悪魔の現れるTRPG世界に転生してしまった   作:いかのしおから

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閑話「教皇庁から見たエクソシスト」

 バチカン宮殿。

 それは古来よりキリスト教の最高指導者とされる教皇が住まう宮殿だ。

 キリスト教とは世界人口の31%が所属する世界最大の宗教。

 そんな教徒たちを纏め上げるキリスト教は、いわば人類の歴史の中で最も完成された宗教組織と言ってもいい。

 そんなキリスト教の心臓部ともいえるバチカン宮殿の一室にて、厳かに会議が進行していく。

 会議の参加者は教皇と、教皇を支える枢機卿団、各省の重役達。

 教皇庁の頂点に立つ重役たちにより行われる、極めて重要度の高い会議だった。

 

「次は祓魔省の報告でしたね。

 祓魔省長、説明をお願いします」

「かしこまりました、今回祓魔省が議題として上げたいのは、数か月前に我ら祓魔省がエクソシスト代行と認めた少年と、その助手の少女についてです。 

 まずはお手元の資料に目をお通しください」

 

 祓魔省。

 それはカトリック教会が擁する全てのエクソシストを統括する部署だ。

 神話の時代が終わり、エクソシストが聖職位階から外され長い年月が経ったが、それでも暗躍を続ける悪魔は存在する。

 そんな悪魔をエクソシズムや聖遺物を用い、時には悪魔や黒魔術すらも利用して祓うことが、祓魔省に所属するエクソシスト達に課せられた使命だった。

 時代のせいか知名度は低いが、それでもこの悪魔の現れる世界においては必要不可欠な組織だろう。

 

「……祓魔省長、これは事実なのでしょうか」

「トツカ司祭のみならず、ジョルジョ殿やルチア様、現地のクリスチャンや邂逅者など、複数の情報源を基に纏めた調査報告書です。

 細部に誤りはあるかもしれませんが、大枠に間違いはないかと。

 以前の会議に参加できなかった方もこの場におられますので、ひとまずこれまでの戦績を軽くおさらいしましょうか。

 まずは大聖者の従者クランプス、これは二年前のクリスマス直前の出来事です──」

 

 そう言って祓魔省長は荒木たちが相対した悪魔事件を並べていく。

 クランプスに追い回された少女と、少女を助けた少年。

 後日クランプスの主である聖ニコラウスから謝礼として、少女には『ニコラウスの金貨』が贈られた──

 これだけの話であれば、神話ヲタクの少年と、幸運な少女というだけで済んだだろう。

 しかし、まだ彼らの物語には続きがあった。

 

「クランプス遭遇後、サヨコ・ヒイラギは立て続けに試練の堕天使マスティマに遭遇。

 彼女のクラスメイトがマスティマに憑かれていたそうですが、これをアキラ・アラキは交渉によって解決に導きます。

 ここから続けてサヨコ・ヒイラギが遭遇したのは非洗礼者の悪霊ドレカヴァク。

 これをアキラ・アラキは近隣にいたトツカ司祭に協力を持ちかけ、死者への洗礼という手段を用いて浄化に成功しました」

 

 実績が語られるにつれて、会議の参加者達の頭の中に浮かんでいた二人の姿は、神話ヲタクの少年と幸運な少女から、極東に生まれた若き期待の新星と、何かしらの運命を持った少女へと印象が変わっていく。

 

「──淫魔サキュバス、怪魚大侯フォルネウス、偽救世主アンチキリスト、小悪魔インプ、色欲大公アスモデウス、人魚悪霊ルサールカ、嵐の魔王パズズ。

 この中のインプに関しては邂逅者の意向を無視できず現状維持、ルサールカは対応が間に合わず死者を出し取り逃がしてしまいましたが、残りは二人の健闘によって解決に導かれました。

 これらの悪魔事件の大半は、助手のサヨコ・ヒイラギの人脈と情報収集能力によって見つけ出されたそうです。

 そしてこれらの悪魔祓いを主導したのもまたアキラ・アラキでした。

 以上の報告を受け祓魔省はアキラ・アラキにエクソシスト代行証を送ることに決定。

 これは12月から次の年の10月にかけての出来事です」

 

 一年にも満たない期間で、10体もの悪魔や悪霊に遭遇するとは。

 これは偶然では片づけられない。

 おそらく何かしら悪魔や悪霊を探すための技術があるのだろう。

 それは魔術か、エクソシズムか。

 それ以上に驚くべきなのは問題解決能力だ。

 エクソシストが悪魔に遭遇できたとしても祓えるかどうかは別問題。

 むしろ悲惨な末路を辿ることの方が多い。

 彼のエクソシストとして残した実績は、とても若手の枠組みの中で測れるものではなかった。

 参加者の印象は、全盛期ジョルジュ並みの武闘派エクソシストと、大聖人も認めるほどの卓越した技量を持つ占い師へと、再び上方修正されていく。

 

「驚くべきはここからです。

 名前を呼んではならないロシアの小悪霊(アンチェトカ)、偽エクソシストと鬼火悪霊ジャック・オ・ランタンの群れ、復讐の堕天使アリオーシュ、冬の悪魔、放火大公アイニ、航空機事故の妖精グレムリン、黒魔術師と堕天識大公アスタロト、獅子侯サブナック、数多の配下を引き連れた悪霊の主ヴィイ、首なし騎士デュラハン──11月から3月半ばにかけたたった3ヶ月半。

 二人は大悪魔や大悪霊含む10体以上の悪魔に遭遇し、それらの悪魔事件全てを解決に導きました。

 重ねて言いますが、たった3ヶ月半で10件もの悪魔事件を解決に導いたのです」

 

 錚々たる顔ぶれだった。

 名前を聞くだけでも身を震わせてしまうほどに。

 そして、そんな怪物達の起こした悪魔事件を解決したという少年少女は何者なのか。

 参加者の印象は、遂に伝説に語られる怪物殺しの大英雄ヘラクレスのような偉丈夫と、英雄に予言を託すギリシャ神話に描かれるような伝統的な魔女の姿へと駆け上がってしまった。

 決して過大評価ではない筈だ。

 小物を含んでいるとはいえ、数の上では12の大怪物を倒したヘラクレスを超える偉業を成し遂げているのだから。

 

「トツカ司祭、ジョルジョ殿、ルチア様の報告によると、デュラハンの浄化後、アキラ・アラキは『ラファエルの羽』を手に入れていたそうです」

「『ラファエルの羽』!? そ、それほど貴重な聖遺物が日本にあったというのですか!?

 いいや、まさか……ラファエル様が降臨なさられた……?」

「事件解決当時、現場にはアキラ・アラキ、サヨコ・ヒイラギ、被害者の少女の三人しかおらず、彼らも口を噤み詳細を語らなかったため……」

「口を噤み詳細を語らない……過去視の魔術や聖遺物で調べなかったのですか?」

「調べてみましたが、それでも分からなかったのです。

 何らかの力により阻害されてしまうようで」

「突破は」

「教皇庁の保有する神秘では突破は不可能と判断されました」

 

 何があったというのだ。

 教皇庁の擁する術師や聖遺物ですら突破できないなど……。

 

「周囲の反応は?」

「純粋に成した偉業に感銘を受け、拝みに行こうとする信徒もいれば、

 その実績や人気に目をつけ派閥の旗印として勧誘しようとする教会勢力。

 また、異様な悪魔との遭遇率に魔性を見出し近づこうとするサタニストの気配も」

「全て抑えなさい、情報規制を急ぎつつ、面倒ごと近寄らせないように」

 

 教皇はそう言った後、頭痛を堪えるように蟀谷を揉み解す。

 せっかく恙なく悪魔祓いが行われているというのに、周囲が騒ぎたてて邪魔しては元も子もない。

 彼らの悪魔祓いの妨げになりかねない要素は、可能な限り排除するべきだろう。

 この会議の参加者の大半も教皇と同じ意見だった。

 

「他には?」

「異端審問会の一部で、バチカンに呼び出して異端審問にかけるべきだと強硬論が上がっております。

 もしかすれば彼らは悪魔を誘引する悪しき存在なのではと」

「愚かな、彼らが悪魔を呼び寄せているなら、悪魔を祓う必要がどこにあるというのですか。

 名誉を求めるにしても、悪魔との対峙はあまりにもリスクが大きすぎる。

 既にニコラウス様やラファエル様も彼らをお認めになられているというのに……」

「彼らの身の潔白を証明するために、敢えて一度審問にかけるというのも」

「そう提案して不快に思われ抵抗されたらどうするのです?

 彼らほどの実力者を力ずくで連れて帰るとなれば、被害は免れないでしょう。

 ただでさえ神秘に理解があり運用できる人間は数を減らしているというのに。

 無暗に反感を買うような行いは慎むべきです」

 

 会議の参加者はもしもを想像する。

 もしも現代のヘラクレスとも言える実力を備えたアキラ・アラキや、神々の血を引いた魔女の如き占い術を扱うサヨコ・ヒイラギと敵対した場合、バチカンはどうなるのかと。

 教皇庁とて無策ではない、対抗する手段は持ちえている……筈だ。

 だがもし彼らが想定以上の実力を持っていたなら。

 バチカンはガレキの山になってもおかしくない。

 

「彼らを祓魔省に迎え入れるべきだという意見も上がっています。

 ここヨーロッパと比べ、アジアは悪魔の出現率がそれほど高くはありません。

 しかも日本という極東となれば。

 対竜戦争で半壊した祓魔省を補填するためにも、是非とも、と」

「そうしたいのは山々ですが……ヴィイの策謀を差し引いても、今の日本の悪魔の出現率はおかしい。

 彼らの活躍がなければ滅んでいた地域もあったでしょう。

 それに日本にはルチア様もおられます。

 彼女の身の安全を確保するという意味でも、悪魔に対抗できる現地人はその場に残しておくべきかと」

「祓魔省のパワーバランスも無視できません。

 祓魔省は幾つもの組織によって構成されています。

 どこが彼らの受け皿になるのかで確実に揉めるでしょう。

 それに強力な個人に頼り復興を行えば、歪な組織が形成されかねません。

 時間がかかっても、地に足をつけた方法で復興するべきだと進言します」

 

 バチカン祓魔省は世界でも有数のエクソシスト組織だ。

 対症療法ではなく、未来を見据えて後世に残せる持続可能な組織を作り上げなければならない。

 不幸中の幸いというにはいささか不謹慎だが、対竜戦争で失ったのは人材だけ。

 代々教会が受け継いできた知識や道具は依然残っているので、いずれ復興はできる筈だ。

 

「彼らの聖遺物を教皇庁で買い上げられないかという提案も上がっております。

 個人が運用するよりも、組織的に運用した方が及ぼせる影響は大きいと考えているようで」

「これもまた、どの派閥が運用するかで揉めそうですね……」

「『ラファエルの羽』は、使い方次第では諸外国の有力者を多く味方に引き込むことができるでしょうが……やはり与える影響力が大きすぎます。

 使い方を誤れば教皇庁の現在の権力均衡は容易に崩れ、争いに発展してしまうでしょう」

「その通りです。

 何のためにルチア様を遠く離れた日本に送ったと思っているのですか」

「『ニコラウスの金貨』も危うい。

 運命の操作は教皇選挙(コンクラーヴェ)に与える影響が大きすぎます。

 厳重に保管してもどこかの派閥が目が眩みかねません。

 逆に相手派閥に利用されないよう、隠匿を目論む派閥も現れるでしょう。

 管理できない長物は手元に置くべきではないかと」

 

『ニコラウスの金貨』は大聖人ニコラウスからの贈り物。

『ラファエルの羽』は四大天使のラファエルからの贈り物。

 どちらも凄まじい宗教的価値を持つ聖遺物であり、備える奇跡もまた凄まじい。

 是非ともバチカンで確保したいところだが、これらの聖遺物を巡って争いが起これば元も子もないだろう。

 

「ん……? 彼は武闘派ではなく、技巧派のエクソシストなのですか?」

「え? だとすればこれらの悪魔はどうやって……。

 対処法もなければ、交渉の通じない相手もいたでしょうに」

「しかも一般家庭の出身……!?」

 

 一人の疑問に促され、改めて調査報告書に目を通す面々。

 荒木明が学生だとは知っていた。

 そしてキリスト教徒ではないことも。

 しかしイメージしていたのは、筋骨隆々の武人の姿だ。

 幼き頃から特訓の日々を送っていた、怪物殺しの武術の伝承者。

 しかしまさか知識と言葉を使って悪魔事件に対処する技巧派のエクソシストだとは思わなかった。

 なにしろ若さを強みにできる武闘派とは違い、技巧派は成熟に時間がかかる。

 才能に溢れたうえで知識や経験を蓄えた老練なエクソシストならどうにか納得して飲み込めるが、知識も経験も足りない若手時代に、ここまでの活躍ができるなど誰が予想できよう。

 

 加えて対峙した相手には、弱点もなければとても話し合いが通じない大悪魔もいた。

 特にアイニといった武闘派、パズズやヴィイといった魔王級など。

 それらの悪魔事件は報告書に書かれた解決法を見てどうにか納得できたが、当事者たちが口を噤んだデュラハンに関しては皆目見当もつかない。

 騎兵としての凄まじい機動力、身にまとう鎧の防御力、戦人として備えた圧倒的な武力、そして死の呪い。

 死の呪いを潜り抜ける手段は彼の購入履歴を見れば凡そ想像がついたが、デュラハンの隙のない武力に対抗するとなれば同等の武力が必要な筈だ。

 どれだけ優れていようが技巧派となれば力押しは不可能だし、一般家庭の出身では碌な装備や秘策もないだろう。

 ラファエル様に救われたのか……? だが彼は一般家庭の出身だ、エクソシストどころかキリスト教徒でもない。

 

「少女の方も魔術師どころかエクソシストとしても少し前まで完全な素人だったと……」

「もしや、彼らは……」

 

──奇蹟者なのではないか。

 ここまでくるとおかしな話ではない。

 彼らがキリスト教徒ではないという点は少しだけ気がかりだが、そこは問題ないだろう。

 なにしろキリスト教徒ではなかった人間が主の奇跡に触れて信徒になるという伝承は幾つも存在する。

 有名なのは『目から鱗が落ちる』という諺の語源となった聖使徒パウロだ。  

 現時点で分かっているも彼らは大聖人と四大天使から聖遺物を賜っている。

 聖なる方々が接触し力を貸すに足るだけの理由を備えているのかもしれない。

 となれば奇蹟者や預言者の可能性は十分ある。

 もしくは聖人の化身、という可能性も。

 

 だがもし彼が奇蹟者なのであれば、そうした聖人の化身であるのならば、いったい何者なのだろうか。

 サヨコ・ヒイラギはおそらく千里眼系の奇蹟者だと思われるが……。

 アキラ・アラキに関しては技巧派のエクソシストだ。

 数々の大悪魔や大悪霊の脅威を、武力ではなく知識と言葉をもって潜り抜けた。

 もしかすればそれらの知識や言葉こそが奇蹟なのかもしれない。

 参加者たちの脳裏に浮かんだのは、ある一人の聖なるお方。

 最強のエクソシストにして、誰よりも弁論に優れ、啓示に満ちた言葉を残して天に召された聖人といえば、我らが信仰する──

 

「──不敬であろう!」

 

 そこまで考えが行きついた一人の枢機卿が立ち上がり、そう叫んで自らの行き過ぎた思考を一刀両断する。

 

「どうしました? 確かに軽々しく聖人認定をすれば教徒たちから反感を買いかねませんが、現在はあくまで予想の段階です。

 そう怒鳴るほどのことではないかと」

「そ、そうでしたな、申し訳ありません、少し気が逸ってしまいました」

 

 そうした一連の出来事を眺めていた会議の参加者は、何を言っているのだと表面上は呆れつつも、こう思った。

 ああ、おそらく彼は、自分と同じ考えに行きついたのだな、と。

 会議に参加する者たちは彼を憐れみつつも、自分の代わりに口を滑らせてくれたことに心の中で感謝をした。

 

 とはいえ我らの主は、生涯一度も失敗しなかったという。

 件の少年は解決できなかった悪魔事件が幾つかあったそうではないか。

 ならば彼は救世主ではない。

 良くて奇蹟者の疑いがあるだけの優れたエクソシストだ。

……だがそれらの失敗の数々が、我ら迷える子羊に向けた何かしらの啓示であるならば。

 自らの死をもって我らに救いを与え、道に迷わぬように導を立ててくださった主のように──ええい、この思考は止めろ。

 

「……彼らは悪魔の捜索能力も、悪魔事件の解決能力も群を抜いています。

 余計な口出しをしては今の好調な流れが断ち切れてしまうかもしれません。

 必要に迫られるまでは、指示はせず明き手で活動させるべきでしょう。

 謝礼として金銭と感謝状を贈る程度に留め、介入はなし。

 これまで通りトツカ司祭を伝い、彼らの求めに応じて支援を行う程度に努めます。

 そして彼らが悪魔祓いに集中できるよう、余計な存在を近づかせないように目を光らせながら」

「「「「……異議なし」」」」

 

 彼らがこれまで地上に現れた聖人や預言者のように、天上の思し召しにより何かしらの運命を背負わされているのなら、日本にいることは重要な意味があるのだろう。

 今ここで我々が余計な介入をすれば、彼らが成すべき役目の妨げになってしまうかもしれない。

 この日より教皇庁には、新たに触れてはならないアンタッチャブルが誕生した。




 ひとまず連続投稿はここまでとさせていただきます!
 次回の投稿は三章が完成してからを予定していますので、しばしお待ちを……!

=追記 2025 12/10=
 一部文章を編集しました。
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