悪魔の現れるTRPG世界に転生してしまった   作:いかのしおから

11 / 37
 皆様お久しぶりです、しおからです。
 当初は格ゲーものの小説を書く予定だったのですが、資料のあったニコニコが爆破されたので、代わりにこちらの続編を執筆しました。
 前章と同じく10話ぐらいでの完結を予定しておりますので、最後までお楽しみいただけると嬉しいです。


第二章 聖者の降臨
第11話「アンチェトカ」


「___先輩、私たちはどうして教会に向かっているんでしょう?」

「さっき説明しただろ」

「珍しく先輩から下校を誘ってもらえたことが嬉しくて、話が頭に入ってきませんでした、えへへ」

「……今後も悪魔事件に関わっていくなら、もう少し手数を増やすべきだと思ってな。

 教会の神父さんに頼んで、あるものを取り寄せてもらったんだ」

「あるもの?」

「とりあえずついてこい。

 教会は目の前だ、現物を見せてから説明する」

 

 既に坂の上には教会が見えている。

 あるものが何かは教会に行けば分かることだろう。

 教会の呼び鈴を鳴らすと、両開きの扉を開けられ顔なじみの神父が現れた。

 

「おお、荒木くんに柊さん。

 こんばんは、来てくれたんだね、例の物はちゃんと届いてるよ」

「こんばんは戸塚さん。

 早速ですが見せてもらってもいいですか?」

「いいとも、少し待っていてくれ」

 

 戸塚四朗。

 彼はこの町に一つしかないキリスト教教会の神父を務めている。

 外見年齢で言えば40代半ばぐらいで、神父らしい柔らかで包容力のある笑みが印象的な男だ。

 俺は事前に彼に頼んで用意してもらった物を受け取った。

 

「待たせたね、これが頼まれていたものだ」

「先輩、これは……?」

「聖水だ」

 

 段ボールの中に詰め込まれていたのは、美しい彫刻が施されたガラス瓶。

 そしてガラス瓶の中には透明の液体が入っている。

 物質的にはただの水だが、これには霊験あらたかな力が宿されている……筈だ。

 

「ずっと欲しかったんだが、作り方が分からなくてな。

 給料も貯まったことだし、教本を買ってもよかったんだが、せっかくなら良い物を揃えようと教皇庁で販売されている聖水を取り寄せてもらったんだ。

 これがあれば格段に悪魔祓いがやりやすくなる」

「おお!」

「それはそれとして戸塚さん。

 すぐ別の容器に入れ替えるので、容器の値段を差し引いた価格に値下げしてくれませんか」

「あー……うん、荒木君にはお世話になっているからね。

 差し引き分は僕が代わりに払っておくよ」

「じょ、情緒がない……」

 

 柊は残念そうに呟いたが、それを無視して中身を詰め替える。

 だってしょうがねえだろ。

 これを買ったせいで財布がカツカツなんだから。

 

「……先輩、まるで水鉄砲の容器に見えるんですけど」

「まるでも何もその通りだな、先日トイザ〇スで買ってきた。

 前々から武器が欲しかったんだが、銃刀法は無視できないし、そもそも悪魔や悪霊には物理攻撃があまり通用しない。

 そこでその悩みを解決するのが、聖水と水鉄砲だ。

 こいつを組み合わせれば、下級悪魔ぐらいなら楽に対処できる。

 付け焼刃の知識しかないにわかエクソシストでもな__ほら、こっちの水鉄砲と容器三つはお前用だ」

「こ、これで私にも悪魔祓いが……?」

「気安く撃つなよ、水鉄砲の方はともかく、この聖水マジで高いんだから」

 

 価格。

 それが今まで聖水鉄砲を作れなかった一番の理由だ。

 聖水鉄砲は、「エクソシストTRPG」の公式にはデータ化されていないが、「エクソシストTRPGプレイヤー」の間では広く知れ渡った、プレイヤーの手によって発明された和マンチ的なアイテムである。

 悪魔祓いを行うために瓶の中の聖水を撒くのは、命中精度も低いし消耗も激しい。 

 その弱点を解決するためにこの聖水鉄砲が考案された。

 

「荒木くん、君にもう一つ教皇庁から贈り物があるんだけど」

「え? 他に何か頼んでましたっけ」

「いいや、こちらは文字通りの意味での贈り物だね__エクソシスト代行証だよ」

「……え」

 

 戸塚神父から手渡されたのは、十字架の描かれた警察手帳のようなもの。

……マジで?

 

「以前から荒木くんの活躍はこちらの界隈でも噂になっていたんだけど、パズズ事件解決が大きな反響を呼んでね。

 エクソシスト不足のこのご時世、フリーにしておくのはもったいない。

 とはいえ荒木くんはキリスト教徒ではない。

 ならばと協議した結果用意されたのが、この代行証というわけさ」

「流石は先輩……いいえ、先輩なら当然ですね!」

 

……柊は無邪気に喜んでいるが、これを受け取るということは、教会の紐付きになるということ。

 もしかすれば教会からの要請で悪魔祓いをしろと出動させられるかもしれない。

 それは勘弁願いたいが……後ろ盾が得られるのは魅力的だ。

 長い間フリーで活動していたもんだから、そろそろ他のエクソシストや組合に目を付けられかねなかったし、なにより柊のトラブル体質は筋金入りだ。

 支払う対価よりも、得られる支援の方が多い気がする。

 ここは甘んじて受け入れるか__

 

「__お待ちください」

「あ、あなたは」

 

 後ろから声がしたので振り向くと、開かれた扉の先にはシスターと神父がいた。

 逆光が眩しく目が慣れるのに数秒かかったが、シスターの方は背が低く中学生ぐらいの年齢で、容姿は整っており髪は金、腰のベルトにはバインダーを吊り下げている。

 神父の方は白髪が目立つかなり年老いた老神父であり、少女と同じく腰のベルトにはバインダーを吊り下げている。

 なんだこいつら……なんだか覚えのある符号だが。

 

「あなたが昨今フリーのエクソシストとして活動している荒木明さまと、仲介人の柊小夜子さまですね」

「え、ええ……そうですよ。

 しかしよくご存じですね、先輩だけならともかく私の名前まで。

 それでその、私たちに何か御用でしょうか?」

「エクソシスト代行の話です。

 あなた方の経歴を調べましたが、専門的な教育を受けた痕跡はどこにも見つかりませんでした。

 そのような一般人にこれ以上悪魔や悪霊と関わらせるのは危険だと考え、代行証を渡さぬよう止めに来た次第です」

「……!」

 

 まあ、プロからすれば妥当な判断だな。

 

「これこれ、そのような物言いはおやめなさい。

 彼らは既にいくつもの悪魔祓いを成し遂げた実績があるのですから」

「だとしてもです先生。

 わたしたちエクソシストは一般人を悪魔の被害から守るために存在します。

 守られるべき人々を、少し能力があるからといって無暗矢鱈に悪魔事件へ携わらせるべきではありません」

「お、お待ちください、昨今この町周辺では悪魔事件が多発しており、彼がいなければ……」

「ご安心ください戸塚様。

 なにも代替案一つ出さず止めに来たわけではありません。

 今後は私がこちらの教会専属のエクソシストとして所属させていただく予定です。

 戸塚様とて私の実力は十分ご存じの筈でしょう?」

「で、ですが、あなたの立場では、そんな簡単に……」

 

 戸塚神父は戸惑い、老神父は少女の態度に呆れたようにため息をついた。

 ふーむ、少女の方は腕前には自信があるが、立場はそう軽いものではない……どういうことだ? 

 原則として女性はカトリック教会で聖職者になることはできない。

 人手不足からエクソシストになれたとしても、その立場は末端が精々だろう。

 にもかかわらず、彼女は特別扱いを受けている……これはいったい。

 

「……勝手に話を進めないでいただけませんか。

 先輩の実力を知らないなんて、お嬢さんは相当のモグリのようですね。

 そもそもあなた達は誰なんですか? まずは名前を名乗るのが礼儀でしょう」

「それは確かにそうですね、申し訳ありませんでした。

 私はルチア、ローマ教皇庁に所属するエクソシスト見習いです」

「同じくローマ教皇庁に所属するエクソシスト兼、教育係のジョルジョでございます。

 荒木様、柊様、以後お見知りおきを」

 

 ルチアとジョルジョ……あ。

 思い出した……思い出したぞこの二人、公式助っ人NPCじゃないか!

 ルチアとジョルジョ。

 それは公式キャンペーンに登場するお助けNPCであり、日本中を旅して悪魔祓いを行う教会所属のエクソシストだ。

 うわーマジか、あのルチアとジョル爺か。

 この二人が俺の代わりにこの町に住んで悪魔祓いをやってくれるのか?

 そんなの……願ったり叶ったりじゃないか!

 

「……先輩?」

「ん? ああ、いいや、けったいな名前だと思ってな」

「どういう意味です……?」

「ルチアって言ったらあれだろう? シラクサのルチア。

 複数の奇跡を賜り、神への愛を貫くために殉教したとか。

 そんな御大層な聖人の名前を、こんな小娘が名乗っているなんてな」

「なっ……!」

「そしてジョルジョといえば聖ゲオルギウスのイタリア語読みだ。

 凶悪な毒竜を祓った竜殺しにして、信仰に命を捧げた殉教者。

 どちらも西洋ではよくある名前だが、エクソシストとなれば話は別だろう。

 この爺さんに竜殺しの聖人の名前を名乗れるだけの実力が備わっているのか、甚だ疑問だね」

「せ、先生はその名に恥じぬ実力と実績を携えたエクソシストです!」

「ほっほっほ、確かにこの老骨に聖ゲオルギウス様の名前を背負う資格があるのかと問われれば、いささか不足であると認めざるをえませんな」

 

 適当に話を繋げて貶したが、別に名前負けは全くしていない。

 ジョル爺の二つ名は竜祓い。

 キリスト教においてドラゴンはサタンとも同一視される特別な記号である。

 となれば「エクソシストTRPG」でも、ドラゴンの扱いは特別なものとなり、脅威度は一律5(天災)となる。

 ジョル爺にはそんな大悪魔を祓ったという伝説的な経歴が存在する。

 老化によって全盛期から衰えているらしいが、それでも〝あのルチア〟の教育係を任されるぐらいには、教会からエクソシストとして信頼されていた。

 

「それはそれとして、荒木様はかなり神学への知見があるようで」

「そ、そのぐらいの話は私でも知っています先生!」

「自分の名前の由来ぐらい知っていて当然でしょうに」

「せ、先生はどちらの味方なんですか……?」

「今回に限っては彼ら寄りでございますな。

 あなたの我儘で本来の予定を曲げ、こちらに来ることになったのですから」

「む、むむむむむ……!」

 

 なるほど、やはりジョル爺はこの町に来ることは不本意だったのか。

 とはいえルチアの方は積極的。

 ここはルチアを狙い撃ちして、この町に留まるように誘導するべきだろう。

 さて、次はどう挑発したものか__そうこう考えていると、彼女の方から踏み込んできた。

 

「こうなれば悪魔祓い勝負です!

 どちらが先に悪魔を祓えるか、勝負しましょう!」

「ええいいでしょう!

 私の先輩が あなたのようなぽっと出のお嬢さんに負けるわけがありません……!」

「なんでお前が答えてんだよ」

 

 まあ、別に構わんが。

 

「もし私が勝ちあなた方が負けた時は、代行証を返上し、今後一切悪魔事件から手を引いていだきますからね!」

「ならこちらが勝ちあなたが負けた時は、二度と先輩にエクソシストを辞めろなどと言わないでください!」

「はぁ……ルチア君、あなたはいつまでここに留まるつもりですか。

 悪魔事件など早々起きるわけが__」

 

 携帯の着信音が鳴った__柊の携帯電話だ。

 

「失礼します__はい、はいはい、おお、それは大変ですね、わかりました、それではご相談してみます」

 

 柊は神妙な表情を浮かべながらも、喜びと興奮が抑えきれない態度で、俺とルチアへと向き直り、こう言った。

 

「先輩、丁度邂逅者の方から連絡が来ました、悪魔事件です」

 

 どうやらまた柊は悪魔事件を引き寄せたらしい。

 戸塚神父やルチアとジョル爺は驚きに目を丸めているが、ここ一年彼女と関わってきた俺からすれば、半ば予想できていた展開だった。

 

==

 

 依頼人との交渉を終え、悪魔が現れたという現場に向かう道中、ジョル爺からこんな話をされた。

 

「今回の悪魔事件、わたくしは手を出すつもりはありません」

「せ、先生、それはどういう」

「わたくしはもともと、ルチア君を連れ戻すためにこの町に訪れましたから。

 ここでルチア君に加担して、勝利に貢献一助してしまっては本末転倒でしょう」

「まあ、それは確かに……」

「とはいえ何もしないというのは少々尻の座りが悪いというもの。

 勝ち負けを競うにしろ、公平な立場で内訳を精査する者がいなければ、勝負は引き締まりません。

 ここは一つ、わたくしは審判に立候補させていただきたく」

「私はもちろん構いませんが」

「……俺達も構いません」

 

 ジョル爺が審判か。

 まあいい、ルチアは厳しい判定下での審査になるかもしれないが、そこに関してはこちらが手を抜けばどうとでもなる話だ。

 

「ありがとうございます。

 勝負の決め手は怪異を祓うことを一番としますが、そこに採点も加えましょう」

「採点の基準はなんですか?」

「いかにエクソシストとして相応しい立ち回りをするか。

 それだけでは分かりづらいので、ルールを一つ提示させていただきます。

 それは力技に頼らないこと。

 高価な道具や希少な聖遺物、依頼報酬に釣り合わない消費をしてはなりません。

 悪魔の性質を見極め、攻略法を確立してください」

「かしこまりました!」

 

 力業に頼らない、ね。

 まあ、エクソシストTRPGプレイヤーとしての知識はあっても、技術のない俺達には関係のない話だろう。

……しかし、なんつーか、懐かしいな。

 前世の俺もセッションを通じて、ジョル爺の生徒の一人として教鞭を受けていたっけ。

 

「ではルチア君、聖遺物を預けていただけますか?」

「はい、こちらをお預かりください」

「確かに」

 

 そう言ってルチアがジョル爺に手渡したのは、一冊の魔導書。

 TRPG時代の設定と違いがないのであれば、その魔導書には聖遺物が封印されている筈だ。

 ルチアの聖遺物は教皇庁から貸し出されているらしく、聖水程度で財布の心配をしている俺からすれば、気前のいいスポンサーから全面的に支援されている彼女の立場は、正直言って羨ましい。

 まあその分しがらみも多いんだろうが。

 聖遺物の入手経路は「クリア報酬」「NPCからの譲渡」「購入」の三通りあるが、買うとなれば車や家どころではない出費を迫られる。

 柊みたいに運がいいならともかく、俺みたいな素人には、まず手の届かない代物だった。

 

「先輩、私の『金貨』もジョルジョさんに預けた方がいいのでしょうか?」

「? まるで聖遺物を持っているかのような物言いですが……」

「……あー、ジョルジョさん、彼女の持っている聖遺物は身を守るためのものなので、そのまま持たさせておいてもいいですか? もしもがあったら怖いですし、今回の悪魔事件では積極的に使う予定はありませんので」

「ええ、構いませんよ、むしろその警戒心の高さはエクソシストとして褒められるべきことです。 それと比べてルチア君は軽々しく聖遺物を手放すなど……減点3」

「え、ええ!? わ、渡せと言ったのは先生ではありませんか!?」

 

 そうこう二人のコントを眺めながら歩いていると、依頼人の家が見えてきた。

 木造和風の一軒家であり、現在依頼人一家はホテル暮らしのため人気はない。

 だが人ならざる者の気配は感じる。

 

「柊、ここから調査が始まるので、一旦聖句を唱えておこう。

 とはいえ藪をつついて蛇が出るかもしれない。

 一旦攻性聖句はなし、唱えるのは精神安定の聖句だけだ」

「かしこまりました、えー……『わが魂よ、勇ましく進め』__」

 

 ルチアは自分には自分のやり方があるとでも言うように、躊躇なく敷地の中へと足を踏み入れた。

 先を越されてしまったが、まるで構わない。

 なにしろ彼女に依頼を達成してもらうことこそが俺の目的なのだから。

 さっさと悪魔を祓って、俺をお役御免にしてほしいものだ。

 こっちはゆっくりじっくり時間をかけて進めるとしよう。

 

「『__信仰のたてを手に取りなさい。

 それをもって、悪しき者の放つ火の矢を消すことができるであろう』……と。

……それでは先輩、どこから調べます?

 今回の犯人はいたずらゴブリンに近い性質だとお伺いしていますが」

「人の家に住み着き、いたずらを繰り返す老人……。

 危険性は低そうだが、相当する妖精は多い。

 今回の調査は難航しそうだな。

 ひとまず台所あたりから調査するとしよう、注意深くな」

「はい!」

 

 まあ、この世界は「エクソシストTRPG」なので、十中八九妖精ではなく悪魔や悪霊だろうが。

 なにはともあれ俺たちは屋敷の中へと足を踏み入れた。

 時間帯は昼間だが、室内は薄暗く、足場はぎいぎいと音を鳴らしており、妙におどろおどろしい雰囲気だ。

 精神安定の聖句を唱えておいて正解だったのかもしれない。

 

「台所は、ここか。

 道角に潜んで急に襲ってくるかもしれない、警戒を怠るな」

「はい……!」

 

 そうして丁寧に台所を調べてみたが……いないな、ここにゴブリンはいない。

 

「うーん、台所の棚を全て開けてみましたが、いませんね」

「床下収納にもいないな、なら次は水回りだ、風呂場を見に行くぞ」

 

 次は風呂場と脱衣所を見に行ったが……ん? なんだこれ、白髪?

 

「先輩、それは?」

「浴槽の排水溝に溜まってた」

「依頼人の家族には白髪はいなかった筈です、となるとこれは……」

「悪魔のものだろう」

 

 ヒントは得られたが……これだけでは結論に行きつくことはできないな。

 浴槽の排水溝にあったということは、白髪の主は浴槽に浸かっていたのだろうか?

__そうこう考えていると、家の中から忙しない足音が聞こえた。

 

「そのような真似はおやめなさい!」

「! 居間の方だ! 行くぞ!」

「はい!」

 

 廊下を走り居間の入り口に辿り着く。

 するとそこには、散乱する衣服類をハサミで切り裂こうとする襤褸着を着た白髪の老人と、それを止めようと手を伸ばすルチアがいた。

 背後から伸ばされるルチアの手に驚いた老人は、反射的にハサミを振るった。

 

 そして舞った真っ赤な鮮血。

 

 老人はすぐさま飛び上がって天井に空いていた穴に潜り込み、屋根裏へと姿を隠す。

 居間に残ったのは、散乱した衣服と、血を流すルチアだけ。

 

「だ、大丈夫ですかルチアさん!?」

「__申し訳ありません、心配させましたね、私は大丈夫です、ご安心ください」

「で、ですがお怪我を__」

 

 心配して駆け寄る柊に、ルチアはざっくりと切り裂かれた手の平を見せる。

 その傷口は当然のように流血していたが、ルチアは逆手の親指で傷口の血を拭った。

 すると__傷口から溢れていた血どころか、傷そのものが消えてしまう。

 まるでマジックのような光景だが、これは種も仕掛けもない、単なる__

 

__奇跡だった。

 

「重ねて言いますがご安心ください。

 私は主より『癒しの奇跡』を賜っていますから」

 

 そう、彼女は神から治癒の奇跡を賜った、現代に生きる本物の奇跡者。

 それこそが竜祓いジョルジョが教育係に任命された、一番の理由だった。

 

==

 

 聖人。

 それは善良で高潔な人格者を指す言葉として用いられることが多いが、その由来は特定の宗教における崇敬対象を指す。

 

 仏教、儒教、イスラム教、ユダヤ教。

 聖人が登場する宗教は様々あるが、

 一例としてキリスト教、これにおいて聖人に認められる条件は__

 

・キリスト教の教えに準じ、教徒の模範となる生き方を示すこと。

・列聖省に認められること。

・死後から早くても十年経っていること。

 

そして__

 

・奇跡者であること。

 

 ルチアはまだ存命中のため、聖人とは認められてはいないが、死後十年経てば確実に聖人として列聖されると目されている人物だ。

 長い一神教の歴史上、奇跡者は両手の指では数えきれないほど現れたが、今を生きる奇跡者の数は極めて少なく、また奇跡は神の祝福を象徴しているため、ルチアはキリスト教社会においてある種のアイドル的存在として尊ばれていた。

 

 とはいえそんな大人気アイドルもジョル爺には頭が上がらないようで、一度依頼人の家を出て彼と合流すると早々にルチアは説教を受けてしまう。

 

「__家の中に怪異が潜んでいると知らされているのに、碌な下準備もせず、あまつさえ身を張ることを前提とした奇跡頼りの立ち回り。

 そして案の定怪我をしてしまったと。

 これはわたくしが事前に警告した「力押し」そのものでしょう__減点5。

 最初の回答権はお二人にお譲りしなさい」

「……ぐ、わ、わかりました」

「……と言われましても、俺にはあの老人の正体が何なのか分からないんですよね」

「!」

 

 ルチアは顔を上げて目を輝かせた。

 

「え、せ、先輩でも?」

「これだけの情報だとなぁ」

「……もしかして先輩、今後の悪魔事件をお二人に押し付けるために、わざと知らないふりをしていませんか?」

「何のことやら」

 

 わからないのは本当だ。

 家に住み着き衣服を切り裂く怪異なんてのは、民間伝承を含めればかなりの数が存在する。

 俺の知識や洞察力では、この短期間に何の悪魔か絞り切るのは不可能だった。

 

「で、では、私から解説させていただきますが、よろしいですよね?」

「どうぞ」

「あれの名前は__そうでした。

 彼の名前を言ってはならないので、紙に記させていただきます」

 

 そう言ってルチアはメモ帳とペンを取り出し、そこに記された名前は__「アンチェトカ」。

 アンチェトカ? ……ああ、あいつか。

 しかし、なんでその結論に行きついたんだ?

 

「なぜ私が彼を判別できたのか、理由は三つあります。

 一つめは衣服などを切り裂いていたこと。

 二つめは家に住み着いていたこと。

 これだけであればいたずら好きの妖精や妖怪と変わりませんが__三つめ、顔立ちが北欧系であったこと。

 北欧の伝承と言えばスラヴの伝承。

 これによりわたくしはあれの正体を掴みました」

 

 その判別方法、ちょっとずるくない?

 日本人の俺に、白人の国ごとの顔の傾向なんて分かるわけがない。

 まあ、別に彼女を勝たせるつもりなので、先を越されても構わないんだけど。

……あ、そういやスラヴの伝承の悪霊って、風呂場を好む傾向が多いんだっけ。

 そして白髪は風呂場の排水溝に残っていた。

 俺にも気づけるヒントはあったってわけか。

 

「あれはスラヴの伝承に登場する悪霊です。

 家、風呂場、沼や森に住み着き、衣服や靴下を切り裂くなどのいたずらを好んでいるとされています。

 とはいえこれは比較的無害な状態であり、時に悪霊の親玉の手先になってしまうこともあるそうです。

 そして彼の名前を呼んではならない理由。

 この部分に関しては……実のところわかっておりません。

 これはわたくしが不勉強なのもありますが、スラヴの伝承を主に信仰していた人々は文字を持たなかったため伝承を書き記す習性がなかったのが理由です。

 何はともあれ名前を言ってはならないということだけは確かであり、皆様も言及する際はお気をつけください」

 

 どこぞの名前を言ってはならない魔法使いみたいな特徴だな。

 といっても、アンチェトカにあの闇の魔法使いのような真似はできないだろうが。

 

「そして、この悪霊には明確な攻略法が存在します。

 それは人差し指と中指の間に親指を挟んで拳を握る、クシキというハンドサインを見せることです。

 これに多少の罵声を加えるのもいいとされていますね。

 つまりは明確な攻略法が存在する__さて、悪霊への最初の挑戦権は、私が戴いてもよろしいですねお二人とも?」

「え、で、でも」

「少々無様なところはみせてしまいましたが、悪魔の正体を見定めたのは私です。

 先手を譲っていただけるには十分な働きをしたと思いますが」

「まあ、道理だな」

「そんなに簡単に納得しないでくださいよ!

 こ、このままだと先輩がエクソシストをやめさせられちゃうんですよ……?」

 

 ああ分かっている、むしろそれが望みだ。

 彼女にはこのまま悪霊を祓って柊との賭けに勝っていただき、新たな正義のエクソシストとして、この町を守っていただこう。

 アンチェトカは警戒点も攻略法もわかり切っている雑魚悪霊だ。

 そしておそらくは近隣には悪霊の親玉とやらはいないだろう。

 奇跡頼りなところが散見されたとはいえ、ジョルジョの薫陶を受けた彼女が祓えない相手ではない。

 くくく、俺の計画は完璧だ。

 

 その後、ルチアは自分の衣服を家の庭の物差し竿にかけ、近場の草陰に隠れてアンチェトカが訪れるのを待ち構える形に。

 アンチェトカはまんまと罠に嵌り、ルチアの前に姿を現してしまう。

 今にもハサミで衣服を切り裂こうとするアンチェトカに、ルチアはすかさず姿を現し、クシキのハンドサインを見せる。

 たじろぐアンチェトカに、ルチアはトドメの一撃として、罵声を叩きつけた。

 

「この__いじわる!」

 

 ……え?

 今のが罵声……?

 アンチェトカはまたぽかーんと、間抜け面を晒している。

 

「ぐ、ふっ」

「……」

「グハハハハハ!」

「……!」

 

 少しの間を置いた後、アンチェトカは腹を抱えてルチアを指さし大爆笑した。

 

「う、嘘つき!」

「ぎゃははははははははは!」

「ふ、不信心者!」

「ひーひひひひひひ!」

「ええっと、ええっと……!」

「ふーっ! ぐふっ! っっっ!」

 

……そうだ、そういえばこの子、めちゃくちゃ箱入り娘なんだった。

 日本に来るまでバチカン宮殿で花よ蝶よと大事に育てられていたというルチア。  

 悪霊なんて質の悪い存在を追い払える罵声(スラング)を覚える機会はなかったのだろう。

 瞬く間に罵声のレパートリーが底をついた彼女を見て、アンチェトカは笑いすぎるあまり声が出なくなり、過呼吸寸前になってしまう。

 

「ルチア君、もういいです、交代しなさい」

「せ、先生、も、もう少しお待ちください!

 わたしがこの悪霊を祓ってみせます!」

「はぁ……往生際が悪いですぞ。

 荒木様、柊様、少々お待ちください、わたくしが彼女に引導を渡します。

__お聞きなさいルチア君、クシキのサインはイタリアではフィグサイン、日本では女握りと呼ばれ、男性器や女性の陰核を指す性的な意味があります。

 あなたはそれをご存じでしたか?」

「え……」

 

 話を聞いた彼女は顔を青くしてガクガクと体を震わせ過呼吸を起こし始めた。

 それはまるで、不本意にも凶器で人を殺めてしまい、凶器を手放したくても指が吸い付いて離れなくなってしまったサスペンスドラマの登場人物のようで……いやいや、大袈裟すぎるだろ。

 

「では、荒木様、柊様、お願いします」

「……」

 

 どうしてこうなった。

 俺と柊は片手をクシキの形にして見せ、アンチェトカに罵声を浴びせかけた。

 

==

 

「__依頼人の皆さんは結果にご満足いただけましたし、除霊勝負も大勝利です。

 流石は先輩、プロのエクソシスト相手に引けを取らない活躍をなさられるとは」

「あいつは奇跡者としてはともかく、エクソシストとしては見習いだ。

 口が裂けてもプロと渡り合えるなんて言えねえよ」

「でもベテラン風のジョルジョさんも先輩のことをとても褒めてましたよ。

 エクソシストとしての基本がなっているって」

「……リップサービスだよ」

「私にはそうは思いませんでしたがね。

 ちなみにあの後町内会の皆さんと結託して、クシキを流行らせて悪霊を森の奥地に追い立てることにしたそうですよ」

「あれの生息域には風呂場だけでなく森も含まれている。

 一度森に押し込めば態々外に出たりはしないだろう。

 これにて一件落着か……ん?」

 

 校門の前に人だかりができていた。

 どうした? 普段の彼らなら我先にと下校しているというのに。

 

「あれって、ルチアとジョルジョさんでしょうか?」

「みたいだな」

 

 人だかりの隙間から僅かに見えたのは、タクシーに乗ったジョルジョと、扉の前に佇むルチア。

 態々こんなところに来るってことは、俺達へ何か用でもあるんだろうか。

 

「あ__せ、先輩」

「ん?」

「き、『金貨』が反応しました……致命的な失敗(ファンブル)です」

「は……?」

 

 なんだ、何の判定だ?

 今のどこにサイコロを転がす要素があったんだ。

 

「多分、ルチアさん達から私達に向けた、評価判定だと思います」

 

 評価判定って。

 

「ルチアとジョルジョは、俺たちがこの町を守るエクソシストに相応しくないって判断したのか?」

「おそらくは……」

 

 確かにまあ、アンチェトカ事件の活躍度合いは、ルチアに分があった。

 俺はただ彼女の作ったレールに沿って進んだだけ。

 彼女からすればトンビに油揚げをさらわれた気分だろう。

 不満を抱くのも仕方がないのかもしれない。

 となると、やっぱり俺達には任せられないと訴えに来たんだろうか。

 二人に全て押し付けるのは無理でも、せめて仲間に引き込むことを期待していた身としては、願ったり叶ったりだが……。

 何故かルチアの表情がしおらしい。

 これはいったいどういうことなんだ?

……ひとまず本人から話を伺うとするか。

 

「! ……こんばんは荒木様、柊様」

「ああ、こんばんは、それで何の用だ?

 態々うちの学校の校門で待ち伏せなんかして」

「先日の一件について__謝罪をさせていただきたく」

 

 謝罪?

 

「事件を終えた後、私は先生と共に反省会を行いました。

 そして気づきました、私があなた達と比べて、如何にエクソシストらしからぬ振る舞いをしていたのかを。

 私は奇跡頼りの立ち回りを続け、案の定怪我を負い、羞恥に抗うこともできず。

 対するあなた達は慎重に準備を行い、怪我一つせず、毅然と悪霊を祓ってみせました。

 結果だけなくこの過程を含め、私は自分の未熟さを思い知りました。

 今までお二人の実力を疑い失礼な態度をとっていたことを認め謝罪します、申し訳ありませんでした」

 

 それでわざわざ謝罪をしに来たと……TRPG時代と変わらず真面目な少女である。

 とはいえこれのどこがファンブルなんだ?

 

「荒木様、私はあなたを尊敬します。

 そして柊様、あなたもまた彼を支えるに足る慎重さを携えていると。

 この町はあなたたちがいれば問題ないでしょう。

 ここはあなたたちにお任せしました」

「え」

「これより私たちは町を発ちます。

 また機会がありましたら、いずれどこかでお会いしましょう。

 お二人に主のご加護がありますように」

「__ちょ、待って! 待ってくれ!! カムバーック!!!」

 

 制止の声は届かず、ルチアとジョル爺は早々にタクシーに乗って去っていく。

 

 ファンブルってこういう意味かよぉ……!




 追記 誤字報告ありがとうございます! いつも助かっています!
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。