悪魔の現れるTRPG世界に転生してしまった 作:いかのしおから
「まずい……もうすぐ受験だってのにまるで勉強が捗らねえ……!」
俺は未だにアスタロトの残した『怠惰』の後遺症に悩まされていた。
机の上には10本以上の栄養ドリンク、
額には必勝の鉢巻きを巻き、娯楽類は全てダンボールに入れて封印している。
あらゆる手を尽くしてやる気を出そうとしたが、それでも勉強が捗らない、ペンを握る手が進まない。
このまま机に齧りついたところで、勉強は一向に進まないのは容易に想像できた。
気晴らしに外にでもぶらついてみるか?
だが外に出たまま、ずるずると家に帰る時間を遅らせる可能性も……。
「ん……?」
そうこう考えていた時、携帯の着信音が鳴った。
ここは俺の家、両親はリビングにいるので、態々連絡をよこすのは一人しかいない。
着信履歴に記されていたのは柊小夜子、予想通りの相手だ。
『先輩おはようございます、体の調子はどうですか?』
「相変わらずだ、くそだりぃ、勉強にまるで手がつかねえ」
『それなら気分転換でもしませんか?』
「気分転換?」
『はい、悪魔事件です』
「……受けるよ」
『今回の悪魔事件は既に怪我人が出ており、悪魔の正体も分かっておらず、報酬に関する交渉もまだ__え、受ける?』
なんだ、問題あるのか?
元々俺に悪魔祓いをさせる方向に誘導するつもりだったんだろ?
『先輩にしては珍しいですね。
いつもなら色々と条件を付けたり、もったいぶって依頼を受けるというのに』
「最終的に助けることになるなんてわかりきっているのに、一々ごねるのも面倒くさい……」
『それもそうですね』
あーめんどうくせぇ。
依頼人から譲歩を引き出すのも、自分の合理性に言い訳するのもめんどうくせぇ。
たまには 普通に人助けしてえ。
「助けるかぁ」
『助けましょう』
==
ようやく怠惰の呪言の影響から脱せた俺は、頭を抱えた。
今俺がいる場所は被害者が入院するという病院。
既に依頼人へ柊から依頼を承諾した連絡は送信済み。
悪魔の脅威も把握せず、無償で依頼を受けるなんて……ちくしょう、何やってんだ俺。
「それでその……そちらの方が、小夜子ちゃんの言っていた荒木先輩よね……?
頭脳明晰で、勇猛果敢、困っている時はいつでもどこでも助けてくれる、超絶イケメンの正義のエクソシスト。
……小夜子ちゃん、もしかして何か弱みでも握られてる?」
「どういう意味ですか頼子ちゃん。
このイケメンぶりは見ての通りじゃないですか。
他の部分だって、今回の悪魔事件を経てご理解いただける筈」
「でもその先輩、頭抱えてるよ」
「最近先輩は少し早めの五月病にかかっていまして」
「……それならもう治った。
受けちまったからには仕方ない。
堂嶋頼子だったか? 一先ず事情を教えてくれ、病室に関する説明もな」
先ほど入った病室には、10人以上の患者が傷だらけの身体でベッドに横たわっていた。
その何人かは学校で見たことがある。
確か、剣道部の生徒だったか?
規模は小さいが結構強いって聞いたことがある。
「……道場破りを受けたのよ」
「こんな時代にか」
「ええ……といっても学校の部室に、ではないんだけどね。
ここの病室で寝ている患者の何人かは、うちの学校の剣道部の部員よ。
でも普段は近くにある道場に通わせてもらっているの。
あそこは指導者も設備も整ってるから。
その分指導も厳しいものになっているんだけど……上を目指すには必要な努力だと思っているわ」
学校外で部活動……万年帰宅部の俺には想像もできない根性だな。
「そんな風に部活動に励んでいた私たちなんだけど……ある日、道場破りがやってきたの。
「たのもー!」なんて、道場の外から聞こえてくる時代錯誤な宣言に、部員や門下生たちは浮足立っていたけれど、道場破りの姿を見た瞬間、その余裕は吹き飛んだ。
__化け物、だったの。
西洋甲冑を着た獅子の顔を持つ怪物が、道場の扉を蹴り飛ばしてやってきたわ」
西洋甲冑に獅子顔の悪魔……思い当たる奴はいる。
患者の傷跡が俺の予想通りの症状なら、確定と見ていい。
「奴は化け物染みた怪力を持っていた。
しかも単純に力が強いだけじゃない、技術もまた他の追従を許さなかった。
門下生は次々に倒されてゆき、師範代や師範までも同じように。
そんな中、一人だけ逃がされた門下生がいたわ」
「道場主の娘__頼子ちゃんのことですよね」
「……ええ」
道場主の娘。
だから堂嶋は他の門下生と違って怪我をしてなかったのか。
「逃げた私はとにかく助けを求めた。
警察に連絡して、病院に連絡して、皆の緊急搬送は間に合い、どうにか一命をとりとめた。
私はそこで安心してしまったわ。
でもね……怪物によって負わされた切り傷は、いつまで経っても治らないまま。
お医者さんや警察にも対応できず、私もどうすればいいのかわからなくて、そんな風に悩んでいた時、小夜子ちゃんが相談に乗ってくれたわ」
「それで俺に話が繋がったと。
……堂嶋、道場破りがどこに消えたのか分かるか?」
「……ごめんなさい、馬に乗って去っていく姿は見たのだけど、皆のことが心配で追いかけることはできなかったの。
だけど……一つだけ思い当たる節はある。
これは私たちの道場とも関わりのある別の道場から聞いた話なんだけど……廃墟街には沢山の悪霊が出入りしている廃ビルがあるそうよ。
そしてその廃ビルには、悪霊を従える獅子顔の悪魔が住んでいるって。
単なる都市伝説だと思っていたけど、まさか本当だったなんてね……」
今回は拠点に配下持ちか……。
状況は厄介だが、これで正体は分かった。
悪霊の配下に、廃ビルという拠点、なによりいつまで経っても治らない被害者の傷口。
……確定だな。
「そいつの正体はサブナックだ」
「サブナック……?」
「地獄の侯爵にして、五十の軍勢を率いる大悪魔。
ソロモン72悪魔の1柱であり、序列は43番。
獅子の頭を持つ武装した兵士の姿で現れ、青ざめた馬に跨っているとされている」
「……!」
「持ちうる力は多岐にわたり、高い塔、城、都市を建設する職能を持ち、それらを武具で満たすこと。
召喚者の求めに応じて猫やカラスなどの忠誠心の高い優れた使い魔を与えたり、人を変身させる力も持っているが__
__何より有名なのは、腐り蛆がわく癒えない傷を与えることだろう」
「それって……」
ああ、門下生たちが食らった切り傷の正体だ。
「堂嶋、彼らが傷を負わされて何日経った?」
「じ、12日だけど……」
「……サブナックに傷を負わされた者は30日の命だとされている。
となれば残り18日か。
今はまだ症状が深刻化していないようだが、このまま放っておけば蛆が湧きはじめ、最終的には死に至るだろう__早急な対応が必要だ。
早速だが堂嶋、悪魔のいる場所を教えてくれ、今から俺達が事件を解決しに行く」
「……わ、私も戦いに加えてちょうだい!」
「よ、頼子ちゃん……」
「道場主の娘として、道場の看板に傷をつけられたまま、すごすごと逃げるわけにはいかないわ!」
と言われてもなぁ……。
「それに小夜子ちゃんも一緒に悪魔と戦いに行くんでしょう……?
助けを求めておきながら、友達に危険なことを押し付けて、私だけ安全圏で待つなんてできない。
そんなことをすれば、どうして武術なんて習ってるのか分からなくなる……!」
「……」
「……二人ともお願いよ!
きっと私ならこの戦いの役に立てる筈!」
どうしたもんかね……。
悪魔や悪霊には物理攻撃は効きづらい。
もし堂嶋が上級生や師範代たちよりも高い実力を持っていたとしても、彼らの二の舞になるだけだろう。
とはいえ、あるにはあるんだよな。
堂嶋のような武道家を、悪魔に対する戦力として数える手立ては。
だが……聞くところによるとこの女は、柊と結構仲のいい友達らしい。
万が一堂嶋になにかあって、柊が悲しむような事態になるのは避けたい。
まあ柊のことを気にかけるなら、そもそも柊が傷つかないように悪魔事件から距離を置かせるのが先なんだろうが。
この前、対等な仲間だと認めちまったからなぁ。
今回は敵の数も多い……仲間は多い方がいいか。
「相手にするのは獣どころか悪魔の化け物だ、死ぬかもしれねえぞ」
「死にたくないわ……だけど、命を懸ける覚悟ならある。
そしてこの賭けに勝って、絶対に皆と生き残ってやるわ……!」
「……分かった、ついてこい。
ただし俺の指示には従ってもらうぞ」
「ありがとう……! よろしくね荒木先輩!」
こうして、サブナックの拠点を攻略するためのチームが結成された。
==
サブナックが拠点にするという廃ビル。
そこから五軒離れた道角で俺達は集合した。
「荒木先輩、一通り蔵を調べてみたけど、霊剣なんてものはなかったわ。
代わりに道場から真剣は持ってきたけど、本当にこれだけでよかったの?
蔵には鎧なんかもあったけど」
「それで構わない。今回の目的は隠密行動による偵察だ。
あんまりガチャガチャ音が鳴る物を持って行って、気づかれたくないからな」
「……となるとこの真剣も護身用か。
確かエクソシストは聖水の入った水鉄砲を使ったり、聖句なんかを唱えて戦うのよね。
私にもできるのかしら……」
「いいや、お前に求める役割は前衛だ。
水鉄砲の方はともかく、うろ覚えの聖句なんて唱えられても俺達の邪魔にしかならん」
「え……でも、私達の攻撃は悪魔には通用しなかったわよ?」
「お前らの攻撃が通用しなかったのは適した武器がなかったからだ。
武器さえあれば、人間の培った技術でも悪魔に通用する」
バッグから家から持ってきた物を取り出す。
一つ目はこれだ。
「お前に選択肢は四つある。
まず一つ目は十字架、これで悪魔をぶん殴ること」
「え、ええ……?」
「二つ目は聖書、これの角で悪魔をぶん殴ること」
「……」
「三つ目はイエスキリストの銅像、これを振り回して悪魔をぶん殴ること」
「いやまあ、形や長さ的に、さっきの二つよりかは使いやすそうだけど」
「四つ目は聖水、これを水鉄砲に詰めて悪魔を撃ちぬくか__お前の持ってきた真剣を聖水で清めて怪異を切るか」
「!」
堂嶋の家はかなり古い時代から続いていたそうなので、悪魔や悪霊にも通用する霊験あらたかな剣でもあればと期待したが、ないならないでこれで代用できる。
とはいえ一度でも悪魔に触れれば穢れてしまい、清めた剣の効力は薄れてしまう。
戦いが長引くほど聖水は消耗され出費も嵩む。
とはいえ費用対効果的に霊剣を買うこともできない。
なにしろその手の物を買うとなれば、聖水の出費どころではない莫大な出費を迫られるからだ。
教会との付き合いのお陰で、仕入れのルートは開拓されたが、何を得るにも金金金……しかも今回は無償で依頼を受けちまったからなぁ。
「どうする堂嶋?」
「聖水にするわ、この刀を聖水で清めて悪魔を斬る」
「一応、念のために水鉄砲も一緒に渡しておく。
刀は斬る度に清めてくれ、でないと効果が薄まる。
量は少ないがもったいぶって痛い目を見ないように気をつけろよ」
「……分かったわ」
「それじゃあ廃ビルに潜入する。
今回は偵察だけだ。
幸い時間はまだある、あんまり焦って深入りしないように」
そうして俺達は廃墟の裏にあった駐車場から侵入した。
「……一階には駐車場と郵便ポストしか見どころはないようですね」
「悪魔や悪霊も潜んでいないようだな。
一階の探索はこのぐらいにして二階に進むぞ」
そうして階段を登っていくと、俺達はすぐに違和感に気づいた。
そして違和感の正体も。
「え、もう突き当り……? まだ二階なのに」
「サブナックお得意の陣地改造だな。
すぐに最上階には登れないように。階段の位置を変えたんだろうよ。
次の階層に登るには、この階層の中を探索しなきゃないらしい」
「道も複雑になってるようだし、まるでRPGのダンジョンね……」
「そうだな__角に隠れろ、ダンジョンRPGお馴染みの展開がお出ましだ」
角の先から奇声が聞こえてきた。
人間の声なのは間違いないが、言葉の体を成していない、白痴のような喋り方。
しかもそれが一つだけでなく、複数聞こえているのだ。
悪魔や悪霊を想起するには十分だった。
「……えっ、裸!?」
「しっ、静かに」
少し待つと、角の先から奇声を上げる存在の姿が確認できた。
そいつは一見すると普通の人間だが、服を着ておらず裸で歩き回っている。
更には壁に身体を打ち付けるなど、自傷行為を繰り返しており全身傷だらけ。
そしてその壁には、亀裂が入っている。
「あれが、悪魔の配下の悪霊なの……?」
「ああ、とはいえあの身体は人間のものだ。
おそらく悪霊にとり憑かれている」
「!」
白痴のように振舞い、奇声を上げ、自傷行為を繰り返すなんてのは、悪霊にとり憑かれた者にはよく表れる症例だ。
これで悪霊がとり憑いていないなら、俺は人間の業の深さを測り違えていたのだろう。
「わ、私、あの人の顔を見たことあるわ。
確か隣の町の空手クラブに所属していた筈」
「……こんなロックな趣味を持っている人だったか?」
「い、いいえ、そういう人には見えなかったけど」
「……そうか。
悪霊にとり憑かれた者は、常人離れした怪力を発揮できるという。
そこに身体を鍛えて得た力も加わるとなれば厄介だな。
幸いあの狂った言動からして、技術までは引き継がれてはなさそうだが。
……堂嶋、お前の実力を測りたい、戦ってくれ」
「え……?」
「憑りついた悪霊の強さ次第になるが、柊の持つ『金貨』なら、身体から追い出せられるだろう。
それが無理でも、聖水で清めた刀のみねで叩けば、悪霊にもダメージを負わせられる。
そうして出てきた悪霊を、お前が斬れ」
堂嶋は顔面を蒼白させ、剣を持つ手を震わせている。
できないならできないでも構わない。
元々当初の予定では柊と二人で挑むつもりだったのもあるが、おそらく上の階に登るにつれて攻略の難易度は上がっていくだろう。
この程度で躓くなら、上の階に登る道中、どこかでこいつは死んでしまう。
ならばフォローができるうちに実力を確かめ、チームから外しておきたい。
それができれば被害は最小限に収まり、柊も悲しまずに済むだろう。
「……やってやるわよ。
小夜子ちゃん、お願い」
「も、もう心の準備はできたのですか?」
「ええ……うちの道場では気持ちの固め方についても教えられているからね。
小夜子ちゃんが悪霊を追い出して、追い出された悪霊を私が斬る……!
刀は既に聖水で清めている、準備はできたわ、行きましょう!」
「……分かりました、ではいきます!」
堂嶋の言葉を信じて、柊は『ニコラウスの金貨』を掲げる。
言葉では何とでも言える、果たして堂嶋は悪霊を相手に戦えるのか。
柊が『金貨』を掲げて少しして、男は目を見開き口から泡を吹き出し、身体から悪霊が抜け出していった。
悪霊の見た目は絵に描いたような半透明の霊魂。
堂嶋は凄まじい速度で駆け出し、悪霊へと近づいていく。
「キエエエエエエ!!!」
猛々しく猿叫を上げて一切の躊躇なく振り下ろされた堂嶋の一撃は、悪霊を真っ二つに切り裂いた。
切り裂かれた悪霊は、悲鳴を上げる暇もなく、霧散していく。
一切の抵抗を許さない完全勝利である……やるなこいつ。
「しゃあ! 私の勝ちだ! 見たか悪霊!」
……あ、
「なんだ今の声! なんだ今の声! ぎゃはははは!」
「猿か? 動物か? 面白そうだな! 行ってくる!」
「おい待てよ、ちゃんと武装しないとサブナック様に怒られちまうぜ」
「っ!?」
堂嶋の声に反応し、廃ビルの中から聞こえてきた悪霊の声。
近づいてくる足音の数々。
「……侵入がバレた、帰るぞ」
「ご、ごめんなさい、気が高まりすぎちゃって……!」
「反省は後だ、この男は俺が運ぶ。
柊と堂嶋は出口まで誘導してくれ」
堂嶋は落ち込んでいるが、こいつは怯えてへたり込むでもなく、闘争心をむき出しにして、悪霊相手に果敢に挑みかかった。
何度か悪魔に遭遇した邂逅者ならともかく、サブナックに続いて二度目でだ。
悪霊たちに侵入を悟られた以上、今日のところは撤退するしかないが……時間の損失に釣り合うだけの成果は得られたかもしれない。
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ダンジョン攻略を進める過程で、配下である悪霊たちの正体を掴めた。
悪霊たちの名前はレギオン。
『新約聖書』にも登場する最も有名な悪霊だ。
伝承によると、レギオンにとり憑かれた者は裸で歩き回り、日夜問わず大声で叫びながら自傷行為を繰り返し、更には鎖や枷で拘束しても引き千切る怪力を有したという。
レギオンの有名なエピソードといえば、イエス・キリストとの戦いだろう。
ガラリヤ湖のほとりにイエス・キリストが立ち寄った際、イエスはレギオンにとり憑かれた人間と遭遇し、その悪霊を祓おうとしたのだが、レギオンが命乞いをしたため、代わりに豚の群れに悪霊を移したそうだ。
とはいえレギオンたちは豚の身体に乗り移った瞬間、自ら崖から落ちて豚を殺してしまったとか。
ここで話は戻るのだが、サブナックは武具を与える力を持つ。
本来であればサブナックは配下に武具を与え、精強な軍勢を作り出せたのだろう。
しかし、伝承で語られるレギオンは裸で歩き回っている。
つまりは裸を好んでいる。
それは実際にレギオンにとり憑かれた人間を見ても分かる通りだ。
せっかくサブナックが武具を与える権能を持っているというのに、レギオンはそれをまるで活かせてはいなかった。
つまり不意打ちさえ成功すれば、流れ作業のようにレギオンを祓えるということ。
サブナックがもっとマシな配下を連れてきていれば、もっと手古摺っていただろうが。
この難易度の調整ぶりに、俺はGMの見えざる手を感じた。
といっても今より多少敵が強かろうが、結果はさほど変わらなかっただろう。
柊の『ニコラウスの金貨』の威光は凄まじく、その威光を恐れたレギオンは次々と人間の身体から抜け出していく。
なにより堂嶋が使える奴だった。
それも俺が予想していた以上に。
最初は勝手が分からなかったようだが、廃ビルの構造を理解し、隠密行動に努めるようになってからは、攻略速度は加速していった。
全階層12階、そんな廃ビルに住まうレギオンを、たった4日で殲滅し、被害者を回収できたのは、堂嶋の献身がなければ不可能だっただろう。
そして現在は午前0時の五日目。
後は最上階で待ち構えているサブナックを倒せば事件解決だ。
「先輩、頼子ちゃんを仲間に加えて正解でしたね」
「……ああ、そうだな。
俺たちだけでは、これほどの速度でサブナックの拠点を攻略できなかっただろう。
おかげで後は最上階にいる筈のサブナックを祓うだけだ」
「でもこの先にいる悪魔に、私の剣技が通用するかは分からないわ。
あいつはただの力自慢じゃない、長い年月をかけて培われたと分かる技術を持っている。
あんなのに対抗できるのは、今はもういないひいお爺ちゃん……いいえ、ひいお爺ちゃんでも対抗できるかどうか」
「一応だが俺に策がある。
このまま手をこまねいていたところで他の対処法が思いつくとは思えないし、危機を悟ったサブナックに逃げられる可能性もある。
なにより患者の余命が迫っている、対決は急いだほうがいいだろう。
二人に異論がないならこのまま進む、どうする?」
「……あなたの選択に従うわ」
「私も先輩の選択に従います!」
「決まりだ、行くぞ」
俺は彼女たちと階段に登りながら、あることに思考を巡らせていた。
サブナックは青ざめた馬に跨っているとされる。
青ざめた馬といえば、それはペイルライダーを象徴する記号だ。
ペイルライダーとは、『死と荒廃』を意味し、『ヨハネの黙示録』に登場する、世界の終わりに際し現れる四番目の騎士である。
前回の悪魔事件でアスタロトから送られた死の予言。
もしかすればこのサブナックこそが、予言を成立させる存在なのかもしれない。
どうする、せめて俺だけでも帰らせてもらうか。
もしくは帰って準備を整えるべきか。
いいや……ここまで来て今更逃げるわけにはいかない。
俺は最上階にある一室に、足を踏み入れた。
「あ、あれが……!」
「サブナック……っ!」
そこは青ざめた馬を従えた、獅子の顔を持つ騎士が佇んでいた。
伝承に語られる、堂嶋から聞いたサブナックの姿そのままだ。
「よくぞ我が配下を下しここまで来た!
癒えぬ傷を受けた仲間を救うために来たのだな?
いいだろう! 我に勝てばそなたらの同門を救ってやる!
ただし負ければ我が配下の悪霊の器となってもらうがな!
さあ、かかってこい! 武道家としての矜持を示せ!」
嵐のように吹き荒れる闘志と殺意に、俺たちは圧倒された。
少し気を抜けば立っているのもままならぬほど。
だが、俺はサブナックの言葉に光明を見た。
これはもしかして、いけるか……?
サブナックは俺たちを態々「武道家」と呼んだ。
俺や柊が、にわかなりにエクソシズムを使えることぐらい知っている筈なのに。
つまりサブナックは俺たちをエクソシストだと認めたくない。
知らないフリをしていたい。
これが単なる言葉狩りでないのなら__
__俺はポケットからエクソシスト代行証を取り出した。
するとサブナックは、咄嗟に目を瞑り、耳を塞ごうとする。
「__耳を塞ぐな! 俺はエクソシストだ!
……教会に認められた、な」
「……くっ」
「エクソシストには従う__それがサブナック様に課せられたルールでしたね。
俺達をエクソシストと認めてくれるか不安でしたが、どうやら賭けには勝てたようです」
「エクソシストTRPG」でもサブナックが邂逅者をエクソシストだと認める判定基準は厳しかったため、この策が通るか心配だったが、こうなればもう勝利は確定した。
おそらくサブナックはこの展開を恐れて、最上階に立てこもっていたのだろう。
「サブナック様、エクソシストとしてあなたに命じます。
癒えぬ傷の呪いを解き、配下を連れて地獄に帰るように」
「……かしこまりました__帰るぞレギオン!」
サブナックはレギオンの霊魂だけを呼び集めた後、地獄の門を開いて去っていった。
とぼとぼと肩を落としながら__最後にこんな言葉を残して。
「__申し訳ありません、主よ」
「は……!? 待て! 主ってのはなんだ! 言え!」
俺の問いかけにサブナックが答える前に、地獄の門は閉ざされてしまった。
……くそ、逃げられた……!
==
サブナックが最後に残した意味深な言葉は気になるが、俺たちは無事平和な日常に帰還できた。
そして__悪魔にとり憑かれた者達や、堂嶋の同門達も。
「__悪霊にとり憑かれた皆さんも救出できて、門下生の皆さんの傷も癒えて大団円。
最近曇りがちだった頼子ちゃんの笑顔も取り戻せましたし、なにより今回の悪魔事件を経て先輩の魅力もお理解いただけました。
先輩を頼って良かったと、頼子ちゃんは感謝していましたよ」
「そうか、そいつは良かったな……」
でなければ危険を冒してまで赤字労働をした苦労が報われない。
くそう、いったい幾ら消費した……?
「それはそれとして、体験入門からでもどうですかと仰られてましたが」
「丁重に断ってくれ、俺には向いてねえよ」
今回の悪魔事件における堂嶋の活躍ぶりを見て剣道に興味は抱いたが、とはいえ危険や怪我を恐れて悪魔から距離を置いていた臆病者の俺である。
剣道なんてコンタクトスポーツ、三日坊主とまではいかないまでも、そう長続きはしないだろう。
これまで通り、本を読んで知識を蓄える方が俺には向いている。
「今回もお助けいただきありがとうございました。
……しかし、思えば先輩がこうもはっきりと自分からエクソシストだと名乗ったのは初めてですね、ついに観念しましたか」
「……それはサブナックを退けるための方便だっての」
訂正 調べ直した結果、傷から出るのは蛆虫だと分かったので修正しました。
追記 誤字報告助かってます!