DMCとトゲナシトゲアリ対バン当日。会場前にはすでにDMCファンがたむろし、ゴートゥーDMCと近所迷惑を顧みずコールしていた。
DMCによる8週連続対バン最終週、全ての対バンにDMCは勝ち続けていた。普通に考えれば連勝を阻止すべく最強のバンドがくると多くの人が期待していた。
しかし相手はインディーのガールズバンドで2カ月前にクラウザーに叩きのめされた。これでは速攻で勝負が終わり対バンの体はなさないというのがDMCファン達の評価だった。
だが先週のライブハウスserbian nightでの一件で評価は変わる。ファンの鑑達のコピーバンドを叩きのめし、僅かな時間と云えどクラウザーと演奏し五分の勝負を繰り広げた。単なる生贄ではない、最低限勝負になる相手だ。
少しマシというだけでDMCが絶対に勝つ。あのメタルの帝王ジャックイルダークやメタルゴッドと呼ばれたカールスマーダーの息子であるゴッドも倒したのだ、ガールズロックのしかも半分が10代の小娘達に負けるわけが無い。
両バンドすでに会場入りし音合わせや機器のチェックを済ます。そこで両バンドは顔を合わせることはない。
普通の対バンであれば世間話などをするだろうが、この対バンは文字通りバンド対決、自分の音とパフォーマンスで相手の音を否定し叩きのめす。格闘技の試合に近く、これから叩きのめす相手と仲良くする者はいない。
「チケットは即完売、客は超満員ですって」
「全部DMCファンだけどな」
「どうせなら武道館でやりたかったですね」
「嫌よ、DMCのおこぼれで舞台に立つなんて、演奏するなら自分達の力じゃないと」
「そうだね智ちゃん」
トゲナシトゲアリ控室、それぞれが楽器の最終チェックをしながら雑談するなどして本番前の時間を過ごす。
ファン比率は100対0で完全なるアウェー、誰もがこちらに期待せず無惨に醜態を晒すのを望んでいる。
客層を考えれば五体満足でライブハウスを出られる保証はない。音楽をやって五体満足でいられるか不安がるとは改めて異常な環境である。
「三浦さんとか来てませんかね」
「来てるわけないだろ。今頃フェスに行って仕事してる」
仁菜の問いに桃香は一笑する。かつては大手芸能事務所の社員三浦に目をかけられ、フェスで結果を出せば自分達の音楽性を尊重してくれると言った。
だがクラウザーに乱入され、フェスを蹴ってDMCと対バンすると伝えると何度も説得されたが拒否し続けると理解できないという言葉を最後に連絡が来なくなった。
「ミネさんは?」
「あの人も忙しいから来ないって」
ミネは桃香の音楽における先輩のようなもので色々と世話になった。クラウザー乱入事件を知り心配になったのか連絡し、対バンについてもやめとけと言われ続け同じように拒否していると次第に連絡しなくなった。恐らく明らかに非合理的な選択に呆れたのだろう。
「仁菜のご両親やお姉さんは?大一番だから応援に来ないのか」
「来ません。対バンの件は3人に物凄く言われたので『せからしか』と跳ね除けたら、勝手にしろって怒られました」
仁菜は僅かに顔を曇らせながら答える。父親とは学校時代のイザコザで関係は悪かったが、里帰りの際に関係を修復し音楽活動を認め応援してくれるようになった。
だが対バンについては理解してくれなかった。本心では理解し分かって欲しかったが、傍から見れば何一つ得が無いこの選択に賛同しろというのは酷な話であると、父親の心境は理解しているつもりだ。
「すばるちゃんのおばあちゃんは?」
「来るわけ無いでしょ。フェスに参加するんだったら音楽やってますって言って、もしかしたら来てくれるかもしれないけど、こんなライブに参加しますって知ったら卒倒するし言えるわけない」
すばるは愛想笑いを浮かべる。フェスが表舞台ならこの対バンは裏舞台だ。DMCは有名だが世間的に見ればフェスのほうが有名で、そちらに参加する方が名誉だし得も多い。
なによりこんな危険地帯に祖母を呼んで何かあったら悔やみきれない。
「ルパさんは?」
「友達少ないですから」
「智ちゃんは?」
「私も」
「私達の周りって薄情な人ばっか~」
すばるはおどけるように言い放つ。だが本人も含め誰一人そうは思っていない。こちらが心配してくれる人たちの心配や優しさを払いのけたのだ。当然である。
「みんなごめん、私がDMCと対バンしはい」
「謝るなニ~ナ~」
すばるが仁菜の頬を掴み引っ張る言葉を遮る。いはいいはいという声を聞き頬から手を放す。
「それは最初は何考えてんだこいつって思ったけど、最終的には自分達で決めた。皆が参加するからとかって理由で選んだ人は誰もいない。自己責任ってやつ」
すばるは気にするなとばかりにニカッと明活な笑みを見せる。それに賛同するように皆は笑みを見せ仁菜の肩など叩く。その言葉に今まで心に僅かに引っかかっていたしこりは消える。
「みんな、この対バンは何が起こるか分かりませんが、決して心を折られずDMCやファン達に爪痕を残していきましょう!」
「当然だ。クラウザーのギターに負けてたまるか」
「カミュのドラムに喰らいついてやる」
「ベースとして皆のフォローは任せてください」
「私達の曲はあんな野蛮な音に負けないって証明してあげるわ」
仁菜は小指を立てながら高らかに言い放ち、他の4人も小指を立てながらそれぞれの決意を言葉にする。孤立無援の戦いだが士気はこれほどなく高まっていた。
「ヘイ、クラウザー、先日のライブ襲撃失敗の件にしかり最近弛んでる、今日のライブはビッチ共を血祭にあげ……」
「大丈夫ですよ社長、今日の根岸はいつになく気合入ってますよ。問題ありません」
「くいこみ」
ジャギは社長の杞憂を明確に否定する。先週のライブ襲撃失敗から明確にトゲナシトゲアリを意識している恨みをためている。対バン用に相手の曲を聞いておけと言ってきた。こんな事は初めてである。
一方クラウザーはスマホを食い入るように見ている。スマホから流れているのはトゲナシトゲアリの楽曲である。
(あのおさげメス豚め、オレのポップスを全否定しやがった!それでやってるのは軟弱なロックだと!負けて無様な姿を晒したくせに生意気にも挑みやがって!あの金髪ギターもド下手糞の分際で勘違いしてんじゃねえ!ドラムも顔が良いだけのビッチメトロノーム!ベースのアジア系の女も大した腕もねえ!キーボードのガキはお遊戯レベル、幼稚園児と一緒にお遊戯会でピアノ弾いてろ!)
曲を切っ掛けにトゲナシトゲアリの面々の顔を思い出し、見当違いな逆恨みで憎しみを募らし、着実にライブに向けて準備を整える。
開演時間まで残り5分、
フロアは薄暗いが客達の息遣いや話声で満員になっているのは分かる。ファン達の話題は今日のDMCは何を歌うのか、どのようにして相手バンドを処刑するかなどDMCの話題でトゲナシトゲアリの話題は1つも出ていない。
そして開演時間が過ぎてステージにスポットライトが当る。そこにはDMCの面々が立っていた。
「クラウザーさん!今日はどのようにしてメス豚を処刑されるのですか!」
「キャー!ジャギ様!私を焼き犯して!」
「カミュ!そのスティックで俺を叩いてくれ!」
会場のボルテージは一気に上がりファン達はメンバーに声をかけ声援を送る。この場にはDMC以外にも黒のパンツと網タイツを履いた小太りの中年の男性が居た。
資本主義の豚と呼ばれ、DMCのパフォーマンスには欠かせない存在である。そしてクラウザーがマイクを持つと一気に静まりかえり言葉を待つ。
「今宵の生贄はメス豚共5頭、あの時は邪魔が入ったがこの場では邪魔入らない、約束通り殺害してやる。出でよ、トゲナシトゲアリ!」
クラウザーはトゲナシトゲアリのメンバーの姿をプリントした紙をジャギの頭上に向かって投げ、ジャギは口から火を吐き5枚全てを焼き尽くし、そのパフォーマンスに歓声があがる。
そしてクラウザーの呼びかけに応じる様に5人が現れる。
「メス豚共が出てきたぞ!」
「全員ガキばっかりじゃねえか、あのおさげのガキ結構カワイイぞ」
「あの金髪はヤリマンそうに見えて処女だ」
「黒髪ロングなんてビッチの象徴みたいなもんだ。ビッチに決まってる」
「あのアジア人、体がエロイぞ!フィリピンパブで働いてんじゃねえか」
「おい小学生が混じってるぞ、育ちが良さそうに見えるがああいうのに限って母親が淫乱なんだ」
トゲナシトゲアリのメンバーに日常で決して浴びせられることがない卑猥で性的な言葉が響き渡る。その反応はある意味予想しており、仁菜を筆頭に感情が乱されないように心を落ち着かせる。
智は感情を逆なでる箇所をピンポイントに抉られ叫び返しそうになるが、ルパのアイコンタクトで何とか心を落ち着かせる。
それぞれが持ち場につく。ステージ中央にギターボーカルのクラウザーとボーカルの仁菜とギターの桃香、後方にドラムのカミュとすばる、右側にベースのジャギとルパ、左側にキーボードの智が陣取る。対バンの性質上、それぞれのメンバーとの距離は近い。
「死に方を選ばせてやろう。じっくり殺されるか、素早くころさ……」
「悪魔の罪!」
クラウザーのMCを遮るように仁菜の声が響き渡りトゲナシトゲアリが一斉に演奏を始める。
「メス豚共!MCを遮るなんてクラウザーさんへの冒涜か!」
「殺害するぞ!」
『アアアアアア!』
ファン達の野次や罵声は仁菜の叫びで掻き消される。怪鳥の叫びのような高音にファン達は思わず耳を塞ぐ。
この叫びとメロディで察知する。あの叫びは高音系のデスシャウトでこれはデスメタルのメロディだ。
「DMC相手にデスメタルだと!メス豚共舐めてるのか!」
「ロックでもやってろ!」
対バンでロックバンドがデスメタルの頂点であるDMCに対してデスメタルを演奏する。それはファン達にとってあまりに冒涜的で侮辱的行為だった。
ファン達の怒りは頂点に達しステージに上がろうとするがクラウザーが手で制す。
「どういうつもりだクラウザーさん?こんな冒涜的な行為を許していいのか?」
「何で曲を演奏して潰さないんだ?」
「いや、あれはワザとだ。あえて演奏させることでデスメタルの難しさと恐ろしさを実感させ、演奏が終わる頃にはあまりの下手糞さぶりが身に染みる。もはやレイプの方がマシだと思う程の屈辱だ。このほうが俺達に乱されて演奏を潰すより遥かにキツイ」
「何てドSぶりだ、流石クラウザーさん!」
ファンの鑑の解釈にファン達は納得し静観する。つねにDMCという最高のデスメタルバンドの曲を聞いている。生半可なものじゃ嘲笑の対象にしかならない。数分後には絶望で地を這うトゲナシトゲアリの姿が見えていた。
『存在自体が罪とすれば判決を下す悪魔に爪をたてる。悪魔の叫びが自らの葬送曲、己の傲慢が死体を呼び起こし無惨な死を遂げる。それが悪魔の終焉』
ファン達の反応が変化する。ちゃんとしたデスメタルになっている。ドラムとギターとベースに加えてキーボードが入りそれが独自性を生み出している。
口では否定したいがデスメタルファンとしてこれを貶せばデスメタルを否定してしまう。その葛藤でファン達は苦悩していた。
そしてクラウザーはこの曲が乱入の時に即興で作った『罪』のアンサーソングであると気づく。
『下手糞!爪を立てるな!不得手!肉バイブ!弱輩!早漏!不感症!握る力が強すぎる!不得意 !短小!!稚拙!自分よがり!全てを萎えさせる悪魔!咎人の手で処刑する!』
仁菜はクラウザーを睨みつけながらありったけの怒りと敵意を込めて歌う。相手の予想を外し挑発するためにデスメタルを歌うと提案したのは桃香だった。そしてその曲はクラウザーが即興で作った『罪』という曲のアンサーソングにするというアイディアも桃香だった。
それから桃香はデスメタルを学び曲を作り上げ、仁菜もデスメタルを学び、持ち前のセンスと練習によってものにする。歌詞に下ネタが入り最初は戸惑ったが対バンに勝つ為にと羞恥心は捨てた。
曲が終わり予想外に質の高いデスメタルにファン達も戸惑っていた。その戸惑いを尻目にトゲナシトゲアリの5人はDMCのメンバーに小指を突き立てる。どうだ、デスメタルは私達でも出来るぞというメッセージをこめる。
「死んだことも殺したこともない処女共の音だ、こんなの目覚ましにもならんわ、俺が本当のデスメタルを聞かせてやる。『病』」
クラウザーは全く動揺せず曲を歌う。確かにマシだったが所詮はロックバンドがやったデスメタル、これ以上のデスメタル曲を歌うバンドは何組もねじ伏せてきた。
『むしばんでゆく貴様の元気 名医をも殺る病原菌はオレ さっきは血管むしばんだ 今は脳ミソむしばみ中』
DMCの曲にこれが本物デスメタルで先程のものはまがい物といわんばかりにファン達が盛り上がる。
トゲナシトゲアリとしてはこのデスメタルは奇襲であり、勝負が決まればラッキー、動揺してくれれば充分程度の認識だった。だが動揺は全く無い。数々の音楽ジャンルのミュージシャンを対バンで倒しただけある。
そしてステージ場で聞くDMCの生演奏と歌、メンバー達で研究の為に客としてライブに行ったが観客として聞くのではまた別種の迫力と凄味がある。改めて強敵を相手に対バンしていると実感させられる。
『死の宣告余命三ヶ月 投与投与薬を投与 残しておいた心臓むしばむ 死の宣告余命2時間 投与投与点滴投与 死の宣告余命1秒 投与投与座薬を投与 病が貴様をむしばみつくす』
「足で座薬投与するなんて器用すぎる」
「現代のドクターK、いやドクタークラウザー、ドクターCだ!」
クラウザーは歌いギターを弾きながら資本主義の豚に脚で薬剤を口に押し込み、尻の穴に錠剤をねじこむ。歌詞通りに薬を投与するパフォーマンスにファン達は酔いしれる。曲が終わり場の空気はDMCに一気に傾く。
だがこの程度で戦意を喪失するトゲナシトゲアリではなく、場の空気を取り戻すために次の行動に移る。
「ファック」
仁菜のファック発言に桃香はギターを鳴らす。ファックとギターのテンポが徐々にアップテンポになっていく。
そして仁菜はクラウザーに向けて手招きしながら大きく意味を吸い込む。クラウザーは即座に意味を察知し大きく息を吸い込む。
『ファックファックファックファックファックファックファックファックファック』
『ファックファックファックファックファックファックファックファックファック』
「あの女、クラウザーさんにファック対決を挑みやがった!」
「正気か!?あのジャックですら勝てなかったんだぞ、あのメス豚が勝てるわけねえ!」
2人は息継ぎなし高速でファックを連呼する。これはジャックとの対バンでクラウザーが挑んだ高速ファック対決、どちらが息継ぎなしでファックを多く連呼するかを競い、ジャックの十八番といわれるほどだが、クラウザーは正面からねじ伏せていた。
『ファックファックファックファックファックファックファックファックファックファックファックファック』
『ファックファックファックファックファックファックファックファックファックファックファックファック』
「あの女やるぞ、ジャック並みに速え!」
「ロッカーも中指立てるから得意なのか!?」
ファン達は仁菜の健闘に称賛の声を挙げ、その様子をトゲアリトゲナシのメンバーは心配そうに見つめる。
DMCに勝つには演奏はもちろんパフォーマンスで勝たなければならない。曲では負けるつもりはないがパフォーマンスはデスメタルが一日の長がある。そして勝てる可能性があるパフォーマンスを模索した結果導き出したのがファック連呼だった。
仁菜はボーカルとして舌が回りアップテンポで難しい曲も難なく歌える。それであれば高速ファック連呼もできると判断し、早口言葉のトレーニングなどを取り入れこの日の為に鍛えた。
『ファックファックファックファックファックファックファックファックファック』
『ファックファックファックファックファックファックファックファックファック』
「おい、あの女の顔色が紫色に変色してるぞ。チアノーゼで死ぬつもりか?」
「クラウザーさんの顔色は相変わらず白いぞ、この勝負もらった」
仁菜の意識はあやふやになり始め息苦しさに苛まれながらファックを連呼し続ける。苦しい、辛い、今すぐにでも息継ぎしたい。弱音が瞬く間に脳内を侵食するが懸命に振り払う。
DMCに負けたくない。クラウザーに負けたくない。トゲナシトゲアリは負けていないと証明したい。桃香の曲で芽生え、川崎で皆との生活で育んだ反骨心をかき集め力にする。
『ファック ファック ファック ファック ファック ファック ファック』
『ファック ファック ファック ファック ファック ファック ファック』
「だんだん間隔が長くなってきたー」
「決着は近いぞ」
2人の表情は酸素不足によって苦悶で歪む。その様子をジャギとカミュはクラウザーの勝利を疑わずじっと見つめ、桃香たちは悲痛な表情を浮かべながら心の中でエールを送る。
『ファック』
『ファック』
お互いそのファックを最後に大きく息を吸い込み項垂れ肩で息をする。
「うわー同時に息継ぎした。これは引き分けだ!」
「ウソだろ!クラウザーさんがファック対決で勝てなかったなんて!」
「あの女実はジャックの隠し子なんじゃねえか!?」
「元気みたいにバネでもしこんでるだろ!VARだ!」
会場にいるファン全てが動揺し騒めく。DMCの名シーンをあげるとすればジャックとのファック対決に勝利した場面というファンも多い。
ジャック撃破でDMCの名を一気に知らしめ、そのジャックの18番のファック対決で勝った場面はそれだけセンセーショナルだった。
(ウソだろ根岸)
ジャギもある意味ファン以上に動揺しあからさまにアタフタしている。長年バンドメンバーとしてそのメタルモンスターぶりを見ており、メタル的な行為で負けた姿は見たことない。
結果的に負けなかったが勝つことも出来なかった。こんな10代の少女にメタルモンスターが勝てなかったという事実はジャギの心に楔を打ち込む。
「勝負だクラウザー!」
桃香は速弾きしながら息が整っていないクラウザーに向けて挑発的に言い放つ。速弾きはデスメタルの十八番、その十八番にロックのギターが挑みにきたからには応じないわけにはいかない。その挑戦に応じる様にクラウザーは息を乱しながら速弾きする。
「今度は速弾きで挑みやがった」
「メタルの帝王相手に速弾き対決なんて死にたいのかあの金髪」
「だがクラウザーさんはファック対決で疲弊している。明らかに不利だ」
よくやった仁菜、激しい呼吸音を発する仁菜を抱きしめて褒めたたえたい衝動を抑えてギターに専念する。
仁菜のファック対決でクラウザーを疲弊させ、この速弾きで勝つというのが当初のプランだった。
予定では仁菜が負けて速弾きで勝つ。これで一勝一敗だがデスメタルの十八番で勝てば実質はトゲナシトゲアリの勝ちという雰囲気になる。パフォーマンスで勝つにはこれしかなかった。
桃香はギターに想いを乗せる。負けたくない、仁菜の屈辱を晴らしたい、クラウザーに負けた過去を清算したい。
いくら疲弊したとしても相手はデスメタル界トップのギタリスト、以前の桃香では歯が立たなかった。だが心が折れた弱い自分に中指を立て練習を続ける。その日々がクラウザーのギターと比較して感じた壁を打ち破り、ついに疲弊しているどいえどデスメタル界トップのギタリストと互角の腕まで上り詰めた。
「あの金髪のギターもやるぞ」
「クラウザーさんのギターにレイプされたんじゃなかったのかー」
ファン達もデスメタルの猛者共のギターを聞いてきたが、それと限りなく肉薄している。ロックのギターなんて態度だけイキっているごぼうだと思っていたが、こんなギタリストもいるのかと評価を改めていた
会場に2人のギター音が響き渡る。ファンの目から見て勝負は互角だった。だが突如ベースとドラムの音が加わる。ジャギとカミュが勝負に乱入する。
ファンから見たら互角だがジャギとカミュの目にはクラウザー不利だった。このままではクラウザーが負けると判断し参戦する。
そうなるとトゲナシトゲアリのベースであるルパとドラムのすばるも加わる。この展開も予想していた。1対1の速弾き対決は3対3のセッション対決、いかに速く演奏しながらクオリティの高さを競う。
「見ろ!カミュのドラミングが速すぎて腕が6本に見えるぞ!まるで阿修羅だ!」
「インド神話の阿修羅の正体はカミュさんなのは知っているな」
「ああ」
クラウザーのギターテクニックに隠れがちであるが、カミュのドラミングもトップクラスであった。そのスピードにドラマーとしての経験が短くアクターズスクールでの日々で練習量が足りないすばるでは差が有った。
「見ろ!クラウザーさんの手がすげえゆっくりに見えるぞ?なのにメロディはめちゃくちゃ速え!どうなってるんだ?」
「いや、クラウザーさんの手が速すぎて遅く見えるんだー!」
「スローハンドという異名で呼ばれているギタリストがいるが、あれはクラウザーさんの速弾きを見て心酔し、自分もそうありたいとファン達に無理やり呼ばせた結果、定着したのは知っているな」
「ああ」
桃香もクラウザーのギターの変化を察知し焦りが過る。なんで無呼吸でファックを連呼した直後のギター速弾きでペースが上がってるんだ。
スローハンドの異名を取ったギタリスト、エリック・クラプトン。その異名はファンの鑑が言った通り、指の動きが速すぎて逆にゆっくり見えるからと信じられているが、実は客達が彼にゆっくりとしたテンポの手拍子を送ったのが正しい由来である。
そして桃香もその間違った異名は知っている。ギターを弾くからこそ盛り過ぎだろと一笑に付していた。だがこのクラウザーのギターは手元が見えないが本当にストロボ現象を起こしているのではないかと思わせる程だった。
「おい!ジャギ様を見ろ!」
「今度はどう凄いんだ?」
「普通に上手いし、普通に速え!」
「本当だ、普通にスゲエ!まるでベースの教科書みてえだ」
ファンの言う通り堅実にベースをこなす。カミュとクラウザーというトップクラスのギターとドラムの中にいる普通のベース、その平凡さは無意識のうちにファンに安心感を与える。
(やっぱり根岸はメタルモンスターだぜ)
ジャギのベースはクラウザーがファック対決で引き分けたことに動揺し乱れていた。だがクラウザーのギターのギアが一段階上がっているのを感じ平静を取り戻していた。
(元に戻りましたね)
ルパもジャギのベースが通常に戻ったのを察知する。セッション当初は明らかに音が乱れていた。
ベースは土台であり、仮にクラウザーとカミュが上回ってもベースが乱れついていけなくては音のクオリティが下がる。それで速さで勝ってもセッション対決に勝ったことにはならない。
ジャギは目立たず普通に見えるが、だがあの2人と一緒に演奏して普通についていけているのは凄い、並のベーシストだったらついていけず曲のクオリティは落ちてしまう。
3対3対のセッション対決、ファンの目には互角に見えるが優勢なのはDMCだ。ドラムはカミュが有利、ベースは互角、そしてギターは予定では桃香が押すはずだったが、クラウザーのギアが上がったギターに押され始めていた。
そしてギターが遅れ始める。主役のギターが遅れれば形勢は一気に傾く。このまま行けばファンの目から見てもDMCの勝利に見える内容になる。DMCは勝利を確信した。
だが勝負はまだ決しない。
「おい、あのキーボードめちゃくちゃ速え!」
「女が連続で喘いでるみたいだ。どんな速さで突かれてるんだー!」
ギターの存在感が消えかけると同時にキーボードの音が一気に主張し、クラウザーのギターに張り合う。DMCは予想より凄かった。3対3で勝てないかもしれない、ならば3対4で挑めばいい。智は桃香の様子を見て役割を交代する。
速弾きはギターの専売特許ではない、キーボードにも速弾きはある。その速さはギアが一段階上がったクラウザーに対抗出来ていた。
曲によって速弾きはするがここまで長く速弾きに特化したことはなかった。こんな速弾きをすることは今後無いだろう。この時のために2カ月練習を積みかねた。
今後する披露する必要が無い演奏の為に練習を積み重ねる。周りは非合理で無駄だというだろうし自身もそう思う。それでもDMCに勝つ為に必要ならやる。
デスメタルは音で殴ってくると評したが、このセッションもクオリティをある程度保たなたなければならないが、結局は速さ勝負、音楽の体をなしているがどちらが速いか、どちらが凄いかと音で殴り合っているようなものだ。
ピアノを習っていた時はこんな弾き方をするとは思っていなかった。野蛮だが仁菜達に影響されたのか悪くはないと思っている。
桃香と智が交代したのを見てルパはギターからキーボードを引き立てる演奏を変更し、キーボード、ベース、ドラムの3人体制でセッションを続行する。その間に桃香は手を休めて休憩する。
そして桃香とすばると智はアイコンタクトを取って役割をスライドする。桃香が智と交代しメロディを奏で、智がすばると交代しリズムを刻み、すばるが休息する。
負担が大きいギターとドラムを3人でローテーションして対抗する。これが対バンのセッション用に考えていたシステムである。
演奏を壊さず淀みなく役割を交代する為に3人で何度も練習した。これは演奏で決して使わない対バン用のシステムである。
恐らくDMC方式で対バンすることはない、周りから見ればする必要のない対バンの為に今後二度と使わないシステムを熱心に練習する。非合理で無駄な行為だが当人たちは誰もそう思っていない。DMCに勝つのはトゲナシトゲアリにとって最優先事項だ。
それからトゲナシトゲアリは細かくローテーションを刻み演奏を続ける。インターバルがあるにせよその負担は大きい。ルパもローテーションごとに演奏を変化させ同様に負担が大きかった。
このセッションは音楽活動の中で最もキツイ、それでも4人は挫けず気力は衰えない。ここで負ければ対バンに勝つチャンスはない。ここがターニングポイントだ。
すると徐々にDMCのスピードが落ち始める。遅れ必死に取り戻そうとするが徐々に引き離される。心が折れたのかファック連呼から速弾きで体ついていけなくなったのかクラウザーの演奏が止まる。
メインであるギターが止まれば演奏は成立しない。一方トゲナシは演奏を続けクオリティも落ちていない。誰の目から見ても勝敗は明らかだった
「うわー!クラウザーさんの手が止まった!」
「ありえねえ!DMCがガールズロックに負けるなんて!」
「なんかの作戦ですよね、クラウザーさん!」
ファン達から悲鳴や嗚咽の声が聞こえてくる。対バンのセッションでDMCが負けた。それはあり得ないしあってはならない出来事だった。
一方トゲナシトゲアリは大粒の汗を流し息を弾ませながら膝をつくクラウザー、クラウザーを心配してから寄りそう資本主義の豚、これ以上なくアタフタしているジャギ、何を考えているか分からないカミュを見つめる。
勝った。相手の土俵で叩きのめした。会場の雰囲気はこれ以上なく変わり勝負の流れが一気に来ているのを確かに感じていた。
「ベースのルパさん!」
今まで休んでいた仁菜が突如MCを始める。一瞬間が空くがルパはすぐ対応する。
「喧嘩は見るのも好きですが、やるのも楽しいですね」
満面、ファン達にとってはこれ以上なく挑発的な笑みを浮かべならベースを奏でる。
「ドラムのすばるちゃん!」
「すばるで~す。私のドラム見てくれた~」
すばるはドラムを叩きながら女子高校生らしさを最大限に演じながら答える。
「キーボードの智ちゃん!」
「ロックだってこういうのは出来るから」
智はいつも通りぶっきらぼうに、そしてどこか嬉しそうにキーボードを弾きながら答える。
「ギターの桃香さん!」
「私がデスメタル界の帝王を襲名してやろうか?」
桃香は舌を出し挑発的にギターを弾きながら答える。
「そしてボーカルの仁菜でトゲナシトゲアリです。ビッチ共でもメス豚どもでもない!分かったか!」
仁菜のシャウトにファン達の悲鳴や嘆きの声は一瞬止まり、MCを続ける。
「私達はクラウザーに負けて心が折れた。それでも負けてたまるかって気持ちを必死にかき集めて、中指突き立てて、立ち上がって、賢い生き方を捨てて、この場に立って、勝った!ロックなめんな~~~!」
仁菜は封印していたダブルファックポーズを解禁する。それに応じる様に他の4人も挑発的な笑みを浮かべながらダブルファックポーズをファンに向けた。
「私達の音楽はDMCに負けてないってもっと証明してやる!『空白とカタルシス』!」