古ぼけた、緑色だったのかカーキ色だったのかよく分からないソファに腰掛けながら、マックスは考え込んでいた。右手を顎に当て、足を組んで座るのがいつものルーティーンだ。考えていることといえば、先ほどの聴取の内容についてである。
あのジュカという少年のいうことはある程度は信憑性はあるとみて良いだろう。マックスはこの仕事について3年程度だが、嘘をついているか見抜くのはなかなか自信がある。一緒にいたフウリ、ゼルという少年についても同様の感想を持った。問題は──
ガチャリと音がして顔を上げると、レッカが立っていた。レッカはマックスの5年ほど先輩であり、叩き上げながら将来を有望視されている男だ。すぐに立ち上がり、一礼した。レッカは手だけで座れと合図した。その通りに座る。
「どうでした、あのロックとかいう男」
レッカは白茶けた壁にもたれかかる。マックスはソファの端に動くが、レッカはそのまま口を開いた。
「やっぱり、なにか隠してるな。でもなぁー」
レッカはそういうと頭を掻いた。長身のイケメンであり、堀りの深いその顔は女性に大層人気だそうだ。
「犯人って感じ……ではないっすよね」
「そうなんだよ。ただ、何か隠してるのは間違いない。ジュカ君? の話だと、魔法絡みでなんかありそうなんだけどな」
「何か新技術を開発し、それを狙われたとか」
「うーん、あり得なくはないね。よからぬ技術だから報告出来ないってのはありうる。でも、暗い部屋でやる必要がないんだよ。仮によからぬ技術なら学校の中でなんか研究しないでしょ。良い技術なら明かりをつけて堂々とやる」
レッカはそういうと、ソファの後ろへと向かった。冷蔵庫からお茶を取り出し、コップに注ぐ。マックスの分も入れてくれたので、有り難く頂戴する。
「あ、そうそうこの長い夜、この国、ジェルリン王国内だけみたいだね。さっき教えてもらったよ」
「あ、そうなんですか。これ、いつまで続くんすかねえ」
窓からはただ闇が見えた。マックスは今の今まで信じていなかったのだが、日光を浴びなければ気が滅入る。夏場はあんなに忌々しく思った太陽が今は恋しかった。
「さあ。ジュカ君はマナが回復次第見るって言ってたから、僕も一緒に行かせてもらおうかな」
「それはいいかもしれませんね。しかし、ジュカ君の発言では証拠にはなり得ないから、どっちの事件も一発で解決とは行かなさそうですね。この緊急事態ですし、特例が働くってのもあり得ますが」
通常、魔法での捜査はその魔法を使った当人にのみ、事情が分かったりするケースが多い。発言が真実かどうか誰にも分からない場合、それは証拠になり得ないが、適正な手順を踏みテストに合格すれば、発言自体が証拠足りえると判断され、特別捜査官に任命される。今回、まだ学生のジュカ君の発言は証拠に成り得ない。ただ、嘘はついてないように思えるから、それをベースに調査を進めようというのが、今の本部の方針である。
「そうなんだよなぁ」
レッカは顔を顰めながらそういった。美しい顔立ちは、引き攣らせても様になる。生来無骨な顔をし、眉毛が繋がっていると馬鹿にされたマックスには羨ましい限りだ。
「まあ、シンさんが来れば一般人の発現でも証拠になり得るんだけど、なにぶん忙しいからね。言い方は悪いけど、人1人死んだくらいじゃ来てくれないだろうし」
シンさんとは、本部にいる、嘘か本当かを見分ける魔法を使える男である。その魔法はあらゆる犯罪者に恐れられ、暗殺や毒殺の危険が絶えない。5人以上殺されると調査に出てくることから、死者5人のことをシンラインと呼んだりもする。
その時、またドアが開いて今度は見知らぬ青年が顔を出した。どうやらこの春入隊した新人のようである。馬鹿みたいにかしこまった敬礼の後、大きく口を開いた。
「報告します! ジュカという少年の証言によって調べた所、瞬間移動とマナを消す魔法の両方を使う者は、国の所持する個人情報に照らし合わせましたが、おりません!」
まあ、ジュカ少年の推測によれば、1人で2つの魔法を使ったらしいが、これは微妙だろう。あの歳にしては良い線をついているとは思うが。瞬間移動の魔法は習得が難しい。一度に使うマナの消費も大きい。それに、マナを消去する魔法なんて職業に使えない。いや、使えないこともないだろうが、だとしても目に見えぬものを消す魔法なんて、やはり習得が難しいだろう。なにより、その二つは取り合わせが悪い。職業用なら、ある程度の筋道を立てて習得するはずだ。なら、一人一つずつ習得していて、2人、いや3人で来たと考えた方が筋が通る。そうなのだ、3人なら、願望の発散など勘定に入れなくても、別に土手っ腹をぶち抜く魔法を持つ奴を連れてくれば良いのだ。そこで問題となるのは、そのマナを消去する魔法とやらが、変質したマナ、すなわち魔法に効力を発揮するのかという点に絞られる。勿論、ジュカ少年の弁が正しい場合のみであるが。
果たしてその魔法は魔法すらも消せるだろうか? 消せるだろう。消せなければ習得した意味がない。純粋にマナのみを消し去る魔法なんて日常生活で使いようがない。なら今回問題にすべきは──
チラリとレッカを見やる。レッカはやはり壁にもたれかかったまま、考え込んでいる。思い出したように青年を見やると、微笑んでありがとうと言った。そして、マナを消す魔法なんてそうそうないだろうから、使える奴を調べておいて、紙かなんかにまとめておいて欲しいと伝えた。青年はもう一度敬礼し、バタンと大きく音を立てて出て行った。レッカはそれを見やると、また考え込んだ。マックスも思考に意識を移す。
まず、ロックは一階の職員室に居たと証言している。なぜ居たかと問えば、3年生に実施したテストを取りに行ったとのことだった。スケジュールを組んだ所、テストを返す時期がかなり遅くなりそうであり、3年生は受験も控えているため、早くした方がいいだろうと、持ち帰ろうとしたらしい。実際、テストが入った鞄が職員室に転がっていたそうだ。明かりを点けなかった理由は、月明かりが入ってきており、机の上に置いてあったテストを取るのは容易だと判断したからだそうだ。
事件のあった研究室は、2階の半ほどにあり、悲鳴を聞いたロックは、もし事件があったとして、犯人は唯一開いている裏口から出るのではと推測した。そこで移動した所、ジュカ少年とかち合った訳である。成程、筋は通る。特段問題にするべきではないだろう。動機なんかは、調査が始まったばかりの今考えても仕方がない。ならやはり、研究室周りを考えるべきだ。うん?
「研究室……?」
マックスの言葉に、レッカは顔を上げた。
「あれ、マックスは事件の時寝てたんだっけ」
そうなのだ。珍しくよく寝れると嬉しく思い、ベッドにしがみついていたのである。照れ隠しに頭を掻くと、レッカは薄く笑い、口を開いた。
「どうも、この学校一時的に魔法理論の教師がいなかったらしいんだよ。そこで、裏の大学──これは、寮の先に林があるんだけど、その先にあって、あの学校、デンカード魔法高校と提携してるらしい。名前はデンカード魔法大学。ハルさんはそこで魔法の効率化や効果の最大化を研究してたらしい。んでもって、その大学から魔法学の先生を呼んでハル先生に白羽の矢が立った。ハル先生は引き受ける代わりに、研究室が欲しいと学校側に言って、それが飲まれてああなったんだね。あそこは元は物置だったけど改装したらしい」
「なるほど」
その後も少し考えたが、イマイチピンと来るものがなかった。一度レッカに相談してみようと今までの推論を全て話すと、途中からレッカは顔を顰め、遂には少し侮蔑の籠った目でマックスを見た。
「なんというか、囚われすぎだよ、囚われすぎ」
マックスの自説を聞き終えたレッカは開口一番そう言った。
「まず、マナを消す必要がないんだよね」
「はあ?」
レッカはまたもや侮蔑を帯びた目でマックスを見た。
「君は瞬間移動の魔法、マナを消去する魔法、この二つを両立するのは難しいと君は考えたんだろう? 実際、国には記録されてなかったし、ヤミッ子ぐらいしか可能性はないわけだけど。ともかく、両立する線を追うなら良いんだけど、これを否定するなら、犯人は瞬間移動の魔法を使える奴とお腹を貫通するほどの威力を持った魔法を使える奴の2人で成り立つんだ。それに、その3人なら、土手っ腹をぶち抜く奴は必要ない。願望の発散で事足りるよ」
「ああそうか」
そう言って頭を掻いた。
「つまり、マナを消し去る魔法を使える奴なんて用意する必要がない、そういうことですね」
「そういうこと。だから、マナを消し去る魔法を持った奴が必要な理由が絶対にあるんだよ」
「そうですね……例えばこんなのはどうです? 犯人はジュカ君の目について断片的に知っていた。今回の事件でその目を使うのは十分にありうる。しかし、ジュカ君の神の目とやらが、とこまでのモノなのかわからない。実際はジュカ君は瞬間移動の魔法を使った奴のマナは覚えているらしいですね。犯人はマナを見れば分かるとか。ありゃ、脱線しちゃいました。ええ、それで、犯人はなるたけマナを現場に残したくなかった。瞬間移動の魔法はまずマナで印を付けなければその場所には移動できない。ロックの証言だと、裏口が開けばまず分かるそうですから、瞬間移動で校内に入ったのは確実でしょう。ああ、それだと学校内に瞬間移動を使った奴があるってことになりますね。それをマナを消せる奴──これは瞬間移動の奴でも、連れてきた奴でもどっちでも良いですね。ソイツが消した。そんでもって──」
ここまで言った所で、レッカが右手を出して制した。
「大体分かったよ。まず、瞬間移動を使える奴は学校内の人間ってのは既に調べられてる。5人居て、全員を集めている所らしい。話を戻すと、犯人達はジュカ君の目について知っており、それを恐れてマナを消していたが、犯行時にジュカ君とゼル君が悲鳴を聞き、ゼル君は表口で暴れたそうだから、その音を聞き、徒歩で投げることを諦め、マナの残る瞬間移動を使った、そういうわけだね? 確かにありそうだね。この場合は3人目は誰でも良いわけだ。マナを消し去る魔法を持った奴がいるからね。うん、十分にあり得るよ」
「でしょう? まあ、犯人の特定にはなんら役立ちそうにないですけどね」
「そんなものは終わってみないと分からないさ。さっきは馬鹿なこと言うなぁって思ったけど、なかなかキレるじゃないか」
褒められているのか貶されているのかよく分からない。取り敢えずはあと返事した。レッカは相変わらず綺麗な顔に皺を寄せ、考え込んでいる。
「ううん、やっぱり問題はハル先生がなぜ部屋に居たかってのと、犯人達は何故狙ったのかってことだね。ハル先生は一本筋の通った人でなかなか好かれていたらしいし」
「計画的な犯行ですからね。それに、犯人達はどうやってハル先生が研究室にいることを知ったんでしょう」
「こんなのはどうだい? まず、犯人達の目的はハル先生の研究のデータが欲しかった。理由はなんでもいいよ。瞬間移動の印もつけた、あとは頃合いを見計らってって時に、この夜だ。学校も一日休みらしいし、渡りに船とばかりに犯行に及んだ。しかし、そこには偶然ハル先生がいる。鉢合わせてしまい慌てた彼らはハル先生を殺そうと思い立った。ハル先生の魔法は、マナを光らせる魔法と、物体を巨大化した虚像を作り出す魔法、どちらも研究向きだね。勝てるはずもなく腹をぶち抜かれる。この場合悲鳴が一度しか聞こえなかったのは不自然だけど、まあ気絶したとでもして流してくれ。そこで、2人以外のもう1人がハル先生の腹に穴を開けた。このもう1人は、データを探すとか、そういった魔法を使える奴だと仮定しておこう」
思わずううんと唸る。
「なるほど、ハル先生がいたのは偶然だということですね。なるほどあり得そうに思えますが」
レッカは大きくため息をついた。なんだか馬鹿にされているように感じ、ムッとしたが堪え、続きを待った。
「でも、ハル先生が何をしてたのか、コレがイマイチなんだよなぁ」
「研究に思えますが」
「一般的に考えればそうだろうけど、なら明かりは点けると思うんだよね。なら忘れ物かと思えば、椅子に座っている。椅子に座って忘れ物を探すにしても、明かりは点けるだろうし……あれ? 椅子に座ってたのか、確か窓に向かってだよね? なら悲鳴は一度だろうね、腹に穴を開けられて、ビックリしたんだ。ああ、それなら……」
それっきり、レッカは考え込んでしまった。そうか、それならば、別に殺さずとも良いのだ。つまり、犯人達には焦る理由があって行われたのだ。ならそれはなんだ? 今行わなければならぬ理由、今までとは違うモノ。
「夜?」
ひとりでに呟いたその一言は、何事もなく壁に吸い込まれた。窓の外を見やると、やはり三日月が控えめに主張していた。周囲の星々に囲まれ、窓枠が額縁のようになっていた。
「そうか! 分かったぞ!」
レッカがそう叫び、手を打った。
「おい、ロックがどんな魔法を使うか覚えてるか?」
「ええと、対象物を遅くする魔法と、水を作り出す魔法ですね。ロックも研究の道に進もうとしていたそうですし、そこまで変な魔法の覚え方ではないように思えますが」
「そんなことはどうでも良いんだよ」
レッカは呆れたようにそう言うと、呆れたような目線を向けた。
「分からなかったのかい?
「つまり、この長い夜はロックの手によるもので、ハル先生はそれに関係していると?」
「ちょっと違うが、なかなか辻褄が合うだろう?」
「そう……です……いや、おかしいです。ロックの使う魔法は、実際に
レッカはそれ以上ないという侮蔑のこもった目でじろりと睨みつけた。そしてすぐに呆れた目に変貌し、大きく、かつ大袈裟にため息をついた。
「ハル先生の魔法はなんだった? 大きくなった
「ああ」
ようやく納得した。
「つまり、合わせ技だと言うことですか。それに、ハル先生の研究内容は、効率化……ううん、ありそうですね。しかし、それでもあの魔法を発動できるとは思えない、いや、発動できたと考えなければ、この推論は成り立たないのですがね。それに、発動できたとして、犯人達はどうやって知ったか、ハル先生がなぜ居たか、これはまだ分からない。いや、ハル先生側の理屈は付けられそうですが」
「それはその通りだ。ハル先生側の理屈をつけるとするなら、例えば余りに強大な効力を怖れ、これは人の手には負えないと判断し、処分しようとした。ロックが怯えていたのは、それが露見することを恐れたからだ、ということになる。この場合、テストの下りは建前で、裏口で見張りでもしてたんだろうか。しかし、犯人達はそれよりも早く動いていた。研究室には印が仕掛けられており、ハル先生は目立つのを恐れ、暗い部屋で働いていた所を襲われた。なかなか綺麗に纏まったように思えるな」
レッカはそう言うと、ニヤリと笑った。
「明日には、いや1時間後までには、学校にいる瞬間移動を使える奴を全員署に集める。ジュカ君に見てもらおう。あとは芋蔓式だ。マックス君。どうやらかなり早く帰れそうだ──」
ぞを言い切らぬうちに、ドアが乱暴に開かれた。頭をツルツルに剃った、正方形の顔をした男が立っていた。目は三角で、眉は太く、角ばった顔の中で、まん丸な鼻が非常に浮いていた。男は漆黒のスーツに身を包み、漆黒のシャツを下に着ている。この格好は──
「本部から来た、グリズリという者だ。本日より、この事件は本部で受け持つこととする」
そう短く言い終えると、ドアを閉めずに出て行った。マックスが閉めようとドアに近寄ると、ドタドタと足音がする。顔だけをひょいと突き出すと、先程の男と同じ格好の連中が、走ってきて、そのまま目の前を走り去っていった。
振り返ると、レッカは笑っている。
肩越しに、三日月が見えた。立ち上がったせいで、上半身を隠している。ただし、窓の額縁にはレッカが新たに入り、より一層神秘的だった。
レッカは考えだした。しかし、口元の微笑は崩さない。
マックスは考えなかった。考えるのは駄目な気がしたからだ。なぜ本部は介入したのか? それを考えるのが怖かった。
マックスは直感した。
レッカはやはり、微笑を崩さない。
合っているのだ。正しいのだ。
レッカが急に、恐ろしいものに見えた。何故笑える? 何故、何故なのだろう。人間性の違いと言えばそれまでだ。しかし──
月が光っている。マックスは、今更今日が快晴であることに気がついた。空には雲一つない。しかし、心はちいとも晴れない。
万物の父であり母たる太陽が無ければこんなに心細いのか。人工の光ではダメなのだ。それも太陽が産んだのだから。親自身が出て来なければ意味がないのだ。いや、今も太陽は出ているのだろう。ただ、我々が認識出来ていないだけなのだ。それとも、今は現実では夜なのか?
月が見える。真っ白い寒色の光が弱々しく発されている。神秘的に思えた月が、今は君の悪い、幽霊か何かにしか見えなかった。そっと目を逸らす。
暗い、怖い、分からない、分かりたくない──
夜は、いつになったら明けるのだ。
楽しんでいただけたなら幸いです。