悪魔の現れるTRPG世界に転生してしまった   作:いかのしおから

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 大変遅れて申し訳ありません、今日から少しづつ第3章を公開していきます。
 中々納得のいく話が出来ず諦め気味でしたが、非公開のまま逃げてしまうのは応援してくださる読者の皆様に不誠実だと思い公開を決心しました。

 拙作ではありますが、お楽しみいただけますと幸いです。



第三章 勇気の行方
第22話「ディングベル」


「いいんですかね、奢ってもらっちゃって」

「遠慮すんな、最近でかい稼ぎが入ったから懐には余裕はある、好きなだけ食え」

 

 トングを手に取り、金網の上へ肉を並べていく。

 火が通るにつれ、肉は色を変え、脂がじわりと表面に溢れ出す。

 照明と炎に照らされたそれは、美しく艶めいていた。

 まだ一口も食べていないというのに、視覚、嗅覚、聴覚――それだけで幸福感が全身を満たしていく。

 やはり焼肉は素晴らしい。

 ただ肉を焼くだけで、これほどの満足感を得られるのだから。

 

「これで柊と一緒なら最高なんだが。

……なんで横山なんかと焼肉なんて食べてんだろうな」

「あんたが誘ったんでしょう、一緒に焼肉食べましょうって」

「そういやそうだったな」

 

 本日、俺は後輩と焼肉屋に来ていた。

 といっても柊ではない、横山だ。

 わざわざ奢りで横山と焼肉を食うなど、豚に真珠を与えるような気分にもなるが、こいつに押し付けてしまった一件を思えば、礼も兼ねてこのくらいは当然だろう。

 

「今日お前を焼肉に誘ったのは近状を聞くためだ。

 最近どうなんだ?

 マスティマに色々と面倒事を押し付けられてるとは聞いてるが」

「そうっすねぇ。

 事件に遭遇した不良たちが、マスティマ様に色々吹き込まれたみたいで、すっかり怯えちまって」

「というと?」

「“良い子にしてないとヴィイに襲われるぞー”って感じっす。

 つまり今は、そいつらの更生を手伝わされてるってわけですね」

「……すまんな。こっちの尻拭いをさせちまったみたいで」

「いやいや、先輩は悪くないでしょ。

 ま、俺自身としても親近感の湧く境遇ですし。

 同じようにマスティマ様に目をつけられた贖罪仲間として、当分は世話焼いてやるつもりです」

 

……俺もここ一年で変わった自覚はあるが、こいつもだいぶ変わったな。

 神話で悪魔は人を試し成長の糧になる役割を担うことがある。

 GMか神かは分からないが、俺も横山もまんまと手のひらで転がされているらしい。

 

「近状と言えば荒木先輩はどうなんすか?

 大学に進学したんすよね、友達とかできました?」

「……」

「先輩……?」

「……ヴィイの最後っ屁への対処にしくじってな。

 怪我で入院して、入学式に間に合わなくなったんだ。

 俺が退院した頃には既に学校の人間関係ができあがっていて……」

「あー」

「それでも頑張って友達を作ろうとはした。

 だけど、なんつーか、空回りばっかりで、周りと上手く馴染めなくて……」

 

 人生観の変化もあり、久しぶりに友達を作ろうとはした。

 前世ではTRPGなんてマイナー趣味に付き合ってくれる友人も何人かいたし、友達の一人や二人くらい簡単に作れると思っていた。

 だが、この世界に生まれてからは悪魔との遭遇を恐れ、人間関係を広げることを避け続けてきた。

 十数年ものブランクは大きく、大学でのぼっち生活は、もはや避けられぬ運命だったのかもしれない。

 

「と、友達なんてのは数より質っすよ。

 荒木先輩には小夜子ちゃんっていう素敵な友達がいるじゃないっすか。

 いやー、あんな可愛い女の子にあそこまで信頼されてるなんて、荒木先輩が羨ましいなぁー」

「……」

「……え、なんかあったんすか?」

「柊からキスされた」

「お、え、ちょ、マジっすかそれ……!?」

 

 思い出す。

 病室での一幕を。

 心の準備ができていなかったので、感触も光景も鮮明には思い出せないけれど。

 それでも、あの日、あの瞬間は、一生色褪せることのない特別な体験だったと断言できる。

 

 だがしかし。

 

「その日以降一度も会えてねえんだ……。

 連絡の頻度も減っちまっている。

 少し前までなら毎日のようにあいつから近状報告が送られてきたのに……。

 避けられてるんだよ、柊に……!

 飯食った後歯磨いてなかったから口が臭かったのかもしれん……!

 なあ横山、どうしたら俺は柊からの信頼を取り戻せると思う……?」

「あー……」

 

 すると横山は目を逸らして片方のほうれい線に皴を寄せた。

 くだらない相談をしやがって、そう言わんばかりに。

 

「多分小夜子ちゃんは照れて距離を置いているだけっすよ。

 押せ押せで行きましょう、それでなんとかなります、多分」

「おい! 面倒臭がって適当答えてんじゃねえぞ!

 こっちは唯一の友達との友情が決裂寸前なんだぞ!

 お前の提案で余計に嫌われたらどうすんだよ!

 責任取ってお前が俺と結婚してくれんのかよ……!?」

「そんな責任の取り方されて先輩は嬉しいんですか……。

 というかそもそも俺、こんな話聞きたくなかったすよ……!

 昔から憧れていた学校のアイドルが他の男とキスしてたとか!

 地味に尊敬していた先輩がこんな情けない姿を晒すとか!」

 

 俺のことを尊敬していた……?

 ふふふ……もうちょっと詳しく聞いてもいいか、それ。

 いいや、今はそれどころじゃない。 

 

「はぁ……。

 小夜子ちゃんが荒木先輩を嫌っているというのはまずありえないっす。

 教室でも口を開けば荒木先輩の話ばっかりですし……。

 とりあえず事情は先輩から直接聞いてください。

 今は避けられているかもしれないっすけど、そのうち向こうから痺れを切らして声をかけてくると思うので」

 

……そうだよな。

 例え口臭が原因だったとしても、数々の艱難辛苦を潜り抜けてきた俺達だ。

 たかだかその程度で崩れるような信頼じゃない筈だ。

 なにより、あいつの度を越した正義感や好奇心、トラブル体質に付き合えるのは俺ぐらいだろう。

 他の連中じゃ手に負えず、尻尾を巻いて逃げるのが関の山だ。

 ならば失態を覆す機会はいずれ必ず訪れる。

 

「……お」

「噂をすればなんとやらっすね」

 

 携帯電話の着信音が流れた。

 画面に表示されたのは話題の中心人物、柊小夜子。

 つまるところ、いつもの恒例行事──悪魔事件だ。

 

==

 

「あ、荒木先輩、お、お久しぶりです……」

「……おう」

 

 久しぶりに会った柊はやはりどこか余所余所しく、浮かべる笑みもぎこちなかった。

 連絡が来てから速攻で家に帰って歯を磨き、更にコンビニで買ったブレスケアタブレットを1箱丸ごと平らげてきたが……これでもダメか。

 だが柊からの呼び出しがあったということは、すなわち名誉挽回の機会が訪れたということ。

 この悪魔事件を解決し、必ずや柊の尊敬を取り戻してみせる。

 

「……今回の依頼人は天下原と峯田さんでいいんだよな。

 天下原、何があったのか教えてくれ」

「あんたにしては珍しく協力的ね……ていうかミント臭っ」

「最近ちょっと人生観が変わってな」

「人生観の変化で体臭が変わるわけないでしょ。

……まあいいわ、あんたにどんな事情があったにせよ、今大事なのは私の相談事よ!

 あんたも呼ばれた時点で察してるでしょうけど、悪魔よ……!

 また悪魔が現れたのよ……!!

 ああ、思い出すだけでも虫唾が走るわ……!

 聞いてちょうだい! あれは雄吾とデートをしていた日のことよ!

 私のバッグから写真が零れ落ちたの!」

 

 そう言って天下原は、写真をメンコのように机の上に叩きつけた。

 ひーふーみー……結構な枚数だ。

 そして写真に写っているのはどれもこれも嫉妬するのが馬鹿らしくなるイケメンばかり。

 

「見ての通り無駄にハンサムだったから、雄吾に浮気を疑われないか気が気でなかったわ!

 その日以降も、何度も何度も私のバッグから知らない写真が零れ落ちて……!

 こんな写真、今まで一度たりとも触れたことも、見たことすらもなかった!

 これは間違いなく悪魔の仕業よ! 何とかしなさい荒木!」

「……おい天下原、悪魔を都合よく浮気の言い逃れの道具にするんじゃねえよ」

「僕としてはこのぐらいは浮気の内に入らないけど、代わりに僕が男女混合の飲み会に誘われた際に足を運ぶぐらいは許してくれないかな。

 友達付き合いの関係上、断り続けているのがどうにも気が引けて」

「ぶっ殺すわよあんたら……!」

 

 こいつ、今の状況を利用して、天下原の束縛から逃れようとしてやがるな。

……容疑者候補として数えておくか。

 

「荒木先輩、峯田さん。

 私は天下原さんが他の男の人に浮気をするような方だとは思えません」

「まあ、そこは俺も同意する。

 悪魔事件かどうかは、まだ判断しかねるが」

 

 天下原のこの性格だ。

 俺も柊もこいつには散々振り回された。

 身近な誰かの恨みを買って、陥れられている可能性もなくはないだろう。

 となるとその親戚とやらも怪しくなってくるが。

 

「天下原、何か悪魔の仕業だと断定できる根拠でもあるのか?」

「あの日、私はデートが終わるまで一度もバッグを手放さなかったのよ!?

 あの日だけじゃない! それ以降も!

 周囲に近づく人間も警戒してたから、誰かが触ってきたらすぐに気づくわ!

 ならこんなことができるのは悪魔ぐらいよ……!

 あの身の程知らずの阿婆擦れ横恋慕サキュバスが使っていた鍵開け魔法みたいな……!」

 

 根拠としては主観に偏りすぎている気もするが……まあいいか。

 

「とりあえず、被害を受けた初日から順を追って説明してくれ」

「……雄吾の親戚がミリタリー趣味を持っていてね。

 自衛隊の演習を見学できるチケットを何枚か応募で当てたそうで、私たちにもと余った分をお裾分けしてくれたの。

 それで私と雄吾は朝一で飛行機に乗って演習見学に向かったわ」

 

 そこから語られたのは演習の内容。

 随分と見応えがあり満足のいく時間を過ごせたらしい。

 

「演習が終わって午後の4時くらいかしら、タクシーを呼んで帰ろうとしたその時よ。

 私のバッグからこの写真が零れ落ちたのは」

「もう一度聞くが、バッグは誰にも触らせてなかったのか」

「ええ、誰にも。

 お金関係は雄吾の親戚が出してくれたから、私自身もバッグを開いたのはお手洗いで化粧直しをした時ぐらいね」

「バッグを見せてもらっても?」

「隣の部屋よ」

 

 隣の部屋を覗き込むと、たくさんのバッグが並べてあった。

 どれもこれも値の張りそうなブランドものばかり。

 よくもまあこれだけ揃えたものだ。

 

「バッグに施錠をつけた日もあったわ、でも全て突破されてしまって。

 バッグを持っているのが原因ならと思って、持ってこなかった日もあったけど。

 その日にはポケットの中に写真を入れられてしまって」

「……ふぅむ」

 

……女性がデート中に、彼氏の前で他の男が写った写真を落とす。

 日常生活に密接した被害内容からして、一見して大物が関わっているようには思えない。

 だが、案外ソロモン72柱に名を連ねるような大悪魔も、案外しょうもない悪事を働く場合もある。

 警戒は緩めるべきではないが……うーん……範囲が広すぎて、いまいち絞り込めない。

 

「とりあえず、今から天下原と峯田さんには、俺達が馴染みにしている教会に保護を受けてもらう。

 教会に悪魔は近づけないからな。

 その後、俺と柊は図書館で条件に当てはまる悪魔がいないか調べてくる」

「……それで分からなかったらどうするのよ」

「そん時は峯田さんの家に結界を張ってやる。

 彼氏彼女なんだし、泊まりぐらい初めてでもないだろ?」

「……分かったわ、あんたの指示に従ってあげる。

 ただし! 私と雄吾の仲を引き裂こうとするデバガメ女悪魔は必ずとっちめなさい! 何が何でもよ! いいわね!?」

 

 俺としても柊に良いところを見せるために、真剣に事件解決に挑みたいところだが……これ、本当に悪魔事件なのかね。

 

==

 

「天下原さん! 峯田さん! 悪魔の正体が分かりました!」

「おお! それは本当かい?」

「早いわね、もっと時間がかかると思っていたわ、有名な悪魔だったのかしら」

「いいえ、むしろ知名度の低い悪魔です。 ただ山勘が当たりまして」

 

 図書館に辿り着き、柊が最初に手に取った本に答えが乗っていた。

 おそらくはダイスが跳ねたのだろう。

 時間制限のあるシナリオでもなさそうだし、たぶん無駄なクリティカルだ。

 

「柊、説明してくれ」

「はい、今回お二人が邂逅した悪魔はディングベルだと思われます。

 ディングベルとは女性版のグレムリンとも言われている女悪魔でして──」

「……また女!」

「せ、性別は関係ないんじゃないかな」

「第二次世界大戦中、カナダ軍の婦人師団で有名になりました。

 一等兵や二等兵とのデート中に、女性のバッグからハンサムな士官の写真を落としたり、逆に士官とのデート中に男性兵卒の写真を落としたり」

「ドンピシャじゃない!

 そいつよ! そいつが私のバッグに写真を仕込んだ悪魔の正体よ!

 間違いないわ!」

 

 当事者のお前もそう思うか。

 となれば十中八九そいつで間違いないだろう。

 

「他には緊急時にタイプライターのキーを動かせなくさせたり、内輪のおしゃべりを拡声器で流したり……こういった被害ってありましたか?」

「それはないわね……」

「タイプライターのキー云々はともかく、『内輪のおしゃべりを拡声器で流す』ってのは、女側にとって都合の悪い内容を男に告げ口するためだろう。

 例えば浮気の証拠とかな。

 写真は捏造できても、天下原本人が失言しなければ声は仕込めない。

 つまり、その被害がないということは、天下原は浮気していない可能性が高い。

 まあ、天下原の警戒心が強く、浮気の証拠を残さないよう、発言には気を使っていただけかもしれないが」

「私に隠し事なんて一つもないわ!

 隠し事をするのは弱い人間の生き方だもの!」

 

 それはいささか偏った見解だと思うが、天下原に隠し事がないという宣言には謎の説得力があった。

 

「なんにせよディングベルを捕まえれば天下原の身の潔白は証明できる」

「でもどうするのよ。

 今回の悪魔は、あの阿婆擦れサキュバスと違って中々姿を見せない狡猾な女よ」

「被害が続いているなら、まだ近くにいるはずだ。

 ひとまず二人にはデートしてもらう。

 その後ろを俺たちが追い、ディングベルを見つけ出す。

 単純だが、それが最も効果的だろう」

「要するに囮作戦ね……やってやろうじゃないの!」

 

==

 

「……あっさり引っかかったな」

「あれがディングベルさんですか……見た目は幼くて可愛い女の子ですね……幼くて可愛い……うっ」

「どうしたお前」

「な、なんでもありません……」

 

 どうやらまたダイスが跳ねたらしい。

 商店街でデートを続ける二人の後ろには、小学校低学年ほどの少女がぴたりと付きまとっていた。

 整った顔立ちに白い肌、目はくりくりと大きく、あざといぐらいに愛らしい容姿をしている。

 そして軍服……その手の趣味を持つ者には大いに刺さりそうな見た目だった。

 

 ディングベルは看板の陰に身を潜めながら、天下原たちの様子をじっと窺っている。

 その小さな手には写真が一枚。

 おそらく、こうして隙を狙い天下原のバッグへ写真を仕込んでいたのだろう。

 十中八九、こいつが犯人で間違いない。

 

「どうしましょうか先輩」

「見たところ低級悪魔っぽいが、厄介な切り札を隠し持ってる可能性もある。

 念には念を入れて慎重にいきたいが……お、天下原の奴」

「どうやら罠の地点まで上手く誘導してくれているみたいですね」

「あそこまで連れていければ勝ちは確実だろう。

……それまで天下原が怒りを抑えきれれば、の話だが」

「抑えてください天下原さん……!」

 

 天下原と峯田は、自然な流れを装いながらディングベルを路地裏へと誘導していく。

 続いて俺たちも、その背後から静かに追跡した。

 

……よし。ここまで来れば、もう逃げ場はない。

 

「っ!」

「気づいたようだな、自分が罠に嵌ったことを」

「ま、まさかエクソシスト……!? ──!?」

「ふっふっふ……! 遂に年貢の納め時よ……こんのデバガメ女ァ!」

「っ!」

 

 俺達と天下原達に挟まれたディングベルは逃げ出した。

──天下原達が待ち受ける道の脇を通り抜けて。

 

「おい、なに素通りさせてんだ天下原」

「ふふふ……! これでいいのよ……!

 一撃で仕留めるよりも、真綿で首を締めるように、少しづつ恐怖と苦痛を味合わせた方が、あいつの末路には相応しいもの……!」

「……はぁ」

 

──ここで一つ、昨日の出来事を振り返ろう。

 

 大学の講義を終えた夕方。

 戸塚神父から一本の電話が入った。

 

 内容は、教会が『キリスト像』を大量に誤発注してしまい、莫大な在庫を抱える羽目になったというもの。

 よければ買い取ってくれないか、という相談だった。

 

 『キリスト像』には魔除けの効果がある。

 だが、高価な上に重く、かさばるため携帯には不向き。

 俺も柊も既に一体ずつ所有しており、それ以上必要なかったため、その時は丁重に断った。

 

 そんな時だった。

 悪魔以上に悪辣で傍若無人な暗黒金持ち女が悪魔事件に巻き込まれたのは。

 

「はぁ! はぁ!

 くぅっ! 力が使えない……!

 いったいいつから日本はキリスト教国になったのよぉ!?」

 

 天下原お得意の物量作戦である。

 逃走中のディングベルは、行く先々で山のように積み上げられた『キリスト像』に遭遇していた。

 これらすべて天下原が教会から買い上げ、俺たち総出で路地裏に配置したものだった。

 高位悪魔であれば突破も可能だったかもしれない。

 だが、ディングベルは見た目通りの下級悪魔。

 逃げ道を探そうにも、どの道も『キリスト像』によって封鎖されている。

 近づくことすらできず、直進を強いられる。

 

 そうしてディングベルは、ついに路地最奥の袋小路へと追い詰められた。

 

「荒木ィ! 小夜子ォォ!! 結界ィィィ!!!」

「は、はい!」

「もうかかってるって」

 

 既に結界は発動済みだ。

 これでディングベルは完全に身動きができなくなった。

 あとは聖水をぶち込むだけ。 

 聖水鉄砲を構える、さあこれで決着だ──

 

「君は……まさかあの時の──ま、待ってくれ皆! 僕の話を聞いてくれ!」

「……雄吾?」

 

……ち。

 こうなる前にさっさと祓いたかったが、そうは問屋は卸さないか。

 

==

 

──結局のところ、ディングベルはか弱い下級悪魔だった。

 

『女版のグレムリン』という記述からして、もしかすると本家グレムリンのように機械事故を起こせる権能があったのかもしれない。

 だが、既に結界の中へ閉じ込められている以上、下級悪魔である彼女に権能を振るう余地も、脱出する力もないだろう。

 常識的に考えて、ここから戦況を覆すのは不可能と見ていい。

 

……とはいえ、こと容姿の優れた女悪魔となれば話は変わってくる。

 

「ゆ、ユーゴ、助けて……!」

「峯田さんのお知り合いなんですか?」

「ああ……自衛隊の演習見学に行った際、一人でいる彼女を見つけてね……。

 親と逸れて迷子になっているのかと思って、親御さんが見つかるまで一緒に遊んでいたんだ。

 でも遠くから玲奈が僕を呼ぶ声が聞こえた途端、この子は急に姿を消して。

 人見知りなのかなと思っていたんだけど……まさか悪魔だったなんて。

 なあディングベルちゃん、どうして玲奈に嫌がらせなんてしたんだい?」

「……ほ、他の誰かが聞いている所で話したくない!

 ゆ、ユーゴと二人きりなら話してもいいけど……」

 

 峯田は困ったように苦笑いを浮かべた。

 とはいえ抵抗と言える抵抗はそれだけ。

 むしろディングベルを庇うように、両手を広げて立ち塞がっている。

 動機は性欲か、恋愛感情か、同情かは分からない。

 だが、情を抱いてしまっているのは確かだ……悪魔相手に。

 

──弱さは時として武器になる。

 ディングベルの優れた顔立ち、幼い少女のような小柄な体格、女性という性別、そして見るからな非力さ。

 現代社会で人並みに恵まれた生活を送っている男であれば、同情せずにはいられない手合いだろう。

「この子は俺がいないとダメなんだ……!」と。

『エクソシストTRPG』を遊んでいた当時、何度この展開を見てきたか。

 相手が女悪魔だと気づいていた段階で警戒していたが……まさか峯田と接点があったとは。

 

 とはいえ、我らが大魔王天下原は、二人の交流関係など知ったことかとばかりに切って捨てた。

 

「状況が分かっていないようね。

 あんたなんてこの場で血祭りにあげてやってもいいのよ?

 その口を力づくで引き裂かれたくないなら、さっさと自分から話しなさい……!」

「ひ、ひぃ! わ、分かったわよっ!

 う……その、私、ユーゴに一目惚れしちゃって……。

 勇気を出して話しかけてみたら、すごく優しくて、アイスも買ってくれて……。

 だから彼女がいるって知った時は、悲しかったわ。

 でもなんだかユーゴが窮屈そうだったし……そこの鬼婆よりも私の方が可愛かったし……私と付き合えた方がユーゴも幸せかな、と思って」

「処刑」

 

 判断が早い。

 とはいえ俺も概ね同意見だ。

 片思いという可愛らしい動機からして、多少の哀れみは抱いてしまうが、基本的に人と悪魔は相容れぬもの。

 祓える時に祓っておいた方がいい。

 それに多分こいつ面食いだから俺に興味は抱かないだろうし……げふんげんふん。

 

「ま、待ってくれ玲奈! 誰しも間違いを犯すことはある!

 確かに悪いことはしたけれど、殺すほどの罪じゃ……!」

「ユーゴ……!」

「もしあんたがこの女に鼻の下を伸ばしてる姿を見つけたら……それ、潰すから」

「ごめんディングベルちゃん、大人しく祓われてくれ。

 僕はまだ男として死にたくないんだ」

「ユーゴ!?」

「フハハハハハッ! ざまあないわねこの阿婆擦れ!

 振られて当然よ! こんな香水臭い男に取り入ることしか能のなさそうな尻軽女に、私の雄吾が靡くわけがないもの!」

 

……いいや、お前にビビって諦めただけで、半分ぐらいは靡きかけてたが。

 つくづく思うが、どうしてこいつら未だに破局してないんだろう。

 

「わ、私は尻軽女じゃ……」

「あんたにその自覚がないだけよ! マ〇コ・デラックスも言ってたわ! ロリに限って淫乱よって! 

 私はあなたの妹ですーって無害な態度を装って、男の股座に座り込むのがロリの常套句なのよ! 

 ねえ今どんな気持ち? いつもの薄汚い方法が通用しなかった気持ちは!

 ほら! なんとか言いなさいよ!」

「う、うううう……!」

「ふははははは!!」

 

 どっちが悪魔か分かんねえなこれ。

 なんにせよ、これで話がついたな──

 

「そ、そうだ……! サヨコって子! 私を助けて!」

「え、わ、私ですか?」

「私は知ってるわ! あなたがとっても優しい人だってことを!

 今はエクソシストや鬼婆に言い包められているだけで、本心では私のことを助けたいと思ってることも!」

「いえ、まあ、同情はしていますが……」

 

……ちっ、柊にターゲットを変えやがった。

 

 実を言うとディングベルの処遇を決めるうえで、一番警戒していたのは、峯田ではなく柊だった。

 峯田は多少浮気性でもなんだかんだで天下原に頭が上がらない。

 だが柊は違う。

 一度同情した相手なら、たとえ赤の他人であろうと命懸けで助けに行く女だ。

 だからこそ事前にかなりきつく釘を刺しておいたのだが……。

 ……それにしても何故ディングベルは柊の性格を知っている?

 

「あなたが私を助けてくれるなら、私はあなたの眷属に……いいえ! 恋のキューピットになってあげる!」

「恋のキューピット?」

「私は知っているわ! あなたには今、恋の悩みがあることを!」

「な、何故それを……!?」

「だってそこの鬼婆と電話で話してたでしょう?

 悪いけど、盗み聞きさせてもらったわ!」

 

 もしかして通話を傍受する能力でもあったのか……?

 それとも単純に近くで盗み聞きをしていただけか。

 天下原達と連絡を取る際に、電話ではなく直接会うようにしていたのは、正解だったのかもしれない。

 

「私なら、あなたの想い人の気持ちを聞き出せる!

 今抱えている悩みだって解決して、恋仲にだって導けるわ!」

「……ええと」

「そ、それにしてもあなたって本当に可愛いわね!

 スタイルも抜群だし! 悪魔の私から見ても魅力的だわ!

 こんな素敵な女の子に愛されている人っていったいどんな方なのかしら。

 きっとあなたにお似合いのかっこよくて素敵な人なんでしょうねっ!!」

 

 柊の芳しくない反応を見て、慌ててゴマをすり始めるディングベル。

 なんというか……必死過ぎて少し哀れになってきた。

 

「い、いえ、私にはもったいないほど素敵な方でして……。

 こ、この話はそのぐらいに」

「あなたは罪悪感を抱いているようだけど、絶対に大丈夫よ! だってあなたはこんなにも魅力的な女の子なんだもの!

 お礼という体のキスが実は自分本位な下心からの行動だったとしても、相手だって満更でもなく思っているに決まってるわ! 

 だから安心して自分の気持ちを打ち明けても──」

 

──その瞬間だった。

 ディングベルの額に穴が開いた。

 小さな身体が力なく崩れ落ち、アスファルトへ倒れ込む。

 そして、そのまま灰となって消えた。

 

「あ」

 

 ついやってしまったと、考えるより先に体が動いたと、そんな声が零れた。

 柊の手に握られていたのは、聖水鉄砲。

 引き金を引いたのは柊だった。

 

 かくしてディングベルとの戦いは、呆気なく幕を引いた。

 

==

 

「申し訳ありませんでした」

「……柊」

「私はあなたの後輩ですと無害な態度を装いながら、詳しい説明もせず許可を取り、先輩のセカンドキスを奪った淫乱女です」

「ええと」

「駄目だとは分かっていたんです、ですが一度溢れ出した性欲は止められませんでした」

「……」

「若気の至りでした……覚悟はできています、どうか罰をください」

 

 柊は土下座していた。

 その手には財布と通帳。

 加えて今日天下原から受け取った報酬入りの封筒まで握られている。

 一切の抵抗を放棄した、完全降伏の構えだった。

 

「最近、連絡が少なかったり、会ってくれなかったのは」

「罪悪感と羞恥心で、合わせる顔がなくて……」

 

 ああ……なんだ、こんな理由だったのか。

 

「いいよ、許す、頭を上げてくれ」

「いいんですか……?」

「お前の視点では色々思うところがあったんだろうが、

 俺からすれば、まあ……可愛いげのあるお礼だったことには変わりないからな」

「……先輩はいつも私に優しいです」

「別に優しいから許したわけじゃないさ」

「いいえ……先輩は大学で民俗学を専攻すると仰っていましたよね……?

 理由は就職率が高いからと。

 ですが知り合いや先生に伺ったところ、民俗学を活かせる就職先は、それほど多くはないと聞きました。

 自惚れかもしれませんが、もしかして先輩は……いつも悪魔事件に首を突っ込む私を助ける術を身につけるために、民俗学を学ぼうとしているのではないかと……」

 

『私のせいで、先輩の将来を捻じ曲げてしまった』

 つまり柊は、そう嘆いているのだろう。

 

「もしそうならとても光栄です。

 ですがお世話になりっぱなしで申し訳なく……。

 ああ……私はいつもいつも先輩を巻き込んで、苦労をかけてばかりです……」

「……いいや、そんなことはないさ。

 確かに民俗学を学ぼうとした理由の半分ぐらいはお前を助けるためだ。

 就職率云々なんて、照れ隠しで嘘をついたのも認めるよ。

 でもな、前にも言った通り、なんだかんだで俺も悪魔事件を楽しんでいたんだ。

 昔から憧れていたヒーローになれたし、嫌いだった自分を少しづつ誇れるようになった。

 お前に振り回される日々は、苦労もひっくるめて幸福だった。

 本心ではずっと前からそう認めていて、自分から受け入れていたんだよ」

「せ、先輩……」

 

 ヒーローになれたこともそう。

 そして冒険の過程で、お前とキスできたことも。

 お前のお陰だ。

『死んでいないだけ』だった俺が、ようやく『生きている』と実感できるようになったのは。

 

「とはいえ貸しは貸しだ、そろそろ取り立てさせてもらう。

 今度はお前が俺に振り回されてくれ」

「えっ」

「俺は将来エクソシストを仕事にしたいと思う」

「!」

「ここ日本にはエクソシストが少ない。

 悪魔事件に巻き込まれても、誰を頼ればいいのか分からない邂逅者が大半だろう。

 だから大学生のうちに知識を蓄え、資金を集める。

 そして将来は悪魔祓い専門の事務所を開きたい。

 人助けを、仕事にしたい」

「お、おお……!」

「目指すはデュラハンのような大悪霊が相手でも、真っ向から張り合える実力を手に入れること……あんな誰にも言えない裏技を使わずに済むように。

 そこまで行きつけば、この危険な業界に留まっても、きっと長生きできる筈だ。

 今まで受動的に悪魔と関わってきたが、エクソシストとして必要な力や道具を揃えるためには、多少リスクを飲み込んで能動的に関わる場面も増えてくるだろう。

 長く険しい道のりになるかもしれない。

 そのうえで柊……」

 

 一呼吸置いて、俺は真っ直ぐ彼女を見た。

 

「俺についてきてくれないか?」

「もちろんです……!

 私、柊小夜子は――荒木先輩に、一生ついていきます!」




 
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