想起「翡翠の魔導書」   作:風に逆らう洗濯物

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想起「魔力災害報告書」

 

 

 コレは記録、遠い世界。どこかの誰かの、記憶のカケラ。

 

 ー◇────ー

 

 境界の村、マジエントの近郊で大規模な魔力災害を観測した。

 空が裂けるような歪な発光現象は、かつて、ファストの村で観測された魔力災害と類似性が高く、もしも、人間領内で発生した場合。大変な被害につながると予想される。

 再発防止のため、調査を行いたい。

 

 ──────

 

「そこのおじさん角たーっち!」

「うぉ!? 人族の嬢ちゃん!? そりゃ、異性にする挨拶じゃねぇって!!」

「え? そうなの? あっちの子が教えてくれたんだけど……」

「カァ──! あのガキ!? ちょいと叱ってくらぁ!」

 

「馴染んでんなぁ……」

「ん、さすが」

 

 魔族の里の市場にあたる場所で楽しげに会話を続ける少女を眺めながら、俺は傍らにいる『忍』に声をかける。

 種族間の溝などナンのその。わずかな交流と明るい人となりでソレを取り除いた『勇者』は、上機嫌なまま里を歩き回っては、その目を輝かせているが、俺も、アサハもそこまで馴染むには少し時間がかかりそうだ。

 

「しかし、魔導士も何で俺たちを連れていかなかったんだ?」

「不明。でも、勇者が残ったなら、私たちはここに必要なはず」

「……いやな、フラグだなぁ」

 

 そんな風にぼんやりと里を眺める。

 里では蝙蝠羽のイタズラ少女が、市場の大人に追いかけられては宙に飛び。

 人間の客に驚いた茶屋の看板娘が、ペタペタと『勇者』の顔に触って、尻尾を立てたかと思うと柱の影に隠れていた。

 

 明らかに平和。だからこそ。

 光り輝く『勇者』の背中に。

 空から降ってきた何かに。

 俺たちが気づくのは当然と言えた。

 

 ──────

 

「気をつけな」

「……感謝はしないよ〜、人間くん?」

 

 唐突に現れた『魔物』に、最初に対応したのは、意外な事に空を舞う蝙蝠少女だった。

 宙を舞うまま、くるりと身体の向きを変えた彼女が『魔術』を使い、天から落ちてくるソレに、ガラスを打ち出すのを見た時は称賛と共に心の中で拍手を送ったが、同時に変形する何かに気づいた俺は跳躍し、全力で盾を叩きつけた。

 

 盾に突き刺さらんとしているのは、おそらく血。

『魔物』の体から滲み出したモヤが操るソレは、槍の様に鋭く変形し、効果がないと知ると魔物の元に戻っていく。

 厄介な敵だ。しかし、この形式はコアさえ潰せば、何とでも……!? 

 

「! 『クリスタル・ウォール』……気を、なんだっけ〜?」

「悪い、助かった」

 

 盾を避ける様に変形し、雨を取り込みながら左右から挟み込むように放たれた刺突を、水晶の壁が食い止める。彼女の判断が少しでも遅れていたら、深傷を負っていただろう。

 一度思考は捨て、真っ直ぐに敵を見据える。

 

 半透明な朱色の体に、斑模様の様に浮かぶ肉塊。

 おそらくあの部分がコアであろうが、ソレが複数。その肉体を構成している。粘性を持った体からは、ぐちゃりぐちゃりと不愉快な音が発せられ、降り注ぐ雨を吸収してどんどん肥大化していく。

 

「『クリスタル・バレット』……全部、同時に撃ち抜けってこと〜? 厄介〜」

「くッ……だが、ここには戦えるやつも沢山いる。みんなでやれば……」

「ん……? 視野が狭いとモテないよ〜?」

「は?」

 

 厄介さに舌を巻きながらも、共に戦ってくれている『魔族』がかけてきた言葉に、一瞬呆け、受け損ねた攻撃に、盾ごと体を吹き飛ばされる。

 空中で、蝙蝠少女に受け止められ、気づく。

 

「おい、嘘だろ?」

「残念。嘘じゃ無いのよ」

 

 目下に広がる里。その広場。そのあちこちに飛び交う『魔術』に、不形の槍。

 あたり一面から響く不快な音に、破れた空。

 次から次に落ちてくる肉塊に、的確に斬撃を当てた『忍』が何とか戦線を抑えてくれているが、それでもなお、敵は増え。時に共喰いをしては厄介に進化していく。

 その中心には、一際大きい不定の魔物。

 

「『クリスタル・バレット』さて、もういいかにゃ〜?」

「あぁ、悪い」

「アンタとアタシがやるべき事は変わらない。油断はナシ。OK?」

「OKだ!」

 

 この魔物が、他の魔物を取り込み始めたら手が付けられなくなるのは明白。

 まだコアが少ない魔物たちは、里の人々が倒してくれている。

 ならば後は信じるのみ。いつまで続く戦いかはわからないが。全身全霊をもって戦うのみだ。

 

 ──────

 

 ──空が割れている。

 ソレに気づいたのは、多分誰よりも、私が早かったと思う。

 熱いほど背中を焼く力の発現に、ハッと気づき、『剣』の柄を握ろうとして……

 ……空を見てしまったから。

 

 闇より黒く、光より眩しい、歪な発光。

 遠い昔、今は亡き生まれ故郷にて見たソレは、私と、『剣』を置き去りにしながら、広がり、巨大な裂け目となっていく。

 

 まだ、剣は抜いていないはずだ。

 こんなことの、予兆は無かったはずだ。

 わたしは……さいぜんをつくしたはずだ。

 

「ぅ。おぇ……」

 

 口を塞ぎ、脳裏の記憶ごと飲み込む。

 ダメだ、今は止まるな。

 魔力だって使わなくていい。冷静に、落ち着いて解決しろ。

 ここにいるのは人間じゃない。魔族達だ。

 きっと、魔力に呑まれたりしない。

 こんな時のために、『魔導士』さんだって……

 

「ぁ、アレ? まどう……。アレ?」

 

 いない、ここには居ない。

『魔力』を……『人間』にとって毒でしか無いソレを、操り中和してくれる彼はここには居ない。

 おかしい。なんでいない? 

 

「人間さん! 『アクア・ランス』!」

 

 呆然と立ち尽くす私を守る様に、誰かが何かを切り捨てている。

 そんな姿に、現実味が湧かなくて、思わず夢か何かと錯覚する。

 ……そっか、これは夢だ。予知夢なんて神官さんみたい。じゃあ今日は『魔導士』さんに残ってもらって……

 

「きゃあ!?」

 

 吹き飛んできた少女が長椅子を動かし、倒れてきた日傘が体にぶつかる。

 追いかけるように現れた不定の魔物が、放った槍が頬を掠め……

 

「いた……い。アレ? 夢じゃ、ないの?」

 

「お客さんは、守ってみせますッ! 『アクア・スラッシュ!』」

 

 声を荒げた少女の叫びに、私は現実に引き戻された。

 

「や、やった! お客さん! 大丈……」

 

 歓喜に満ち溢れ、振り返った少女の後ろに、新たな魔物を見た私は……。

 後悔する事を理解していながら、その『剣』を手に、雑破に『魔物』を切り捨てた。

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