“切亡遣い”水鏡壱葉(みかがみ・ひとは)
“希望担い”須永清木(すなが・すみき)
“希亡遣い”竜宮叶多(りゅうぐう・かなた)
“渇望担い”緑椿舞依(あおつばき・まい)
“渇亡遣い”緑椿祈里(あおつばき・いのり)
“欲望担い”深怒田芽衣(ふかぬた・めい)
“欲亡遣い”鮮薔薇茨(あざばら・いばら)
“人望担い”狐狸沢幽花(こりざわ・かすか)
“人亡遣い”仮月熊子(かりづき・くまこ)
“絶望担い”叢雨栞(むらさめ・しおり)
“絶亡遣い”雨草不酔(あまくさ・ふずい)
学文路歌沫(かむろ・うたかた)
黒藤環奈(こくとう・かんな)
八傘棗(やつがさ・なつめ)
オレと水鏡を乗せた車は段々と人の光から離れていき、次第に街灯のない山道を辿って行く。
包み込むような木々の陰から逃れた時、窓の外には、高くて眩しい宝石店みたいな、冬空の星がちりばめられていた。
「……まさか、また騙したんじゃないだろーな。黒藤支部長」
「概要には目を通したと思っていたが。狭窄な視野の責を他人に預けるつもりか?」
助手席に座る支部長は、振り返りもせず言い切った。ちょっと不信に思ったから確認しただけなのに、一々鼻につく言い方だ。
そう、まさか
東京某所。時間帯は、そろそろ日付が変わる頃だと思う。携帯は置いてくるよう言われたから、最後に時計を見た時からの体感でしかないけど。
オレの右には水鏡が座って、窓の外を見つめている。山の外側に座っているオレと比べて、水鏡からは濃淡のない暗がり一辺倒しか見られないから、きっと退屈だろう。
「んふふ。そんなに見つめられると照れるなー。緊張しちゃった? シロくん」
「心配しただけだよっ」
そうだ。外が暗くなると、より窓に顔が反射しやすくなる。オレが所在無さげに辺りを見ているのも水鏡にバレるんだった。
支部長からは毒を吐かれ、相棒からは揶揄われて、既に少し、心持ちがどんよりとする。
これから出会うのは、選ばれた精鋭のチルドレン。こんな調子で、初めて出会う皆にちゃんと話せるだろうか。
目の前は車のライトが一寸先を照らしている。目的地は、まだまだ見えない。
――突然、目の前が明るくなった。
「っ!?」
「お待たせしました」
運転席から声が聞こえる。
いつの間にか、眼前は駐車場だった。人工的な灯りが照らしているのか、窓から見下ろせばコンクリートの地面が見える。今まではどんな道だったかもわからないのに、今は地面に引かれた白線も、車のライトに照らされた緑の植物だって見える。
いつの間に着いた? 寝てないはずだけど。
「《不可視の領域》か」
「隠匿方法を語る権利は私にありません」
前の席で大人が話す。
今日は黒藤支部長の付き人ではなく、向こうの人間が運転していた。おかげで移動中も緊張感があったけど、思えば必要な緊張だったのかもしれない。山奥に隠された、レネゲイドウィルスの研究施設に踏み込むのであれば――。
「少し席を外してもらう。構わないか?」
「畏まりました。私はこの車の傍でお待ちしておりますので、お帰りの際は申しつけください」
言うと、運転手だけが車から出ていってしまった。
あまり意外には思わない。黒藤支部長は、あまり外部に話を聞かせたがらないから。
「既に資料を目に通した君達ならば察しが付くだろうが、これより長期的且つ、革新的な働きが求められる。必要なのは個々人の特色、人格そのものだ。《ノブレス・コンプレックス》《フェイス・レス・フェイス》……君達へ懸念はない。ただ武器を受け取り、力と精神を磨き、成果を上げたまえ」
「――了解」
「はいよん」
簡単に言ってくれるよ。
……この話を受けた以上、やるしかない。
「うし。行こう、水鏡」
「いつも通りにいかせてもらうから、期待はしないで頂戴ねー」
車から出ると、山奥らしい澄み切った空気に包まれる。
肺一杯に空気を取り込めば、身体の中が霜を張るような気がした。
「うわぁ寒いねこりゃ」
「ね。ただ……景色はいい」
「ん? ああ。そうね」
凍て空だからって、幾らなんでも星が眩しい。本当に東京の土地なのかと疑うくらい、自然が汚れていないまんまだ。
黒藤支部長が車から出るのを見計らって、進む準備をする。少し見渡せば進むべき方角は分かった。
切り開かれた土地に、その建物は鎮座している。長い長い円筒が空に眼差しを送る、大きな天文台が。
黒藤支部長は別に用事があるらしい。正面入り口へ、オレと水鏡が挑む形となる。
「仲良くやっていけるといいねー」
「……思ってるか?」
「えぇ? 心外だにゃあ。シロくんには是非友達を増やしていってほしいとも」
「なんか色々誤魔化されてる……」
水鏡は、いつも通りヘラっと笑った後、眼鏡を直してリボンを整えた。オレにはそういう、良く見せるものなんてないから、胸に手を当てて息を吸ってみる。
心臓よりも深いところで、力がうごめく。
名前のないオレの妹が、何か言いたげにしている。……託されたこの力、支部長に言われずとも、オレのものにしてやるさ。
自動扉の先には一人の女性が立っていた。カウンター越しに、オレ達を待っている。
外装通り、広々とした清潔感のある施設だ。迷いそうな自信が湧いてくる。ひとまずは、視線を送ってくる受付の女性に話し掛けるとする。
名乗れば通してくれるだろうか。と口を開いたところで、女性は一枚ずつ、硬質なカードを手渡しながら言った。
「白潮狛様、水鏡壱葉様。こちらを持って右手側の階段下、作戦室までお通りください」
「あ、うっす」
「はーい」
気の抜けた返事をしてしまったことを恥じつつ、オレ達は言われた通り地下への階段を歩む。
窓がないと、研究所然とした建物は閉塞感が凄まじい。幾ら天井が高かろうと、オレの肌には合わない。
階段を下りて正面に、両開きの扉が開いて待っていた。
両脇の廊下を塞ぐようにして二人のスーツの男性が立っている。「こちらが作戦室です」と、促されるままに、正面の扉を潜った。
半円形に椅子が展開されており、入口に背を向けるようにして、見知らぬ大勢が座っている。
「おぉっ! アンタらが最後か! よろしくな、まぁ座れよ!」
「声が大きい。困らせるなよ」
いち早く気付きオレらを歓迎したのは、赤髪の男だった、振り向いた時に見せた赤い瞳もさることながら、熱烈な意気が見るからにすさまじい。その隣にいるまた別の男が諫めている様子に、ほんの少し安心して、空いた椅子を探す。
席は全部で十二。そして赤髪が最後と言っていた通り、並べられた椅子の空きは二ヵ所だけだった。
空いた席へ向かう前に、オレは息を吸う。
「――蓮葉支部所属、白潮狛っす。よろしくお願いします!」
「……同じく《フェイス・レス・フェイス》水鏡壱葉でーす」
これから肩を並べる仲間へ、オレは精一杯の虚勢を用いて笑い掛けた。
先の男二人以外にも、首を振り向かせた数人が口々に応えてくれる。ただ、見向きもしない人や、一瞥だけで済ます人も、やっぱり数人いる。
「おお! 元気な奴で良かった! オレは――」
赤髪の声を遮るように、部屋の扉が勢いよく締まる。
背に受けた風圧では、辛うじて虚勢は剥がれない。……上映間近の映画館みたいに暗くなっていく室内。オレ達は急かされるように空いた席へ座った。
淡い寒色系の灯りが残った。薄暗い室内は、見渡してみると中世の雰囲気を思わせる。あまり詳しくはないけれど、ここなら割ってはいけない壺とかも置いていそうだ。
昂ぶりを感じる。映画館と想像したけれど、これはどちらかと言えば……。
「昨年、八月三十一日午後二時四十四分九秒。或る秘匿探査にて星辰開発室は大きな成果を獲得するに至った」
声が聞こえる。女性の声だ。しなやかで、何処か黒藤支部長に似ている話し方。
辺りを見渡しても、声を発している人物は見当たらない。
次第に部屋の壁が光り出す。まばらで、白かったり青かったりするそれには、覚えがあった。映画館というよりも、どちらかと言えばプラネタリウムだ。
「起源は月。加熱と冷却を繰り返されたその鉱物は我らが這いつくばる大地に存在しえぬ物だった。だが、識っていた。それの放つ波長を」
語り口に熱が帯びていく。
壁に映し出された星の光は、オレらの正面の壁へ収束していく。プロジェクターなんて簡単な光じゃない、そこに輝く星があると錯覚するような、焼き付くほどに眩い光だ。
「UGNはこれを――ゾディアックウェポンと認定した」
収束した光は象った。線対称で、上向きに鋭利な白光のシルエット――剣の形を。
「これよりゾディアックウェポン、モデル:
輝きは突如として飛散し、代わりに女性が立っていた。
白衣を翻した長髪の女性。声高々と、彼女は言う。
「私が星辰開発室副室長、
学文路と名乗った女性は手慣れた様子で指を鳴らす、すると暗がりは晴れていき、空間の変化は元通りになった。元通りになるまで、異常だったとは気付けなかったけど。
「さて、早速配って行こうか。っとその前に……我々の計画には同意したものとして進めるが、一応確認を取っていこう。モデル月海には担い手の精神と強く共鳴する性質がある。月海分隊である君達には、共鳴の果てに発生する現象即ち、『スターアリズン』を発生させてほしい。その為には、ペアで活動し、刺激し合ってもらうことに決めさせてもらったよ。勝手ながらね」
このペアというのは水鏡のことだ。元々バディを組んでた分、抵抗は全くない。
学文路は「前置きはここまでとしよう」と、ヒールで地面を叩いた。
地面が震えるのを耳に聞く。ほんの僅かな振動に、感触で伝わるものはない。きっと妹の力がなければ、オレには突然の出来事に見えただろう。
学文路の目の前の床がせり上がる。十二個に分けられる長方形が次々と姿を現していき、全て出揃ったところでそれは開いた。
やけに機械的な音がして、一斉に白い煙を吐き出した長方形が内包するのは、刀剣の数々だった。先程光が象った剣の形とまんま同じシルエットのものまであれば、見るからに短剣なものもある。
神話や幻想みたいに大層な何かを、帯びているような気がした。
「君達専用に調整を施した、全十二振りのゾディアックウェポンだ。名前を呼ばれたペアから順盤に前へ。
――希望を担い、希望を秘めた者。
オレの真横に座る二人が立ち上がった。赤髪の男と、髪を括った男。初めに声を聞いた二人だ。
「一番最初ってのは縁起がいいや!」
「そうかもな」
「フッ。さあ、手に取るといい」
二人は皆の前で、剣を手に取った。
赤髪の男は大振りな直剣。髪を括った男はそれより少し細身な剣を。
何が思うところがあるのか、二人は鞘を見つめている。
無い訳も無いか。
「次はオレらだよな……」
「だねぇ」
「動じないなぁ。ほんと」
水鏡の平常運転にはいつも助けられてきた。
いつかゾディアックウェポンを真に呼び起こす為、これまでよりも一層互いの影響力は強くなる。この先はオレも、水鏡の助けになれなきゃいけない。
「――切望を担い、切望を秘めた者。白潮狛、水鏡壱葉」
「っす……!」
いざ前に出てみれば、オレが担うべきものがなんなのか一目で分かった。
オレは躊躇いなく手を伸ばす。何にも遮られることのない、圧倒的な大剣へ。
触れた時、何かが流れ込んだ。
瞼の裏を奔っている。
光の粒。巨星。落涙。
遥かな銀河とも言えるような。人智の継承とも言えるような。
無作為で手の届かない光。オレはそれを眺めている。体感している。
「――今のは」
オレは柄を握っていて、硬い床を踏みしめている。目を射るような光の運河は何処にも、何処にもなかった。
はたと気付いて相方を見やれば、針のように鋭利な刃を持つ刀剣を持って、学文路を見つめている。
「調整を施したってのは、つまりこういう?」
「ん? さてね。私のような人間はそれを握れない。君達が何を見ようと、それは私の手の及ぶところではないと考えてくれたまえ」
やっぱり黒藤支部長と似ている。何かを企んでいて、信用していない人には何も答えないような、そんな大人にしか見えない。
構うものか。オレは一人で戦うわけでも、学文路と二人で戦うわけでもないんだ。
椅子に座って次の番。そしてまた次の番と進んでいく。
十二振りは、六組のチルドレンに行き渡った。
「さぁて。私のことを既に知っている者は察しがついているかもしれないが、この通り、この場では寡黙を促されているのでね、あまり詳細は話せないが……興味がある者は是非聞いてくれ、喜んで答えるとも」
初対面だけど、随分饒舌じゃなかったか。それともこれで抑えているつもりだろうか。
あまり喋る気がないというのは一応本心なのか、入口とは別の、脇の扉から人がやって来る。
二人の人影は、学文路を挟むように位置取った。そのうち片方はオレ達のよく知る人間だ。そんなことだろうと、思っていたけど。
「この場を借りて二人、紹介させていただくよ」
「UGN蓮葉支部、支部長。黒藤
もう一人が続く。タートルネックを着たその男は、横の二人よりも一層優しい雰囲気を纏っていた。
「
「そういうことだ。私と黒藤支部長、八傘支部長が代表として君達をバックアップする。では、これより今後の細かい方針を――……」
次に自由になったのは一時間も後のことだった。
「はぁぁ……」
「流石にお疲れねぇ。シロくん」
「まーね……。頭がくたくただよ」
背もたれに預けたまま、オレは脱力する。大人はいなくなって、残されたのはオレ達月海分隊の十二人。
自由解散と学文路は言っていたけど、皆、このまま帰る素振りはなかった。
「「――さて」」
二人の少女の声が重なった。どっちも淑やかで綺麗な声なもんだから、混ざって一つの声にも聞こえる。
誰と誰だと、オレは上半身を起こす。
白髪を長くした少女が笑いを含み、ハモったであろう少女へ先を譲っている。
譲られたのは、
「ふふ、では。――皆様のこと、教えてくださいまし!」
「……」
この沈黙は、きっと沢山の沈黙がハモったもの。
水鏡の横に座る、もう一人の緑椿が困った空気を打ち破る。
「姉様。順番を作るか、一人一人聞くか……相手が定まってない聞き方じゃ、皆が困るよ」
「あら? ……それも言う通りね。ごめんあそばせ、私、逸ってしまったみたい。良かったら場を改めて、ゆっくりと――」
「私はごめんだね。お嬢様」
気丈に切って捨てたのは、黒髪の女性。水鏡を除いて、オレがこの場で唯一知っていた人物。
思わず反射で立ち上がってしまう。
「
「おお? シロ。また引き留めたね、私のことを。ただアンタは誤解してる。私はアンタに甘いわけじゃないんだよ」
腰に付けた二刀の短剣に手を置いて、
舞依さんには悪いことをしただろうか。もっと口が上手ければ、引き留められたのかもしれない。
「……俺もこれで」
芽衣さんの隣に座っていた男も、追って扉を潜っていく。
彼の方は赤髪の男――須永さんが声を掛けたけど、丸まった背中に言葉は届かなかった。
気を取り直して、オレは舞依さんの方を見る。
「ごめん。止められたらよかったんすけど」
「…………ですの」
「ん?」
「お二人は、どういう関係ですの!」
光の溜まった紫紺の瞳が、ひたむきにオレを見つめた。
淑やかな声色に潜んでいたのは、あけすけな好奇心。いや、好奇心なのか? もっと何か、期待されているような気持ちになってくる眼差しだ。
「えー……っと」
「ガールフレンドだっけ?」
「いやちが……」
「まあ!!!」
水鏡はまだ分かっていなかったようだ。多分この子の振る舞い、冗談や下世話の延長線じゃない。
舞依さんはグイと身を寄せて来る。こういう時、よく効く鼻が疎ましい。
「一体どんな馴れ初めですの?」
「えーっと、オレらはそういうのじゃ」
「一体どんなところに惹かれていらっしゃるので?」
「待っ」
「もしも恥じ入るようでしたら、個別でお話を」
「近付きすぎだよ。姉様」
零距離に迫りそうだったオレ達の距離は、弟の
……同じ匂いがする。家のシャンプーかな。
「あら。失礼しましたわ……貴方もごめんなさい、祈里」
「別に構いやしないけどね。
「助かったよ」
「そちらの人も、言いたかったことがあるんでしょ?」
視線は白髪の少女に集まった。元を辿ると、この人が譲らなければオレは質問攻めに遭うことは無かった……お門違いにも程がある八つ当たりだけど。
眉を下げて白髪の少女は言った。
「私は……そうですね。舞依さんと同じようなことですよ。皆さんの事を知りたかっただけです。ただ、深怒田さんや
淀みない言葉だ。この分だともう全員の名前を覚えていそうに思う。
確かに、ここで何を話しても芽衣さんの耳には届かないわけだ。
「……うん。オレもちょっと」
気付けば足は扉へ向かっていた。
「ありゃ?」
「あぁっ、お話を伺いたかったのに……」
「ごめん水鏡、また後で」
いざ走り出すと剣が重たい。
実感があった。オレはこれから何度も剣を振るって、いずれそれは軽くなっていく。この剣の重さは自由の重さだ。自由を知りたてのオレじゃ、まだ我武者羅に重さを選んでいくしか出来ない。
芽衣さんとは別の支部所属で、そう何度も顔を合わせる中じゃない。
月海分隊でだって、たまたま一緒となったに過ぎない。それが幸運かどうかはまだ分からない。芽衣さんにとって拍子抜けな思いをさせるようなら、オレにとってこの邂逅は不幸だ。
そんなことにはさせたくない。
あの時芽衣さんを止めたオレには、責任がある。
皆が呆然と扉の先を見つめている。私もその一人だった。いや、呆然という程、呆気には取られていないかも。シロくんが何をどれだけ頑張ろうと、私にはあんまり関係もないし。
この空気をどうにかしなければ、後々の負債になるのかもしれない。口実とすれば、それでいいか。
「忘れ
赤髪の男が呑気な声で言う。
迂闊に焚きつけた分の借りは返しておこう。
「いんや、ちょーっとあの二人には因縁があってねぇ。それが、姉上ちゃんが思ってるような甘い関係でもないのよ」
「興味ある人はご清聴。白潮狛君と深怒田芽衣さん、脱走劇とその顛末を」