“切亡遣い”水鏡壱葉(みかがみ・ひとは)
“欲望担い”深怒田芽衣(ふかぬた・めい)
クソ親父から勘当されて、それからの人生はずっとUGNだった。
まだデカい鞄を背負ってたような時期だったから、当時はそれなりに困惑があったけど、今じゃ怒りすら覚え飽きる始末だ。だって私の父親ともあろう奴が、たかだか超能力を使えた程度でうろたえ、子供の名前をまるきり変えるかね。
ただ、そんな臆病者にも褒めるところはある。
先ず私をそこまで育てた事。小学の卒業式にはもういなかったがね。
後は早々に私との縁を断ち切って、UGNを預け先に選んだことだ。
UGNに入ったことで、私の人生はよりド派手な退屈とその消化の連続になった。
そうだ。先ず初めに退屈が来るのさ。
ただ生きていると喉が渇く、満たさなきゃ。でも訓練じゃスリルはない。実戦は少ないし、私じゃコントロール出来ない。かといって戦い以外に楽しめる事も少ないもんだ。興味を持ったことは大体やった、ホワイトハンドもアールラボも情報班も、私の肌にゃ合わない。分かってたことだが。
学校ってのも私には居所が悪い。親がいない事は早々に知られたし、UGNのオーヴァードとして生きるなら本腰入れることもままならない。一クラス三十人の空間じゃ、私の欲望を発散させることも出来やしない。
だから必然とUGNへ傾倒していく。
戦いの隙間に筆を取ってみたし、戦いの隙間に知識人となるべく紙を捲ったこともあった。それでも結局、私の満足に一番近いのは刺激だ。クーデターが起きた日なんて、そりゃ昂ったさ。
スケボーで風を切るより剣で敵を斬る方が心地いい。球を受け取るより弾を弾く方が気持ちいい。
まぁそんなの、結局は虚飾だ。
戦いですら、私にとって妥協でしかない。絵も学問もスポーツも、その時々は楽しいものだよ。でも、やればやる程つまらない。戦いだって、その類なのさ。
戦いそのものを求めてやまないチルドレンに、大人は気を違えた人間にするような扱いをし始めた。
私は何も欠けてないさ。ただ満ちていないだけ。いやむしろ有り余るってもんなんだよ、欲望が。
一度は大きく暴れたよ。戦いから遠のかせて、メディカルサポートがどうのって話だったから、それだけは駄目だと私にも分かった。平穏や安寧っていうのは私にとって地獄みたいなもんで、行き付く先は煉獄で良いから、歩く道は雲の上じゃなくて火の海が良いってな。
本人が抵抗するようなら、大人も強引に事を進めようとはしなかった。
分かってる。これは、私が愚者で大人が賢者だ。だから私は、愚者が愚者のまま満ちることはないのかって自問してるわけだよ。
――目に付くものがほしい。
ある日気付いた。もう私は、UGNにいなくてもいいんだってね。
「遡って、今から二、三年前。私とシロくんには任務が言い渡された」
UGNから脱走したチルドレンの追跡。言い渡してきたのはもう皆ご存じ、黒藤支部長だね。
概要を聞いた時は正直よく分からなかったよ。なんで日本支部のチルドレンを引き戻す為に、私達を使うのか。そして、なんでチルドレンが脱走したのか。
そしたら『気になるなら本人に尋ねてみたまえ。それが出来る任務内容だろう』ってさ。別に、知る必要がないなら、私は知らなくていいと思った。ただシロくんは別でね、彼は、平たくマイルドクリーミーに言えば、お節介焼きなんだよねぇ。
調査は日本支部のバックアップもあったから、そこは私達の負担は軽く済んだけど、やっぱりひと悶着は逃れられないワケ。
そもそもさ、UGNのエージェントとして働く分には、辞めるって選択肢があるじゃない。皆も思い浮かぶ顔はないでもないんじゃない? 色んな理由で、戦闘班を辞めた人。当時からつよつよチルドレンの芽衣さんは、独り立ちしても食うに困らない。なのにキチンと居場所を畳まなかったのは、理由があった。
芽衣さんの居場所を掴んだ大きな一手は会話記録。芽衣さんの直近の任務があった場所で、密談が行なわれていたんだよ。
FHにスカウトされて、芽衣さんはそれを受けた。
オレはあの時、力づくで、どうしたかったんだっけ。
夕方のことだった。空が焼けてる中で、必死だったのを覚えている。
「ちょっと待て……! その人は、うちの仲間だ……!」
「後輩か?」
「いんや。すれ違ったことはあるかもしれないけどね。私は知らないよ」
FHの男は青色と空色のオッドアイだった。片目を顰めて、憎たらしそうに振る舞うのが記憶に残っている。
「オレは白潮狛。貴方を連れ戻しに来たチルドレンっす」
「同じく《フェイス・レス・フェイス》。任務だから、そういうことで」
「なんだよ、ホントに来やがった。離れたがってる奴までUGNはとっ捕まえるったァ、メンドクセェもんだな」
「私も同意見だね。見ず知らずのアンタらが取り戻しに来た? 寝ぼけるのも大概にしな。言っておくとね……アンタ達に剣を向けるのだって、私は何も躊躇しないよ」
その頃の芽衣さんは今より笑顔がなかった。それから、ここはオレの妄想かもしれないけれど。
寂しそうに見えた。
「私もそうだよ、二対二で体裁は丁度いいし。ただ……」
「オレは、深怒田さん、貴方を連れ戻しに来たんだ。爪も牙も使いたくない」
「寝耳に水だね」
黒塗りの短剣を抜刀すると、芽衣さんは本当の本当に、なんの躊躇いもなく襲いかかってきた。打ち合わせもなかった、きっとFHの男と事前に交わしていたんだと思う、追手は自分の手で、って。
オレは両腕を獣化させる。緋色の剛毛がぞわりと逆立ち、黒剣に立ち向かった。
「水鏡は手を出さないで!」
「……」
「へえ! 一人でやれるってのかい?」
隙がなく、細かな動きで攻められる。底上げした動体視力が無ければ二太刀目で死んでいた。
一歩の大きさはオレの方に軍配が上がる。リーチの無さを利用して、どうにか躱す事に専念した。
「ビビッてるか! 同じ組織ってだけだろう、私はアンタの顔も名前も覚えちゃいない。アンタもそうだろ!?」
「ビビッてなんかない! 仲間を傷付ける為の勇気なんか要らない!」
もう一度だって仲間を傷付けたくない。それが喩え、見ず知らずの人だったとしても。
「どうしてFHの手を取るんだ」
「アンタにゃ分からないね!」
「それだって分からないだろっ! FHにいかないといけない理由なんて、そんなのありっこない、あっちゃいけない!」
「言うねえ! そんなに組織が大事かい」
UGNが大事かどうか、考えてみれば、オレや皆の居場所なんだから、大切に決まってる。ただ、当時のオレは全く眼中に入っていなかった。
「組織じゃない、アンタが大事なんだ!」
「……っ!?」
攻撃が止む。息を整えても、向こうから攻めてくる気配はない。
彼女の何を刺激した? 分からない。分からないけど、説得するしかない。
「オレは誰だって切り捨てたくない。……FHは不幸を産む、不幸を産むことに、なんの躊躇いも無い。そんなところに行かせるなんて、オレには出来ないっす」
「私、アンタに何かしたか?」
オレは首を横に振る。
「オレの目の前で、誰かを不幸にはさせたくない。もしも道を間違ったなら、手段が無くなってしまうなら、オレは助けたい」
「……もう一度名乗りな。そして語れ、口上ってヤツを」
「…………オレは《ノブレス・コンプレックス》――人を助けなくちゃ、生きてけない。オレが明日笑って生きる為に、無理矢理にでもアンタを助ける」
「《ローグファング》だ。力を見せてみろ、私を助けたいならな」
《崩壊のスフィア》
空中が軋み始める。空間が裂け始める。次元の違う軋轢に苛まれて、刃を研ぐような音が響き渡った。
戦慄だった。そこに、戦慄が在る。辛うじて輪郭が見えるのは、
本気で命を――自分を懸けなきゃ、すりつぶされる。
オレと一緒に戦ってくれ。切実な望みに身体を任せた時、瞼の裏に、灯りが舞った。
オレの中には、力がある。意志を持った、気高き力が――!
《獣王の獣》
「行くぞ……! これがオレの力だ!」
「ッッッ――!!! さあこい! 寸分余さず、叩きつけてみろッ!」
無我夢中で力をぶつけた。とんでもない力場をぶん殴ると、腕の先がねじ曲がりそうになる。気を抜けばオレの身体がひしゃけてしまうと分かった。それが分かった途端、身体が熱く滾った。
これを打ち負かしたい。立っていたい、最後まで立ってみたい。
「お……――ッらぁああああああ!」
「ハハ……ハハハハハハハッ!!!」
爆音がした。
身体が急に楽になって、オレは空を仰ぎ見ている。
赤い孔――太陽を目視出来ていた。呑気に、ゆっくりとした世界でそう思っていた。
オレは吹き飛ばされていた。地面を擦り、すぐ立ち上がろうと手をついた。
つこうとした。
「っ……」
右腕が無い。
激痛を噛み締めて前を睨んだ。
「嘘だろ……おい……」
「いい一撃だったよ。私を助けるんだって?」
《異形の捕食者》
黒髪を手で払って、彼女は笑う。不敵に、なんでもなさそうに。
左手に力を込める。
オレの心はまだ折れちゃいないぞ。
「――そうだ。倒さなくちゃならない相手がいるなら手伝う、不幸があったならオレが力になる。だから、そっちにはいかせられない……!」
「へえ」
右腕が再生していく。
オレは立ち上がって、口にいる血を吐き捨てた。
「なんで、FHなんだ」
「……退屈だったからだよ。UGNが」
芽衣さんも、吐き捨てるように口にした。
本当にただ退屈なだけで、FHに、無法の地に踏み入れてしまうのか。それは、彼女の顔を見れば明らかだった。
嘘じゃない。この人にとっては、本当にそれが真実で、切実に思ってる。
「じゃあ」
「……」
「オレが、退屈じゃなくさせるよ」
「どうやって」
言葉が突き刺さる。全力で技をぶつけて、こんなにも差があるというのに、どうやってか。
「本当に、さっきは何も思わなかった? オレの本気は、隅から隅まで、退屈だった? もしもそうなら、今のオレに惹き付けるものは出せないかもしれない。でも、そうじゃないなら――次は絶対、アンタに勝つ!」
「………………」
後は祈るだけだ。オレの全てを賭けた。
深怒田芽衣が、伸るか反るか……。
「……」
芽衣さんは、振り返って何かを呟いた。大きく開いたオレの耳に、それは届かない。
次に反応したのはFHの男。
「あ? もう一遍言ってみろ」
「気が変わった――そう言ったんだよッ!」
突如、芽衣さんの右腕は肥大化し、獣のような輪郭を形作る。
大きく振りかぶられた先にはFHの男。烈風がカマイタチとなって。辺りの枝木を刻み飛ばす。
「ッ――テメェ!」
その男もオレと同じ、純正の獣性因子だった。
黒毛の獣は、芽衣さんに襲い掛かる。
割って入ったのは白薔薇の花弁。一つ一つが、鉄を易々切り裂く刃。
「私もいるんだよねぇ。忘れられちゃ悲しいぜ」
「ハッ、私は誰かを守った戦いってのがいっっちばんキライでね! そんなことをするくらいなら、ハナから無い方がマシさ。行くんだろう、アンタら」
「およ? 意外。戦っていかないんだ」
「今の私は加減が出来ない。アンタらごと吹き飛ばしちゃ本末転倒だろ。それに……
黒毛の獣に、追撃の意志は見られない。
奪還任務はなんの過不足もなく終わった。でも、一つだけ瑕疵はある。
《トーラス・ウルフ》桑野広信。アイツのことは、誰にも言うなって。その約束はきっとまだ時効を迎えていない。
あの人にとって、欲望への渡し船はまだ浮かんだままなんだ。
「芽衣さん!」
「なんだ、追っかけてきたのか」
星辰開発室の外、芽衣さんはよく星の見える空を見上げていた。
静かな佇まいに、オレはただ困惑した。この人は見る度見る度苛烈で、無茶を言ってきて、天体観測なんて趣味とは結び付かないような人だったから。
「……何が見えるの?」
「星」
「いや、そりゃそうだけど……」
「石ころの名前なんか忘れたね。まさか教えてもらいにここへ来たのかい? 喜んで喋りそうな奴らはホイホイいるだろう」
「違うよ」
どんな表情で言っているのか分からなかった。星明かりを受けた背中は素直に綺麗で、寂しそうにも、楽しそうにも、どんな想像だって合ってそうな姿だ。
この人は怒った顔で笑い声を出すし、寂しそうな顔でも笑って物を言う。
うわべの姿は、ずっと、なんにもアテにならない。
「芽衣さんは、これを持った時、どう思った? 何を感じた?」
ゾディアックウェポン。選ばれた者が担う剣。
オレは限りなく広がる星の濁流だった。
途方も無さと、それから、自分の輪郭が、あの光景には見いだせた。
「くだらん空想だよ。いの一番に聞いてくるってことは、アンタも見たんだね」
いの一番ではないと思うけど。
「うん。同じ景色かは分からないけど」
「違うね。ありゃ違う」
「そんなに?」
「ああ。ところで、そろそろ本題に移ったらどうだい? これ以上は足が冷えてたまらんからね」
バレてたか。
星も、見た景色も、オレが本当に聞きたがってたものとは違う。
そもそも聞きたいことはない。オレはこの人に求めるんじゃなくて、オレの持っているものをこの人に与えたいんだ。
「オレは、この月海分隊で強くなるよ」
「それで?」
「アンタを超える」
背負った剣を、芽衣さんへ向ける。
「勝負だ、芽衣さん。アンタよりも早く、この剣を覚醒させてみせる」
「――へえ! 私の欲望より、アンタの切望が勝るってのかい。そうか、それならやってみせな! 何者にも迎合せず、何者も求めるアンタが、私より先に行き付くってんなら!」
「勿論。当分は、幕切れになんてさせない」
――アンタを満たし尽くす。もう二度と、無理くり抑えつけるような生き方はさせない。