リヴィンは自分と向き合うのをやめた。

 





スタンド名:マインドフィールドズ
スタンド使い名:トゥートゥー
【破壊力 - B / スピード - E / 持続力 - A / 射程距離 - C / 精密動作性 - E / 成長性 - D 】
指定した場所に見えない糸のようなものを設置し、それに触れたものを蛍光色の緑レーザーで貫くスタンド。スタンド使い本人は触れても発動しない。一度発動したらその糸は消滅する。糸を作って設置するのに5分くらいかかる。なので本人はめちゃくちゃ苦労して廃工場をトラップだらけにしていた。
誰かが発動させたらスタンド使い本人に伝わってくる。そのため、作中では逃げようとしていたのだが、まさかそのまま突っ込んでくるだなんて思っていなかったし、自慢のトラップハウスであったので悠長に逃げる準備をしていた。
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