~10年以上前~
「これでよしっと・・・」
「◯◯君、本当にいいんですか?」
「ああ、根緒先生」
「ごめんなさい。私達の力が及ばず、こんな事になってしまって。学園長も申し訳ないと言っていましたよ」
「いえ、根緒先生や学園長が悪い訳じゃありません。それに、俺は此処を去った方がいい。そうじゃないと、あいつにも危険が及ぶかもしれませんから」
「咲季さんには、別れの挨拶はしたのですか?彼女はあなたにとって大切な・・・」
「いえ・・・咲季にはもう会いません。会ってしまうと、余計に辛くなりますから。根緒先生、咲季に伝えてくれますか?お前の夢、世界一のアイドルになる夢、俺がいなくても必ず叶えろよって」
「◯◯君・・・」
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「・・・夢か」
夢だった。
俺が咲季の元を去った日。
あの日の夢ばかり見る。
嫌になる程にだ。
「咲季・・・あいつちゃんと帰れたのかな?それにしても、俺はもう誰かの事を愛するのが怖いのに、今だに咲季の事が気になるんだな」
きっと俺は、本当は後悔しているのだろう。
あの日、咲季に何も告げずに去ってしまった事を。
それが彼女の心に、深い傷を与えてしまった事を・・・
「・・・着替えるか」
考えていても暗くなるだけだ。
それに今日は仕事も休みだ。
俺は気分を変える為に、外出する事にした。
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「と言っても、予定なんてないんだけどな」
俺は特別、友達がいるという訳でもない。
会社の人達とはあくまで会社の同僚、部下、上司という関係。
飲み会だって殆ど行かない程だ。
「まだ行きつけの飲み屋に行くのも早いし、何処かで時間でも潰すか」
そう考えていると、目の前で何かの活動をしている団体が目に入った。
そこには、見覚えがある人物もいた。
「あれって、もしかして」
「あれ?もしかして、◯◯君?」
「お久しぶりです、根緒先生」
俺が話しかけた人物、彼女の名前は根緒亜紗里。
俺がプロデューサー科にいた頃、初星学園でプロデューサーとしてのいろはを教えてくれた先生だ。
「元気そうで何よりです!今日は仕事はお休みですか?」
「はい。ずっと家にいてもあれなので、少し出掛けようかなと」
「そうですか」
「先生は、一体此処で何を?あの子達、初星学園の子達ですよね?プロデューサーっぽい子達もいますけど」
「ああ、これは、アイドルやプロデューサーの子達が夢を奪われないようにする為の活動なんです」
「夢を奪われないようにする為?」
「はい。あなたと咲季さんのような、身勝手な人達に夢を奪われないようにする為の・・・実は佑芽さんが考えてくれたんですよ」
「佑芽ちゃんが?」
俺と咲季のような、身勝手な人達に夢を奪われたプロデューサーとアイドル。
あれは、ちょうど10年以上前の事だった。
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~10年以上前~
「こんにちは。あなた、花海咲季さんですよね?」
「そうだけど、あなた誰?」
「僕は☆☆と言います。こう見えてもプロデューサー科でして。まっ、別に言わなくても分かりますよね?だって優秀過ぎてオーラが隠しきれていませんから」
「何言ってんの?というか、わたしに何の様?」
「単刀直入に言いましょう。僕の担当アイドルになってください!」
「はぁ?いきなり何言ってんの?というか、わたしもう担当プロデューサーがいるから!」
「分かっていますよ、◯◯の事ですよね?あんな奴があなたのプロデューサーなんておかしい。あなたみたいな人には僕が一番相応しい!」
「あなた、いい加減にしなさいよ!わたしにはもう・・・」
「おい、何勝手に他人の担当アイドル取ろうとしてるんだ?☆☆」
「◯◯!」
「くっ、◯◯!!フン、お前みたいな奴より、僕の方が花海咲季さんの担当プロデューサーに相応しいからそう言ってるだけだ!ちょっと成績が僕より良かったからって調子に乗るなよ!」
「ちょっとじゃねぇ、圧倒的にだ。それに、既に担当プロデューサーが決まっているアイドルを他のプロデューサーがスカウトするのはルール違反だ!!そんな事も分からないのか!?金持ちしかスキルが無いボンボンは!」
「なんだと!?言わせておけば!!」
「きゃあっ!!」
殴りかかってきた☆☆の拳を俺は片手で受け止め、彼の腕を力いっぱい握りしめた。
「いてててっ!!やめろ!!」
「だったらこれ以上、俺の担当アイドルに手を出そうとすんじゃねぇぞ。分かったな?」
「くっ、覚えてろよ!!」
そう捨て台詞を放ち、☆☆は去っていった。
「大丈夫か?咲季」
「う、うん。あ、ありがとう////」
「お前も気を付けろよ。お前は可愛くてスポーツ万能で成績優秀な未来のトップアイドルなんだからな。それに、チョロいお前は褒められたらそっちになびく可能性もあるしな」
「わたしが、他の人になびく?そんな事ある訳ないでしょ!わ、わたしは一途なんだから!それに・・・」
「それに?」
「あなたがどう思ってるのかは知らないけど、女の子は一度決めた人の事は忘れられないものなのよ。だから、わたしもあなたとずっと一緒にいるわ!」
笑顔でそう言う咲季に、俺は思わず顔が赤くなってしまった。
「お前、それって・・・////」
「えっ、い、いや////んんんんんんんッ!!い、今のは聞かなかった事にしなさい!!分かったわね?」
「あ、ああ」
「(全く、何言わせるのよ////で、でも、いつかそうなれたら・・・なんてね)」
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「あなたみたいな優秀な生徒が、☆☆君のような横暴な生徒に夢を奪われた。私は今でも、あなたを救えなかった事を後悔しています」
俺はあの後、☆☆によって理不尽にプロデューサーを辞める事になった。
理由は、あの揉め事に関して☆☆が身勝手な主張をした事、俺達は悪くないというはっきりとした証拠がなかった事、そして、あいつの親による学園に対する圧力だった。
このまま争えば、現場にいた咲季にも矛先が向く危険性がある。
そう考えた俺はプロデューサーを辞め、初星学園を去る決意をした。
「根緒先生は何も悪くありませんよ。根緒先生や佑芽ちゃん達は最後まで俺や咲季の為に戦ってくれました。本当に、感謝しています」
「あなたも、相変わらず優しい人ですね。でも、先生には分かります。あなた、今どうしようか迷っていますね?」
「えっ?」
「咲季さんの事ですね?」
相変わらずするどい人だ。
俺は根緒先生の問いかけに頷いた。
「あなたが彼女をどうしたいのかは、あなたが決めればいいと思います。だけど、後悔だけはしてはいけませんよ。人生は一度きりです。生きたいように生きるのが一番。だけど、後悔するような事はあってはいけません」
「・・・はい」
「あなたは私の生徒だった頃から誰よりも優秀でした。だけど、あなたは優し過ぎて間違った考えで進んでしまう事もありました。難しく考えなくてもいいんです。自分の気持ちに素直になってもいいんじゃないですか?」
「そうは言っても、中々難しいです」
「少しずつでいいんです、少しずつで・・・◯◯君、もしあなたがこの先またプロデューサーに戻りたいなら、私はいつでも歓迎しますからね!」
「えっ?」
「学園長が、100プロ(じゅうおうぷろ)に誰か優秀なプロデューサーを専属契約出来ないか探しているんです。佑芽さんにも声を掛けたのですが断られました。それで、◯◯君はどうかと学園長に尋ねたら、彼は辞めたといえど在学中優秀だったからOKだと言っていました。あっ、ちなみにまたプロデューサー科を受講し直す必要はありませんよ。学園長もあなたに詫びたいそうですから特別待遇だそうです」
「そんな無茶苦茶な・・・まぁ、あの学園長らしいか。まだ決めかねる話なので、考えておきます」
「分かりました。学園長にはそう伝えておきますね!」
そう言って、根緒先生は初星学園の生徒達の元へ走って行った。
俺がまたプロデューサーをする。
あの学園長や根緒先生が推薦してくれているなら良い話だ。
だけど、俺にはもうそんな事が出来る権利はあるのだろうか・・・
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夕方になって、住んでるアパートの部屋の前まで来ると、俺の部屋の前で誰かが座っていた。
よく見ると咲季で、手には色んな食材が入った買い物袋を握っていた。
「咲季、お前何してんだ?」
「あら、おかえりなさい。何処かに出掛けてたの?随分と帰って来るのが遅かったから。ほんと、あなたってわたしを待たせるのが得意ね」
「得意って、お前が勝手に待ってただけだろ」
「おかげでこのアパートに住んでる人達から変な目で見られたわ。此処の大家さんみたいな人には警察呼ばれそうになったし」
「警察だと!?お前、どれだけ待ってたんだよ!?」
「んー、かれこれ5時間ぐらいじゃない?」
「5時間って!?そりゃ警察呼ばれそうになるだろ!つーか寧ろ大事になってない事が奇跡だぞ!はぁ、それで、お前は此処に何しに来たんだ?昨日の忘れ物か?」
俺がそう言うと、咲季は手に握りしめていた買い物袋を俺に見せた。
「まだ、夕飯食べてないわよね?あなたにはこの前お酒飲み過ぎた時に介抱してもらったし、ストーカーも追っ払ってくれたでしょ?それに過呼吸になった時も助けてくれたし。それに、昨日はわたしもキツく当たり過ぎたと思ったから、あなたにお詫びしようと思って買ってきたのよ。夕飯の食材」
「えっ?い、いや、別に気にしてねぇぞ。それに夕飯作ってもらうなんて悪いからさ」
「なに?わたしの作る夕飯に不満があるのかしら?」
「い、いや、そういう訳じゃないんだが・・・」
俺が咲季の料理にビビっている理由。
それは彼女の個性的過ぎる料理を散々食べさせられたからである。
基本的に彼女は食材をペースト状にする傾向があるのだ。
「とにかく、わたしはあなたに恩を返さないと気が済まないのよ!どうせあなたも普段から栄養の偏った物しか食べてないんでしょ?この花海咲季があなたに栄養バランスの整った料理を振る舞ってあげるから感謝しなさい!」
「あ、ああ・・・分かった」
そう言って部屋の鍵を開けると、咲季はステップを踏みながら台所へ向かった。
「(はぁ、こうなるなら、胃薬買って来るんだった)」