エンプレスの正体はネーナだったらしい。ジョセフとリヴィンが歩いていった先にいたのは一緒にいたポルナレフで、当のネーナはスタンドで纏っていた美女のガワ肉が剥がれ落ち、スタンドが受けたダメージで悲惨なことになっていた。そんなネーナを見てオエエと嘆くポルナレフにリヴィンが声をかける。
「そんなにグロテスクなのかい、これ」
「そ、それもあるけどよォ……。お、俺は……くう……」
「何を嘆いているんだい? 敵だったんだし倒せてよかったじゃないか」
「ハッハッハ! 被っていた皮が美人でボインなねーちゃんで、好きじゃな〜と思っていたからだろう」
「美人でボインでねーちゃんを好き……?」
全然訳が分からないと全身で発信しているリヴィンに、ジョセフは笑いながら二人を連れ、ホテルを取れたであろう班と決めていた集合場所で合流すべく歩き始めた。
「あ、ジョセフ。新しいグローブをお願いしてもいいかな」
「分かっておる」
★
ホテルで一泊後、乗るのは6人だが8名乗れるランドクルーザーをレンタルしパキスタンへと向かっていく。ポルナレフが運転手、助手席に花京院、あとは承太郎・ジョセフ、リヴィン・アヴドゥルの順番で着席。ポルナレフによる運転は荒い上に、ゆっくり走っていた車へ石をぶつけてしまったり、道中家出少女を再び拾い承太郎達の列に入れることとなったが概ね順調だった。
ポルナレフがバックミラーを確認すると、一度追い抜いていたボロい車が追ってきているのが見えた。先程までゆるい速度で走っていたというのに、何故かその車は自分達の車にピッタリと追いすがってきている。なんでトロトロと走っていたんだと悪態をつくポルナレフに、とりなすようにジョセフが声を上げた。
「ポルナレフ、片側に寄って先に行かせてやりなさい」
指示された通り、ポルナレフは寄った後に後続車へ窓から合図を送り先に行かせる。横並びになった時に見えた車は本当に状態が良くなく、窓から内側の様子が見えない汚さだった。しかも追い抜いたというのに、道路の真ん中を走るその車は速度を下げてゆっくりと走り始めるようになり、追い越しもできない自分達の車も速度を下げる羽目になる。ポルナレフがイライラするのも当然だったが、花京院が当然の指摘を入れた。
「ポルナレフ、君がさっき荒っぽい事やったから怒ったんじゃあないですか?」
「リヴィン、君が車を運転しなくてはならない時はこの運転を参考にしてはいけないぞ」
「分かったよアヴドゥル」
「オイコラそこォ!」
ポルナレフはワンポイントと言った感じにアドバイスをするアヴドゥルと、神妙に頷いたリヴィンに対してツッコミをするも、承太郎の質問には気持ちを切り替えて答えた。
「運転していたヤツの顔は見たか?」
「いや……。窓がホコリまみれのせいか見えなかったぜ」
「おまえもか……。まさか追手のスタンド使いじゃあないだろうな」
「気をつけろ、ポルナレフ」
何があるか分からないと前方の車を注視していると、運転席側の窓がスーッと開いていく。運転手の腕が出てきたかと思うと、先に行けと合図が出されたのだ。ポルナレフが悪態をつきながらも、合図された通りに追い抜こうとした。
つんざくような激しいクラクション音が場に鳴り響く。追い抜こうとした先に迫っていたトラックからの音だったのだ。
しかし皆がトラックに気がついて驚くより前に、リヴィンが突然窓を割って飛び出していた。
「リヴィン!?」
「だめだッ! ぶつかるッ!」
「うああああ!! トラック! バカな!」
このままぶつかると皆覚悟をしていた。だが、皆を待っていたのはトラックとの正面衝突ではなく、目の前に広がる空と浮遊感だった。
「なにコレ!?」
「リヴィンだな!?」
「……花京院!」
「もちろんです!」
遠ざかっていくトラックのクラクション音と共に、高く打ち上がっていた車が下がっていくのを感じたからだろう。ジョセフと花京院がスタンドを地面へと伸ばし、少しでも落下の衝撃を抑えようとする。承太郎もスタープラチナを地面へと出し、車を持ち上げて飛んだリヴィンと被らないような場所で受け止めにかかった。結果、酷く揺れはしたものの全員が無傷で生還と合いなったのである。
「ひ、ひでーめにあったぜ……」
「リヴィン、ありがとう。助かったよ」
「みんなが無事ならそれでいいんだ。それより、運転とはこういう行為をしてもいいものだったりするのかな?」
「あれは絶対ダメな例ですよ、ポルナレフより参考にしちゃあダメなやつです」
そんな世紀末な運転があっちゃいけないと、花京院がしっかりリヴィンに教え込んでいた。
「どこじゃ!? あの車はどこにいるッ!」
「どうやらあのまま走り去ったらしいな……。どう思う? 今の車の野郎、『追手のスタンド使い』だと思うか? それともただの精神のねじまがった悪質な『なんくせ』野郎だと思うか?」
「『追手』に決まってるだろーがよォーーッ! 俺達は殺される所だったんだぜッ!」
「だがしかし……、今のところ『スタンド』らしい攻撃は全然ありませんでしたよ」
花京院の言う通り、悪質ではあったがスタンド攻撃と思われるようなものは何もなかった。世の中には自分が苛立ったという理由だけで、簡単に人を殺したりする事がなくはないのだ。勿論、今回の場合はポルナレフに非はあるが、それでやっていいものでもない。
「とにかく、用心深くパキスタン国境へ向かうしかないじゃろう……。もう一度あの車が仕掛けてきたら、そいつが追手だろうと異常者だろうとブチのめそう」
ジョセフが方針を決めたところで、改めて車で出発をしていく。
今までは道なりに進めていたが、初めての分岐に入った。右がパキスタンと示されている看板通りにポルナレフが進もうとしたところ、急にリヴィンから待ったの声が上がる。
「ポルナレフ、止まってくれないか」
「どうした、便所か?」
「君じゃないんだから」
「花京院おまえソレどういう意味だッ!?」
車を止めながらポルナレフと花京院がギャンギャン戯れ始めたが、そんな二人を無視してリヴィンは言葉を続けた。
「道が違う。看板は右を示しているけれど、左が最短距離のはずだよ」
「……急がば回れ、ってやつじゃあねえのか」
「イソガバマワレ??」
ことわざの意味が分からないのだろう、リヴィンがちんぷんかんぷんになっているのが手に取るように分かった。人差し指を立てながら、アヴドゥルが分かりやすいように解説をする。
「早く行ける道を選ぶのではなく、遠くていいから安全な道を行く方がかえって早い。という意味だ」
「……よく意味が分からない。どう考えても左の方が最短だし安全だと思う」
「てめーがそう思う根拠はなんだ」
「変なことを言うんだね? 私は地図を覚えている。それが根拠だよ」
何故そんな当たり前のことを聞いたのだという雰囲気なリヴィンに、承太郎は舌打ちをしてから「やれやれだぜ」と呟いた。家出少女が大きな瞳を瞬かせ、リヴィンに向かってこう言う。
「何言ってるの、地図なんて覚えられる訳ないじゃない」
「……覚えられないものなのかい?」
「国とかは覚えたりすることもあるけど、普通は道まで分かったりしないわ」
「距離も分からない?」
「どうして距離が出てくるの?」
リヴィンが無言になったかと思うと絶望したような呻き声をあげ、頭を抱えて丸まってしまった。そんなリヴィンを慰めるように、苦笑いしながらアヴドゥルがその背中を軽く撫でている。
「前から思ってたけど本当に変な人ね」
「今に始まったことじゃねえ。だが、嘘ついてるわけでもねえ」
「そうじゃ。リヴィンは根拠のない間違った情報は言わん。そこの二人、左に行くぞ」
まだ騒いでいたポルナレフと花京院をおさめ、進路を左へと舵を取らせた。
先へと進んでいくと、道中にある看板がパキスタンへの正しい道であることをさし示している。ではあの看板はなんだったのかという話題は上がったが、老朽化で壊れてしまったのかもしれないと結論づけられた。
しばらくは平穏のまま動いていたのだが、案の定というべきか後ろから車の走る音がし始め、あのボロい車が徐々に迫ってきているのが見えたのだ。
「やっぱ『追手』だろッ!」
「ならブチのめすしかねえな!」
ボロ車が承太郎のスタンド距離圏内に入った途端、スタープラチナを出現させて怒りをぶちまけるように殴りにかかる。しかしスタープラチナの拳が触れる寸前、車体が急激に変化をし凶悪な棘を作り出して殴りかかったその拳を傷つけたのだ。
「グッ!」
「ジョジョ!?」
「スタンド攻撃だッ!」
「アヴドゥルのスタンドでやっちまえねーか!?」
「ガソリンがあるんだぞ! 今回私のスタンドは使えん!」
殴った拳が受けた攻撃で、承太郎の手から血が滴っていく。手当をする間もなく、ボロかった車はどんどん変形していきタイヤにも棘が生え、車体は新しくなり厳つい装備へと変貌していた。
「貴様……!」
おおよそリヴィンが出したとは思えない低い声が聞こえ、皆が確認するより前にリヴィンは先ほど破った窓から飛び出していた。片足だけ地面に触れて弾みをつけ、敵へと向かっていく。敵を止めようとしたのだろう、敵の前に躍り出たと思った矢先、リヴィンの体は何かに撃たれたかのような衝撃を受けて斜め横へと飛んでいってしまったのだ。そしてその『衝撃』はこちら側の車体にもいくつか飛んできて、まるで銃に撃たれたような振動が車内全体に伝わっていく。
「リヴィンッ!!」
「な、何が飛んできたんだッ!?」
敵はギアもフルスロットルにしたのか、こちらの車に追突してきて凶悪な棘で車体を削りにきている。ポルナレフも負けじとギアを上げて追突から逃れようとしたのだが、あちら側の馬力が勝っているようで全く引き離すことができない。その上牙のようなものがガッチリと車体に食い込んできてこちらを離さまいとしている。しかも前方は左右の分かれ道となっているせいで大きな壁が迫っており、このままだとぶつかってしまう。ハンドルを左右にきっても後ろに組み付いてきている車がそれを許さない。せめてもの抵抗として、花京院がエメラルドスプラッシュを撃っても相手の車にはなしの礫だった。
「みんな飛び降りるんじゃ!」
ジョセフの声を皮切りに全員車から飛び降りていく。そうして主を失った車は敵によって壁にぶつかり、ひしゃげてペチャンコになりガソリンやパーツが飛び散ってしまっている。
「どーなってんだあれは!」
「ベトナム沖のエテ公、ストレングスと同類のスタンドか」
敵の車はスムーズに方向転換をし、承太郎達の方を向いてきた。また先ほどと同じように何かが放たれるかもしれないと身構えていたところ、吹っ飛ばされていたはずのリヴィンが横から飛んできて、少しは他に飛んできたものの飛ばされた大半をリヴィンが受け切ったのだ。
「リヴィン! なにをしている、もう下がるんだ!」
「私は大丈夫だよ、これくらい」
「ちくしょうッ! 傷は深くないがえぐられているぜ」
「傷口には針とかガラスのような物はなにも突き刺さっていないッ!」
リヴィンの黒い衣服で分かりにくいが、確かに血が出ていて地面に滴り落ちている。一番重症のはずの者は、変わらず全員の前から動かない。
そんなリヴィンをせせら嗤うかのように、敵スタンドである車から声が上がった。
「俺は『運命の車輪(ホウィール・オブ・フォーチュン)』! リヴィン! 貴様の正体を暴き、おまえらジョースターを全滅させるのだッ!」