悪魔の現れるTRPG世界に転生してしまった   作:いかのしおから

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 すいません、文章の推敲に手古摺りまくりました。
 脳みそ茹で上がりながら推敲したので、寝た後にもう一回推敲します。


第17話「アスタロト」

 大振りに振り抜いた拳が、魔術師の鼻先に突き刺さった。

 魔術師は勢いのまま倒れ伏し、そのまま起き上がれなくなる。

 二日中を町を駆けずり回り、ようやく事件の元凶を倒せたのだ。

 

「はぁ、はぁ……!」

「……く、くくく……こ、この戦いはお前達の勝ちだと認めてやろう。

……だが、もう遅い!」

「なに……?」

「時が来た! 悪魔の召喚は果たされたのだ!

 くくくく、くはははははは……! は、は、は……がく」

 

 くそっ、間に合わなかったか……!

 男の背後にあった召喚魔法陣から煙が噴き出した。

 なんらかの魔術的な反応があったのは間違いないだろう。

 魔術師との戦いに引き続き悪魔との邂逅になる。

 俺達に対処できるのか……?

 

「……あれ」

「……な、何もいませんね」

「召喚に失敗したのか……ん?」

 

 召喚陣の上には紙の切れ端が置かれていた。

 これはもしかして……悪魔からのメッセージか?

 おそるおそるハンカチで摘み、記されていた文章を読み上げる。

 

「『気が乗らないから明後日で。

 byアスタロト』……って」

「そ、それって、悪魔からの手紙ですよね……?

 それにアスタロトさんといえば、確かソロモン72柱の」

「ああ、地獄の公爵にして、40の軍団を率いる主計局大臣の、あのアスタロトだ」

 

 アスタロトといえば、かなり有名な悪魔だ。

 七つの大罪を司る悪魔ほどではないが、最近悪魔について学び始めたばかりの柊でも簡単な概要ぐらいなら知っているほど。

 

「アスタロトは怠惰を好み、それを人間に吹き込むとされている。

 そんな気質もあって、直ぐには召喚に応じなかったんだろう」

「ほ、よかった……このまま面倒くさがって、召喚されないでくれると助かるんですけど」

「どうだろうな……。

 アスタロトが召喚されなかったのは他にも理由があるかもしれない」

「他の理由……?」

「『ホノリウスの奥義書』に記されていたとされる、各週毎に召喚される悪魔の記述。

 アスタロトが司る曜日は水曜日。

 現在は月曜日、丁度明後日がその水曜日だ」

「……あ」

 

 明後日の水曜日。

 おそらくそれがアスタロトが召喚されるまでのタイムリミットになる。

 

「これ、まずくないですか?

 アスタロトさんの権能って確か……」

「ああ……人に怠惰を吹き込むこともそうだが、未来と過去を見通す力、なにより口から漏れ出す悪臭の毒息。

 こんな大悪魔を繁華街で解き放てば、間違いなくこのビル周辺の人間は死に絶えるだろう」

「な、なんとかしないと……!」

 

 毒息も恐ろしいが、俺からすれば人に怠惰を吹き込む方が脅威だ。

 言葉というものは伝染する。

 それこそ伝染病のように、人から人へと媒介して。

 人間同士の営みでもそうなのだ、悪魔の魔性が籠った言葉ならどうなるか。

 特に今は受験シーズン、他人がどうなろうが知ったことではないが、現在俺は高校最後の三年生。

 もし、間接的にでもこいつの影響を受けてしまえば……。

 

 くそ、逃げられねえ、逃がしてくれねえ。

 ここ最近、頻度だけでなく、悪魔事件の難易度がどんどん上がってきてやがる。

 ただでさえ色々考えることが多くて勉強に手がついてないのに。

 クソGMめ……!

 

「……どうやらこの地下室にはこの召喚陣に関する資料が集められているようだ。

 それらを読み解けば、アスタロトの召喚を止められるかもしれない。

 期限は三日後、それまで学校をサボることになるが……柊、お前の力を貸してくれないか?」

「もちろんです、二人でアスタロトさんの召喚を食い止めましょう!」

 

==

 

 月曜日。

 

 魔術師を簀巻きにして教会に預けた後、すぐさま俺達は地下室に戻り、格納されている資料を調べることにした。

 

「ひとまず資料の分類分けから始めよう。

 腰を据えて中身に目を通すのはそれからだ」

「わかりました! お手伝いします!」

 

 どうやら魔術師は作業机を中心に作業を行っていたようで、大方の資料は作業机から手の届く場所に置いてあった。

 戦っていた感触から薄々感づいていたが、やはりと言うべきか魔術に関する資料は少なく、こいつは最近魔術に触れたばかりのにわか魔術師らしい。

……俺達が出会う悪魔召喚者って、こういう手合いばっかりだな。

 

「__アスタロトの情報資料、召喚魔術の魔導書、魔術師の日記。

 重要そうなのはこの三つか。

 予想よりは少ない量だが、それでも丸一日潰れそうだな。

 とりあえず、一つずつ目を通して読みまわすか」

「では私はアスタロトさんの資料から読ませていただきます。

 先輩は既にアスタロトさんについて結構な知識があるようですし」

「そうしてくれ。

 俺は召喚魔術の魔導書から調べる」

 

 そうして俺達は、魔術師の残した資料を読み解いていく。

 俺が手に取ったのは召喚魔術の魔導書。

 いったいどこから出版されたのか、各魔術流派ごとに異なるアスタロトの召喚方法が丁寧に纏められていた。

 確かに術者の素質や環境によって適した魔術の流派は異なるだろうが、ここまで丁寧に調べ上げているとは珍しい。

 読み進めていくと、床に描かれた魔法陣と同一の魔法陣が描かれたページを見つけた。

 おそらく魔術師はこのページの方法でアスタロトを召喚しようとしたのだろう。

 一字一句見逃さないよう目を通したが、ここにアスタロトの召喚を止める方法は記されていなかった。

 読み終わった後、そのページに付箋を貼って魔導書を閉じる。

 

「……次だ」

 

 続いて魔術師の日記を手に取った。

 この日記にアスタロトの召喚を止める手がかりがあることを期待して。

 しかし、そこに書いてあるのは殆ど仕事に関する愚痴ばかり。

 最後のページを除けば魔術の魔の字も書かれていない。

 とはいえそれでも分かったことがある。 

 魔術師は立ち寄った古本屋で偶然あの魔導書を見つけたらしく、アスタロトの未来予知の能力を利用し、インサイダー取引で大金を稼ぎまくり、上りを決め込むことを目標にしていたらしい。

 マジでふざけんなよてめぇ。

 

「先輩、こちら読み終わりました」

「丁度こっちも読み終わったところだ、交換してくれ」

 

 そして最後に、アスタロトについて纏められた資料に目を通す。

 逸話の多い悪魔だけあって、知らない話は幾つかあった。 

 だがそれでも、全体像は俺の知っているアスタロトと変わりない。

 

「__アスタロトの資料、召喚魔術の魔導書、日記。

 一通り目を通しましたが、アスタロトさんの召喚を止める方法は書かれていませんでしたね……」

「ああ、だが希望が皆無ではなさそうだ。

 今日の調査はこのぐらいにして、明日に備えて休むとしよう。

 俺は地下室に寝泊りするつもりだが、柊はどうする?」

「私も泊まらさせていただきます、今は家を往復する時間が惜しいですから。

……それはそれとして、お腹すきません?」

「何か買いに行くか」

 

 思えば朝から何も食べていなかった。

 食事をするために地下室を出ると、外はすっかり暗くなり、時刻は午前0時。 

 腹が減るたびに地下室から往復するのも面倒なので、当面の食料と、着替え用の寝間着と毛布をドン〇・ホーテで購入する。

 地下室に戻った俺達は、食事を摂った後、明日に備えて眠ることにした。

 机を挟んで二つあるソファにそれぞれ毛布に包まり横たわる。

 

「不謹慎なのは分かっていますが、それでもワクワクします。

 先輩と二人でお泊り会ができるなんて」

「泊りなら以前旅館でやっただろ。

……ああいや、あの件は……ルサールカか」

 

 あの時は確か、人死にが出ちまったんだっけ……。

 

「はい、だからこそという気持ちもありますね。

 今回は被害を出さず悪魔事件を解決して、素敵な思い出のまま終わりたいところです」

「悪魔と関わっている時点で素敵もクソもないと思うが、無事切り抜けたいのは同感だ。

 それに今回は教会から初めて送られてきた依頼でもある」

「ええ、しっかり事件を解決して、神父さんを安心させてあげたいです」 

「俺としてはもっと教会にも危機感を抱いてほしいところだがなぁ。

 まあ、売れる恩は売っておくとしよう」

 

 今回の依頼は教会から委託されたものだ。

 まだ社会に出たこともない学生で、他のエクソシストとも繋がりのない俺達にとって、エクソシストとして活動するには教会の後ろ盾は必要不可欠だろう。

 教会との関係を維持するためにも、この依頼はこなしておきたいところだった。

 

「……」

「……」

 

 話すことがなくなると、どうしても考えてしまう。

 柊は俺のことを、どう思っているのか。

 

 あんなブサ猫を好む柊のことだ。

 こんな俺を本気でかっこいいとは思ってくれているのだろう。

 だがそれは果たして恋愛感情に繋がるものなのか。

 好きなマスコットと、好きな異性の評価軸は違う。

 常識的に考えれば、お気に入りのマスコットがいたとして、そいつと恋人になりたいかというと、それは別の話だろう。

 

 とはいえ普段からあれだけ熱烈に好意を向けてくれてはいるのだ。

 多少なり、恋愛的な好意を抱いていると思いたい。

 だが、柊が俺に好意を示す時は、枕詞に「尊敬」とつくことが殆ど。

 もしかすれば柊はただ尊敬の念を示しているだけなのかもしれない。

 

「柊、お前は……」

「?」

「……なんでもない」

 

 気にはなる、気にはなるが、

 どんな形であれ、間違いなく柊は俺を慕ってくれている。

 なら、それでいいじゃないか。

 

 俺は十分に幸せだった。

 悪魔を恐れて友達一人作らずに18年過ごしていた。

 そんな人生を送っていた時、こいつは俺と友達になってくれた。

 碌にとりえのない俺を引き上げ、活躍の場に立たせてくれた。

 はた迷惑なところも多いが、そこ含めて嫌いじゃなかった。

 だから、これ以上はいらない。

 俺はもう、満足しているのだから。

 

「柊、おやすみ」

「はい、おやすみなさい、先輩」

 

……なんだか恥ずかしくなってきた。

 最近はいつもこうだ。

 暇を持て余せばこんなことばっかり考えちまう。

 今日はもう寝よう。

 頭から毛布に包まり、目を瞑った。

 

==

 

 火曜日。

 

 早朝午前4時、時間も迫っているので睡眠は最低限の時間で済ませ、俺達は作戦会議を始めた。

 

「__伝承によると、アスタロトには二つの天敵がいる。

 使徒ナタナエルと、対抗天使のレリエルだ。

『黄金伝説』曰く、インドに訪れた使徒ナタナエルは、ある寺院に宿泊した。

 その寺院に祀られていた神の名はアスタロト。

 アスタロトの神像はどんな病も治すと嘘をついていたそうだが、ナタナエル宿泊以後沈黙したという。

 そして『ゴエティア』に記された対抗天使の存在。

 ソロモン72柱の悪魔には、それぞれに対応する72柱の天使がいるとされる。

 アスタロトの対抗天使はレリエル。

 この両名であれば、アスタロトを抑え込んでくれるだろう」

 

 イエス・キリストの弟子の一人である使徒ナタナエル。

 ソロモン72柱の悪魔に対抗する、72柱の天使のレリエル。

 その二つが伝承に語られるアスタロトに対する明確な対抗策だった。

 

「つまりはそのどちらかを召喚すればいいというわけですか」

「ああ、本来ならな。

 だが困ったことに使徒ナタナエルは救世主の弟子だけあって知名度が高い。

 俺達の実力だと、呼びかけに答えてくれる可能性は低いだろう」

「ならレリエル様は」

「逆にレリエルは知名度が低すぎる。

 ソロモン72柱の悪魔と比べて、72柱の対抗天使はあまり有名ではない。

 まあ、レリエルは他の72柱の対抗天使よりかは知名度はある方だが、一神教圏の国々ならともかく、この日本で召喚方法を見つけることは難しいだろう。

 もう少し時間があれば見つけ出せたかもしれないが……タイムリミットが水曜じゃあな」

 

 タイムリミットは明日の水曜日。

 それまでにレリエルの召喚魔術を見つけ出すのはほぼ不可能だ。

 魔術師の残した資料にナタナエルの召喚術は記されていたが、レリエルの召喚術は記されていなかったことからも分かる通りだ。

 

「では、どうすれば……」

「……昨日寝る前に一つ思いついた案がある。

 アスタロトの召喚は止められない。

 しかし、この召喚陣には改造の余地が残っていた」

「え、そうなんですか?」

「ああ、ここ最近は教会の蔵書で召喚術や交霊術に関して勉強してたもんでな、その知識が役に立った。

 上手く召喚術を弄ればアスタロトの力を縛り、被害を最小限に抑えられるかもしれない」

「!」

「計画はこうだ__」

 

 俺は柊に説明した。

 この悪魔事件を切り抜ける方法を。

 

「__なるほど、面白いことを考えますね先輩」

「被害なんて出ないのが一番だが、俺に思いつくのはこれが限界だ。

 代案はない、そっちに代案がないならこれでいくが、構わないか?」

「はい、私に異論はありません」

「なら俺は今から召喚魔法陣の改変にとりかかる。

 柊は人を頼って計画に都合のいい場所を見繕ってくれ、頼んだぞ」

「はい!」

 

==

 

 水曜日。

 その午前2時。

 時間が足りず徹夜にはなったが、どうにか召喚陣の改変に成功した。

 

「先輩、協力者の皆さんには例の召喚陣の写真を送り終わりました。

 現像した画像を配置し、毒息を外に漏らさぬよう部屋を封鎖させています」

「こちらの合図があるまで部屋に入らないように伝えておいてくれ。

……思いの外手古摺っちまったが、相手が時間にルーズで助かった。

 柊はビルから離れた場所で待機していてくれ、予定通り交渉は俺一人でやる」

「……本当にいいのでしょうか、先輩一人だけに危険なことを任せて」

「被害は最低限に済ませたいし……悪いがそっちの方が俺もやりやすい」

「……分かりました、お任せします」

 

 それから3時間たった午前5時。

 水を飲んで喉を潤しながら、ちょくちょく精神統一の聖句を唱えていたが、ようやく召喚陣に反応があった。

 魔法陣からは禍々しい煙が噴き出し、悪魔が姿を顕現させる。

 竜に跨り、右手に毒蛇を巻き付け、口から毒息を巻き散らす、美しい天使。

……醜い姿とする説もあったが、こっちで召喚されたか。

 伝承に語られる姿の一つを取って、アスタロトは顕現した。

 

 「いやぁ、遅れちゃってごめんねー。

 お昼寝してたらそのまま寝過ごしちゃって__って、あれ……?

 こんな方法で召喚されたのは初めてだよ」

 

__ただし、手のひらサイズの大きさで。

 

== 

 

 コシューコシューとガスマスクから呼吸音が漏れる。

 現在、俺は顔にはガスマスクが取り付けていた。

 伝承によると、アスタロトの吐息は耐え難い悪臭で毒を持つとされている。

 魔法の指輪を鼻の下に置けば防げるそうだが、そんな都合のいいものはなかったので、魔術師の残していたガスマスクを借りて代用させてもらった。

 

「初めまして、自分は荒木明と申します。

 あいにくと魔法の指輪は持っていないため、毒を防ぐにはこうせねばならず、このような姿で失礼します」

「ああうん、許すよ。

 とはいえ今の僕の毒じゃあ、君を傷つけることはできないと思うけどね。

……ん? ……毒や身体の大きさだけじゃないな。

 未来視や過去視の力まで弱くなっている。

 説明してもらってもいいかい魔術師__いいや、エクソシスト」

「__複数同時召喚による分霊化を」

 

 のんびりとした口調だが、アスタロトは知能面に優れた悪魔だ。

 侮っていては足元をすくわれかねない。

 既に勝ち確の状況とはいえ、最後まで気を抜かずに詰めていこう。

 

「説明を聞かせてもらえるかな?」

「かしこまりました……冒頭から説明しますと、悪魔の召喚を企む魔術師を捕まえてほしいと、教会から依頼を受けたのが始まりです。

 どうにか捕縛できたまではいいのですが、魔術師は最後の抵抗としてアスタロト様の召喚を試みました。

 とはいえアスタロト様はすぐには召喚されず、我々には時間の猶予を得られたわけです。

 こうして生まれた猶予を使い、召喚陣を改造し召喚条件の改変を行いました。

 その後は完成した召喚陣の写真を撮って、各所に送りまして」

 「……そうして僕の到来に伴い、複数の魔法陣が一斉に起動し、別々の場所に分割されて召喚されたってわけか」

 

 俺達が行ったのはアスタロトの分霊化。

 完全体のアスタロトが召喚されては絶対に倒せないし、被害が一か所に集中する。

 なので各地に分霊化して召喚することで、被害の分散を図ったのだ。

 生物ではなく霊的存在である悪魔だからこそできた手法だった。

 

「いやぁ、考えたねぇ」

「それほどまでに、あなた様を恐れていたというわけです」

「それでどうする? このまま僕を浄化する?」

「いいえ、ただでさえご迷惑をおかけしておりながら、これ以上不興を買うような真似はできません。

 私如きに名高き地獄の公爵閣下を敵に回せるような力はありませんから」

 

 それにここでアスタロトを祓っても、他の分霊は生きたまま。

 それらを虱潰しに倒していくのは不可能だし、いずれ集合して復活するのは確実だ。

 ここで戦ったところで意味はない。

 

「僕以外の分霊はどうなっているの?」

「毒息を警戒して多少窮屈な思いはさせているかもしれませんが、安全の確保された場所で召喚されています。

 我々はアスタロト様に危害を加えるつもりはありません」 

 

 ちなみにこの儀式に付き合ってくれた協力者には、魔法陣を配置したらすぐに現場を去るように伝えておいた。

 俺もとっとと逃げたかったが、勝手にこんな形で呼び出して説明責任も果たさぬまま逃げ出してはアスタロトから恨みを買いかねないと考えて、ここに残ると決めた。

 

「この召喚陣に設定されている地獄への帰還時間は、召喚から5分後。

 もう少しすればお帰りできますので、今しばらくお待ちください」

「あ、ほんとだ……5分かぁ、せっかちだなぁ」

 

 これは本来魔術師が設定していた帰還時間をはるかに下回っている。

 この部分にも改造を施し、アスタロトを早期に地獄へ返せるように設定した。 

 

「せっかく現世に来れたのにゆっくりできないのは残念だけど、まあ仕方ないか。

 それはそれとしてさ、君大丈夫? あんまり顔色良くないよ?

 ちゃんと休めてる?」

「……今回の一件で、多少無理が祟ったところはあるかもしれません」

「ならこれが終わったらしっかり休んだ方がいい。

 なんなら明日、明後日、明々後日ぐらい丸々寝ててもいいんじゃないかな。

 だって君はこの問題を解決するために、とっても苦労したんだろう?

 その苦労に見合う時間、身を休める権利はある筈だ」

「お、お気遣いありがとうございます、ですがこれから登校時間なので……」

「あー義務教育だっけ? それひどいよねぇー。

 望んでもないのに学校なんかに押し込められて、毎朝早起きして、何時間も机にかじりついて勉強して、家に帰ったら宿題なんてものに迫られる。

 それに加えてあれかい? 君は受験生ってやつだったりするのかな。

 いい学校に入学するために、必死に受験勉強をして、同年代の子達と蹴落とし合うっていう。

 まったくひどい環境だよ、人間に対する仕打ちじゃない、心の底から同情する。

 どうりでそんな荒んだ目つきになるわけだ」

「……目つきに関しては元々です」

「ああそうなんだ、ごめんね。

 なんにせよ、僕はそういう社会は良くないと思ってるんだよね。

 もっと人は自由に、社会に囚われず、気楽に生きるべきだったと思う。

 大丈夫、受験に失敗しても、君の腕ならエクソシストとして生計が立てられる。

 だから安心して休みなさい」

 

 アスタロトの誘惑は、砂漠が水を吸うように俺の心の隙間に入り込んでくる。

 まずい、まずいな、これがアスタロトの『怠惰』か。

 警戒するべきは毒だと思っていたが、もしかして『怠惰』の権能が一番ヤバいんじゃないか?

 早々に会話を打ち切らなければ……。

 

「アスタロト様。

 何のもてなしもせず帰らせるのは無礼だと思い、幾つか供え物をご用意しました。

 どうぞ、お受け取りください」

「ん? ……お、おお!?

 なにこれなにこれ!?

 すっごくすっごくゆっくりできそうな気がするよ!」

 

 コタツにミカン、いわゆる人を駄目にするソファーやクッション。

 各種おつまみやスナック菓子、お酒やジュースといった嗜好飲料など。

 事前にアスタロトの気に入ってくれそうなものを複数供え物として用意していた。

 その目論見通り、アスタロトはご満悦のご様子。

 よし……これなら恨みを買うことはないだろう。

 

「いやー、色々くれてありがとね。

 なんだか貰いすぎちゃった気もするから、お礼もかねて最後に予言でも告げておこうかな」

 

 予言……?

 

「君は近い未来__死の運命に直面するでしょう」

 

 ……は?

 

「その時、逃げるか立ち向かうかは君次第。

 まあ、今の分霊化した僕じゃあ正確な未来を占える自信はないから、話半分に捉えてほしいけど。

 あ、時間だ、じゃあね」

 

 え……?

 

==

 

「あぁぁー……ようやく授業が終わったぁ……。

 明日学校行きたくねぇ……ずっと家でゴロゴロしていたい……」

「先輩、あの悪魔事件以降ずっとその調子ですね」

 

__後日談を話そう。

 俺はアスタロトの悪魔事件を解決して以降、この状態が続いていた。

 どうにか学校へは通えてはいるが、事前に聖句で精神を守っていなければ、今頃食事をするのも億劫になり、床のシミと一体化していただろう。

「エクソシストTRPG」風に言えば、バッドステータス『怠惰』。

 知識としては知っていたが、ここまでしんどいものだとは思っていなかった。

 時間経過で治るらしいが……それまでずっとこのままか。

 

「それで先輩。アスタロトさんとどんなお話をしたんですか?」

「今の子供は大変すぎる、もっと休んだ方がいい、そんな話をされた。

 何度も同じ話をさせないでくれ」

「他にはどんな話を?」

「……お前が聞くまでもない、くだらない内容だよ」

「えー、なんで教えてくれないんですかぁ。 教えてくださいよ先輩ー」

 

__未来予知による死の宣告。

 調べられる範囲で調べてみたが、具体的なことは何もわからなかった。

 アスタロトに話を聞こうにも、送り返した悪魔を現世に呼び戻しては本末転倒。

 そもそも現在は受験勉強にかかりきりで、碌に調査の時間が取れていない。

 いいや、受験は言い訳だな、本音を言えば面倒くさいのだ。

 『怠惰』が落ち着き次第調べるとしよう……。

 

 そうこう話しながら歩いていると、電気屋のショーケースの中に入ったテレビの映像に目が入った。

 

『__続いてのニュースです。

 昨今流行していたブラック企業社員による労働環境への問題提起。

 これにより各企業の経営陣は社内改革を推し進めていましたが、その多くは元の方針に戻りつつあり、提起していた社員たちもまた__』

「……地獄の公爵閣下の権能ですら、働きすぎな日本社会が相手だとこの程度の効果か……まだ大学受験も終わってねえってのに、早くも大人になるのが怖くなってきた」

「先輩もそう変わりないと思いますけどね。

 直接アスタロトさんと相対しておきながら、なんだかんだとこうして毎日学校に通っているのですから」

「……俺達の社畜気質は、学生の頃には既に仕込まれてたってわけかよ」

 

……どうしよう、もっかいアスタロト召喚しよっかな。




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