DMC対トゲナシトゲアリ   作:ヘッズ

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第3話 pride

 一昔前の作りの一軒家、広さはそれなりだが、扉の立て付けが悪く入るのにも一苦労するなど築年数相応にガタがきている。ここが桃香の住んでいる家である。

 そこにトゲナシトゲアリの5人が集まっていた。リビングでそれぞれ空いている床のスペースに座り、桃香がギターを手に取りメロディーを奏でる。

 今日はバンドのミーティングで今後の方針や新曲の方向性について話し合っていた。フェスが迫っていることもあり、話し合いは白熱する。

 

「そういえば昨日のあいつ、デトロイト・メタル・シティってデスメタルバンドのメンバーらしいよ」

 

 ミーティングが終わり一段落つくと5人はカウンター席に座り雑談に興じ、すばるが何気なく話題に出す。昨日の路上ライブの後にあの乱入者が何者かと調べたら、すぐに正体が判明した。

 

「あの格好からしてメタラーだと思ったがデスメタルか」

「メタルは種類が細分化されて詳しくないと分かりませんからね」

「メタルはちょっとかじったけど、デスメタルは全く。それでどんな曲を歌うの?」

「何曲かネットで曲があがってた」

 

 すばるは皆が見える様にスマホを置いて曲を流す。その画面にはクラウザーの他に同じく金色の長髪に顔を白塗りにした男、ベースのジャギと金髪で円柱のような髪型をした小太りの男、ドラムのカミュが映っていた。

 

「かなりレベル高いな」

 

 桃香の言葉に3人は無意識に頷く。デスメタルについては専門外だがミュージシャンとして相当の技量があるのは分かり、画面越しで迫力が伝わってくる。もしライブでこの音を聞けばこれ以上の迫力を味わえるだろう。

 

「デスメタルとかは専門外だけど、かなりレベルが高いわね」

「詳しく知りませんけどデスメタルは一見色物に見られますが、確かな技術がないと通用しないそうです」

「改めて聞くとボーカルギターのクラウザーのギターは凄い。ギターテクに関しては私より上だな。ドラムはどうだ?」

「レベルは高いと思う。あとドラムも凄い激しい。私にはこんなドラミングは絶対無理」

「それであとはベースか、どう思うルパ?」

「普通にレベル高いですね」

「だな。ギターやドラムと違って特筆した上手や凄さはないが地味に上手い」

「うん普通に上手い」

「これデスメタルでも相当のバンドでしょ。どれぐらいのバンドなの?」

 

 すばるは映像を止めるとスマホを手に取り来歴を調べ始め読みあげる。

 

「えっと、世界的に有名でデスメタルの帝王と呼ばれたジャックイルダークのワールドツアーライブの相手を務め、世代交代を成し遂げる。って武道館でライブしたの!?」

「武道館ですか、デスメタルってそんなに人が集まるんですね。知りませんでした」

「その後は対バンでパンクやラップに勝利し、他のデスメタルバンドにも勝利しデスメタル界を制圧、その後はオシャレ界を制するためにフランスに侵略、その間にゴッドがメタル界を制圧し、調子乗っているからと対バンを挑み勝利、ってこれも武道館でやったの!?」

「何か対バンばっかしてるわね。それで結局どうなのよ?」

「まあデスメタル界の頂点ってこと」

 

 4人は思わず息をのむ。ミュージシャンにとって憧れである武道館の舞台に立ち、デスメタルの頂点に君臨する。凄いミュージシャンだと思っていがこれほどまでとは思ってもいなかった。

 

「だったら納得だ。交流は無かったけどメタル系のギタリストのテクはヤバイと聞いてたからな」

 

 桃香はテキトーにギターを弾く。ギタリストとしては頂点とはとても言えないがそれなりに自信があった。だがクラウザーのギターは如何に自分のテクニックがないかを痛感させられると同時に決して超えられない壁のようなものを感じた。

 

「まあ、ラッキーだったんじゃない?ジャンル違いでも世界一の音楽が聴けたんだから」

「確かにそうかもしれません」

「デスメタルはノータッチだったし、違うジャンルに触れるってのは良い刺激になる。新曲はデスメタルにするか?」

「いやよ、それだったらこのバンド抜ける」

 

 4人は和やかなに会話する。偶然にも世界一の音楽に触れられた。これを糧にしてフェスに向けてより良い曲を演奏できるように頑張ろう。

 

「何でそんなこと言えるんですか!」

 

 その和やかな空気は仁菜の怒号様な大声によって壊れる。全身から大量の赤いとげは放出され、その量はここ最近でも最大である。

 

「私達は負けたんですよ!悔しくないんですか!」

「ニーナ、近所迷惑」

 

 すばるは仁菜を宥めようと肩に手を置くがその手は仁菜によって弾かれる。その様子にダイヤモンドダストのライブを2人で見に行った時並、いやそれ以上に怒っていると察した。

 

「負けたんですよ!あのクラウザーとかいう奴に私達は!トゲナシトゲアリは!完膚なきまでに!」

「相手は対バン、普通の対バンじゃなくて、相手に勝つ為の対バンのスペシャリストだろ。こっちはジャンケンのチョキ、相手はジャンケンのグーだ。負けるに決まってる」

「じゃあ何で演奏があんなにガタガタになったんですか!相手に邪魔されても桃香さんやすばるちゃんや智ちゃんやルパさんは崩れない!皆は邪魔されただけじゃあそこまで演奏がガタガタになるわけありません。それでもガタガタになったのは勝てないって、相手の方が凄いって負けを自分で認めたんじゃないからですか!?」

 

 仁菜の言葉に平静を装っていた桃香は思わず目を見開き襟首を掴み、3人は宥めようと2人の間に割って入る。

 

「相手は世界一だぞ、仕方がないだろ。私達みたいなプロでもないバンドが勝てるわけがないだろ!」

「仕方がなくないです!ライブを邪魔されたり、相手の曲に皆が盛り上がったり、クオリティに差が有ったのはすっごく悔しいしムカつくけど、それは本当の負けじゃないです!負けは心が折れ反抗する気がなくなった瞬間です!皆は折れて負けたんです!」

 

 クラウザーの演奏は盛り上がり、こちらは拙い演奏で客も持っていかれた。客観的に見れば敗北である。それでも自分達が負けていないと思えば真の敗北ではないと仁菜は考えていた。

 4人はクラウザーの演奏に心が折れ敗北を認めた。でなければあれほどガタガタになるわけがない。

 そして4人は負けを認めていない。正確には仕方がない事だと受け入れている。でなければ和気藹々とDMCについて話さない。

 3人は思わず俯く。無意識にミュージシャンとしての格の差を見せつけられ心が折れていたのを認めていた。だからこそ認めないように仕方がないと心の中で言い聞かせていた。

 桃香も同様だったがその事実に苛立つように声を荒らげる。

 

「だったら仁菜も負けただろうが!歌えなくなって棒立ちになりやがって!」

「そうですよ!私も負けたんですよ!完膚なきまでに!」

 

 仁菜は高校時代にいじめにあい、誰もが庇ってくれない状況でも桃香の歌に救われ、いじめに負けていないと証明するために熊本を離れ川崎にやってきた。

 桃香の歌を聞いて理不尽に負けてたまるかという反抗心と折れない心を手に入れた。そのつもりだった。その自信はクラウザーの歌声に込められた感情や想いの大きさに畏怖し砕け散った。

 

「分かったよ!私達は負けたよ!だったらどうするんだよ!」

「クラウザーに、DMCに勝つんですよ!」

「どうやってだよ!」

「これです!」

 

 仁菜はスマホを桃香の前に向ける。そこにはDMCが今週から全国を回り8週連続で対バンをすると記載されていた。

 

「それがどうした!?」

「最終週の相手が未定です、そこに私達が入ります」

「その日はフェス当日だろ!」

「そうです、フェスじゃなくてDMCと対バンします」

 

 その言葉に4人は驚きの余り目を見開き言葉を失う。仁菜にとって魂を救ってくれた桃香が間違っていないことを証明するために、過去に桃香が所属していたダイヤモンドダストを超える。それが人生の目標だったはず。

 その為にはフェスに参加し声をかけられた芸能事務所に認められ契約しデビューする。そしてフェスにはダイヤモンドダストも参加する。同じ場で歌い存在を喰えばより桃香の音楽が評価され目標に近づく。絶対に出演しなければならない。

 

「正気か!?フェスに出なきゃお前はダイダスに勝てないんだぞ!」

「分かってます。でもDMCに負けたくないんです!」

「お前の我儘で私達の将来を潰す気か!お前ひとりだけのバンドじゃないんだぞ!」

 

 桃香は怒りのあまり反射的に手が出そうになるが3人が慌てて止める。桃香の気持ちは理解できる。仁菜の我儘には度々振り回されるが今回は度が過ぎる。

 

「仁菜さん、仮にDMCに対バンを挑むとしてもチャンスはいくらでもあります。それこそフェスに参加して会社と契約してからのほうが可能性はあります」

 

 ルパは落ち着いた口調で諭す。対バンなどのスケジュールを組むのは事務所の力の影響が強い。もしフェスで結果を出せばそれなりの大手の事務所と契約できる。そのほうが合理的だ。

 

「そもそも私達みたいなアマチュアと対バンすると思う?相手にとってメリット一切ないじゃない、少し考えれば分かるでしょ」

 

 智もため息交じりで諭す。仁菜は自分の事情を優先し相手の事情を考慮していない。何よりそんな個人的事情でプロへの道を閉ざされるのは御免被りたい。

 

「それにプロになって売り上げで勝てばいいじゃん。相手はデスメタルでマイナージャンル、こっちはガールズロックバンド、こっちのほうが売れやすい」

 

 すばるも2人に同調するように軽い口調で諭す。いくら世界一といえどマイナージャンルである。記憶にある限りオリコンなどでデスメタルがトップ10入りした記憶はない。

 仮にプロになりロック界で中堅ぐらいの立ち位置になっても売り上げは上だろう。そうなれば音楽性が優れていても世間はDMCが敗者と認知する。今のダイヤモンドダストとトゲナシトゲアリの立場に似ている。

 仁菜は3人の言葉を聞き俯く。正論が効いて考えが改めたか、だが顔を上げた仁菜の目にはさらなる情念が帯びていた。

 

「逆ですルパさん、契約したら恐らくDMCと対バンさせてくれません。詳しくはないですがガールズロックとデスメタルは接点がないですし、やれるとしたらフリーな今だけです」

「確かに」

 

 ルパはその言葉に思わず賛同する。デスメタルと絡めば普通に考えればイメージが損なわれてしまう。契約した瞬間に会社の商品になる。商品価値が下がる行動を赦すわけが無い。担当は音楽性については尊重すると言ったが、これは認めないだろう。

 

「それに売り上げとか人気とか世間の評価は他人が決める勝ち負けで、それは重要です。私は桃香さんの音は今のダイダスに負けてないと思っていますが、世間がそう思っていないからそれを証明するために売り上げとか人気で超えようと思っています。世間の評価も大切ですが、その前に自分が負けてないと思う事がもっと大切なんです。あの時は歌わなくなってクラウザーに負けたと思い証明してしまった」

 

 仁菜は唇を噛みしめ怒りで声を震わせる。この問題は完全に主観だ、世間がDMCを酷評してトゲナシトゲアリが優れていると認めてもこの悔しさと敗北感は解消できない。

 

「フェスに出てプロになってダイダスに勝っても私はもう本心で喜べない。クラウザーに負けたって悔しさを一生抱えて生きていきます。そんなの嫌です。皆もそうなんじゃないんですか?あの悔しさを蓋して必死に思い出さないようにして、そんなの辛いはずです」

 

 仁菜は涙を堪えながら想いを吐露する。トゲナシトゲアリは桃香の曲を最高のメンバーが奏で自らの想いをボーカルに載せたものだ。

 その音が大好きで最高だと思っていた。そして聞いてくれた誰かが自分と同じように理不尽に反抗する力を与えられればいいと思っていた。それをクラウザーは替え歌でおもちゃにして、デスメタルでメンバーの心をへし折った。

 圧倒的な暴力を伴った音で痛めつけ、演奏や歌に込められた想いを虚仮にし凌辱されたようなものだ。これを忘れてなかったことには絶対にできない。

 そしてこんな傷を負った状態では想いは鈍り、ダイヤモンドダストを超えられないという漠然とした予感を抱いていた。

 

「明日、DMCが所属するデスレコーズに行って、対バン相手に志願します」

「受けてくれるわけないだろう」

「相手を脅してでも参加します。でも受けてもらえなかったらバンドを抜けて、DMCを倒すまで1人で活動します」

「ちょっとニーナ、飛躍しすぎだって」

「正気なの?」

 

 仁菜の爆弾発言に4人は驚く、冗談であると願いたいが明らかに本気だった。意固地で頑固で自分が間違っていないと思ったら梃でも動かないのはいやでも理解していた。

 

「勝手にしろ」

「ちょっと桃香さん!?ニーナは本気だよ」

「こいつの我儘には愛想がつきた。自分で焚きつけたくせに、勝手に目標を変えやがって」

 

 桃香は吐き捨てる様に呟き、ルパと智は桃香が本気で言っていると察知し頭を冷やして考え直せと懸命に諭すが、雰囲気がそのつもりはないと如実に語っていた。

 

「私は大好きなトゲナシトゲアリでDMCに負けてないと証明したいです。だから明日の9時まで川崎駅で待ってます。私と同じ気持ちの人は来てください」

 

 仁菜は桃香たちから離れると一礼して家を出る。その後ろ姿を桃香は小指を立てて見送った。

 

──夜

 

「なんでこんな事になっちゃったかな~」

 

 タワーマンションの一室、すばるは1人暮らしには広すぎるリビングでクッション付きの座椅子に座りながら呟く。

 数日までは順調だった。フェスに向けて皆で練習し準備していたのに、それをクラウザーが全てぶち壊した。あいつのせいで仁菜はおかしなことを言い始め、DMCに挑むために脱退を辞さないと言い始めた。桃香も売り言葉に買い言葉で勝手にしろと引き留めない。

 今後はどうなるのだろう?桃香がダイヤモンドダスト所属時のようにボーカルも兼任するのだろうのか、それでも一応は形になる。

 仁菜はどうなるか?普通に考えれば門前払い、万が一対バンしたとしてもあのギターテクと歌だけでは勝ち目はない。それどころか完膚なきまでに叩きのめされ音楽を辞めるかもしれない。クラウザーにはそれが出来てしまう実力があるのは肌で分かっている。

 仁菜は面白い女だし嫌いじゃなく、正直にいえば智やルパのように絶対にプロになりたいというわけではない。仁菜と一緒にDMCに挑んでもいいかもしれないがドラムとボーカルだけではどうしようもない。

 すばるは気分転換にとゲーム機を起動する。こういうモヤモヤしている時は何かを倒す系のゲームをするに限る。

 ゾンビを倒すシューティングゲームをプレイする。ヘッドショットでゾンビたちを殺していく。ステージを進めるごとにゾンビの数が増え難易度が増す。

 

「この!今押したでしょ!」

 

 ボタンを押したはずなのに反応せず、ダメージを受けてしまう。そこから調子を崩したのか着実ダメージを受けゲームオーバーになる。

 

「あ~あ、クソゲー!」

 

 すばるは座椅子に向けて全力でコントローラーを投げ、自らの手で何回もクッションを叩いた。

 

──

 

「このまま解散かな?」

「かもしれません、でも桃香さんがボーカルもやれば何とかなるでしょ」

「かもね」

 

 2人は自室で曲を作りながら言葉を交わす。今日一日であまりに状況が変化した。仁菜はDMCに固執し対バンするためにフェスに出ないと言い始め、バンドまで辞めると言い始めた。

 智は徐にスマホを手に取り曲を流す。曲はDMCの楽曲で室内に重低音とデスボイスが響き渡る。

 

「音楽は自由だと思うけど、やっぱり好きじゃないわ」

「ですね。それに歌詞もヒドイものです、この時代じゃ絶対に表舞台に上がれませんね」

「桃香の言う通り相性負けの面もあるわ、デスメタルは色で言えば黒、黒だったら大概の色を塗りつぶせる」

 

 智にとってDMC的な対バンはあれが初体験だった。バンド同士で音を合わせることはあるが、あれは音をぶつけ合う、いや音で殴り合うようなものだった。

 DMCの曲が流れる。あの存在感に負けないようにするにはどうするか?気が付けばそんな事を考えながらトゲナシトゲアリの曲をアレンジしていた。

 

──

 

「くそ!仁菜のやつ勝手な事を言いやがって!」

 

 桃香はギターを弾きながら恨み言を呟く。どう考えてもDMCと関わるべきじゃない。フェスに参加した方がいいに決まっている。

 メロディーは穏やかなものから徐々にアップテンポで激しいものでなっていく。脳内でクラウザーのギターが鳴り響く。

 凄まじいギターだった。あれが世界トップレベル、ダイダスで自分の音楽ではメジャーになれなかった凡人、ギターの腕もトップレベルではない。テンポはさらに激しくなり一心不乱にギターを弾く。クラウザーはもっと速かった。もっと速く、もっと激しく。

 音が乱れる。速く弾こうとするのに意識が向きすぎだ。すぐさまギターを持ち直し弾き始める。

 

──翌朝

 

8時30分

 

 川崎駅周辺、学生やスーツを着た社会人が忙しくなく移動するさなか仁菜は街路樹に背中を預けながら空を眺める。

 勢い任せで行動した感はあるが後悔は無い。このままリベンジしなければ一生屈辱と後悔を抱え続ける。それはトゲナシトゲアリの音楽がダイヤモンドダストの音楽を超えられないと同等につらい。

 

「別れたくないな」

 

 仁菜は思わず呟く。バンドのメンバーは皆好きだ。特に憧れの桃香とバンドを組んで桃香の音を歌えるだなんてこれ以上の幸せは無いだろう。その幸せより自分の為に、桃香が負けていないと証明するためにDMCを選んだ。

 おそらく誰も来ないだろう。仮に対バンするのであれば2カ月でそれなりにギターを弾けるようになる必要がある。それから作曲の勉強をして曲を作る。なんとも絶望的な戦いだ。

 

8時55分

 

 もしかしたら来ようとしているが遅れるかもしれない。9時30分まで待ってもいいかもしれないと思うが即座に却下する。

 トゲナシトゲアリでの活動の為に予備校を辞めて退路を断った。これも同じだ、ならば出来るはず。そう言いか聞かせながら忙しなく首を振り辺りを見渡す。

 9時まで残り1分、やはり来ないかと諦めかけた瞬間、突如全速力で前方に駆けだす。夢ではない、幻ではない、桃香、すばる、智、ルパ、4人の姿がハッキリと見えた。

 

「どうしてラインとかで報せてくれないんですか~!」

 

 仁菜は涙と鼻水を垂れ流し濁音混じりで問う。来るのであれば前もって伝えてくれ、そうであればこんな不安にならずにすんだのに。

 

「まずは着たことに礼を言えよ」

「あ゛り゛が と゛う゛ご ざ い゛ま゛す゛」

「まずは涙を拭いて鼻をかみましょう」

 

 仁菜はルパから手渡されたティッシュを受け取り涙を拭き鼻をかむ。それで落ち着いたのか改めて4人を見つめる。昨日は乗り気じゃなかったのに何故来たのだろう?

 

「よく考えればこっちのほうが面白そうだなって、友情に感謝しろよ~」

 

 すばるは仁菜の髪をクシャクシャとかき乱しながら疑問に答える。昨晩に言いようのない不快感に襲われた。

 これは悔しさだ、クラウザーに負けたのがこれほどまでに悔しかったのか。バンドに参加したのもドラムを思う存分叩きたいからと参加したに過ぎない。それでもトゲナシトゲアリに愛着と誇りを持ち始め、悔しがっている。そこまでガチになるとは思っていなかった。

 それもあるが友達をあんな屈辱的な目に遭わせたことが最たるものだろう。クラウザーの手によってデスメタル的に処刑された。

 もし心が折れずまともな演奏をしていれば仁菜も心折れず負けたと思わなかったかもしれず、あんな醜態を晒さなかったかもしれない。

 仁菜は本音で接し語り合える数少ない友達である。このまま1人で行かせたら友達同士ではなくなってしまう。

 

「あんなゲテモノバンドに負けたままで終わるのがムカつくし」

 

 続いて智が理由を語る。両親と住んでいた時はピアノを習うなど真っ当に音楽を学んだつもりだった。そして初めて聞いたデスメタルは決して真っ当なものではなかった。

 色物とゲテモノと世間から認知され、その音は暴力的で人を傷つき殺す凶器のようなものだった。そんな凶器と殴り合いのような対バンをすれば負けるのは当たり前である。それが無性に気に入らなかった。

 トゲナシトゲアリの曲は桃香が作曲しているが智も意見を出すなどして関わり、ある意味智の音でもある。それに仁菜を1人で行かせればバンドは解散する。この5人に可能性を感じており解散するわけにはいかない。

 

「あんな不意打ちで勝ったと思われるのは癪ですから」

 

 ルパはいつものように笑みを浮かべながら答える。智が選んだからというのもあるが、仁菜に言われた通りクラウザーの演奏と歌に心折られたのが悔しかった。

 

「お前が愛してくれた音をあんな替え歌で虚仮にされたのはムカつく、曲がクラウザーに負けたのもムカつく、ギターで負けたのもムカつく、それに心折れた自分自身にムカつく。ガールズロックがデスメタルを対バンでぶっ潰す、こっちのほうがロックだ」

 

 桃香は舌を出して両小指を突き立て仁菜に向ける。仁菜は心の底からダイヤモンドダストの、桃香の音を愛してくれる。それを穢されたのだ、そのショックは計り知れない。

 本来なら最後まで抗う立場だったのにクラウザーのギターで真っ先に心が折れてしまった。これではバンドのリーダーとしては失格だ。

 それに仁菜が心折れた桃香の音を好いてくれるはずがない。そんなダサくてロックじゃない姿を一番のファンに見せるわけにはいかない。

 

「じゃあ、トゲナシトゲアリでDMCに負けてないって証明しましょう」

 

 仁菜は満面の笑みを浮かべながら両小指を立てる。それに応じる様に4人は小指を立てた。

 

 

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