「お前さァ〜、俺の
「……うん? 何故違うと分かりきっていることを言うんだい?」
長い長いため息をついたポルナレフは、振り返って後ろにいるリヴィンを見た。ブルガリアの片田舎でスタンドらしき怪奇現象が起こっていると聞いて、優雅に食事を済ませた昼下がりに来ていたのだが、少し前からリヴィンがポルナレフに文字通り貼り付いてきている。ついて来た理由を聞いても『ついてきたかっただけ』としか答えない。他メンバーにも同様のことをしていたという。
しかも格好が絶妙におかしく、オーバーオールに白の長袖、下にも手袋をしているのか妙にモコモコしている軍手に、顔日焼け防止布がついているガーデニング帽子を被っていた。黒衣よりはマシだと思っているが、服装は全く周囲にマッチしておらずどうやっても浮いている。(なお、承太郎か花京院あたりだったら『日本農家のおばちゃん』だとつっこんでいた)
ポルナレフにはリヴィンが何がしたいのか全く分からないが、少なくとも黒衣から服装を変えて周囲に馴染もうとしているらしい努力は買うことにした。
「まーいいわ。このポルナレフ様の華麗な活躍を目に焼き付けな!!」
「ポルナレフ、華麗という言葉は華のように美しく、華のように派手やかなことを言う言葉で」
「だァ〜〜〜! そういうのはいいッ!」
本当にコイツのこういうところは変わらねーなと思いながら、地味に貶された事実に気がついた。
「お、おいッ! 俺が華みてえじゃね〜ってことじゃあねえか!」
「ポルナレフは華じゃない。シルバーチャリオッツから現れている通り騎士だろう。正義感が強くて、人情味というものが溢れている。愛する人の為にどこまでも戦えるポルナレフは、愛される人だと私は思っているよ」
「……お、おう……?」
こいつ本当にリヴィンか? と一瞬思ってしまった。確かにちょっとは人間というものを理解してきたと感じてはいたが、まさかこんなことを言われるとは思いもしなかったのだ。リヴィンの中で少し何か変わったのではと考えがよぎる。とはいえ真面目に言ってきたリヴィンに、少し恥ずかしくなったポルナレフは頬をかきながら前を向いて歩き出していく。
時折いる住民に話を聞きながら道を歩いていくと、6人目くらいで探していたスタンドについて知っている人物に出会った。持ち前のトークセンスでどうにかしながら、大体の場所が確定すると、チップを払うので電話を貸して欲しいとお願いをし、SPW財団へ場所を連絡する。
お礼を言ってチップを支払い目的地へと足を進めていったのだが、リヴィンからの熱い視線が気になってまた振り返った。
「何か言いたいことがあるのかなァ〜リヴィンちゃんは!!」
「……いや、ポルナレフがちゃんと行き先を連絡しているなと思ってね」
「お前のせいで俺ァ慎重になったんだからな〜!? 敵にも後先考えずつっこんでいかねえ! なんてったって、怪我すりゃ寂しがり屋のリヴィンちゃんが泣き喚くからな!!」
「ふふっ、そうだね」
どこか嬉しそうなリヴィンに口を曲げるが、エジプトへの旅の時より笑うようになったのに免じて許してやることにした。
該当の場所に辿り着き、多少苦戦はしたもののスタンド使いによる怪奇現象をおさめて捕まえることができた。よく観察し、時には直感に頼りながら倒す。命あっての物種であるし、なにより俺1人でやれると豪語したせいもあるのか、心配そうにこちらを見ているリヴィンが悲しむからと深追いはしないようにしている。もう悪さするんじゃあねーぞとスタンド使いに向かって呟きながら、SPW財団に引き渡す為にぐるぐると縄で巻いていく。
そんなポルナレフを眺めながら、リヴィンは誰にも聞こえない声量で、胸に手を置きヒッソリとこう呟いた。
「大丈夫。……大丈夫だ。もう、心配はないよ」
★
リヴィンにとって約2年は短く、人間には長い。それが、リヴィンが確信する為に使った年月だ。
1998年、秋。リヴィンはエリナとジョナサンの墓に来ていた。
秋晴れながらも肌寒い空の下で、木枯らしで大きくはためく黒衣を感慨深く眺めてから、2人が埋まっている地面に目線を移す。しゃがみ込んで距離を縮めると、ゆっくりと語りかけた。
「あの時私が決断できなかったこと、先延ばしをしていたこと。今ここで、決断をするよ」
地面を手のひらでゆっくりとなぞってから、迷いなく言葉を発する。
「私は、人間になる」
2人に伝わるようにと、芯の通った声での発言だった。
「……あなた達と一緒に人間として生きたかった。ディオを止めていられれば、あの時人間になれていたらと、何度も思った。……でも、私は『今』を生きている。あなた達が繋いだ子達を、仲間達を、出会った子達を、愛している。この短い時の中で、精一杯の時間を使って愛したいんだ。もう、置いていかれるのは嫌だというのもあるけれどね」
黒衣の下でヘラっと笑ってから、伝えたいことを思うがまま声に出していく。
「私には、頼れる仲間がいる。簡単に死んだりしない、必ず生きて帰るという仲間がいる。約束してくれたんだ。だから、私は信じて人間になるよ」
そうして最後に、額を地面へとつけてこう言った。
「ずっと愛してる。こんな私を救ってくれたあなた達を、心優しく強いあなた達を、ずっと、ずっと。……あなた達と、家族に、なりたかったなぁ」
目尻から涙が溢れていき、リヴィンを覆う布が段々濡れていく。止まらない涙はそのままに、リヴィンは起き上がって真っ直ぐに立ち、『クロス・ロード』を発動させた。
人間に、なりたい性別に、なりたい自分になる為に。
全てを作り変える。闇の種族という要素を一切合切なくし。
リヴィンは、人間となった。
⭐︎
窓がなく、光源としてあるのはいくつかのランタンだけの地下室。けれど過ごしやすいようにと石造りの床の上には絨毯が敷かれており、団欒用にテーブル1つと椅子が3つ置かれている。歴史書や新聞など大量に持ち込みされていて、退屈を感じさせない心遣いに溢れた部屋になっていた。
リヴィンは自身の体格に合うシャツとズボンに革靴を着用し、3つある椅子の内の1つに腰掛けて、本を読み解いている。だが、これは読んだはずだ。おかしいなと首を傾げていると、2人分の足音が地下室への入り口に近づいているのが耳に届いた。リヴィンは本をテーブルに置いてから、ピンと耳を立てた犬のごとく入り口へそそくさと早歩きをする。そうして、リヴィンは世界で一番大切な2人を出迎えた。
「ジョナサン、エリナ!」
「リヴィン、こんにちは」
「新しい本を持ってきたよ、楽しんでもらえるといいんだけど」
ジョナサンから差し出された5、6冊の本を受け取り大事に胸元へと抱き込むと、ジョナサンとエリナの速度に合わせ歩いて元の椅子へと座り直した。もらった本は後で読もうと先程の本の隣へと置いておく。そんなリヴィンの様子を見ながら、2人が向かいの席に座っていった。
「今日はどんなお話を聞かせてくれるんだい? 私は、ずっと楽しみに……」
「リヴィン」
ジョナサンの一声が、やけに心へ響いた。いつも2人の一言一句を聞き逃さないようにしているが、今日はやけにおかしい。不思議に思いながらジョナサンを見つめると、ジョナサンもエリナもまっすぐリヴィンを見つめている。
「約束を守ってくれていてありがとう」
「……何を? それに私は守れていなかった」
「リヴィン。あなたが頑張ってくれたことを知っています」
「エリナ?」
何の話だ。全くわからなくて、ただただ2人を見ることしかできない。呆然としているリヴィンに、2人はほんのり微笑みながら話を続けていく。
「ディオの後始末をさせてすまない。君に頼るしかなかったんだ」
「ジョセフにホリィに承太郎……。そして、徐倫も。ずっと、護ろうとしてくれてありがとう」
違う。
「リヴィン。ジョナサンを私の元に連れてきてくれて、本当に嬉しかったわ」
「僕達の為に、沢山頑張らせてしまったね」
違う!
「こんなことは私の記憶にない! これはなんだ、なんなんだ!?」
座っていた椅子が倒れる勢いで立ち上がり叫ぶ。
あの本を読んだことがあるのは当然だ。その後ジョナサンとエリナが来たのも記憶通りで、リヴィンの向かいに座って今日起きた出来事を聞いたのも記憶通りだった。けど、そこから全然違う。記憶にないことばかり、しかもジョナサンもエリナも知り得ないことを言っているのだ。おかしい。この世界はありえない。スタンド攻撃なのかもしれないと、リヴィンは頬をぶっ叩いたが痛みの反応が現れなかった。
「どうして……!?」
「違いますよ、リヴィン」
「僕達は君に会いに来たんだ」
2人は席を立ってリヴィンの側までくると、両サイドからリヴィンを抱きしめていた。本当ならば温もりがあるはずなのに、今のリヴィンは全く感じることができていない。
「リヴィン。僕達はもう家族だよ。家族になろうと声をかけた日から、ずっと。……僕に、父親の経験をさせてくれてありがとう」
「ジョセフに話を聞いてみて。きっと、そこにあなたの救いがあるはずだから。……リヴィン、私達もずっと、あなたのことを愛していますよ」
「待ってくれ、待って、私は、私は……!」
あなた達と家族に、
続けたかった言葉は、発せられることなく終わった。
リヴィンがベッドの上で目覚めたからだ。
──その日、初めてリヴィンは『夢』を見た。
⭐︎
泊まっていたジョースター家の客室から乱暴に扉を開けて出て、リビングへと突っ切って行く。パジャマから普段着になる衣服に着替えるのがマナーだが、あいにく今のリヴィンにそんな余裕はない。そこには身体が冷えるからと厚着をしたジョセフがロッキングチェアに座ってコーヒーを嗜んでいた。
「……ジョセフ」
「good morning! ……とはいかなかったようだな。酷い顔をしておるがどうしたんじゃ」
酷い顔とはどういう顔なのだろうか。ただ眉間に皺を寄せている自覚はあった。手の甲を角のない額にあてて深呼吸を繰り返した後に、先程あった目覚める前の出来事を伝える。
「出てきたのは本人ではない。あれは夢ってものなんだろう? 無意識下で形成された妄想だ。現実じゃない」
「……ふむ。なるほどのう。なら、エリナおばあちゃんはどうしてわしとの約束のことを話していたんじゃ? リヴィン、お前はわしとエリナおばあちゃんがお前について約束を交わしたと知らなかっただろう」
それは確かに知らなかった。どう記憶を探ろうとも、その事実は記憶の中に存在していない。反論ができずにリヴィンは言葉を詰まらせる。
「それ、は……」
「会いに来てくれたんじゃよ」
とても現実的ではない。死者は死者であり、決して今という時間軸に直接メッセージを送ることなどできない。それが真実だ。……だというのに。
いつの間にかリヴィンは、その瞳からひとつ、またひとつと大粒の涙を目から零れ落としていた。涙で視界が歪んでいき、立っていられなくなって床へと崩れ落ちる。
「結局、……直接言えなかった。私は……あなた達と、家族になりたいって……っ! 愛しているって!」
やっと好きが分かったのに、愛が分かったのに、一番伝えたい人はもういなかった。そして今、折角のチャンスを逃してしまった。次に伝える機会があるだなんて到底思えない。
悔しくて、苦しくて、狂いそうだった。
「もう家族だと言っていたんじゃろ? なら返事を聞いているいないの話ではないぞ。それにな、お前からの愛はちゃあんと分かっておったさ」
ジョセフがコーヒーを近くのサイドテーブルに置いてリヴィンに近寄り、ゆっくりと膝をついてからその背中を撫でていく。
「『私達も』と言っていたなら、お前が愛してくれている前提の言葉じゃないかの」
「……っ! う、ぅ……それでも、それでも私は言いたかったんだッ!! 伝えたかったんだ!!」
首を左右に振りながら子供のように泣き喚き出したリヴィンに、ジョセフは腕を伸ばしてリヴィンを抱きしめてやった。背中をトントンと優しく一定のリズムで叩いて、リヴィンの激情を受け止める。
「リヴィン。わしがエリナおばあちゃんとした約束はな、『リヴィンが家族になりたいと言っていたら迎えてやって欲しい』というものでのう」
「……、……え?」
「『リヴィン・ジョースター』にならないか、という話じゃ。もっとも法的には、わしの子供になってしまうがな」
どうして、どうして。最後の最後まで、私を救ってくれるのだろうか。
情緒も顔も酷くなったリヴィンはますます泣き止むことができなくなり、ジョセフの胸に顔を埋める。そうして当人の気が済むまで、ジョセフは抱きしめることをやめなかった。