想起「翡翠の魔導書」   作:風に逆らう洗濯物

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想起「忍ノ六箇条」

 想起「忍ノ六箇条」

 

 コレは記録、遠い世界。どこかの誰かの、記憶のカケラ。

 

 ー◇────ー

 

 一ツ、主君ハ必ズ護ル事

 二ツ、仲間ニ嘘ハツカヌ事

 三ツ、心ハ常ニ冷静デ有ル事

 四ツ、死ニ場所ヲ違エヌ事

 五ツ、決シテ約束ハ守ル事

 六ツ、人ノ誇リヲ失ワヌ事

 

 ──────

 

 一刀。また、一刀。

 絶え間なく降り注ぐ『魔物』のカケラを切り捨てる。血に濡れ、魔力の澱む里の中を、決して止まる事なく駆け回る。

 

 振るう刀は、敵の血に濡れる度その鋭さを増し、全身が羽根の様に軽くなる。

 気分が良い。このまま戦い続ければ、きっと最強にだってなれる。

 

「否定。私は、『忍』である」

 

 言葉と共に丸薬を噛み潰す。

 包帯を巻かれた片腕に、強く拳を叩きつけ、止まる事なく刀を振るう。

 この戦が始まってかなり時間がたった。

 無限にも思える敵の増援は、戦線に『勇者』が加わったこともあり、確実に処理する事ができている。

 

 ……この場にいる者たちは、そう考えているだろう。

 

「……」

 

 決して手を止めず、戦場に視線を向ける。

 上空に広がる空間の裂け目。

 初めは中央広場を覆う程度だったソレは、今は魔族の里全体を覆う様に広がり、そこに群がる何かが、破裂すると共に降り注ぐ。

 

 増えている。確実に。

 連戦に次ぐ連戦に、こちらは疲労が溜まっていくばかりだと言うのに、降り注ぐ敵は収まる事を知らず。増え続けている。

 

「ァアア!! 『聖光剣』!」

 

 里の一角を敵ごと吹き飛ばす極光に、人々が湧き立ち、その姿を見た戦士達が、奮い立って『魔物』を討つ。

 そんな光景に頼もしさを感じつつ、増した剣速で敵を討つ。足は止めない。最早止まりはしない。

 

 そうして戦いは続き……

 唐突に。空が、元に戻った。

 

「ぉ、おい! 空が!」

 

 ソレに気づいたのは誰だったか。

 戦場にある戦士か、それとも、勇者に守られる人々か。何にせよ関係ない。

 そんな事より優先する事がある。

 

「最優先。上へ、障壁を!」

「『クリスタル・シーリング』!」

「『スプラッシュ・パリー』『アイシクル』!」

「『ロック・プロテクト』!」

 

 言葉と同時に、翼を翻した魔族が戦線を離脱し、広場の上空で結晶を展開する。

 それを認識した人々が、各々守りを固めるのを確認し、後は、自分が耐え切るのみ。

 

 ──と言う所で、ドクン。と、今度は心臓が脈打った。

 

「カッ……、ぐぅ。……」

 

 震える手で、丸薬の入った懐に手を伸ばそうとして……

 視界の先に、今まさに『魔物』と戦い続ける男の背中が見えた。

 

 ──────

 

「ぁ、おい! 空が!」

 

 その言葉は、暗雲を払ってくれる祝福のように聞こえた。

 

 絶え間なく補充される『魔物』に、その亡骸を取り込む肥大化・硬化を続ける強敵。

 その突破口が見えてきたのだ、と。

 そう思って気を抜いたのだ。

 ……ソレがいけなかった。

 

「ゴメンッ!」

 

 突然聞こえた謝罪の言葉。

 乱雑に打ち出された結晶に、一体どうしたのか、と空を見て。

 羽ばたいていく『魔族』の姿に一瞬思考が止まる。

 

 ……なぜ今になって? 逃げるのか? 

 

 そう、碌でもない考えが浮かび、少女の必死な横顔にすぐさま否定する。

 そうして、前の魔物に意識を戻し……

 

 ──剣を弾かれた。

 

「はっ? ッおァアア!!」

 

 次なる一撃に、地を転がる。

 脈打つ半透明な図体が、何本もの剣をその身から伸ばし叩きつけるのを無様にも躱しながら、目の前の敵に対抗できる手段を考える。

 

 討伐方法は? 

 ーコアの破壊

 コアは何個あるの? 

 ー10と跳んで7個

 無理では? 

 ーわかる

 

「だぁ! ラッシャァァアア!」

 

 体制を立て直し、立ち上がったところに突き刺さる一撃を盾で弾く。

 受けるのは禁物だ。変形してくる。

 攻めるのは無理だ。剣がねぇ。

 ならば援護を待つしかない。

 先程までと違い、敵の追加はもう無い。

 余裕だ。直ぐに頼りになる仲間達が来てくれる。

 

 そうして……

 

「ジーク!」

 

 短くとも真のある声が聞こえると共に。

 俺の体は吹き飛ばされた。

 

「は?」

 

 流れる視界の先で『忍』が魔物の一撃に貫かれ、轟音と共に降り注ぐ、無数の槍の様な何かに身を削られる。

 

 ソレでも笑った彼女は、今まで包帯に隠されて決して見せる事のなかった、黒色に爛れた片腕を『魔物』に突き入れると、言葉を紡いだ。

 

「『我、忠義をココに咲かせん』」

 

 瞬間。腕を起点として収束する『魔力』。

 無数の槍が、進路を変え、彼女の元に降り注ぐ。寄っては弾ける何かが辺りを血の海に染め……。ソレらを飲み込んだ魔力が大きく広がった。

 

 そうして現れたのは、凛と広がる巨大な植物。

 黒い葉の上に広がった銀の葉脈が、魔力を発して発光し。それに触れた『魔物』は浄化される様に消えていく。

 そうして魔力を喰らい。脇目に育った銀の花から弾けた種子が、呆然と転がる俺を守る様に成長し、辺り一面を魔物の雨から遮っていく。

 

「アサハ?」

 

 ザァザァと降り注ぐ血の雨の下で、ふらふらとその木に近づいていく。

 俺はこの木に見覚えがあった。

 魔力の多い魔族領において、唯一と言っていい人間の隠れ里。

 その中心に聳え立つ御神木で、初代『忍』自身と言い伝えられている。そう、彼女は言っていた。

 それが、なんで、ここに? 

 

 ……いや、わかってる。馬鹿な俺だって、そのくらいわかる。いつも言ってたじゃないか。

 ー彼女は『忍』だって。

 ー俺に、惚れ込んだって。

 

「あぁ……クソッ。……ちくしょう」

 

 思い出すのは過去の記憶。

 魔族の支配下にあった彼女の里を、共に力を合わせて救った。そんな記憶。

 争いを好まない『勇者』には秘密な、俺と彼女の冒険の記憶。

 

「あんなの、あの場限りだろうがよぉ……」

 

『主人様』なんてイタズラっぽく笑う、少女の笑顔が涙と共に歪んで、消えていった。

 

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