悪魔の現れるTRPG世界に転生してしまった   作:いかのしおから

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第15話「アイニ」

 この町に建つ城は、地元住民から町のシンボルとして昔から愛されていた。

 といっても一度倒壊から再建した際、鉄骨などを使用したため、歴史家からの評価は低く、観光客は少ないようだが。

 そんな観光城だが、現在は城門に「立ち入り禁止」の看板と三角コーン、虎ロープが敷かれ、警備員が巡回する物々しい雰囲気が漂っている。

 門前に佇む一人の中年男性は、俺達と視線が合うと口を開いた。

 

「おお! 来てくれたかい!

 君たちが小泉さんの言っていたエクソシストだね!

 私は舞木元就。

 この城の管理人であり、君たちに悪魔を祓ってもらいたく招待した依頼人だ」

「初めまして舞木さん、私は助手の柊小夜子です。

 そしてこちらが大本命、数多の悪魔事件を解決してきた正義のエクソシストの」

「だからハードル上げるのやめろって……一応エクソシストの荒木明です。

 といっても教会には所属しておらず、専門的な指導も受けたことのない素人ですが」

「それでも実績はあるんだろう? 小泉さんから話は聞いているよ。

 とりあえず事務所に入ってくれ、お茶を飲みながら話をしよう」

 

 そうして案内されたのは、天守閣の隣にある倉庫櫓。

 三人でちゃぶ台を囲み、お茶を飲んで一息ついた後、今回の悪魔事件について事情を伺うことに。

 

「早速だけど、これを見てほしいんだ」

 

……ん? 紙?

 舞木から手渡されたのは、三つ折りに畳まれた一枚の用紙。

 開くとそこには文章が書かれていた。

 

「なになに……、

 『我はソロモン72柱の悪魔にして、この時代の戦の神となる者なり。

 きたる十一月十二日、この城に攻め入り、必ずや我が物にしてみせる。

 そなたらに許された選択肢は三つ。

 命を惜しみ逃げ出すか、誇りを惜しみ命を投げうつか、我が軍門に下るかだ。

 これは宣戦布告であり、逃れられぬ定めである』……ええっと」

「この時代の戦の神……って部分は分からないが、ソロモン72柱の悪魔なら、相応の格は持っているんだろうよ。

……なんでこの時代に城攻めなんて真似をするのかについては、本当に訳が分からないが」

「君もそう思うかい……おじさんも困惑してね。

 ご先祖様が切ったはったしていた時代ならともかく、観光地化した今になって敵が攻め込んでくるなんて、更にはそれが悪魔とは……おじさんには冗談としか思えなかったよ。

 だけど……小泉さんの話を聞いて、その考えを改めた」

 

 フォルネウスのことか。

 

「小泉さんに案内されて湖に行き、そこで神話は本当だったと知った。

 この手紙の送り主が本物の悪魔なのかは分からないけど、この世界の真実を知った今となっては楽観はできない。

 荒木くん、柊さん、必ず報酬は払う。

 どうか悪魔からこの城を守ってくれ」

「……舞木さんはデビルとデーモンの違いをご存じでしょうか?」

「え? ええっと、国ごとの言い方の違いかな……?」

 

 どうやら知らないらしい。

 まあ、大抵の日本人ならこの程度の認識だろう。

 俺も知ったのはつい最近だし。

 

「ルーツの異なる言語なのはその通りですが、意味合いも異なります。

 デビルの由来はギリシャ語のディアブロスであり、これは敵対者を意味します。

 デーモンの由来はラテン語のダイモーンであり、これは精霊を意味します。

 とはいえキリスト教、イスラム教、ユダヤ教などの一神教系列の宗教では、別の意味の言葉として扱われていました。

 ディアブロスが元となったデビルは、かつて神に仕えた堕天使を示す言葉となり、

 ダイモーンが元となったデーモンは、一神教によって悪魔化された他宗教の神を示す言葉に。

__この手紙の送り主は自らを戦の神になる者と自称しています。

 もしこれが戦神バアル・ゼブルを由来とする序列第一位バエルなどの高位の魔神(デーモン)であれば、迎撃は不可能でしょう。

 それどころか、町が火の海に変えられるかもしれません。

 まあ、戦の神に〝なる悪魔〟、ということは、今はただの堕天使(デビル)なのかもしれませんが、最悪を想定するなら、城を明け渡すことも視野に入れて事に当たるべきです」

 

 ちなみにだが神バアル・ゼブルは、戦の悪魔バエルとして悪魔化されるだけでなく、蠅の王ベルゼブブとしても悪魔化されている。

 どんだけ当時の唯一神教徒はバアル・ゼブルを目の敵にしていたのやら。

 

「やれるだけのことはやってみますが、最悪城を捨てる覚悟はしておいてください」

「……分かった、君たちの判断に従うよ」

 

==

 

 悪魔には物理攻撃が通用しにくい。

 決して通用しないわけではないが、聖句や聖水などのエクソシズムと比べて、その効力は大きく劣る。

 実弾を放って急所に命中したとしても、中堅以上の悪魔なら死にはしないだろうし、霊体化なんて卑怯な手段で躱されることもある。

 更にはここは法治国家の日本だ。

 悪魔に通用するほどの強力な化学兵器など早々手には入らないだろう。

 

 なので俺は管理人や警備員を全員城から離れるようお願いし、柊と二人で悪魔を待ち構えることに。

 そうして待つこと昼の二時、そいつは堂々と城門からやってきた。

 

「ふん」

 

 一見見た目は普通の女だった。

 といってもツインテールに大きな目、小柄ながらも長い手足。

 容姿はとても整っており、アイドル顔とでも言えばいいのか。

 そんな彼女は勝気な表情を浮かべ、胸を張って腕を組んでいる。 

 三角コーンに虎ロープ、立ち入り禁止の看板が設置された城門で、こんな態度を取るのは、手紙の送り主しか考えられない。

 こいつが件の悪魔か。

 

「我こそが先日、この城に宣戦布告の矢文を撃った、この時代の戰の神となる大悪魔である。

 貴様らがこの城の門番か? ……にしては頼りない恰好だが」

「……我々はこの城の管理者に頼まれて来た、エクソシストでございます。

 といっても教会の人手不足から代行証を渡されただけの素人ですが」

「ほう……!」

 

 女は目を細め、口角を上げた。

 

「この程度の城なら容易く攻略できると思っていたが、我を迎え撃つためにエクソシストを用意するとはな。

 面白い、今回の城攻めは中々歯ごたえがありそうだ」

「お待ちください! 先ほどにも述べた通り我々はエクソシストといっても代行証を渡されただけのにわかエクソシストです!

 戦闘の意思はなく、交渉によって問題を解決できるのであれば、それに越したことはありません!

 まずは自己紹介からしましょう!

 私の名前は荒木明、そして隣の彼女は柊小夜子。

 あなた様のお名前を教えていただけないでしょうか?」

「アイニだ」

 

……アイニか。

 

「先輩、ご存じですか……?」

「……ああ、ソロモン72柱の序列23番にして、地獄の大侯爵とされる大悪魔だ。

 ソロモン72柱らしく複数の権能を持っているが、権能の中でも特に有名なのは松明に灯った火を操ることだろう。

 この権能を用いて城攻めや都市攻めを行っていたそうだ。

 つまりは武闘派、俺達じゃあまず勝てない」

 

 こいつの出てくるシナリオを遊んだ経験はないが、知識としては知っていた。

 魔導書の多くには男と記されているアイニだが、「エクソシストTRPG」の開発陣が珍しく悪ノリしてTS美少女化させたという。

 割と硬派寄りの「エクソシストTRPG」でそんなことをやったもんだから、前世のセッション仲間が文句を言っていたのを覚えている。

 とはいえこれがアイニの本当の姿かは分からない。

 アイニは変身魔術を使えるため、今の姿は仮のものか、もしくは憑依中か。

 

 戦うとなれば対処が困難な悪魔だが、幸いアイニの脅威度は2。

 つまりは交渉可能となる。

 依頼人の支援もあって供え物は用意できているし、最悪城を明け渡して教皇庁からエクソシストの派遣を待つという手もある。

 取れる手段は多い。

 戦闘では勝てずとも、交渉の席に座らせることができれば対処は可能だ。

 

「アイニ様、どうか我々の話を聞いてください。

 城が欲しいのであれば城主と交渉の席を用意しましょう。

 配下が欲しいのであれば求人を出します。

 供え物が必要とあれば今すぐにでも。

 ですのでその荒ぶる御心を収めてはくださらないでしょうか」

「小慣れているな」

「……え?」

「畏怖もある、礼節もある、実力差も理解して即座に交渉に切り替える頭もある。

 しかし__圧倒的に絶望が足りない」

 

 絶望が足りない……?

 いやいや、勝てないと分かったからこそ、交渉を持ちかけたんだが……。

 

「……おい、そこの女。

 こいつは自らを素人と自称したが、悪魔を祓った経験はあるのか?」

「え? ……それはもちろんです。

 荒木先輩は今まで数多の悪魔を退けてきました」

 

 ちょ、待て柊__

 

「解決した悪魔事件は一つや二つではなく、十を優に超えています。

 まさに正真正銘のエクソシスト、私の最も尊敬する自慢の先輩ですよ。

 能力だけでなく人格や容姿も含め、これほど素晴らしいお方を私は他に知りません。

 なので争いは避けた方がよいかと__」

「__ふふふふふ! 面白い! ならばこそだ!

 貴様のような武勇のあるエクソシストを下せば、我の名声も高まるだろう!

 相手にとって不足なし!」

「あ」

「おい」

 

 女は__アイニは変身を解いて悪魔の姿を顕にした。

 猫、蛇、額に星を2つ付けた人間の三つの頭を持ち、大蛇にまたがる亜人の姿。

 赤みがかった煙を纏い、手には赤く燃え盛る松明が握られている。

 男ではなく女の姿であるという違いはあれど、それは『悪魔の辞典』の挿絵に記されたアイニの符号と一致していた。

 

「安心しろ! 今の俺にはこいつ以外、配下を呼び出す魔力はない!

 正々堂々の二対二だ!

 こいつと俺の二体がかりで、貴様ら二人を縊り殺してやろう! さあ行くぞ!」

「す、すいません先輩!」

「ええい! 仕方ない! 逃げるぞ!」

 

 俺達は慌ててアイニから距離を取り、〝当初の予定通り〟、所定の位置まで後退した。

 アイニは城門を抜けて俺達に迫りくる。

 そしてアイニの乗った大蛇が、腹で石畳を叩いた時、それは起こった。

 

「なっ、これは__」

 

 石畳の隙間から光が漏れ出し、結界がアイニを封じ込めたのだ。

 

「結界か……!」

「……はい、交渉が失敗した時に備え、石畳の裏に悪魔を拘束する結界を描いておきました。

 城の防衛戦において罠の設置は常道、卑怯とは言いませんよね?」

「……」

「これは教会の蔵書から学んで作った結界です。

 適当な知識で作ったものではありませんし、材料にはかなり金をかけました。

 俺達にわかエクソシストがアイニ様のような高位悪魔を正々堂々祓うのは困難ですが、こうして時間をかけて作った結界で拘束し、聖句を唱え続ければ祓うことも可能でしょう。

……交渉を撥ね退け戦闘に持ち込んだのはあなたです、自分の判断を恨んでください」

 

 出費は痛いが金で安全を買えるなら、それに越したことはない。

 さて、こいつを祓うにはどれだけ時間かかることかね。

 

「見事だと誉めてやろうエクソシスト

 だが、勝ち誇るのはまだ早い__クサリヘビ!」

 

 なっ__大蛇が動いた?

 アイニが跨る大蛇は、鞭のように身体をしならせ、その尾を地面に叩きつけた。

 すると石畳が跳ね上がり、底に描いていた陣は削り取られ、結界は崩壊する。 

 ちくしょう、せっかく高い金と手間暇かけて作ったのに……!

 しかしどういうことだ? 

 結界の中で悪魔は動けない筈、結界が失敗していたとも思えない、事実アイニも動けなくなっていて__

 

「……アイニは悪魔だが、大蛇は悪魔ではない?」

「ご明察、こいつはただただ大きく育てすぎたクサリヘビだ。

 確かにあの結界は我々悪魔のような霊的存在を拘束するには効果的だろう。

 だが生き物であるこいつには関係ない__さあ、次は私の番だ!」

「うわっ!?」

「きゃっ!」

 

 アイニは松明を掲げて、三つの火炎球を作り出し、それをこちらに放ってきた。

 どうにか回避できたが、既にアイニは二の矢をつがえている。

 

「プランCに移行する!

 だがこいつを城内で迎撃すれば火災は免れない!

 行動範囲は二の丸に限定、聖水鉄砲で迎撃するぞ!」

「わ、分かりました!」

 

 交渉が失敗した時に備えて城の内部に幾つも罠を設置していたが、炎を操る悪魔を相手にすれば大惨事は免れないだろう、せっかく準備したというのに無駄になっちまった。

 とはいえ本殿ほどではないにしろ、堀の中にも結界などの罠は用意している。

 決め手にはならずとも、時間稼ぎにはなる筈だ。

 

==

 

「防げクサリヘビ!」

 

 くそっ、邪魔くせえ……!

 何発か聖水鉄砲を発砲したが、それらは悉く大蛇の巨体で防いでしまう。

 悪魔には有効な攻撃でも、ただの蛇にとっては無害な飲料水でしかない。

 大蛇はその巨躯と忠誠心を以て、主人のアイニを完璧に守り抜いていた。

 

「ちっ、また結界か……削れ!」

 

 用意していた結界も次から次へと大蛇によって破壊されていった。

 時間稼ぎにはなっているようだが、あと残っている結界は幾つだ? 

 聖水も少なくなっている。

 このままではじり貧だ。

 

「隠れても無駄だ! そこにいるのは分かっている!

 そらそら! 逃げ惑え! 恐怖に慄け!」

「また見つかった……! 視認範囲からは外れている筈なのに、どうして……!」

「……伝承によるとアイニは「隠された物事に関する質問に対して真摯に回答する」とされている。

 おそらくは「隠れたものを探す」__そういった類の能力を持っているんだろう。

 もしくは蛇の嗅覚か、変温察知能力か。

 これだけ複数の探知能力を揃えた相手を完全に撒くのは不可能だ。

 とにかく今は迎撃して時間を稼ぎ、機を伺うしかない……行くぞ!」

 

 火炎は聖水鉄砲で相殺しつつ、迎撃しつつ攻略法を模索する。

 俺の知る限りアイニの弱点はない。

 交渉における切り口も分からない。

 戦慣れもしているようで、そう易々と隙を晒してはくれないだろう。

 追跡能力も高く、いつもの悪魔事件のように悪魔を撒いて、じっくり腰を据えて推理する方法も選べない。 

 

 どうする、走りながら聖句を唱える余裕はない。

 運よく聖水が当たったとしてもアイニは大悪魔、肌がかぶれる程度で関の山だろう。

 ほぼ手詰まり、アイニの討伐は不可能だ。

……だが蛇は別だ。

 

 蛇の大きさは異常だが、アイニの言葉を信じるなら成長しすぎただけのクサリヘビに過ぎないという。

 動物であり、生命であり、霊体ではなく物質世界の住民。

 悪魔や悪霊などの霊的な存在ではない、俺達人間と同じ土俵に立つ存在なのだ。

 ならば攻略は可能。

 だが、たとえ蛇を攻略できたとして、アイニを祓えるのか?

 そもそも蛇を攻略できると言っても、数秒戦線から離脱させるのが精一杯。

 蛇は必ず復帰するし、その間に俺達がアイニを祓う手段はない。

 

「……せ、先輩、『金貨』が」

「『金貨』? 運命に変化があったのか?」

「い、いいえ、これは運命を覆す能力とは別物だと思います」

「なら魔除けか……?」

「それも違うみたいです」

 

 なに……? 魔除けと運命逆転とは違う能力?

 ということは「エクソシストTRPG」作中でも明かされていなかった第三の能力か?

 そんな隠された力が、こんな土壇場に発揮されるなんて、そんな偶然__

 

「曰く、「アイニさんに一撃当てれば勝てる」、とのことで……」

 

 なんだそりゃ。

 そんなわけ__

 

 いいや待て……これには既視感がある。

「一撃当てれば勝てる」__そんな預言染みたことを言う存在に。

 聖書の神ではない、おそらく聖ニコラウスでもない。

 ならばこれは誰だ? ……おそらくは前世に手がかりがある筈だ。

 慌てふためく俺達を見て、にやにやと笑う、そんな愉悦趣味の傍観者__

 

__ああそうか。

 いるのか、この世界には。

 誰だか分からないが、きっと悪趣味な輩に違いない。

 なにしろここまで交渉の余地のない格上悪魔との戦闘シナリオだ。

 余程俺達を苦しませたいらしい。

……クソGMめ。

 

「先輩……?」

「……俺の予想が間違っていないなら、信頼はできないが信用はできる。

 このまま逃げ続けたところでじり貧だ、予言を信じてアイニに一発食らわせてみよう」

「で、ですが先輩。

 私達は今まで一度もアイニさんに攻撃を当てられていませんよ?

 水鉄砲だって沢山撃ったのに、全てクサリヘビさんに防がれてしまいましたし」

「攻撃が当たらなかったのは長期戦を見越していたからだ。

 一撃当てれば終わるボーナスステージならやりようがある。

 作戦はこうだ__」

 

==

 

「そらそら!」

「くっ!」

 

 俺は一人、聖水鉄砲を片手にアイニと大蛇を迎撃していた。

 柊を戦場から離脱させる時間を稼ぐためだ。

 アイニと大蛇は俺の計画通り、こちらに戦力を集中させている。

 二手に分かれて柊を追いかけてくる可能性もあったが、周囲に結界が張り巡らされている現状、大蛇と離れるのは得策ではないと考えたのだろう。

 

「これでトドメだ!」

 

 アイニは三つの炎弾を放った。

 丁度その一つは俺の頭が存在する即死コース。

 反応が遅れてしまい今から回避するのは間に合わない。

 しかし__

 

「__うぉっ」

「ちっ、またか! 運のいい奴め!」

 

 炎弾が直撃する直前、俺は小石に足を取られて転んでしまう。

 そして炎弾は俺の頭を通り過ぎ、外壁を破壊した。 

 とはいえ一難去ってまた一難、アイニは新たに三つの炎弾を作り出した。

 アイニ達の追撃から逃げるため、俺は痛む体に鞭を打って立ち上がり、走り出す。

 

__端から見れば、この一連の回避は偶然のように見えるだろうが、そうではない。

 事前に柊から借りていた聖遺物、『ニコラウスの金貨』のお陰だ。

『ニコラウスの金貨』の効果は、所有者に致命的な危険が迫った時、もう一度運命を再定するというもの。

 何度死にかけたか分からないが、この『金貨』の効果によって、俺はどうにか生き残ることができていた。

……ゲームならともかく、リアルでこんな使い方したくなかったんだけどなぁ。

 

「逃げるな__っ。

 また聖水……! 逃げるか戦うかはっきりしろ!」

 

 そうして一人時間稼ぎに徹した俺は、当然のようにズタボロに。

 回避に必要な足や、死にかねない致命的な負傷だけは避けられたが、全身煤まみれで擦り傷だらけ。

 更には道の角際まで追いつめられていた。

 蛇とアイニはじりじりと距離を詰めてくる。

 

「はぁ、はぁ……」

「随分時間を取られてしまったが、貴様の幸運もここまでだ。

 貴様を殺した後は、逃げ出したあの女も血祭りに__ちっ」

 

__間に合ったか。

 大蛇とアイニの後ろには柊が立っていた。

 大蛇とアイニも柊に気づいたようだが、もう射程圏内に入っている。

 柊は照準を定め、あるものを発射した。

 

「防げクサリヘビ__」

 

 大蛇は献身深く身を挺してアイニを守ったが、むしろそれは狙い通り。

 俺達の狙いは初めから大蛇の方だ。

 柊が放ったのは消火器。

 とはいえ中に入っていたのは、ただの消火剤ではない。

 俺の持っていた悪魔祓い用の粉末ハーブを、柊が混入させたものだった。

 悪魔ではない大蛇にエクソシズムは通用しないが、物質攻撃は通用する。

 蛇は極めて嗅覚が鋭いため、強烈な刺激臭を嗅がせるのは弱点をつけると考え、柊に用意してもらったのだ。

 どれだけ体を大きく育てても、感覚器官の耐性はそう変わらないという期待もあった。

 

「うおっ!?」

 

 そんな俺達の策は見事に嵌り、頭から受けた大蛇は、刺激に耐え切れずのたうちまわる。

 そうして大蛇の背から投げ飛ばされ__アイニは地面に叩きつけられた。

 

「食らえ!」

「くっ、そんな聖水程度、食らったところで__」

 

 これだけお膳立されて、当てられなければ大恥もいいところだ。

 倒れ伏すアイニに向けて照準を定め引き金を引く。

 放出された聖水は、アイニに向けて一直線に飛んで行った。

 とはいえこの程度の攻撃で祓えるほど、アイニは格の低い悪魔ではない。

 信じているぞGM……!

 

「!?」

「……」

 

__こいつがキーマンか。

 アイニの前には一人の男が立ち塞がっていた。

 チェックのシャツインにメガネとバンダナ。

 古典奥ゆかしいコテコテのヲタクファッションである。

 その男は、俺の放った水鉄砲の聖水を顔面で受け止めた。

 

「あ、あんた、隠れてなさいっていったでしょう……!」

「で、でも、このままだとアイニたんが!」

「今のこいつらに私を祓う手段はないわ!

 攻撃が当たったとしても最悪かすり傷程度! 余計なお世話よ!」

「たとえかすり傷だとしても、ぼ、僕はアイニたんに傷ついてほしくない……!」

「馬鹿言ってないで逃げるのよ! 『賢明になりなさい!』」

 

 賢明になりなさい__おそらく力を使ったな。

 アイニは相手を賢明にさせる力を持っている。

 それを用いて興奮する男を落ち着かせようとしたのだろう。

 だが男はもとより冷静で、なにより覚悟があった。

 

「賢明になるのはアイニたんの方だ!

 こんな方法では誰もアイニたんを認めない! アイニたんが傷つくだけだ!」

「知ったような口を利かないでちょうだい! あなたに何がわかるっていうの!」

「少なくともこの時代とこの国のことは、僕の方が詳しい!

 こんな時代に城攻めなんてしても、誰もアイニたんを神様だなんて崇めない!」

「うるさいうるさいうるさい! なにもできない雑魚の癖に私に指図しないで!」

「た、確かに僕は弱いけど……それでもアイニたんのために戦う覚悟ならある!

 あ、アイニたんを傷つけるなら、ま、まずは、ぼ、ぼぼぼ、僕を倒してからだエクソシストぉ!」

 

 男はアイニにどれだけ説得されても身を盾にすることをやめない。

 逆にアイニのやり方は駄目だったんだと説得する始末。

……ふむ、なるほど。

 詳しい事情は分からないが都合がいい、俺は男の首に腕を回して絞め上げる。

 

「ぐ、ぐぎぎぎぎいい!!!」

「や、やめなさい! やめなさいエクソシスト!」

「……」

「わ、分かったわ! もう矛を収めるから! そいつを傷つけないで!」

 

 その言葉に従い腕を緩め、アイニを観察する。

 アイニの表情からは完全に余裕が消えている。

 余程この男が大切らしい。

 これなら交渉を再開できるだろう。

 

「少々心苦しいですが、このまま人質に取らせていただきます。

 また首を絞められたくなければ、今からする質問に嘘偽りなく答えてください。

 あなたのお名前は?」

「……お、尾田九三男(おたくみお)です」

「アイニ様との関係は?」

「ぼ、僕が召喚して、信者にさせてもらったんです」

 

 信者?

 

「どうやってアイニ様を召喚したんですか」

「と、とあるアイドルの限定ブロマイドを見つけるために、本屋を回っていたのですが、その時ある本を見つけまして」

「アイドルのブロマイド……いいえ、そこはいいです。

……悪魔召喚の魔導書ですか」

「は、はい」

 

 古本屋巡りをして魔導書を見つけ出す……。

 「エクソシストTRPG」で魔術の世界に足を踏み入れるきっかけとしては、よくある展開だ。

 

「疑い半分に本に記された内容を再現すると、アイニたんがやってきてくれて、僕の探していたブロマイドが売っているお店を見つけてくれたんです。

 お礼がしたいと言ったら、アイニたんは神様になりたいと仰られました。

 ご先祖様である女神バステト様のように信仰されたいと。

 ですので、僕は最初の信者になって、アイニたんの夢を叶えるために手伝うことにしたんです。

……でも、武神として崇められるために、今の時代に城攻めをするなんて、思ってなくて」

 

……突っ込みどころが多すぎる。

 尾田が悪魔召喚を試みただけでもアレなのに、今の時代に城攻めって。

 そもそもバステトは戦神ではなく子守の女神だろう。

……そういえば猫科の神としての狂暴な一面もあったんだったか?

 

「……アイニ様はエジプトの猫神バステト様の末裔という説もありましたね。

 アイニ様、彼の言った言葉は真実ですか?」

「……全て事実よ、偉大なる祖先の女神バステト様のように、私は神として崇められたかった」

 

 まるで腑に落ちてはいないが……ひとまず話を進めよう。

 今考えるべきは交渉の落としどころだ。

 俺達はどうにか尾田を引っ張り出し、人質にとることができた。

 今のところ人質として有効に働いているようだが、どこまで有効に働くかは分からない。

 とりあえず思いついたものを片っ端から提案してみるか。

 

「アイニ様、参考までにお聞きしたいのですが、もし尾田を傷つけられたくなければ、地獄に帰ってくださいと言われれば、どうしますか」

「……戦うわ。

 尾田には悪いけど、私は夢を諦められない」

「……そうですか。

 なら、休戦を申し出た場合はどうします?」

「……いつまでもは無理よ」

「なるほど」

 

……ラインはそのぐらいか。

 一時凌ぎはできるようだが、とはいえそれは根本的解決にはならない。

 いずれアイニはしびれを切らして再び俺達に戦いを仕掛けてくるだろう。

 こちらの手は既に割れているし、一度当てれば勝てるなんてボーナスステージが次も来るとは思えない。

 

 ああもう、なんだって俺がこんな大悪魔と戦わなきゃならねえんだ。

 尾田も尾田だ。

 魔術師どころか、まるで荒事慣れしていないコテコテのアイドルヲタクのくせに、軽々しく悪魔召喚なんて試しやがって……ん?

 

「……尾田さん、一つ質問があるんですけど」

「な、なんでしょうか」

「尾田さんの目から見て、アイニ様って、どう見えます?」

「え、ええっと、猫の頭と、人の頭と、蛇の頭が__」

「そうではなく、女性として魅力があるのかと聞いているのです」

「! ……そ、そそそ、それはもちろんですぞ……!

 アイニたんは天下無双の超絶美少女!

 その圧倒的な美貌は、神が手ずから作り出した芸術品と言って過言なし!

 まあ、柊氏もアイニたんに負けず劣らずの美少女でつが!

 小悪魔ロリ系とナイスバディ系で甲乙つけがたいでつな!

 まあ拙者はアイニたんの方がタイプでして! ふひっ!」

 

 急に饒舌になったな。

 興奮する尾田に柊はドン引きして顔を引きつらせながら距離を取っている。

 まあいい、尾田のアイニに対する外見評価が俺と一致していると分かれば、それだけで十分__

 

「や、やめなさい尾田! 

 また心にもない世辞を言って!」

 

……おや?

 

「お世辞ではありまてぬ! 拙者はアイニたんを世界一の美少女だと思っていまつ!

 土埃に汚れても尚色褪せない百万カラットの宝石にも勝る輝き!

 そのようなアイニたんを美少女と言わずして、誰を美少女と言えばいいというもの!

 荒木氏もそう思いますよね!?」

「……まあ、うちの国なら好まれる外見だとは思いますがね」

「う……嘘よ、嘘に決まっているわ。

 魔導書には何度も男と書き間違えられてるし……」

 

 あー……そうか。

 これに関しては設定を改変した「エクソシストTRPG」の開発陣が悪い。

 確か『ゴエティア』によると、「額に五芒星が二つ描かれたイケメンの男性」として書かれているんだったか。

 『悪魔の偽王国』だと、イケメンという記述すらない、「二つの星を持つ男性」とだけ記されていた筈。 

 なんにせよ、アイニの思慮外にあったというのなら、試す価値はある筈だ。

 

「アイニ様、俺から一つ提案があります」

 

==

 

「皆ー! 今日は私の初ライブに来てくれてありがとう!

 今日は楽しんでいってね!」

「「「「アイニたーん! がんばってー!」」」

 

 地下にあるライブ会場にて、アイニは歌って踊って観客を沸かせていた。

 沸きたつ観客には、サイリウムを振って汗を滴らせながら応援している尾田の姿も見える。

 その光景を、俺と柊は後方関係者面をして眺めていた。

 

「初めてのライブとお聞きしましたが、素晴らしいパフォーマンスですね。

 既に熱心なファンもついているようで。

 流石は先輩、素晴らしい先見の明です」

「……俺もここまでとは思っていなかった。

 尾田ののめり込みぶりからして、アイニに人を惹きつける才能があるとは思っていたが……これなら城の修繕費の返済もさっさと済みそうだな」

 

 あのあと、アイニは俺の提案を受けアイドルとして活動することになった。

 とはいえ初っ端からライブとはいかない、最初は尾田と共に地道に街角の占い屋として評判を上げていたらしい。

 流石は高位悪魔というべきか、占いの効果は覿面で、その優れた容姿も相まって瞬く間に信者(ファン)を増やしていった。

 そうして資金を集めて行われたファーストライブ。

 小さい箱ながらも会場は大盛り上がりで、まさしく現代の偶像(アイドル)といって差し支えない姿だろう。

 舞木への返済もそう遠くないうちに完遂するように思えた。

 

「そういえば、お二人は悪魔と召喚者としての契約を打ち切ったんでしたっけ。

 先輩は交渉の場に立ち会ったとお聞きしましたが」

「それは俺が提案した。

 アイニと契約を結んだ者は、不意に猛烈な放火の衝動に駆られるという。

 これからアイドルになるなら、スキャンダルの元となりかねない危ない魔術契約はさっさと破棄させておくべきだと思ってな」

「なるほど」

 

 この提案に尾田は抵抗していた。

 恋心を寄せるアイニとの、他の男との間にはない特別な繋がりを失いたくなかったのだろう。

 とはいえ尾田はアイニから説得を受け、渋々ではあるが受け入れてくれた。

 そうして始まったアイドルとファンという、個人と多人数の関係性。

 好きな相手との特別な繋がりを失い、数多いるファンの一人として埋もれることが余儀なくされる。

 それはもしかすれば、安易に悪魔の力を頼ってしまった、尾田に対する罰なのかもしれない……まあ、アイニの態度からしてチャンスはなくもなさそうだが。

 

「今回もご苦労をおかけしました。

 しかし……やはり先輩もアイニさんみたいな女性がタイプなんでしょうか」

「どうした急に」

「アイニさんって、小柄で、可愛らしくて、いかにもなアイドルーって感じじゃないですか。

 それこそテレビに美少女だって取り上げられるような。

 年頃の女としては、異性が女性をどう見ているのか気になりまして」

「……少なくともアイニは俺の好みじゃない。

 恋愛対象として見るには幼なすぎる」

 

 容姿が整っているのは認めるが。

 

「ふふふ……! そうでしたそうでした!

 そういえば先輩はおっぱい星人でしたもんね!」

「……そろそろお前には、俺に対する認識を改めさせる必要があるようだ」

「でも先輩の部屋に隠れていたえっちな本は、お胸の大きな女性ばかりでしたし__」

「は?」

「あ」




追記 誤字報告本当に助かってます……!
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