悪魔の現れるTRPG世界に転生してしまった   作:いかのしおから

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第14話「トロール」

「しかし、良かったのでしょうか先輩。

 私の分まで防寒具一式買ってもらって」

「今までの依頼の報酬は俺が総取りしてたから、このぐらいはな。

 ちなみにだがこれからの報酬は二人で山分けにするつもりだ」

「え……? わ、悪いですよ。

 私一人では到底悪魔祓いなんてできませんし……」

「遠慮するな、俺は前回の一件で思い知った。

 俺一人じゃあ切り抜けられない場面もあるってな。

 これはお前を対等な仲間として受け入れるためのケジメだ。

 お前さえよければ、今後の関係も考えて受け入れてほしい」

「! で、では、お言葉に甘えさせていただきます……」

 

 柊の邂逅者としての成長は著しい。

 悪魔知識はまだまだ足りないが、立ち回りや機転といった「エクソシストTRPG」を遊ぶ上で、最低限必要なプレイヤースキルを備えつつある。

 ゲームならともかく現実のたった数カ月で、これほどの能力を身につけた者はそうはいないだろう。

 まあ、オカルトへの対応力なんて、日常生活に使い道のない技術を態々身に付ける者など他にいはしないのだが。

 

「……それにしても寒いですね。

 喋っていれば寒さを誤魔化せると思っていましたが、これはちょっと想定外です」

「秋に吹雪と、朝なのに夜みたいな暗さ……天候を操る悪魔といえば、パズズを思い出す。

 あいつほど格の高い悪魔は早々現れないと思いたいが……」

 

 空は暗く、吹雪が吹き荒れ、地上は一面銀世界。

 ベストにズボン、手袋にブーツ、耳当てと、防寒具一式取り揃えたというのに、痺れるほどに全身が冷たい。

 防寒具を用意していなければ、今頃凍え死んでいたかもしれない。

 

「今回の依頼人は、柊の友達の親戚だったか?」

「はい、ご家族で畜産農業を営んでいるそうです。

 とはいえ秋中であるにもかかわらず雪が降って、更には一日中夜が続き、その上牛や豚などの家畜が骨だけ残して食い散らかされる異常事態から、仕事どころではないそうで、是非とも先輩に祓ってほしいと」

「依頼人は悪魔の正体を分かっているのか?」

「いいえ、名前どころか姿形すらも。

 今のところは誰一人犯人の姿を見た者はいないそうです」

「そうか……鬼が出るか蛇が出るか」

 

 積雪に常時夜、そして家畜食らいか。

 どちらか一つの要素であれば相当する悪魔は数いるが、全てを備えた悪魔は中々思いつかない。

 もしかすれば悪魔は一体だけではないのかもしれない。

 

「……ん? 何か見えてきたぞ……あれって」

「えっ……?」

 

 雪道を歩き続け、針葉樹の林を抜けると、そこには尻もちをつくオッサンが一人。

 そしてオッサンの視線の先には、毛むくじゃらの巨人が佇んでいた。

 

==

 

「おで、お前、食う」

「ひっ、ひいいい!!!」

 

 この状況で真っ先に動き出したのは柊だった。

 彼女は『ニコラウスの金貨』を取り出し、魔除けの効果で巨人を追い払おうとする。

 しかし巨人は多少怯みはしたものの健在であり、『金貨』を掲げた柊を睨めつけている。

 『金貨』が通用しない、中堅悪魔以上は確定だ。

 

「柊! 俺が巨人を引き付ける!

 その隙にお前はあのオッサンを連れて逃げろ!」

「で、ですが」

「役割分担だ! 一人じゃできねえことを二人でやるんだ!」

「……従います!」

「よし、なら行くぞ! こっちだデカブツ!」

 

 巨人の頭に石を投げて注意を引く。

 魔除けの『金貨』を持つ柊を追いかけるつもりはないようで、柊は無事にオッサンを連れてこの場から離脱できた。

 巨人は額に血管を浮かべてこちらに迫りくる。

 

「お前から、先に食う」

「やれるもんならやってみろ__ってあれ!?」

 

 高位悪魔は無理でも中堅悪魔なら、足止めぐらいには通用するだろう。

 そう考えバッグから取り出した聖水鉄砲を構え迎撃しようとした。

 しかし引き金を引けない。

 どういうことだと調べてみると、ボトルの中の水が凍っていたのだ。

 この猛吹雪の中、聖水を液状のまま保つことはできなかった。

 ああもう……! せっかく高い金を払って用意したってのに、いまいち活躍した試しがねえ!

 

「逃がさない」

「っ!」

 

 俺は踵を返し、林の中に隠れた。

 巨人の体格では、木々が密集する林の中を移動するのは困難だと思ったからだ。 

 しかし巨人は木々を踏み倒しながらこちらに向かってくる。

 時間稼ぎにはなっているようだが、倒壊した木が俺の背中を掠めた。

 胸がバクバクと高鳴り、緊張のあまり心臓が口から出そうになる。

 くそっ、警戒して事に当たるべきと考えていた直後だってのに……!

 

「! ちっ!」

 

 走り続けた先には、林の終わりが見えてきた。

 今現在は木々という遮蔽物のお陰で巨人に追いつかれてはいないが、林を抜ければ確実に追いつかれるだろう。 なにしろ歩幅が違い過ぎる。

 どうする、呼吸が乱れて聖句を唱える余裕もない。

 たとえ唱えられたとしても、巨人を祓うに至るまで聖句を唱え続けられる時間もない。

 今頼れるのは新しく買った十字架の魔除け効果ぐらいだ。

 聖遺物でもないアイテムが通用するとは思えないが、一願の望みをかけて祈りを捧げる__その時だった。

 

「もう、逃げられな__があッ!?」

 

 トラックだ。

 トラックが巨人を横殴りに跳ね飛ばした。

 巨人は足を抱えて身もだえしている。

 運転席には巨人に食われかかっていたオッサンと、助手席には柊。

 助けに来てくれたのか……!

 

「命の恩人を見捨てて逃げちまえば男が廃るってもんよ!

 助けに来たぞぼうず! さあ乗れ!」

「先輩! 逃げましょう!」

「……いいや、巨人が足をやった今がチャンスだ!

 ここできっちりとどめを刺す、柊、火の聖句だ、やるぞ」

「は、はい!」

「「『正義の道には命がある、しかし誤りの道は死に至る』__」」

 

 巨人の身体に、ぼう、と火を灯した。

 よかった、こいつが巨人型の悪魔ではなく、北欧神話などに存在する文字通り巨人なら、聖句が通用したか分からなかった。

 まあこの世界は「エクソシストTRPG」。

 エクソシズムで祓えない怪異はまず存在しないだろうが。

 そのまま聖句を唱えること数十秒、巨人は燃え尽き黒い灰となって消えていった。

 

「ふぅ……どうにかなったな」

「った、助かったぜ……。

甥っ子や嬢ちゃんから話は聞いていたが、大したエクソシストぶりだ」

「……あなたが依頼人でしたか」

「おう、俺は真田長幸だ。

 甥っ子伝いで依頼を出させてもらった」

「……今回防寒具を用意するのに出費が嵩みましたので、その分報酬は割高になりますが、よろしいですよね」

「あ、あはは……。

……お手柔らかに頼むぜ」

 

 組合未所属のエクソシストは自転車操業。

 お金の問題はきっちり話し合わなければならない。

 

「というわけで、お金の話をするためにも、一旦腰を下ろせる場所を紹介してくれませんか?」

「それならうちに来てくれ! ぼうずと嬢ちゃんなら大歓迎だ!

 婆さんや娘や入り婿も、さっきの話を聞かせれば喜んで歓迎して__」

 

__どしんと、何か大きなものが空から地面に落ちた音と、地鳴りが起きた。

 音の鳴った方に視線を向ける。

 するとそこには、先ほど浄化した筈の巨人が、傷一つない状態で佇んでいた。

 

「ど、どうして……さっき巨人は倒した筈なのに……」

「……撤退して態勢を立て直しましょう。

 真田さん、俺達をトラックに乗せて巨人を振り切ってください」

「お、おう!」

 

 不幸中の幸い、巨人の移動速度はトラックの走行速度よりも遅かった。

 俺達は巨人の追跡を振り切ることに成功した。

 

==

 

 そのまま真田家へと逃げ込み一家と簡易的なあいさつした後、俺達はストーブ周辺を占領して冷え切った身体を温めた。

 真田一家は四人家族で、家長の真田長幸、配偶者の真田美津、娘の鳩中柚子、入り婿の鳩中飛立で構成されている。

 一家が俺達の世話の準備をしてくれている間に、俺と柊は今回の悪魔事件と今後の対応について話し合った。

 

「先輩、あの巨人が何者なのか分かりましたか?」

「……自信はないが、一つ思い浮かぶのは、北欧神話に登場する霜の巨人だ」

「霜の巨人……?」

 

 知らないか。

 結構有名な巨人だが、柊は悪魔事件と関わるまで神話には触れてこなかったし、最近になって蓄えた知識も悪魔関連に偏っている。

 北欧神話の知識がないのも無理はないだろう。

 

「俺もあんまり詳しくは知らないんだがな……。

 霜の巨人、または霜氷の巨人とも呼ばれている。

 北欧神話において霜氷の巨人は始祖の巨人ユミルを指す場合が多い呼称だが、彼女が生んだ子孫である、霜氷の巨人の一族フリームスルス全体を指す呼称でもある。

 多くの神話において巨人は大自然の脅威を象徴しているため、この異常気象の原因が霜氷の巨人の可能性は高い。

 容易には死なない高い再生力も巨人の特徴だが……だからといってただの巨人に聖句が通用するのは違和感があるし、よしんば巨人に聖句が通用したとしても、彼らは巨人の祖であるユミルの血を色濃く継ぐ大変格の高い一族だ。

 俺たち程度の聖句で、あんなに簡単にダメージが入るとは思えない。

 なので俺は霜氷の巨人ではなく、その末裔とされるトロールではないかと思っている」

 

 トロールは霜氷の巨人の子孫だ。

 とはいえ末裔も末裔であり、始祖の巨人ユミルの血はかなり薄れているだろう。

 こいつならまだ、俺達の聖句が通用したことに納得できる。

 

「トロールは本家の霜氷の巨人達と比べて、二段も三段も格の落ちる巨人だ。

 高い自己治癒能力を持ち、変身などの魔術を使え、更には霧氷の巨人と同じく冬を司る巨人だが、知能は低く、文明を持たず、人の言葉を解す獣といって差し支えない。

 更には「日の光を浴びると石化する」なんて致命的な弱点がある。

 まあ、今はこの異常気象のせいか曇り空の真っ暗闇で、太陽はおろか日差し一つ拝めないんだがな。

 なにはともあれ、トロールなら俺達の聖句でも灰にできたのは納得できるが……いくらトロールに高い自己治癒能力が備わっているといっても、完全に浄化したあの状態から生き返られるとは思えない。

 おそらくトロールには蘇生能力を持つ仲間がいるか、もしくは何らかのからくりがある筈だ。

……とはいえそれはあくまでトロールという存在に聖句が通用すればの話。

 もしかすればあの巨人は、トロールとは一切関係のない、まったく別種の悪魔の可能性もある」

 

 一神教の聖句が通用した、それがネックだ。

 エクソシズムにおいて聖句とは、神に反逆した悪魔や、神の定めた生死のルールに逆らう悪霊への糾弾であり、一神教の神とはあまり関わりのない神話出身の巨人に通用するとは思えなかった。

 あの巨人にはまだ、解き明かさなければならない謎がある。

 

「つまり何もわからないってことだ。

 勉強足らずですまんな」

「十分すぎるとは思いますが……先輩、以前言っていましたもんね。

 格が低かったとしても、正体が分からない悪魔は対処が困難だって」

「ああ、それに吹雪まで起こして、更にはあの不死性だ。

 聖句が通用したからと侮ることはできん……だから柊、お前に一つ頼みたい。

 今から町に戻って、あの巨人の正体を調べてくれないか?」

「え……?」

 

 少し前までなら柊一人にこんなことは任せられなかったが、

 こうして幾つもの悪魔事件を潜り抜けて経験を積んだ今の柊になら、任せられると思った。

 

「依頼人は巨人の正体がわからないと言っていた。

 おそらくここを調べても大した情報は見つからないんだろう。

 俺はこれから真田一家を守るために結界張りに忙しくなる。

 町に戻って図書館で調べ物をする余裕はない、だから頼む、手を貸してくれ」

「__分かりました……必ずや巨人の正体を突き止めてみせましょう……!」

 

==

 

 そうして俺は柊を見送った後、真田一家を守るために結界を張ることにした。

 素材を惜しまなければ、真田宅を守れる結界を張るぐらいは俺にもできるだろう。

 そう楽観していた。

 しかし__

 

「そのぉ……こうして守りを固めておいてもらって悪いんだが、頼みがある。

 近隣住民をうちに保護したいんだが、一緒に来てくれないか……?」

 

 積雪や吹雪のせいで気づかなかったが、どうやらこの周辺には近隣住民がいたらしい。

 俺と真田長幸は急いで彼らがトロールに食われてしまわぬよう保護に努めた。

 住民の数はそう多くはなく14人前後。

 移動中にトロールと遭遇する事はなく、真田宅の居間がぎゅうぎゅう詰めになる程度の人数で、そう手間はかからなかった。

 ここまではいい。

 

「……重ね重ね心苦しいんだが、俺達の飼ってる家畜も守ってくれ。

 今あいつらが食われちまったら出荷予定日に間に合わなくなっちまう。

 そうなれば今後の商売が……」

 

 問題はここから。

 それぞれの家々で飼っている家畜も守ってくれと頼まれてしまった。

 俺は仕方なく各家の家畜小屋を渡り歩き、一つ一つに結界を張ることに。

 区域中の家畜を真田家の家畜小屋に押し込める案もあったが、トロールが闊歩する中、家畜を移動させるのは危険すぎると考え断念。

 出費は嵩み大赤字だ。

 

「ひぃぃぃ……!」

「おんぎゃあああ、おんぎゃあああ」

「安心してください!

 結界を張っているので、玄関より先に巨人は入ってはこれません!」

 

 巨人が家の前までやってくることもあったが、それは結界のお陰で退けることはできた。

 とはいえ度重なる巨人の襲撃と、止まない赤子の泣き声によって、心身共に疲弊していく。

 道具類は尽きかけ、結界が破壊されるのも時間の問題。

 柊も未だ悪魔の正体を掴めていないようで、便りはない。

 この泥船に乗ったままでは、彼らと共に沈んでしまだろう。

 結界が維持できるのは明日の夜まで。

 余裕があるうちに、家や家畜を捨てて逃げることを提唱するべきか……いいや。

 

「……柊を信じよう」

 

 あいつが俺達を助けてくれると信じて待つ。

 そして朝を越え、昼を越え、夜を越え__次の日の早朝のことだった。

 

「先輩! お待たせしました!」

 

 柊が満面の笑みを浮かべて帰ってきたのだ。

 息は荒く、頬は真っ赤に染まっているが、怪我一つなく生きた状況で。

 あいつは見つけたんだ、俺達を助ける方法を。

 信じて良かった_そう思ったのも束の間。

 

「ひ、柊、お前、その髪……」

「あ、これですか?」

 

 柊は髪を金髪に染めていた。

……どうしよう、信じて送り出した柊が不良になって帰ってきちまった。

 

 

==

 

 柊は歌詞表を真田宅に集まった人々に配り、歌の練習を始めた。

 原曲は『サンタ・ルチア』という伝統的なイタリア民謡だが、今回歌うのは『サンタ・ルチア 光の幻想』。

 北欧諸国に伝わる、より宗教色が強い歌詞の方だ。

 彼女が持って来た物は歌詞表だけでなく、儀式に使われる小物諸々。

 これらは全て柊が町から買ってきたものだった。

 

 俺は先ほど柊から聞いた話を回想する__

 

「__つまりはかくかくしかじかというわけです」

「それが通じるのは創作物の中だけだ、ちゃんと説明してくれ」

 

 柊は一度咳払いをして、こう続ける。

 

「えー、では本題から入りましょう、

 巨人の正体が分かりました」

「おお」

「とはいえ、この言い方だと語弊がありますね」

「語弊?」

「そもそも因果が逆だったんです。

 巨人が冬を呼び出しているのではなく、冬こそが巨人を呼び出していました。

 冬とは北欧諸国において、悪魔にも例えられる人間の命を奪う脅威です。

 早すぎた冬こそが、今回の悪魔事件の犯人であると、私は考えました」

 

 冬が悪魔?

 なんだそりゃ……いいや、そもそも巨人が大自然の脅威を具現した怪物だ。

 冬そのものを悪魔と見做す文化もあって然るべきだろう。

 だが、だとしても、冬が巨人を呼び出しているとはどういうことだ。

 

「私がこの考察に行きついたのは、ルチアさんの名前がきっかけです」

「ルチア……? というと、以前会った奇跡者のルチアか?」

「はい、あのルチアさんです。

 先ほどにも言った通り、雪国において冬とは悪魔にも例えられる大変恐ろしい脅威でした。

 そのため雪国の人々は、この冬から身を守るために、一年に一度、祭事を行っています。

 その名を『聖ルチア祭』……少々お待ちください」

 

 柊はバッグからメモを取り出す。

 おそらくそのメモには彼女が調べ上げた情報を書き記されているのだろう。

 

「『聖ルチア祭』は、北欧圏において12月13日の冬至に行われるキリスト教の祭事であり、この12月13日は旧暦で冬至とされ、最も夜が長い一日とされています。

 そんな冬至に抗うべく、彼らはキリスト教の聖人、聖ルチア様を頼りました。

 『ルチア』という名前が、ラテン語で光を意味する『ルクス』を由来としていたことも理由の一つでしょうが、彼女は眼玉を抉り抜かれても神様から賜った奇跡によって失明を免れた伝承があり、この逸話から北欧の人々は、聖ルチア様を闇に抗う光の象徴と見做したのかもしれません」

 

 聖ルチアか。

 彼女はイタリアあたりだと船乗りの守護聖人として知られているが、言われてみれば確かに光の守護聖人と見做すのは理に適っているのかもしれない。

 彼女が祭事の象徴に抜擢されたのは納得できた。

 

「この儀式は聖ルチア役と、その補佐を行う光の精霊役によって行われます」

「……光の精霊? それは神の力を指す聖霊じゃなくて、自然の化身の精霊のことか? キリスト教の教義にはなかった概念の筈だが」

「どうにもこの祭事は、古いスウェーデンの伝統行事『星の子供たち』を、キリスト教が取り込んだもののようでして」

「なるほど……よくある話だな」

 

 キリスト教の祭事で一番有名なクリスマスも、元々は別宗教の伝統行事だったという説もあるようだし。

 

「話の腰を折って悪かった、続けてくれ」

「はい、まずコミュニティー内で選考された年長で若い少女が、白いドレスを着て赤い帯を腰に巻き、コケモモという植物のリースとロウソクで作られた冠を頭に着けて聖ルチア様に扮します。 

 続いて、他の少女達は冠はつけずロウソク皿を持って光の精霊役に扮します。

 その後、光の精霊役たちは聖ルチア役の先導に従い行進しながら、「サンタ・ルチア」を歌唱する……。

 この儀式は基本的に女性だけで行われる儀式であり、つまりは北欧版のお雛様みたいなものですね。

 とはいえ男性が役割も演じる場合もあります。

 星の使いと、冬の悪魔です」

 

 なるほどな……段々と読めてきたぞ、この儀式の流れが。

 

「まず初めに星の使いから。

 この星の使い役は白い服を着て、冠ではなく黄金の星を飾った円錐形の帽子を被り、最初の殉教者ステファノの歌を歌います。

 これについては、一旦脇に置いておきましょう。

 本題は冬の悪魔です。

 再三繰り返しますが、北欧において冬は悪魔としても扱われる恐ろしい季節です。

 男性陣はそんな冬を象徴する悪魔に扮し、聖ルチアの歌唱によって敗れる仇役を敢えて演じることで、聖ルチアが冬を打ち負かす構図を作りだしたのでしょう。

 そして、ここで男性陣が扮する冬の悪魔の姿は、角の生えた恐ろしい顔の怪物__もしくはトロールを模した姿であるともされます。

 すなわち、あくまであの巨人は冬を視覚的に分かりやすく表現するための記号であり、真の敵は北欧諸国において悪魔と見做される冬そのもの。

 この冬の悪魔を祓わなければ、トロールは何度でも復活してしまうでしょう。

 なので私たちはトロールではなく、冬そのものを祓わなければならないのです」

「そしてその方法が、『聖ルチア祭』の儀式ってわけか」

「はい!」

「単なる冬ならともかく、冬の悪魔が相手なら、このエクソシズム色の強い儀式は有効に働くかもしれないな。

 試してみる価値はある……よく調べたもんだ」

 

 合点がいった。

 今回の悪魔事件の犯人が冬の悪魔なら、『聖ルチア祭』は正攻法も正攻法だろう。

 これで祓えなければ他の方法で祓えるとは到底思えない。

 

「ただ……聖ルチア様の役を演じるのは、ブロンドの白人女性でなければならないという説もあるようで。

 といってもこの説は、非白人の女性がスウェーデン代表の聖ルチア様役として選ばれたことによって一旦論議は落ち着いたようですが」

「だから役柄に近づけるために髪を染めていたのか」

「はい、似合ってますか?」

「似合ってないとは言わないが、学校に登校する前に黒染めしとけよ」

「先輩はいつもの黒髪の私の方がお好みだと、照れますね、えへへ」

「言ってねえよ、教師に目を付けられないようにって話だ」

 

 正直言えば、かなり似合っている。

 金髪なんてのは日本人にはまず似合わない髪色だというのに。

 とはいえ、ただでさえ目立つ容姿の柊だ。

 こんなド派手なギャルは、眩しすぎて若干恐怖すら感じる。

 なので「いつもの黒髪の柊の方が好き」だという彼女の予想は、あながち的外れではないのかもしれない。

 また話が脱線したな……ともかくだ。

 

「あいにくと今この家にいる女性は、とうの立った婆さんや、子供を三人産んだ経産婦、乳離れできない幼児ぐらいしかいない。

 聖ルチアを演じるのに適齢な少女はお前ぐらいだ。

 ブロンドの白人とやらの条件が加わるなら、成功するかは分からないが……頼めるか?」

「やれるだけのことはやらせてください。

 私は皆さんを助けるために戻ってきたのですから」

 

__そうして『聖ルチア祭』の再現が始まった。

 柊は無地の長袖の白いワンピースをドレスに見立て、腰に赤い帯を巻き、頭にはリースとロウソクで作った冠をつけている。

 他の女性陣はほぼほぼ柊と同じ格好だが、冠は着けておらず、火を灯したロウソクを立てた皿を持っていた。

 男性陣は星の描かれた円錐形の帽子を被り、女性陣の後を追従する。

 悪魔役はいない、何しろ目の前には本物の冬の悪魔がいるからだ。

 

 未熟さは見えるが、こうも体裁が整うと流石に荘厳だ。

 これらは金こそ俺が出したが、全て柊が町の店から取り寄せてきたものだった。

 そして__柊の手には、『ニコラウスの金貨』が握られている。

 『金貨』の送り主は聖ニコラウス。

 聖人である彼の符号を引用することで、柊に欠けていた聖性を埋めようとしたのだ。

 これもまた、柊が考えて決めたことだった。

 

「では皆さんご斉唱ください、3,2,1__」

 

 練習期間はたった半日。

 完璧な歌唱とは言い難かったが、それでも観賞に耐えうる歌唱ではあったと思う。

 空を覆った分厚い雲は晴れ、空はさんざんと輝く太陽に照らされ、積もった雪や遠くに見えたトロールも石化し土くれになって消えていく。

 

 こうして儀式は成功し、冬の悪魔は祓われた。

 

==

 

 肉の油がはじける音がする。

 焼けた肉の香りが鼻腔を擽り、腹が早く固形物を入れろと訴えている。

 現在俺は柊と共に、俺の自室で丸机を囲い、焼き肉パーティーを開いていた。

 家庭用コンロの上で焼かれる肉は、全て依頼主一家や、その周辺住民から送られたものだ。

 机を埋め尽くすほど肉が並んでいるが、これらは送られてきたもののほんの一部。

 冷蔵庫には大きな肉塊が皿の上に置かれており、それすらも柊と二人で分けての量である。

 急いで食べなければ腐ってしまうので、俺達は祝勝会もかねて、こうして焼き肉パーティーを開くことにした。

 

「……しかし、まさかあれほど高額の報酬が貰えるとは驚きだった。

 消費した金銭が丸々戻ってくるどころか黒字で終わるとは、畜産農家って稼げるんだな」

「家によってまちまちみたいですよ。

 真田さん達が稼げているのは、海外の安価な農畜物に価格競争で負けてしまわないよう、対策としてブランド化を推し進めたからだそうです。

 現在は海外国内問わず彼らの作った農畜物は高く評価され、高額で買い取られているそうでして」

 

 なるほど、だからあんなに家畜を守ってくれと言ってきたのか。

 金があるなら買いなおせばいいと思ったが、おそらくは育て方や血統などにこだわりがあり、そこらの家畜では替えが利かなかったのだろう。

 どうりで旨いわけだ……いいや、これに関しては情報を食ってるだけだな。

 俺には肉の違いなんて判らん、安かろうが高かろうが肉は旨い。

 

「あれ以降、唐突な吹雪やトロールは現れなくなったそうです。

 皆さんはようやく枕を高くして眠ることができると仰っていました。

 とても先輩に感謝していましたよ、流石は正義のエクソシスト荒木明だって。

 先輩を紹介した私としても鼻が高いというものです」

「今回感謝されるべきは俺よりもお前だろう。

 事件解決の決め手になったのはお前なんだからな」

「い、いえいえ、そんな……えへへ」

 

 柊は照れた表情で頬に両手を添え、喜びを露わにする。

 今までたくさんの悪魔事件に関わってきた柊だが、悪魔事件の解決を先導したのはこれが初めて。

 柊に振り回されて幾つもの悪魔事件に関わってきた身としては、呆れつつも、感慨深さを抱いてしまう。

 彼女を対等な協力者と見做した俺の判断は、間違ってはいなかった。

 

「とはいえだ、一度悪魔祓いに成功したからといって、次も成功するとは限らない。

 基本的に悪魔は俺達人間よりも力が強く、更には個体ごとに権能や弱点も異なってくる。

 違う相手に同じ攻略法は通用しない、臨機応変に対処しなくちゃいけない。

 一度の成功体験に囚われるなよ」

「はい、今後も油断しないように精進します!」

「……逃げてくれるのが一番いいんだけどなぁ」




追記 誤字報告ありがとうございます!!!
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