悪魔の現れるTRPG世界に転生してしまった 作:いかのしおから
「本当に助かりました。
猛君が困っていると聞いて、私としても力になりたいとは思っていたのですが、やはり一人では対処できる自信がなく。
常々思っていることですが先輩は本当にお優しい方ですね」
「別に優しいわけじゃない。
対処できない問題ならとっとと尻尾を巻いて逃げるつもりだし、依頼を受けたのも金目当て。
提示された金額が少なければ、今頃家で昼寝してただろうよ」
「ふふ、またまた」
「その顔やめろ」
モーターボートの漁船に乗り曇り空の下の海上を進む。
今回の依頼人は漁船の操舵手である、五反田猛(ごたんだたける)。
21歳の漁師らしく、柊の親戚だそうだ。
肘で俺の脇腹をつつく柊を押しのけ、舵を取る五反田に声をかける。
「__それで五反田さん、この先の海域に悪霊がいるんでしたっけ」
「……ああ、そうだが」
「柊から事情は伺いましたが、改めて当事者の口から事情を聞かせてもらってもいいですか」
「……分かった。
この先にある島は鬼火……つまりはプラズマ現象がよく起こる地域でな。
プラズマの仕組みが解明された現代、本気で恐れるのは爺さん婆さんぐらいしかいなかったんだが__ある日、まるで意識を持ったかのようにプラズマの一つが船を襲い始めたんだ。
魚探やコンパスを狂わせたり、ガソリンを捨てたり、船を引火させたり。
不幸中の幸い死人こそ出てないが、あいつのせいで俺たち島民は商売上がったりよ」
「猛君のご家族というか、離島の皆さんの大半は漁業で生計をたてていますからね……」
「ああ、このままだと俺達は食いっぱぐれちまう。
そんな風に困っていた時、さっちゃんからあんたを紹介してもらったんだ。
なあ兄ちゃん……本当に解決できんのか?」
「現場を見てみなければ何とも言えませんね」
水生や水場の悪魔は危険だ。
ルサールカ事件での失敗は未だに苦々しい思いを抱えている。
今度もそうならないよう、注意深く立ち回っていきたい。
「とはいえ、鬼火ってのは基本的に格の低い悪霊です。
道具が揃っていれば俺でなくても、それこそ柊だけでもなんとかなるでしょう」
「……男だってのに、女の背中に隠れて人任せにするつもりか?」
「? いいえ、別にそういうわけではありませんが」
「ちょっと、せっかく先輩が助けてくれるっていうのに、失礼ですよ猛君」
「いいや言わせてくれ! というかお前、さっちゃんの何なんだよ……!
随分慕われてるみたいだが……も、もしかして……彼氏か? 彼氏なのか!?」
あー……こいつ、柊に気があるのか。
子供の頃から親子ぐるみの親戚付き合いを続けていたみたいだし、そりゃあこれだけ見目がよく愛嬌のある親戚がいるとなれば、意識してしまうのも仕方がないのかもしれない。
「え? い、いやいやいや、私が先輩と恋人なんて、そんな恐れ多い……」
「俺と柊は友達ですよ。
話を戻しますが、鬼火に関係する伝承は、世界各地に数多に存在します。
そのため鬼火の正体を一つに絞り込むことは難しいでしょうが、先ほども言ったように低級の悪霊ばかり。
できることはせいぜい人を道に迷わせたり、火を起こしたり、質の悪いいたずらぐらい。
除霊はそう難しくありません__」
丁度説明が一区切りついたその時、雷鳴が響いた。
それと同時に悪寒が走り、水平線の先から光が見えた。
その光の球はかなりの速度でこちらに近づいてくる。
……来たな、鬼火。
「柊、無駄撃ちするなとは言ったが、出し惜しんだ結果死んだら本末転倒だ。
外してもいいから当たるまで撃ち続けるぞ、いいな?」
「わ、分かりました……!」
「アハハハハハハ!!」
「よし、行くぞ」
「はい!」
笑い声をあげて漁船に近づいてきた鬼火に照準を合わせ、聖水鉄砲を放つ。
「ギャアアアアアア!?」
「当たった!」
「おお!」
俺の放った聖水に貫かれた鬼火は、絶叫を上げて消えていった。
ふう、どうにか一発ずつで済んだな。
聖水の消費量は最低限で済んだので採算は取れるし、貴重な土日を拘束されたとはいえ、拘束時間はそれほどかからなかった。
結果は上々と見ていいだろう。
さて、仕事も終わったことだし、報酬を受け取って家に帰るか。
「終わったのか……?」
「はい、終わりました、これにて除霊完了です」
「……終わってみれば随分とあっけなかったな」
「ほら猛君、言ったではありませんか、先輩に任せておけば上手くいくと。
これで先輩の腕前が本物であることは納得いただけたでしょう?」
「ま、まあな……ん? あれって__」
なんだ五反田? まだ何か文句でも__え。
五反田の向いている方向に視線を向けると、そこには鬼火がいた。
それも一つどころではない。
十や二十はくだらない数多の鬼火がこちらに向かって飛んでくる。
おい、なんだよこれ……。
「た、猛君、鬼火悪霊は一体だけではなかったのですか?」
「そ、その筈だ! こんなに沢山の鬼火が現れるなんて聞いてねえ! いったいなんで!」
「……理由を考えるよりも今は目の前のことに対処するのが先決です。
五反田さんは船を操縦して回避に専念! 柊は俺と聖水で迎撃するぞ!」
くそっ、単体ではどいつもこいつも雑魚悪霊だが、数が多すぎて倒し切れない。
このままだと聖水が先に枯渇しちまう。
逃げようにも機動力は鬼火たちの方が高く、逃げ切れない。
聖句を唱えて祓おうにも、唱え切るまでに猛攻に耐えられるとは思えない。
どうする、どうすればここから生き残れる。
このままだと船ごと水没させられちまうぞ……!
「……! そうだ! 柊! 『金貨』を掲げてくれ!」
「!」
「数は多いが低級の悪霊しかいない!
『ニコラウスの金貨』の魔除けの力なら十分に通用する筈だ!」
「わ、分かりました!」
そう言って柊は金貨を取り出し、それを掲げて鬼火たちを追い払う。
これで一旦の危機は脱せたと思っていいだろう。
「五反田さん! 逃げてください!」
「あ、あいよ!!」
==
「よ、ようやく陸に戻れました……う、気持ち悪い……」
「……五反田さん、悪霊を祓いたいのは山々ですが、あれだけの数を相手取るとなると計画を練り直す必要があります。
再戦をする前に、一度情報収集をさせてもらってもいいですか」
「……それならうちに来い。
さっちゃんを野外に放置するわけにもいかないし……俺としても家族が心配だ」
ぐったりと潰れている柊を立ち上がらせ、俺たちは五反田の家に向かった。
それは田舎によくある感じの結構大きめな二階建ての一軒家であり、家族構成は父、母、長男、次男、長女、入り嫁、孫息子の七人家族。
五反田猛はこの一家の次男にあたるらしい。
俺たちはまず、玄関先で掃除をしていた長女に紹介された。
「おーい岬、帰ったぞー!」
「あ、たけ兄じゃない、それと__さっちゃん!? 久しぶりね!
相変わらず可愛いというか、色っぽくなったというか、具体的に言うとおっぱいが……あれ? そっちの男の子は初めて見るわね」
「こいつはエクソシストの荒木明だ。
鬼火を退治してもらうために、さっちゃんが紹介してくれたんだ」
「……エクソシストぉ? はぁ……」
「おい、なんだよそのため息は。
せっかく俺が本土から連れてきてやったってのに」
まあ、胡散臭いのは認めるが、彼女のため息に込められていた声色が、呆れだけではなく、拒絶の色が込められていたのを感じた。
「たけ兄は一昨日まで本土にいたから知らないでしょうけどね、島には既に来てるのよ……エクソシストを名乗る詐欺師が」
「……詐欺師だぁ?」
なんだそれ。
「丁度たけ兄が島を出たすぐあとに現れたわ。
彼は役場の前でこう言ったの。
自分はエクソシストだ、鬼火なんてすぐに退治してみせるから、協力してくれってね」
「……それ、本物か?」
「うさんくさいでしょう? 私達も最初はそう思っていたわ。
だけど電信柱に灯っていたプラズマを自在に操るなんて芸当を見せられたのだから、彼の言葉を信じるしかなかった」
「……なんだそりゃ」
「でもね、問題はここからよ。
操っていたプラズマが悪霊と合流し、一緒になって悪事を働き始めたの。
失敗した詐欺師は次こそ成功させると息巻いて、何度も諦め悪く他のプラズマを操ろうとしたけど……悉く悪事を働き始めちゃって」
「ってことは、さっき海にいた鬼火の群れは、そいつの仕業だったのか」
「島の皆も堪忍袋の緒が切れて、捕まえて本土に送り返そうとしたんだけど、山の奥に逃げられちゃって。
彼は今もまだ鬼火の悪霊を生み出し続けているみたい。
……近隣の海域は、あの詐欺師のせいで鬼火だらけだわ」
……確実に黒魔術師だな。
単なる詐欺師だとは思えない。
なにしろあれほどの数の鬼火悪霊を作り出したのだ。
然るべき技術と意図があるに決まっている。
「まあそんなわけで、今この島はピリピリしてるから、エクソシストとは名乗らないことをお勧めするわ」
「み、岬ちゃん、荒木先輩は本物のエクソシストで__」
「やめろ柊。
俺には今のところ自分がエクソシストだと証明する手立てがない。
忠告は素直に受け取っておくべきだ」
「さて、遠路はるばるこの島まで来てもらって、玄関先で立ちっぱなしにさせるわけにはいかないわ、家に上がってちょうだい」
五反田畔は、そう言って家の中へと先導する。
「……なあ、これからどうするんだ?
俺が島から離れてる間に、随分面倒な状況になってるみたいだが」
「……詐欺師とやらは気になりますが、ひとまず鬼火の群れから先に祓いたいですね。
おそらく詐欺師の行いは故意的なものであり、エクソシストではなく悪意ある黒魔術師です。
となれば最終的に対立するのは目に見えている。
手下の鬼火の群れを先に倒してから、本命の魔術師を叩くべきでしょう」
「道理だな、だが……あの数の鬼火の群れを、どうやって倒す?
今のお前じゃあ倒せないんだろ?」
「……成功の確証はありませんが、やってみたいことがあります」
「やってみたいこと?」
ああ。
俺はかねてから、今後も悪魔事件に遭遇するだろうと考えて、幾つかの武器や技術を用意していた。
聖水鉄砲もその一つだし、最近は教会の蔵書にあった魔導書にも目を通している。
とはいえ今から挑戦するのは正攻法、古典的なエクソシズムだ。
「__聖人を頼りましょう。
手伝ってください二人とも」
==
「本当にこれだけでいいのか……?」
「ええ、お陰様で形になりました」
俺達の目の前には、今にも風が吹けば倒壊しそうなボロ屋が立っていた。
とはいえ、その内装と外装には少々特殊な装飾が加えられている。
十字架だ。
屋根の天辺と、内装には祭壇奥の壁に、それぞれ一つずつ十字架を取り付けさせてもらった。
「改めてお伺いしますが、この空き家が島の中で最もプラズマが発生しやすい場所で合っていますか?」
「その筈だ。
昔はここに住んでた奴もいたんだが、しょっちゅう屋根の上のアンテナにプラズマが灯るもんだから、ビビッて誰も寄り付かなくなってな。
既にアンテナは外しちまったんだが、土地の性質が変わったわけじゃない。
アンテナ代わりに十字架を取り付けた今、前みたいに頻繁にプラズマが灯る筈だ。
……エクソシスト、お前の言う通り準備を手伝ってやった。
そろそろこの状況の意味について説明してくれてもいいんじゃねえか?」
「分かりました。
こうして俺達は簡易的な教会を作りました。
教会とは神の家__と、されていますが、
時折聖人やその分霊などが住みつく場合もあります。
有名なのはイタリアの「聖エラスモ大聖堂」ですね。
件の教会には聖エラスモこと、英語読みで聖エルモという聖人の聖霊が住み着いていたとされています」
場所はイタリアのガーエタという場所にあるらしい。
そこもこの島と同じく、プラズマ現象がよく発生する場所だったのだとか。
「聖エルモは船乗りの守護聖人です。
彼が船乗りの守護聖人になった経緯は、巻き上げ機で腸を引きずり出され死刑にされた逸話が由来とされておりますが、
一説によると雷雨をとめる奇跡を持ち、船乗りの願いを聞いて雷雨を退けた伝説も関係しているようです」
「それでその、聖エルモ様とやらを呼び出して、鬼火達から船乗りを助けてもらおうって寸法か」
「大体はそうですね」
「大体?」
「今回俺達が頼るのは聖エルモ本人にではなく、その分霊である『聖エルモの火』の方です。
聖エラスモ大聖堂が建てられた場所は、この島と同じくプラズマ現象がよく起こる地域であり、屋根に取り付けられた十字架にプラズマが灯っていました。
当時の人々はそのプラズマを聖エルモの奇跡に紐づけたそうです。
聖エルモの火の特性は聖エルモの特徴とよく似ており、嵐に遭遇した船乗りが幸運にも聖エルモの火に出会い、祈りを捧げると守ってもらえるのだとか。
召喚術や降霊術などの儀式を行う場合、符号を一致させることが重要になります。
聖エルモ本人を招くのは無理でも、この島がこれだけプラズマ現象が起きやすい環境なら、分霊ぐらいなら召喚できるんじゃないかと思いまして。
つまりはプラズマの悪霊にはプラズマの聖人分霊で対抗しようってわけです」
「なるほど、確かにこの島の環境だとぴったりですね先輩」
「つっても、呼び出せればの話だろ。
こんな単純なやり方で本当に上手くいくのかね__おっ……」
そうこう話していると、鉄材で作った十字架の上に青い火が灯った。
いいや、火ではない、今はまだプラズマだ。
船の上で鬼火悪霊と遭遇していた時も感じていたが、肌がピリピリする。
静電気とは分かっていても不思議な感覚だ。
まるで人ならざる、大いなる存在が近くにいるようで。
昔の人たちはこういった感覚を、神秘体験として捉えていたのだろうか。
「聖エルモ様の御前です、私語は慎んでください。
……柊、供え物は」
「言われた通りパンとブドウ酒を買ってきました」
「よし、祭壇の上に置いてきてくれ」
「はい……! 分かりました……!」
一般的にキリスト教には供え物文化はない。
あえて挙げるとするならば、アブラハムが息子イサクの命を神に捧げようとした話が有名だが、流石に人は殺したくないので、今回はキリストの肉であり血であるとされるパンとブドウ酒で代用した。
別にこの儀式にも供え物は必要ないと思うが、大した手間でもないので、僅かでも成功率が向上することを期待してやってみることに。
「では祈りましょう、聖エルモ様、どうか我々をお助けください」
俺たちは十字架に宿ったプラズマを聖エルモの火だと見立てて、膝をつき手を組んで祈りを捧げる。
この突貫工事で作った教会に、聖エルモの分霊を招待するために。
そうして祈ること五分ほど。
「……全然反応がねえな、儀式は失敗か?__お、おい」
……TRPG時代の知識で知ってはいたが、まさか本当に成功するとはな。
プラズマが強く輝き、動き出した。
否、それはもう既に、聖エルモの火と呼んで差し支えないだろう。
聖エルモの火は、弾丸のような勢いで十字架から離れ、海の方へ向かっていく。
数多の鬼火がひしめく海域へと。
「追うぞ! 五反田さん! トラックを走らせてください!」
「お、おうよ!」
「俺は後ろでいい! 柊! お前は助手席に座ってろ!」
「わ、分かりました!」
トラックは二人乗り用のため、俺は後ろの台座に乗って車体にしがみつき、セントエルモの火を追う。
道交法には反しているだろうが、今はそんなことを言っていられる場合ではない。
セントエルモの火を追って海岸まで辿り着くと、そこには既に何人もの見物人が集まっていた。
集まった見物人たちは、感嘆の声を上げる。
「す、すげえ、なんだあの鬼火……」
「強えぞ! たった一体で他の鬼火を相手取ってやがる!」
見物人の言葉の通り、雷雨の中、海上では、一際大きな光を宿す聖エルモの火が、鬼火の群れと衝突し、悉くを打ち砕いていく。
最後に海上に残った光は、聖エルモの火のみ。
空にかかっていた分厚い雷雲は、少しずつ晴れてゆく。
鬼火の群れと聖人の分霊の戦いは、聖人の分霊の勝利で幕を引いた。
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「いやー疑って悪かったよ、あの時は仕事を断っちまってすまねえな。
詐欺師に振り回されちまったせいで、誰を信じていいのか分からなくてさ」
「ありがとよ三人共。
雷雨も止んだみたいだし、お陰で明日から漁に出られる」
「へへっ、俺達ならこのぐらいできて当然さ! なあ兄弟!」
……兄弟ってのは俺のことか?
五反田猛は背中をバシバシと叩いてくる……調子のいいやつだな。
「聖エルモ様だったか? 祈り続ければ今日みたいに御利益が得られるらしいし、せっかくだからもっとちゃんとした教会を建てようぜ」
「そうだな、それがいい。
しかし本物のエクソシストはこうも仕事ぶりが違うとは。
やっぱりあの詐欺師を追い出したのは正解だったんだな」
「本物といってもアマチュアの__え、ちょっ」
追い出した……? 詐欺師を……?
悪霊を何体も召喚した、魔術師を……?
「お、追い出したんですか?」
「ああ、洞窟の中に隠れてたのを見つけて、島の皆と協力してとっ捕まえてな。
ついさっき、本土から来た船に押し込んで送り返してやったところだ」
「! も、目的地はどちらに!?」
「本土の港の方だと思うが__」
「五反田さん! 今すぐ船を出してください!」
「お、おう! 任せろ兄弟!」
まずいことになったぞ……。
俺と柊と五反田猛は船に乗り、本土に向かったという詐欺師の足取りを追う。
「前にも説明しましたが、今回の実行犯は確実に悪意のある黒魔術師です!
ここで逃がせばまた同じように悪霊を生み出し、人々に危害を加えるかもしれません!」
「そいつは捕まえねえとならねえな兄弟! 速度を上げるっ!
振り落とされねえように捕まっておけよ__って、あれ」
「どうしました五反田さん」
「え、エンジンがかからねえんだ! 島に来る前にガソリンを追加してたのに__まさか、鬼火に捨てられた……? くそっ」
五反田猛と一緒に漁船の後部にあるガソリンタンクを見に行った。
するとタンクの横には小さな穴が開いており、よく見ればガソリンが垂れ流されている。
おそらくは最初の遭遇時、鬼火がどさくさに紛れてタンクに細工をしたのだろう。
動力を失った漁船は動きをとめた。
「き、気づかなかった……!
……そ、そうだ漁師仲間に連絡して……くそっ、電話がつかねえ!
壊されてやがる!」
「わ、私の物もです! せ、先輩のは」
「俺のも壊されている、鬼火の仕業だ、してやられた……!」
「わりい、兄弟……! 俺が不注意だったばっかりに……!」
「……いいえ、急かした俺も悪いんです」
「そ、そんなぁ……」
……くそ、このまま逃げられるなんて。
「……え?」
それは柔らかな光だった。
船の先端には聖エルモの火が灯っている。
聖エルモの火は奇跡を用いて高波を起こし、漁船を押し進めた。
==
「まったくさ、どいつもこいつも偽物扱いしてくれちゃってさ。
失敗は誰にでもある、大切なのは失敗を糧にして明日に繋ぐことだ。
今回は理解の足りない島民のせいで除霊できなかったけど、僕は諦めない。
今度遭遇したオカルト事件では、必ずや悪霊を祓ってみせよう、華麗にね」
「ぶつぶつぶつぶつうるせえなぁ、船が着く間ぐらい黙って__な、なんだあれ?」
「どうした? まさか悪霊が__なっ」
あいつか! ようやく見つけた……!
5メートル近い高波に運ばれており、後の展開を考えるのが恐ろしい状況になっているが、この際魔術師をとっちめられればそれでいい。
「行け兄弟!」
「おう!」
標的は眼鏡とコートをつけた、如何にも怪しい細身の男。
俺は船から飛び降りた。
「おらあああ!」
「ぐへぇっ!?」
そして飛び降りた勢いのまま、魔術師の顔を両足で蹴り飛ばす。
魔術師は海へと投げ出され、俺も海面に全身を強打。
痛みを堪えて海面から顔を出すと、間もなく浮かんできた魔術師は白目を剥いて気絶していた。
こうして鬼火騒動は幕を閉じた。
==
俺と柊は話をしていた。
場所は校内の片隅にあるいつものベンチだ。
俺達の手元には、教会から送られてきた経過報告書が三枚。
それを柊と眺めながら話を続ける。
「……まさか魔術師ですらない、単なるオカルトオタクだったなんて」
「名前は御厨優児。
観光中に鬼火騒動に遭遇し、最近嵌っていた古いエクソシストもののテレビドラマで得たにわか知識を試すと、偶然にもプラズマに悪霊を憑依させる黒魔術として成立……」
「こんなことってあるんですね」
これほどの悪運、まるで柊から善性を取っ払ったような輩である。
いいや、あの詐欺師にも善性はあったのだろう。
他人の気持ちを考えず、自らの承認欲を満たしたいという独善的な善性が。
「日本には魔術の悪用を裁く法律はないんでしたっけ。
アフリカなどには呪術の悪用者を裁く法律もあるとお聞きしたことがありますが」
「ああ、日本にも昔は『賊盗律(ぞくとうりつ)』という法律があって、その中には厭魅、つまりは魔術を禁じるものもあったんだがな。
オカルト犯罪者を現代日本の法律で捕まえる場合、脅迫罪や器物損害罪を適用しなければならない。
とはいえ魔術師を刑務所に入れたとしても、魔術で脱走されるおそれはあるが」
「教会が引き取ってくれて助かりましたね。
もしかして先輩、これを見越してエクソシスト代行の提案を受け入れたんですか?」
「まあ、それもある」
「へー」
せっかく魔術師を捕まえて刑務所送りにしたってのに、ファンブルを引いて脱獄されるなんてのは「エクソシストTRPG」ではよくある話だった。
魔術に理解のある教会であれば、そう簡単に脱出されはしないだろう。
「ああ、伝え忘れるところでした。
先日猛君から私の家に電話がかかって聞いたのですけど、あの後すぐに島の民さんはお金を出し合って神父さんを招待し教会を建てたそうですよ。
そのお陰もあってか聖エルモ様の火は絶好調のようで、鬼火の残党がいないか日夜島中を探し回っているようで」
「俺達の打った手は、今のところ上手く働いている感じか」
「そうみたいです。
しかし……今思えばもったいないですね。
せっかく聖エルモ様の火を召喚するなんてすごいことができたのに。
どうにかしてあの十字架、こっちに持ち帰れなかったのでしょうか」
「聖エルモの火が灯ったのはプラズマの起きやすい環境があってこそだ。
町に持ち帰ったところで、聖エルモの火は消えてしまうだろう。
世の中諦めが肝心だ」
確かに、聖エルモの火を持ち帰れば、今後の悪魔事件への心強い味方になってくれただろう。
とはいえやはり聖エルモが顕現できているのはプラズマ現象の起きやすい離島の環境ありき。
俺達は今ある手札でやりくりしていくしかないのだ。
「なにはともあれ鬼火の除霊は達成できた。
今後の弊害になりかねない偽エクソシストも捕獲できた。
聖水を大量に消費したが、報酬で採算は取れており収支はプラス。
悪霊の残党はいるかもしれないが、島に聖エルモの火がいるなら大丈夫だろう。
今回の依頼は総合して成功と見ていい」
「これにて一件落着ですね、今回もお世話になりました、お疲れ様です先輩」
「ああ、お疲れ様」
追記 誤字報告圧倒的感謝……!