Magic   作:濱口

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long long night その②

「あれ? そういやて転送屋って今やってるかな?」

「あー、どうだろう。厨房を見た感じだと五分五分ってとこかな」

 フウリの問いにそう答えた。

「ま、とりあえず行ってみるよ」

 フウリはそういうと、食器を並べたトレーを待ち、立ち上がった。しかし立ち止まり、また顔をこちらへ向けた。

「そうそう、集合時間決めとこうよ。30分後……はえーっと、8時間で二十分くらいだから? いいや、校門のとこで待っといて」

 フウリはそう言い終えると、こちらが何か言う前にさっさと行ってしまった。困ったという風にゼルを見ると、ゼルも同じように眉を顰めていた。首をすくめるようにし、ジュカも立ち上がった。

「まあ、学校の中とか、敷地内もあんま分かってないし、一旦行ってみる?」

「そうだね、そーしよっか」

 ゼルはそういうと、残ったパンを勢いよく口へ放り込んだ。

 

 

 外はやはり暗かった。月明かりにのみ照らされた石造りの道は、鈍く光を反射していた。こんなことの最中だからか、どこか気味が悪かった。

「ねえ、ちょっと聞いて良い?」

 後ろからゼルが尋ねてきた。道はちょうど階段に差し掛かった所だった。

「良いよ」

 振り向かずに答えた。

「その神の目、何がどうやって見えるの? マナとか魔法が可視化できるってのは知ってる」

「そうだなあ、俺の場合、二段階あるんだよ」

「二段階?」

「そう。まあ、俺のマナが少なすぎて、今溜まってる分を使い切ったら後は性能が落ちるの。大体五秒くらいはフルスペックで使える。型落ち状態だと、マナの可視化とどんな魔法かの解析。フルスペックだと、ここにさっき説明した、マナによる願望の発散が見えたり、壁などを無視してマナだけ見ることができる」

「なるほど。マナによる願望の発散が見えるってのは、その人が今考えてる事の擬似的な可視化って捉えて良いのかな? あ、でもマナが満タンじゃなかったらそれは見えないのか。そう考えると、フルスペックでも型落ちでもあんまり差が内容に思えるけど」

「そんなことない、大アリさ。たとえば、扉の向こうに魔法での仕掛けがあったとすれば、フルスペック状態じゃないと見えない。それに、洗脳なんかは脳にかかる魔法だから、フルスペックじゃないと見れない。物質を無視できるってのは大きいんだよ」

 ゼルはなるほど、と小さく呟いた。

「それで、今回の事件、その目は効くのかい?」

「多分効くね」

 おお、と後ろで声がした。随分遠くに見えた学舎が、いつのまにか目の前まだ迫っていた。学舎は光のない闇の中に溶け込み、黒黒ととしたその体をで月を半分隠していた。

「でも、イマイチどれもしっくり来ない」

「さっき食堂でも聞いたんだけどさ、なんかイマイチしっくり来なかったんだよ。もう一度教えてもらって良い?」

「良いよ」

 学舎を横目に通り過ぎた。ようやく月が全体を見せた。

「まず、今回の時間の進みが遅くなったという事件、可能性としては一つしかない。集団で催眠状態にある場合だ」

「さっきもそう言ってたね。なんでその可能性しかないんだい?」

「凄く単純だよ。時間の進みを遅くするには、星の自転を遅くするしかない。それだけのエネルギーを内包した魔法なんか、個人どころか国家、もしかしたら全人類で協力しても使えるとは思えないんだよ。それに、自転を遅くしてるなら、時計の進みが遅くなってるわけがない。なら残った可能性は、今俺たちは集団で幻覚を見ている。これしかない。でも、これにも問題がある」

「ああ、これも同じか」

 得心が行ったようで、ゼルはそう言った。

「つまり、それだけのエネルギー、つまりマナが用意出来ない。そう言いたいんだね」

「そう。でもまあ、自転を遅くするのに比べたら、まだ可能性としてはあり得る」

 そう言い終えた時、丁度校門についた。その近くの物置の前にあるベンチに腰掛ける。ゼルは立ったまま、校門の壁にもたれかかった。小麦の豊かな香りが鼻腔をくすぐる

「あ、パン屋やってる」

 ゼルはそういうと、壁の上に手をかけ、跳ねて外を伺った。

「結構人通りもあるね。今は1日になおすと10時ってところかな?」

 学舎にかけられた大きな時計を見た。古めかしい木でできた振り子時計で、この辺りでは見かけない鳥の装飾が施されている。もっとも、この暗がりの中ではよく見えない。

「そんくらいだね」

 その時だった、耳をつんざくような女の悲鳴が聞こえた。少し高い位置からだ。2階、もしくは3階からだろうか。何が起きているのか分からず、ピタリと金縛にあったように動けなくなった。眼球だけが動く。ゼルは一も二もなく駆け出していた。

 行かなければ。そう考えるも、酷くゆっくりとしか動かない。長い長い夜が待っている。この特異な状況動きを鈍くするのだろうか。

「ジュカ! 開かない!」

 見れば、ゼルはドアをガチャガチャと引っ張っている。

「ジュカ!」

 ゼルの言葉に、呆けた状態から少しずつ回復する。落ち着け。ゆっくりで良い。

「裏口はどうだ?」

 そう言うと、ゼルは跳ねるように裏口へ向かった。慌ててその後を追う。

 先程まで月を隠していた面へと走る。確かそこに扉があったはずだ。

 がちゃり。

「ジュカ! 開いてる!」

 ゼルはそう言いながら、中へと入った。慌ててジュカも入るが、ゼルの姿は見えない。ただドタドタと駆け上がる音が聞こえた。階段を上がっているのだろう。

 階段は裏口を入ってすぐ右にあった。すぐに向かおうとした所、暗闇から足音と影が迫ってきた。

「誰だ!」

 男の声だ。男に腕を掴まれる。咄嗟には動けず、なすがままに床に押さえつけられた。

「ここで何をしている!」

 切羽詰まった声だった。声だけでも男の狼狽ぶりが手に取るようにわかる。ジュカは何故か少し醒めた。冷静になれ。

「学生です。友達と散歩してたら悲鳴が聞こえて、それで何かあったんじゃわないかと思って」

「ふ、ふん。信用できんな。本当かもしれんが、こういう場合、お前が置かれている状況にある人間が何か知ってる場合の方が多いってのは、わ、分かるだろう?」

 酷い焦りようだ。呂律が回っていない。いったいこの男は何をそんなに焦っている? それに……そうだ、まて、おかしい。

 

 学舎に光はなかった。

 

 ならば、なぜこの男はここに? コイツが犯人? いやそれはおかしい。それなら俺を押さえつけない。襲うにしても殺しに来るはずだ。ならコイツは何か関係があるが、今回の事件とは無関係。そんな所だろうか。

 また悲鳴が聞こえた。しかし、今度は野太い男の悲鳴だった。ゼルの声だ。

「ジュカ! に、2階だ!」

 その声は少し反響しながら、ジュカの耳に入ってきた。

「俺の友達です。信じてください」

 男は何も言わなかった。そして一言も発さないまま、押さえつけた腕を話した。

「い、一旦信用しよう。しかしお前が前だ。変な動きをすればその瞬間にまた押さえつけるからな」

 当然の反応だったが、ジュカは苛立った。おそらくジュカが男の立場なら同じ行動をとっただろうが、それを自覚しても煩わしかった。

 男に反応を返さず、さっさと階段を登る。2階に上がると、顔を少しだけ出して様子を伺った。奥の方の部屋──研究室だろうか──に明かりが見えた。先ほどまではそんな光はなかったはずだ。ゼルがつけたのだろうか。確かに、悲鳴が聞こえた方向とも一致する。

「ほら、は、早く行け」

 まだ犯人──何が起こったかは知らないが、悲鳴から事件だと判断した──が残っているかもしれない。もしかすればゼルの悲鳴も襲われたものだったのかもしれない。そう考えると急に寒気がした。

「ジュカ! 早く!」

 その声にようやく安心し、急いで件の部屋に入った。ビーカーやら、フラスコやらが押し合いひしめき、研究道具が部屋の殆どを埋め尽くしていた。その中央にぽつんと小ぶりな椅子が置かれていた。そこに女が座っている。窓の方を見ていた。

 女は、胸の辺りから腰のあたりまでにぽっかりと穴が空いていた。血は水溜りのように溜まり、腸が干された布団のように腰に()()()()()()()()

 後ろで息を飲んでいるのがわかる。先ほどの男だろう。

 遠くから声が聞こえる。

 ゼルは、あたふたと辺りを歩き回り、報告してくると言ってこちらを見た。

「あ、先生」

 その声に後ろを振り返る。確かに見た顔だ。なるほど、先生だったのか。

「ど、どうすれば良いんでしょう」

 ゼルは不安げに男を見た。しかし男は答えない。目線は女から離れなかった。

 遠くから声がする。

「お…………い……も……た」

 聞き覚えのある声だ。血を踏まないように気をつけながら窓に近寄り、開ける。

「おうい、持ってきたぞぉ」

 暗闇の中からフウリの声がした。瞬間、振り向いた拍子にゼルと目が合う。同時に言った。

「見よう!」

 男は女を凝視したままだった。

 

 

 

 フウリはゼルと入れ替わるようにして部屋に入った。ゼルは他の先生を呼びに向かった。フウリも流石にはしゃいだりはせず、粛々とジュカの説明を聞いた。

 男は揺すると元の世界に戻ってこれたので、名を聞くとロックと名乗った。死んでいる女を知っているか尋ねると、同僚のハル先生だと答えた。

 次に、結界を張る許可をとるべく、ロック先生に神の目の事を説明すると、予めそういう生徒がいることは知っていたらしかった。しかし、何故かひどく狼狽した。ああ、とか、ううん、だとか言葉にならない声を発するうち、はっきり喋れとフウリに一喝された。まるで子供のように眉根を寄せ、涙を堪えながら「分かった」というと、少し後ろに下がった。見ている、ということだろう。

 フウリから札を受け取る。ペラペラの紙に魔法陣が描かれている。既にこの札には結界が張られている。紙がピンと伸びているのもそのせいだ。魔法陣はマナを別の人のマナへ変換するものだ。これによって結界を巨大化させる。

「あ、これ俺が使うとマナ使っちゃうから、フウリやってよ」

「え、願望の発散がどうたらこうたらは?」

「マナが満タンの時だけだよ。これ使うとかなりの量のマナを消費するから大丈夫」

 そう言うと、フウリは頷いて受け取った。

「じゃ、いくよ」

 眼帯に手をかける。

「3……2……」

 外すのはいつぶりだろうか。目が見えなくなっていたらどうしよう、なんてしょうもないことを考える。

「1……」

 チラリと男の方を振り返った。男はもう泣いているのと変わらない表情で、祈るように見ていた。やはり、何か知っている。

「0!!」

 結界が、風船のように膨らみ出した。体を通り過ぎ、ハル先生の周りには行かずに止まった。

 眼帯をするようにして外す。

 左目を瞑る。

 マナと魔法のみで構成される世界だ。

 これは瞬間移動の類いだ、他には何もない……何もない? 

 なら、人力でこの女の腹を抉ったのか? 

 世界に質量が戻る。

 そのまま部屋全体を見渡す。結界に押されたとしても、魔法の残滓は残る。どれだけ魔法の上手い奴でも、1日はどんな魔法を使おうとしたかは分かるのだ。一瞬しか残らないのは願望の発散としてのマナくらいだ。まさか、その願望の発散で殺した? 

 それならマナを消す魔法が必要だ。そして、なるほど、それはありえる。待機中のマナと反応し、残滓は全て消えた。しかし、魔法は変換する際にでる、ロス分のマナは一種類、つまり1人分のみだ。なら、1人でマナを消す魔法、瞬間移動の魔法を使ったということだろうか。いやいや、願望の発散ならマナが満タンじゃなければならない。つまり、もう1人いて、ソイツは何もせず、願望の発散で腹に穴を開けた。なるほど、筋は通る。

 そこまで考えた所で、眼帯を戻した。

「おっけ? じゃ戻すよ」

 結界が割れた。すぐに空気中にとける。札はふにゃりと折れ曲がった。フウリがそれをポケットに捩じ込む。

「どう? なにかわかった?」

 それには答えず、ロック先生の方を見た。目が合う。すぐに先生は逸らした。

 目には大粒の涙をため、じっと開け放たれた窓の向こうを凝視している。綺麗な三日月が見えた。

 やはりおかしい。ジュカはそう思った。

 この男の狼狽え方はおかしい。同僚の先生が死んだら驚き、挙動不審になるのはわかる。しかし、この男は死体を見る前からおかしかった。例えばこの男が殺されたハル先生のことを好きだったとしても、この反応はおかしいように思える。言い方は悪いが、()()な狼狽え方ではない。

 窓の外から声が聞こえる。ゼルの声だ。どうやら治安隊を連れてきたらしい。フウリと目があう。どうやら同じことを考えていたらしく、小さく頷いてきた。

 この男は何かを隠している。




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