「確かここら辺だよね」
ワゴン車を路肩に停めて5人は車内から出て辺りを見渡す。川崎駅前で5人が合流した後に電車ではなく車でDMCが所属するデスレコーズ事務所まで移動する。理由としては今から曲を歌えと言われたとしても対応できるように楽器を持っていく必要があったからだ。
「今更だけど、アポとか取らなくてよかったのか?」
「こういうのは勢いが重要かと思って乗り込むことしか考えていませんでした」
「あんたね、相手に失礼でしょ、その時点で門前払いされるって考えなかったの?」
「まあいいんじゃない、相手はデスメタルをやるような事務所だし、そんな普通にアポを取るよりカチコミみたいに行く方がデスメタルらしいって喜ばれるかも」
「結構偏見に満ちてますね。あっ、ありました」
ルパが雑居ビルの2階の窓に書かれているデスレコーズの文字を指さし、4人もその方向に視線を向ける。
「思ったより小さい事務所ね、自社ビルとはいわないけどもう少し大きいと思った」
「デスメタルの頂点が所属している会社の事務所だとは思えない」
「デスメタルって案外儲からないのかも」
「それか事務所にお金をかけてないとか」
「可能性はあります」
5人は少なからず安堵を覚える。もっと仰々しい建物に事務所を構えていると思ったが、そこらへんの雑居ビルの一室、零細の消費者金融の事務所があると言われても納得する。
「さて、乗り込むが皆武器は持ったか?」
事務所前の出入り口で桃香が確認する。ルパはベース、仁菜は壊れたギター、すばると智はドラムのスティックを見せる。
今から乗り込むのはデスメタルバンドが所属する事務所だ、印象通りだとしたら何が起こるか分からず、いきなり襲い掛かられても不思議ではない。自衛できるように武器を持っていくように指示していた。
その結果桃香とルパは演奏用に持っていく楽器、仁菜は音が出ない壊れたギター、すばるは使い慣れているからとスティック、智は何もなかったので、すばるが余りのスティックを貸した。
楽器を武器にするのはミュージシャンとしてどうかと思うが、買ったギターをその日に喧嘩で使って壊すのがロックらしいのでいいかと納得する。
仁菜が先頭に5人は階段を上がり2階の事務所を目指す。もし対バンに選ばれなかったらどうするか、そんな問いが浮かび上がるが胸の奥に仕舞いこむ。
仁菜は相当の覚悟を持ってここにきた。先の話をして覚悟を鈍らせたくない。その後の事は断られた後に考えればいい。
2階に上がるとデスレコーズと書かれた扉が見える。仁菜は1つ深呼吸して声をかける。
「頼も~」
何だその声の掛け方は時代劇か何かか?4人はそんなツッコみが浮かび上がるが黙って様子を見る。数秒後扉が開き5人は思わず息をのむ。
レザージャケットを着て筋骨隆々の右眉を剃ったモヒカンと、レザージャケットを着て筋骨隆々の左眉を剃ったダブルモヒカンの男が無言で現れた。
今まで会ったことがないタイプの人間だ、桃香の脳内では川崎の危険地帯に間違って足を踏み入れた時に見た人間を思い出す。あれよりヤバイ、どう考えても堅気の人間ではない。
他の4人も同様の感想を思い浮かべていた。
「ガールズロックバンド、トゲナシトゲアリです。この事務所の責任者はいますか?」
仁菜はビビりながらも意を決して要件を言う。発起人といえどよく声をかけたと4人はその勇気を賞賛する。
「ヘイ!グリ、グラ!どこのファック野郎が来た」
奥から女性の声が聞こえグリとグラが後ろを向く。それなりの年齢の声だ、この人物がこの事務所の責任者だろうか、今の一言で皆が想像するデスメタル的な人物であるという印象がつく。
すると仁菜はグリとグラの間を通り抜け部屋に入る。許可を得てないのに大丈夫なのかと不安が宿るが、仁菜の覚悟に引っ張られるように意を決して4人も部屋に入る。
部屋に入ると案外普通だった。床は血飛沫で染め上がり、壁はスプレーで罵詈雑言が書かれていると思ったが、普通の雑居ビル相応に汚れた壁と床だ、椅子がやけにごついとか頭蓋骨を花瓶代わりにされているなど、所々デスメタル要素がちりばめられていた。
「ファック、誰が入っていいと言ったビッチ共」
何かが通り過ぎ壁に突き刺さる。5人は飛来物が刺さった場所に視線を向けるとバタフライナイフが刺さっていた。ナイフは仁菜の5センチ横を通過していた。
手元が狂っていたら相手に刺さっていた。コントロールに自信があるのか、刺さっても問題ないと思っているか、恐らく後者だろう。そんな気配が目の前の中年女性から滲み出ている。彼女がDMCが所属しているデスレコーズの社長である。
「私達はトゲナシトゲアリというロックバンドです、最終週のDMC対バンの相手に申し込みに来ました」
「知らねえな、失せろ、ロックなんて軟弱な音でDMCの相手が務まるか」
「私達のことも知らないし曲も聞いてないのに何で分かるんですか?」
仁菜は社長の言葉に赤いトゲを放出しながら食い下がる。その反応が気に入らないのかこめかみに血管が浮き出ている。
4人は肝を冷やしながらやり取りを見つめる。仁菜にとってここがミュージシャン人生を左右すると感じているのだろう。何が何でもDMCと対バンしようという意志が感じ取れる。
「私達の曲を聞いて判断してください。それでダメだと言われたら納得して帰ります。それ以外は帰りません」
仁菜はその場に触り胡坐を組む。その様子はまるでストライキする労働者のようだ、普通の相手なら仁菜の決意に心打たれ、あるいは気圧されて一曲ぐらい聞いてやろうと思うだろう。だがデスレコーズの女社長はまともな神経をしていなかった。ノータイムで仁菜の肩に向けてローキックを放つ。
「仁菜!」
智とすばるが仁菜に駆け寄り、桃香とルパはギターとベースを構え社長に視線を向け、グリとグラが社長を庇うように割って入る。場は一触即発の空気となる。
「そんな暴力じゃ心が折れませんし負けません」
仁菜は立ち上がると先程同じように床に座り胡坐を組む。すると社長は座り込み仁菜を睨みつけながら問いかける。
「ガキ、そこまでDMCと対バンしてえのか?」
「したいです。DMCと、クラウザーと対バンして私達の音楽は負けてないと証明しなきゃいけないんです」
仁菜は臆することなく睨み返し社長も視線を外さない。視殺戦のような睨み合いが続く。10秒か、1分か、体感時間が狂い正確な時間は分からない。ただ4人は心の中で仁菜にエールを送りながら固唾を飲んで見守る。
「おい、お前はギターボーカルか?」
「ボーカルです」
「じゃあ、それでギターとベースがそいつらか」
社長は立ち上がり桃香とルパを指さす。それに2人は肯定の意味で頷く。
「そこのチビとビッチは何だ?」
「キーボードだけど」
「ドラムで~す」
智はぶっきらぼうに、すばるは若干おどける様に答える。仁菜の姿を見てビクビクするのが情けなくなっていた。
「キーボードとドラムが有るなら5分で持ってこい。なきゃギターとベースだけでやれ。聞いてやる。これで濡れねえ音だったら売り飛ばすぞ」
社長の言葉に5人は其々視線を合わせ、言葉の意味を理解したかのように急いで事務所を出る。
これで第一関門を突破した。あとは社長に認められるだけだ。売り飛ばすと言っていたが嘘かもしれないし本当かもしれない。しかし仁菜が度胸を見せて得たチャンスだ、何としてもものにする。5人のなかに社長たちへの恐怖は完全に薄れていた。
5分後、車の中にあったドラムセットとキーボードを運びセッティングする。その間社長たちは特に何も言わず見守っていた。
セッティングが終わり演奏を始める。絶対にDMCと対バンして負けていないと証明する。そんな想いと感情を歌に込める。他のメンバーも仁菜の為自分の為にDMCと対バンするという意志と決意を演奏にこめる。
「ヒャハ、少しは濡れる音してるじゃねえか、最終週の対バン相手はお前らだ」
社長は演奏が終わりポツリと呟く。その言葉を聞いた5人は喜びを表現するように声をあげる。
「ファック、うるせえぞビッチ共!用が済んだら失せろ、ゲラウェイ!詳細は追って連絡するから連絡先教えろ」
社長の一喝に5人は恐怖を感じたのか逃げ帰るように道具を持って退散し、桃香が連絡先を社長に教えた後に4人の後ろを追う。
「桃香さ~ん、怖かった~」
事務所がある雑居ビルから出てワゴン車に入るや否や仁菜は桃香に抱き着く。あの時は絶対に対バンすると恐怖が薄れていたが今頃になって恐怖が蘇り実感していた。
「よしよし、よくやった。流石ひごもっこす」
桃香は労うように仁菜の頭を撫でる。元々思い切りが良いとは思っていが、あそこまで度胸があるというかぶっ飛んでいるとは思っていなかった。
「ニーナ、マジすごいよ」
「まさにトゲナシトゲアリの特攻隊長ですね」
すばるは仁菜の頭を抱え犬に接するように頭を撫で、ルパも優しく頭を撫でる。
「恐怖心とか無いの?それって生き物としてどうかと思うけど」
智は3人のように頭を撫でず憎まれ口を叩く。実際はその度胸と意志の強さに感服していた。
「これであとはDMCに勝つだけ!」
すばるから解放された仁菜が力強く宣言し4人は頷く。DMCと対バン出来る可能性はかぎりなく低いと思っていた。だが仁菜の度胸と覚悟と意志が道を切り開いた。あとはやってやるだけだ。
5人の結束と意志の大きさはバンド結成以来最も固く大きくなっていた。
「お疲れさまです」
「おつかれさまで~す」
「ブルマ」
デスレコーズの事務所に3人の男性が入室する。1人はセーターをジーパンに入れたオタク、1人は茶髪でチャラついたホスト風、1人はポロシャツを着たマッシュルームカットのペニスヘッド。
彼らはDMCのメンバーでオタクが西田改めドラムのカミュ、ホスト風が和田改めベースのジャギ、ペニスヘッドが根岸改めギターボーカルのクラウザーである。
「ヘイDMC、最終週の対バン相手が決まったわ」
「何ってバンドっすか?」
「なんつったけ?ああ、トゲナシトゲアリとかいうガールズロックだ」
「トゲナシトゲアリ?本当ですか!?」
「ワッツ?知ってるのか根岸?」
「えっと、川崎のライブ前でちょっと……」
根岸は歯切れ悪く話す。ライブ後にトゲナシトゲアリに悪い事をしたと反省しており、SNSで動向を追う程度には気にかけていた。
「思い出した。クラウザーが処刑したメス豚共か、ヒャハハ!少しは濡らしてくれる」
社長は確かにトゲナシトゲアリを評価している。だがそれは最低ラインをギリギリ通過している程度であった。本来であれば対バンするようなネームバリューも腕もない。
ただDMCの悪魔的パフォーマンスと実力にどのバンドも及び腰になり最終週の相手は決まっていなかった。選ばれたのは運が良かったにすぎない。
そしてクラウザーに叩きのめされた相手がリベンジマッチを仕掛けてきた。ロックにしては気合いが入っている。予想以上に楽しませてくれそうだ。トゲナシトゲアリに求める役割は生贄程度だったが噛ませ犬程度に評価を上げていた。