これからの道は悪路になることは分かっていた為、6人乗りのジープを購入しポルナレフが運転で助手席にジョセフ、承太郎・アヴドゥル、花京院・リヴィンの順番で乗車をしパキスタンを南下していた。
いつもならば各々が適当に喋り、リヴィンはただ無言で座っているだけだったのだが、今回は違う。
「まずはリヴィンの好きなものを教えてもらっていいですか?」
「好きなもの」
「なんでもいいんです。食べ物とか趣味とか。僕の場合はチェリーとゲーム、野球や相撲も見るのが好きですよ」
「好きなもの……?」
すぐに答えられるものが思い浮かばないのか、言葉を繰り返すだけになっている。何か思い浮かぶ一助となれればと、アヴドゥルが自分の好きなものを言い出した。
「私の場合は古書を集めて読み解くのが面白いと思っているぞ。歴史というものが感じられてとても楽しいものだ。承太郎は?」
「相撲だな。後は飛行機や船、海についての本が面白えと思ってる」
「俺ァスポーツが好きだぞー! マドモアゼルも好きだッ!」
好きなもの発表会になっている状況にジョセフが声を上げて笑っている。それでもリヴィンは思いつくものがないのか、好きとは一体何なのかと小難しいことを呟き始めていた。
「好き、好きとは……、外的刺激によるドーパミン検出が……?」
「そこまで深く考えなくていいんですよ。ほら、好きな色とか」
「好きな色……は、ある。青。青だ」
今までどこかぽやっとしていたリヴィンの声が急速にはっきりとする。そこからは懐かしむような、けれど少し苦しそうな声色で言葉を続けていく。
「大切な人達の色だ。だから私は青が好きなんだよ」
「その大切な人達が好きだから、好きなんですね」
特別変なことを言った訳ではないのに、リヴィンがバッと花京院の方へ首を向ける。しばらく無言でいたかと思うと、そうか、そうか……と独り言を言い始めた。
「私は、あの人達を好きに、なれていたのか」
途切れ途切れになった言葉は絵の具のように滲んでいる。どうしてそうなったのか分からないが、きっとリヴィンは分かっていなかったことを今初めて『理解』をしたのだ。賑やかだった車内は、リヴィンの時間を作る為に静かになっていた。
「今更、気がつくのか……」
「大丈夫じゃ、リヴィン。ちゃんと分かってくれていたぞ。わしが保証する」
ジョセフの言葉を聞き、大きく息を吸った音が聞こえる。ゆっくりと吐いた息は涙に濡れている音だった。
「……すまない、訳の分からないことにしてしまって」
「よく分かんねーのはそうだけどよォ、分かったんならめでてーことじゃねーの?」
「うむ。これでリヴィンは己のことを知り、我々はリヴィンの好きな色を知った。理解が進んでいいじゃないか」
ポルナレフがおどけた笑いをしながら、アヴドゥルは優しく笑いながらそう告げる。皆が深く突っ込もうとしないのは野暮だと思ったのもあるが、リヴィンが話したいと思った時に聞きたい気持ちが大きかったのだ。
「いい……のかい?」
「てめーがてめーのこと知らねえんだろ。これから知って俺らに教えりゃいい」
「もっと色々知って、リヴィンが思ったことや感じたこと、好きなことを教えてください」
「……優しいんだね、みんな」
「当たり前だろーッ!?」
リヴィンが「はははっ」と少しだけ笑った声を出す。出会ってから初めての笑った声だった。
★
あれこれ和気藹々と話しながら進んでいた時間は、崖が間近にある道に加えて深くなってきた霧とフロントガラス越しに映る『町』によって終わりがきた。
「どんどん霧がくるな……。まだ3時前だがしょうかない、今日はあの町で宿をとることにしよう」
「ジョセフ、ここに町はないはずだけど」
「なんじゃと?」
「リヴィン、お前が見た地図は何年に作られたやつよ?」
「1986年のものだよ」
「……2、3年でこんな規模の町ができるか?」
見える町は小規模とはとても言えない広がりだ。土地を考えるとここまでの町を作り上げるには相当な年月がかかるだろう。
「手違い、という可能性もなくはない。ひとまず慎重に進んでいくのが今の所の手だと思いますね」
「そうじゃな。スタンド攻撃の可能性もある、警戒していこう」
霧もあってゆっくりと車を動かしてたどり着いた町は、入り口の時点で異様だった。建物は建築されてからそこまで経っていないようだが、とにかく人がいないのだ。あるのは霧、ただそれだけで一行以外の音も存在していない。車を降りて建物の入り口から中を伺っても生活感があるのに誰もいないのだ。
「私の生命探知にも反応がない。こんな町であるというのに人がいないとは」
「ここは霧が強すぎて臭いがなさすぎる。けど強いて言うなら……、土の臭いが多い」
「それ人がいないなら普通なんじゃねーの?」
リヴィンに変な『普通』を覚えさせない為に、普通なのかどうかポルナレフとの議論が勃発しそうだったが、流石に周囲の探索が優先となった。承太郎はスタンドを出して辺りを見回しているが、何も見つからないらしく舌打ちをしている。
「敵の仕業なんじゃあねえのか」
「僕が探ってみます。ハイエロファントグリーン!」
すぐさま花京院が町中を探りに、ハイエロファントグリーンの触脚を伸ばし始めた。しばらくは静寂が支配していたが、花京院のため息によってそれは破られる。能力の限界まで探ってみても何もなかったという。
「ここまでなんもねーとよ、なんかの理由で放棄された町なんじゃねえかって俺は思うぜ……」
「閉鎖された、という可能性もあるな」
「考えれば考えるほど難しいのう」
この町を出て次へ向かう案も出たが、霧がひどくこのまま進むのはどう考えても危ない。今晩泊まれる場所を見繕い、周囲に脅威がないことを入念にチェックしてから一晩過ごすことと決めた。肝心の場所だが、人がいないとはいえ勝手に一軒家を使うわけにはいかないので、ホテルを探し出して適当な部屋を使わせてもらうことにした。
見つけたホテルはそこそこ立派な三階建てのものだったが、すぐに出られるように一階の部屋を使うことに決め、各々部屋に入って荷物を置いたりしていく。そんな中ポルナレフがこう言い出した。
「便所ついでに建物の中探索してくるわ、なんかいいモンあるかもしれねーし」
「勝手に持っていくのは犯罪だぞポルナレフ」
「お金置いときゃいいっていいって!」
険しい顔をしている花京院の指摘をものともせず、ポルナレフはロビー奥へと消えていった。アヴドゥルがため息をつき、不思議そうにポルナレフが消えた方向を見ているリヴィンに対して教育をする。
「基本的にポルナレフは見習ってはダメだぞ」
「わかった」
「じじいもだぜ」
「ジョセフもかい? 分かったよ」
「oh no! 承太郎ッ! リヴィンも素直に聞くんじゃあない!」
「どれが正解なんだい……」
「リヴィン、今回は承太郎のいうことを聞きましょう」
「かっ、花京院!?」
普段は敬ってくれている花京院からの発言に目を白黒させるジョセフに、その場にいた他の者は声をあげて笑ったのだった。
では各自で準備をしたりゆっくりしましょう、とアヴドゥルが声をかけた時のことだ。リヴィンが何かに気がついたように首を上にあげて辺りを見まわしだす。そんな風に様子の違うリヴィンへ、承太郎が怪訝そうに言葉を放った。
「なんかあんのか」
「……音がする?」
疑問系なのは自分でもはっきり分かっていないからだろう。うーんと唸りながら、リヴィンが玄関へと向かっていく。道中、何故か壁をコンコンと叩いて何かを確認している。聞こえにくい……とぼそぼそ言いつつ玄関扉を開けた刹那の時、それは起こった。
「わ」
無感動なリヴィンの声が聞こえたかと思うと、人は一切いなかったはずなのに、顔色の悪い――土気色の人間が一斉に押し寄せてきたのだ。しかしリヴィンは早速迫ってきた人物を押し返し、付近にいる者もまとめて蹴り飛ばした。
「な、何をしとるんじゃリヴィン!」
「この人達生きてないよ」
「なんじゃと、まさか屍生人(ゾンビ)か!?」
「多分違う!」
玄関を閉めようとしたのか、再びリヴィンは扉近くにいる者を蹴り倒し、ドアノブに手をかけた瞬間。
パァン!
弾ける音がし、リヴィンの頭から一筋の血が流れ、床にその体が転がっていった。